救出へ
「お知り合いの方々はお部屋ですよう」
急いで宿に戻ってきた3人は、玄関にいたコリンヌへの
返事もそこそこに部屋へと入った。
「彼はどんな状態なんだ?」
ユウキはラリィとベガに聞いた。
「おう。アルスが呼びかけに応答した、つっても言葉に
ならねえような声で返事をしただけだ」
「ずっとチャットウインドウを通して声を掛けているの
ですが、息遣いくらいの小さい声が返ってくるだけで」
声が意識の中へ届いてはいるようだ。
「魔法が弱まって、意識が戻りつつあるのかもしれん」
「俺達も会話に参加したい。このメンバーを加えた形で
フレンドチャットに切り替えてもらえるか?」
「は、はい。それでは別のウインドウを開きます」
ラリィとベガはパーティーチャットで交信を試みていた。
フレンドチャットは登録している者同士で会話の共有が
可能で、複数パーティーの連携時などに多用される。
(……う……ベガ、ラリィさん)
チャットに全員が参加状態になったのとほぼ同時に、
少し擦れ気味の声が聴こえてきた。
アルス、と2人の呼び声が重なる。
(……すみません、こんな事になってしまうなんて)
寝起きでぼんやりしてはいるが、彼は自分の置かれた状況を
理解しているらしい。
「謝るのなんざ後でいい! それよりお前無事か?」
(体は何ともありません、大丈夫です)
「あぁ、良かったぁ」
ベガが大きく息を吐きながら体を縮ませた。
(ただ魔法でずっと眠らされて、今も意識はあっても体は
ほとんど動かせない)
「彼は今金縛りに近い状態なのかも」
アキノが皆に言ったのは、医学的に説明出来る金縛りだ。
脳は起きているが肉体はまだ眠っている、という状況は、
強制的に眠らせる睡眠魔法の回復段階で十分起こり得る。
チャットは互いの意識を出してやり取りしているとされ、
口が動かせなくても意思だけで会話する事が可能だ。
「無事なのは分かった、それで今どこにいる?」
(分からないです。まだ目も開けられなくて、耳も聴こえて
いるのかどうか。ただベッドに寝かされているみたいで)
「外に放り出されてはねえんだな」
路地に転がされていたアントニーとは扱いが違うようだ。
「昨日会ったユウキだ、君の身に一体何があったんだ?」
あっ、とアルスは声を上げた。
ユウキ達が自分の捜索に関わったのを察したのだろう。
(すみません、僕のせいでそちらにもご迷惑を)
「良いんだ、困った時はお互い様だよ。こちらはちょっと
事情があってさ、今朝眠らされて倒れているアントニーを
見つけたんだ。その後、君が夜から行方不明で、どこかで
眠らされてるようだって話を聞いて」
(ぼ、僕もあのアントニーという人を昨晩見たんです)
その場にいた5人は、やはりと言った表情で頷いた。
恐らく経緯は予想していた通りのようだ。
(昨日の夜、あの3人組が盗みを働いているという噂話を
聞いて、話に出ていた店が気になってたんです)
「お前、絶対勝手に行くなって言っておいただろ!」
(すみません、あの、寝ていたら妙な胸騒ぎがして)
話の腰が折れかけたが、アルスは続けた。
(高級住宅街との境にある噂の商店の辺りにまで来た時、
近くから言い争うような声が聞こえて来て。急いだ先の
路地で僕は見たんです。倒れているアントニーと彼に近寄る
3人組の姿を。とっさに昼間の揉め事が頭に浮かんできて、
駆け寄って行ったら死角から魔法を掛けられてしまって」
「死角とは? どんな状況でそれを見たんだ」
(建物に囲まれた十字路の丁度真ん中に4人がいて、僕が
そこに走り寄って3人組に声をかけた途端、左から魔法が
放たれたんです)
彼の死角、十字路の左側に誘拐犯達がいたのだろう。
ユウキはアルスの不運な偶然に同情する。
(あれはただ事じゃない……。眠らされていたアントニーを
見つけたと言っていましたが、あそこで何があったんです?)
「実は、オーレリアがさらわれたんだ」
(え、さらわれた? オーレリアって昨日の、あの?)
「ああ、そうだ。眠らされたアントニーは意識を失う直前に
例の3人組を見たと言っていた」
(それじゃあ、それじゃ僕は)
「君は運悪く、誘拐の現場に出くわしてしまったんだ」
(そんな事が……)
アルスは言葉を失った。
その絶句が大事件があった驚きと、あの時自分が何か出来た
のではないか、という彼の苦悩を物語っている。
こんな時でも、否こんな時だからこそ性格とは表れるものだ。
「それで、君は犯人の姿を見たのか?」
「ねえ、その中に青年はいなかった? こっちの人間とか」
体が動けば唇を噛み締めていそうなアルスに、2人が続けて
聞いた。
だが先にラリィが質問に食い付く。
「青年ってのはなんだ? 目星でもついてんのか?」
「俺が説明するよ。この宿の女中が最近まで屋敷に勤めてて、
オーレリアが青年と会っていたのを見たらしい。オーレリアは、
アントニーには悪い噂があると言いに来た人がいたと、父親に
訴えてたそうだ。婚約だ結婚だと話が進む中でわざわざ言いに
行くんだから、多分その噂は相当酷いもので、俺の憶測だけど、
青年自身も彼から被害を被ったのかもしれない」
「脅迫状に、アントニーに恨みを持つ者だって書いてあったの。
だから犯人だとは断言できないけど、もしかしたら何かしらの
関わりがあるんじゃないかと思って」
「なんか、めんどくせえ話だな」
確かに単純な誘拐事件とは思えず、未だ背景が計り知れない。
彼女のめんどくせえは事態をずばり言い表していた。
(すみません、僕は犯人を見ていないんです。突然の事で)
「そうか。それは仕方ないよな」
(一瞬見たような気もするんですが、ぼんやりしてて)
アントニーには眠るまでに若干の時間があったのだろうが、
アルスは横合いから殴られるように突然魔法を掛けられた。
周囲を確認する余裕など無かったはずだ。
「アントニーと言う人は眠らされただけなのに、どうして
アルスはさらわれてしまったんですか?」
ベガが搾り出すような声で言った。
すると腕組みをしていたリュウドが少し身を乗り出した。
「犯人が顔を見られたと思ったか、あるいは見られた可能性が
あると判断したからだろう」
「でもマスクを被っていたって」
「現場近くで荷車が盗まれていた。何人も運べるサイズの物だ」
「? 荷車?」
「恐らく、犯人達はオーレリアを荷台に隠して、荷車を引く
異界人という姿を装って街を出るつもりでいたのだろう。当然、
その為にはすぐ変装を解いて平静を装う必要がある」
「じゃあ、アルスはその時に」
「彼が飛び出してきた時、マスクくらいは外していただろう。
かなり慌てて睡眠魔法を放ったのではないか」
上手くいったと油断していたタイミングで、突然の目撃者。
事態を把握される前に奇襲で黙らせるしか方法はない。
(……そうか、僕がさらわれたのはプレイヤーだからか)
アルスが悟るように言った。
リュウドはうむと頷いた。
「プレイヤー同士のネットワークで人相や特徴を共有すれば、
犯人を捕まえる手掛かりになる。プレイヤーが目撃者では、
殺して口封じする訳にもいくまい」
凶悪犯なら目撃者を消してしまう所だろうが、プレイヤーは
殺害してもレベルが弱体化してセーブポイントに戻るだけ。
それは相手もプレイヤー、お互いに分かっている。
犯人としては足が付く目撃者を野放しには出来ない。
少なくとも身代金を手に入れて安全に逃げ切るまでは、手元に
捕まえておく魂胆なのは間違いない。
待てよ、とユウキが何か思い付いた。
「一緒にさらわれたって事は、オーレリアも同じ場所にいる
可能性があるよな」
別々にしたら監禁場所も監視の手間も倍になる。
ユウキの予想は順当なはずだ。
「アルス、お前まだ目も耳も使い物にならねえのか?」
(待って下さい、ほんの少しだけ回復してきたみたいで)
その言葉からややあって、
(ぼんやりですが天井が見えます。どこかのお屋敷のような)
「屋敷? この辺ならいくらでもあるからなあ」
(あと、鳥の鳴き声が。木の葉が風に揺れる音も盛んに)
「森に近い所? でも1晩で行ける距離にはいくつもあるし」
アキノが首を傾げて唸った。
街から数キロから十数キロの場所には森林が点在している。
(それと……遠くから水の音、滝の音だ。あっ、ラリィさん、
ここもしかしたら街の南にある森かもしれません)
「そうか、滝がある森はこの辺にゃ、あそこだけだ。確か、
少し入った所に屋敷みたいのもあったはずだ」
最近レベル上げも兼ねて近場を散策していたのです、とベガが
説明する。
好転の雰囲気が増す部屋に、ガチャとドアの開く音がした。
「少し早いですけど、お昼ご飯はどうしますか?」
コリンヌが入ってきた。
今朝は人探しをすると伝えて慌しく出たので、昼食の都合を
尋ねに来たのだ。
「お昼はここで食べられないかもしれない。ところで南の森に
屋敷があるって聞いたんだけど、知ってるかな?」
ユウキは事態の説明はせず、世間話のように聞いた。
「はい。この辺の森には、北も西も、南にもグロリアス家の
別邸があります。休日を過ごす為の別荘と言いましょうか。
でも実際は、たまーに行くくらいでほとんど誰もいませんよう。
定期的に使用人が草むしりや掃除はしてますけど。あそこは
すぐに草がいっぱいになって、そりゃもう大変なんですよう」
そっちの方まで人探しをするのですか、と聞かれたがユウキは、
それとは関係ないよと適当に答えておいた。
簡単な準備だけはしておく、と説明してコリンヌは出て行った。
「誘拐された本人の別邸なら捜査も見落としがちだし、普段は
人がいない。となれば、こんな打って付けの場所はないよな」
「うん、そこで同じように眠らされてる可能性は高い」
「アルス、周りに人の気配がするとか、それは分からねえか?」
(まだそこまで分からないです。あの、これからそちらはどう
動くつもりなんですか? オーレリアさんを助け出すとか)
「犯人どもをぶっ飛ばしてお前もオーレリアも助ける……って
行きたいとこなんだがな、ホントは」
ラリィは右手で左の掌を叩き、悔しがる。
ユウキはクレマンとの話をアルスに伝えた。
(──なら無茶だけは止めて下さい。慎重に行かないと)
「それは分かってる。オーレリアが無事に帰ってくるのを待つ
のが無難と言えば無難なんだけど」
「あたしとしちゃあ、2人を助けた上で犯人も叩きのめして
やりたいんだがな。考えてもみろよ、人質取られて身代金を
奪われて逃げられるって事は、プレイヤーがどう思われる?」
それを聞いたリュウドが、俯き加減で上目遣いになる。
「プレイヤー全体が犯罪者のレッテルを貼られかねん。さらに
可能性として、それを真似て同じ犯罪を犯す者や、金を払って
犯罪の片棒を担がせるようなエルドラド人も出てくるだろう」
ユウキは思い出す。
騙されていたとは言え、王都の件で襲撃に参加しようとした
プレイヤー達が多数いた事を。
加えて、魔族に加担する者を見たという噂話も。
人質事件に積極的に関与せず、それでいて最良のシナリオを
描けるように動ければ。
「アルスだけを助ける、というのは駄目だ。いなくなったら
計画が破綻すると思って、犯人が手荒になるかもしれない」
「オーレリアが無事に戻ってくれば、その屋敷に少し強引に
踏み込む事も出来そうだけどね」
「皆さんで一斉にワーッと攻撃すれば、犯人達をやっつけ
られるんじゃないですか?」
ビギナーらしい思い付きでベガが言った。
「お前な、それが出来ねえから考えてんだろ。相手の人数も
強さも分からねえのに、それこそ無茶ってもんだ」
「ご、ごめんなさい」
ギルド同士の模擬戦やギルドの戦力順位を決めるバトルでは、
ルールは色々あっても対人戦となる。
単調なパターンのモンスターと違い、知略と戦術を駆使する
プレイヤーはボス以上の強敵だ。
ユウキ達もベテランだが、より上のレベルを上限まで上げた、
所謂カンスト組の戦闘力は計り知れない。
さすがにそのクラスはいないだろうが、奇襲を仕掛けても
凌がれたり逃げられたりすれば、そこでお終いだ。
「二手に分かれて、様子を見るのはどうだろう?」
ユウキが提案した。
「どういう事?」
「あと2時間ちょっとで身代金の受け渡し時間になる」
「おい、そんなの初めて聞いたぞ。すぐじゃねえか」
「ごめん、詳しく話してなかった。でだ、受け渡しの時に
もしかしたら人質を連れて来るかもしれないだろ」
「支払えば安全は約束する、と書いてあったそうだが」
「だから受け渡しの現場を隠れて見に行く者と、森に行って
屋敷の様子を確認する者とで分かれるんだよ」
「どういう事? 具体的にお願い」
もう1度アキノが聞いた。
「うん。現場の方は人質がいるか、いたら無事戻ったかを
確認して連絡、屋敷側はそれに応じて行動を決める」
「オーレリアが戻ったらアルスを助けて、いなかったら
屋敷の動きを見ながら待機するって作戦?」
「ああ、どちらにしても身代金を受け取れば犯人側は動く。
オーレリアが解放されて安全が確保出来た時点で、俺達が
直接犯人を追って叩くか、捕まえる手助けをする」
どうだろうか、とユウキが意見を募る。
「なんか、現実的な作戦ね。良いかも」
「おう、やるか。偵察と警戒はシーフ職の十八番だ」
「では私が受け渡しの現場へ行こう。忍者で得た隠密の
スキルが役立つだろう。状況次第では金を持った犯人に
追撃を掛ける事にもなろう」
「屋敷チームは屋敷への侵入も考えてラリィ、オーレリアと
アルスの保護を考えて回復役のアキノ、俺は一応指示役で」
(僕は睡眠から回復したら出来る限り、中の状況を連絡する
つもりです)
一同が団結する中、ベガだけがオロオロしていた。
「あの、私は」
「ベガ、お前はここに残れ」
「わ、私が弱くて足手まといだからですか? 私もアルスを」
「お前の気持ちは分かる。元々アルスとお前でパーティーを
組んでたんだからな。だが今回は、ダンジョンに潜ってくる
のとはわけが違う。それは分かってくれるな」
「………」
「ベガには補助としてここにいてもらったらどうかな。もし
犯人が逃げていく先が分かったら、警察に応援の連絡をして
もらうとか。サポートでやる事はあるだろうから」
アキノが補助役の心得を説くと、ベガは納得したようだ。
同じ回復役という補助を担当する立場だからこそである。
「よし。それじゃあ、すぐに出発しよう」
必要な装備を整えると、4人は宿を後にした。
同じ頃。
ある屋敷の一室で、佇む数人がいた。
「さらってきた者達は?」
窓のそばにいる1人が聞くと、長身痩躯の男は無言で頷いた。
何も問題ない、という意味であろう。
それだけ確認すると、質問者は窓の外へ視線を戻す。
「そろそろ時間だ。計画通り、俺が受け取りに行く」
引き締まった体躯のプレイヤーが、テーブルに置かれた
真っ白な仮面を手に取り、顔を覆い、
「愛娘の為ならすぐに大金を払うか。ありきたりとは言え、
身代金の引き出し方としては正攻法だな」
しかしよく考えたものだ──そう言い残し、部屋を出て行く。
窓の外で1羽の鳥が鳴いていた。