作戦開始
宿を出た4人は正門への道を進んだ。
街の様子は普段と何ら変わらない。
コリンヌのようにオーレリアに何かあったと知った者は
いるだろうが、大事件だと思わず詮索しないのだろう。
以前に何度か家出をした騒動があったと言っていたので、
街の者は意外と慣れっこなのかもしれない。
誘拐は騒ぎになれば事態が悪化するので、事件発覚後は
関係者に緘口令が敷かれているとの予想もできる。
「装備のつけ忘れは無いよな」
自らも確認しながら、ユウキが言った。
相手の手口からして睡眠魔法、更にはステータス異常を
引き起こす魔法の対策を講じておかなければならない。
RPG経験者なら分かると思うが、大ダメージを与える
攻撃魔法以上にステータス異常系の魔法は大変厄介だ。
麻痺や睡眠は身動きが取れなくなり、混乱してしまえば
仲間同士で殺し合いをするはめになる。
ギルドバトルの対人戦でもこれらに対する防御は必須で、
まずその対策装備から考えるのがセオリーと言われる。
皆それぞれ所有するアイテムから、麻痺・睡眠・混乱に
耐性がある物をチョイスし、身に付けている。
万全とは言えないが、備えは出来ている。
「確認しておきてえんだが、もしアルスとオーレリアが
別々の建物に監禁されてたらどう動きゃいいんだ?」
「オーレリアが現場に来なくて、屋敷にもアルスしか
いなかった場合か」
ユウキは少し考えて、
「その時は救出は控えて、様子を見よう。アルスだけ
先に助けたらプレイヤーが介入していると判断されて、
悪いほうにこじれる」
「いなくなった仲間を見つけに来ただけだ、つっても
相手はうんとは言わねえだろうな」
不満そうにラリィは舌打ちした。
ラリィのパーティーからすればメンバーが巻き込まれた
だけなのだから、その理屈は筋が通っている。
だが誘拐犯側はそうは受け取らないだろう。
「こいつをつかやぁ、屋敷の中はある程度、把握出来る」
ラリィは左手にはめた指輪を見て、
「条件さえ合えば、犯人をぶっ飛ばしてすぐに救出だ」
指輪には三つの瞳が三角形に並ぶ装飾が付いている。
透き通す瞳、というアクセサリーだ。
シーフ職はダンジョン内で偵察、索敵、警戒を担当する。
戦士職がパーティーの剣であり盾であるならば、目となり
耳となる存在だ
モンスターの中には、入り組んだダンジョンでこちらへの
奇襲を仕掛けるために隠れて潜んでいるものもいる。
これはそういう相手を壁越しに察知する為のアイテムだ。
レアアイテムだが複雑な多層多重構造のダンジョンが多数
登場する後半ではシーフ職の必需品となる。
これが役立ってくれると、ラリィは信じている。
4人は正門から続く通りに出る。
馬屋で馬を借りようと相談していると、正門前に6頭の
馬に跨ったグループが見えた。
遠目にだがそれが上着と帽子を身に付けたクレマンだと
分かる。
囲むようにいる5人は同行する従者だろう。
警備兵と何やら言葉を交わすと、その一団は門を出て、
外にいる警備兵とも話し、そして──。
「えっちょっと、なんで」
「も、門が……閉じられちゃった」
ユウキとアキノは思わず声を上げた。
突然、街の唯一の出入り口である正門が閉じられたのだ。
困惑する人々の中に、ユウキ達も急いだ。
「おい、何で門を閉じるんだ」
「開けてくれ、夕方までに隣町に行かなきゃならない」
「通してくれよ、俺も夜までに2つ隣の町に届け物が」
荷を運ぶ者達が警備兵達に殺到した。
購入した品をよそで売りさばく行商人としては、ここで
足止めを食うのは商売に差し障る。
それ以上に、現場と屋敷に急がねばならないユウキ達に
とっては不測の事態と言えた。
「申し訳ないが、今から数時間は誰も出入りが出来ない
ようにする」
制服姿で槍を持つ警備兵が良く通る大声で言った。
当然のように苦情とブーイングが返って来る。
「あー説明する。詳細は調査中だが、何でも犯罪に加担
している者が街に出入りする可能性があると言われた。
これは警察からの正式な通達だ」
「何をやった奴がいるんだ? 盗賊でも出たのか?」
「分からない。犯人達は近辺に住む者かもしれないし、
異界人かもしれないと言われている。だからその調査が
終わるまで数時間は門を開けられない」
「開けられないって、こっちは契約先に届けないと」
「それについてはこちらで事情を書いた書類を発行する。
グロリアス家の印が押された正式なものだ。届け先には
理由が示せるだろう」
その説明を聞くと、集まった大半はそれなら仕方ないかと
散って行った。
グロリアス家の家名は商人に強い影響力を持っている。
実質的にはクレマンが街の長みたいなもので、警備やら
警察にも融通が利くようだ。
恐らくこの処置は受け渡しが終わるまで続くのだろう。
外に配置されている警備兵も同じように、街を訪れようと
する者達に説明したと思われる。
街にまだ誘拐犯の仲間が潜伏している可能性もあるから、
この移動制限は間違いではない。
間違いではないのだが、4人には思わぬアクシデントだ。
「参ったな、理由を話すわけには行かないし」
「当然、力ずくで突破なんてわけにも行かないしね」
それをやっては立派な犯罪者だ。
「壁を乗り越えていく事も不可能ではないが」
忍者のスキルを持つリュウドやシーフ職であるラリィは
やってのけるだろうが、ユウキとアキノには難しい。
「のんびり待ってられねえ、地下水路から行くぞ」
ラリィが親指で街の奥を指した。
「地下水路って?」
「まあ、着いてくりゃ分かるさ」
尋ねるアキノを尻目に、ラリィはパーティーを先導した。
言われた通りにしばらく歩き、4人は街の東一帯にある
紡績工場の辺りにまでやってきた。
そこにはブロックで舗装された川が流れ、朝渡った橋と
同じ造りの橋が架けられている。
近くの階段から、ブロックが敷かれ、所々に雑草が生えた
川岸へと降りる。
岸には大人が並んで歩ける程度のスペースがあり、すぐ
そばには真っ暗なトンネルがあった。
「あれが地下水路の入り口だ」
「ここを歩いていけば外に行けると?」
「そういうこった」
地下水路と聞くと地底奥深くにあるイメージを持つが、
ようは街の下を通っている人工の水路の事らしい。
「中にモンスターはいねえ。あたしが先頭で行くぞ」
3人は素直にラリィに着いて行く事にした。
トンネルの中は5メートルも行くと真っ暗だ。
アキノはトーチを唱えた。
たいまつを意味し、パーティーを照らす柔らかな光源と
なる光球を頭上に作り出す魔法だ。
ごく初期に会得出来るものだが、ダンジョンによっては
視覚的な意味で一寸先は闇と言えるものもあり、非常に
便利な魔法だ。持続時間の割に消費MPも1と少ない。
「どうしてこんな所を知ってるんだ?」
大分目が慣れてきたユウキが聞いた。
数多の洞窟を探検してきたユウキは恐怖心など微塵も
感じないが、街中にあるこんな通路を知っている事には
疑問を感じる。
「シーフ職ってのは通れそうな所を見るとついチェック
したくなる。ま、職業病みてえなもんさ」
ただ街で酒を飲み歩いていたわけではないのだろう。
これもゲームの世界で上書きされた性格なのだろうか。
少し行くと天井から水路の底まで鉄格子がはめられていて、
行き止まりになっていた。
「行き止まりか」
「こっちだ」
ラリィに指摘されると、薄暗くて視認し辛かっただけで
通路には横道がある。
だがそこを曲がると、目の前に牢屋に使われそうな鉄格子の
扉があった。
所々サビが浮いていて、どうやら鍵が掛かっているようだ。
「ちょっと待ってな」
ラリィは腰のツールホルダーから2本の金具を出し、両手に
それぞれ持つと鍵穴へと差し込む。
………カチカチ、ガチャ
5秒とかからず、鍵が開いた。
宝箱や閉じた扉を開けるピッキングスキルだ。
「こういうのはうちらの十八番だからな」
ギィーと嫌な音をさせる扉を開け、4人は先へ急いだ。
「しかし、向かう先が南の森で良かったな」
「ベガが、この辺りを散策したと言っていたが」
「ああ、レベル上げの為にな。南の森は強襲してくるような
モンスターもいねえし、ピクニックみてえなもんだが」
だからこそ、監禁の屋敷として最適なのだと思われる。
「けど西の森は駄目だ。深くて広くて、モンスターも多い。
一応道はあるが商人は通らねえって話も頷ける」
「そこにもグロリアス家は屋敷を持ってるそうだけど」
「えらい所に建てたもんだ。元は安全だったけど、アップデートで
モンスターの種類やらエンカウント率やらが変更されたのかもな。
まったくお気の毒さまってやつだ」
ラリィは1度来ているらしいとは言え、光源が頼りの薄暗い
通路をすいすい進む。
途中分かれ道もあったが、その歩調は淀みない。
シーフ職はマッピングや方向感覚にも優れているようだ。
パーティーで会話しながら、ユウキは1人考えていた。
この誘拐事件がどうも腑に落ちない。
首謀者は十中八九こちら側の人間だと踏んでいる。
だが事件を起こす真意が見えてこない。
会社の関係者や例の若者以外にも、計画に噛んでいる者が
いるのだろうか。
アントニーの評判を落とす、50万ゴールドという身代金、
彼ではなくオーレリアだけをさらった理由。
この事件が解けた時には、それが明らかになるだろうか。
考えがまとまらずに黙っていると、
「出口だ、あそこから出られるぞ」
ずっと先、闇に浮かぶ半月型の光を指差し、ラリィが言った。
出口は地上2メートルほどの高さにあり、水は小さな滝と
なって下を流れる川へ注がれていた。
身軽なラリィとリュウドはその川岸へ音も無く飛び降り、
ユウキも続いて降りると、
「ほら、手」
「ありがとう」
アキノの手を取って、下へと降ろしてやった。
4人は街の東側へ出た事になり、そこから街道が見えた。
「この先の橋を渡って壁沿いに南に向かえば、すぐ正門前だ」
「馬が使えなくなったのは痛いけど、まだ時間は、あっ」
ユウキが遠く、街道を行く6頭の馬に気付く。
クレマンの一団は急げば十分間に合う位置にいる。
「私はここから彼等の後をつけよう。早駆けと隠密のスキルを
使えば今からでも対処できるはずだ」
「分かった。ここから二手に分かれるぞ」
ユウキ達は行動を開始した。