捜索
ラリィ達と会話を終えた3人は街中へと出てきた。
向こうと手分けする事になり、既にラリィ達が探した場所は
マップに記してある。
例の3人組、ドミニク一味が勝手に住んでいた空き家は既に
探索済みで、中には盗品と思われる食料品の食べ残しなどが
あったそうだ。
どうやら盗みを働いていたのは間違いないらしい。
問題の3人はおらず、どこかに出かけたままのようだ。
「探すにしても、どこか当てはあるのか?」
「改めて考えると無いんだよなあ。アントニーが眠ってた所も、
マップでよく調べてみたら襲われた場所から少し離れてたんだ」
「きっと人目に付かない所に移したんじゃない?」
そうなるだろう。
となると、アルスも同じように物陰かどこかに押し込まれている
可能性が大きくなる。
「とりあえず、アントニーがいた辺りを見てみようか」
動かなくては始まらない。ユウキは行き先を決めた。
大分日は高くなって、街中は早朝より人が増えていた。
新たに到着した行商人やプレイヤーが通りを行き交っている。
ユウキは歩きながら、包まれたサンドイッチをぱくぱく食べるが、
アキノは人通りが多い中で遠慮がちに口に運んでいた。
いくら急な人探しでも、せめて朝食の時間くらい取れば良かったか。
パーティーリーダーとしてメンバーへの配慮が必要だったかな、と
ユウキは少しだけ反省する。
「ん、あれは……」
一見アルスと良く似た格好のプレイヤーを見て、一瞬駆け出しそうに
なるがユウキはすぐ足を止めた。
そもそも彼は睡眠状態にある、その辺を歩いているわけがない。
しかし今回は眠っているという条件があるものの、メッセージなどに
反応しない相手を探すのは大変な手間だ。
軽鎧に剣というのは冒険をする上では最もポピュラーなスタイルで、
他のRPGでも冒険者と聞けばそういった外見を想像する者は多い。
プレイヤーのみならず、道中の自衛目的に軽めの鎧と剣で武装する
行商人も多い為、パッと見では判別が難しい事もある。
検索機能が正常に働く様子の無い現在、今後もこういう事があると
困るだろう。
そう考えると、チャットウインドウでの連絡や仲間の検索といった
システムがいかに高い利便性を持っているのかが分かる。
思うのだが、とリュウドが唐突に切り出した。
「あの3人組が誘拐などと言う大それた事を企むだろうか」
「どういう意味?」
「奴等の度胸ではこそ泥くらいが関の山だろうと思ってな」
「んーよく考えてみると、それもそうね。そんな気はする」
アキノが同意した。
「俺も何か齟齬があったんだ。脅迫状にはアントニーに恨みがある
からって理由があったけど、昨日だって止めに入られたとは言え、
そんなに恨んでいるようには見えなかったし」
「ならば奴等の関与は別として、計画を立てた者が他にいると?」
「そう考えても良いかもしれない」
ユウキはそこで少し考え、そして、
「多分それは、こっちの人間なんじゃないかと思うんだ」
「プレイヤーは実行犯なだけだと?」
「ああ、単に多額の身代金が目当てなら、2人とも誘拐すればいい。
そうすれば単純に考えて金は倍取れる。プレイヤーの力だったら、
1人も2人も大して変わらないはずだよ。だけど、1人だけだった」
物騒な言葉が聞こえたのか、擦れ違った商人が妙なものを見る目で
3人を見た。
周りをちょっと気にしながら、アキノが会話を繋ぐ。
「でも何か変な話よね。アントニーが憎いなら普通、本人を誘拐して
痛め付けるなりお金を要求するなりしそうだけど」
「逆に残されたせいで、彼は針のむしろって感じだったな」
それを聞き、リュウドが何か閃いたように顔を上げた。
「アントニーの評判を落とす為に彼女をさらったとは考えられないか」
「……そうとも考えられるなあ。目の前で、これから嫁になる女性を
さらわれたとなれば、周りからの評価は急落だろうなあ」
「それも今回の件がアントニーへの怨恨から発したのだと分かれば、
表沙汰になるかどうかは別として破談になる可能性もあるだろう」
「ねえ、アントニーとオーレリアが結婚するとあの会社で立場が
まずくなる人がいるって、コリンヌが話してなかったっけ」
3人は橋の前まで来ていた。
ゴロゴロと荷車を鳴らしながら、行商人達が通り過ぎて行く。
「副社長と自分のポジションを取られる担当者だっけか。でもなあ、
話の様子だと即クビになるとか、そういう風でもなかったし」
「気に入らないにしても、その為に面識があるであろう社長の娘を
誘拐するとは思えんな。グロリアス家は街の発展に貢献した名家だ、
当主のクレマンは多少ワンマンでも周りから尊敬はされているだろう」
「まあ、確かに。……じゃあ、あの謎の青年っていうのは?」
コリンヌが見かけたという、オーレリアに会いに来た青年だ。
「アントニーに悪い噂があるって伝えに来た人がいるって言ってた
けど、それが話に出てきた青年なんじゃない?」
「わざわざ言いに行ったのだとしたら、アントニーの噂を知って
いて、自分も何かしらの被害を受けて恨んでいるって事だろうな。
でもそう考えると、何故噂を教えてやったオーレリアを誘拐する
必要があるのかって話になってくる」
「そうだよねえ、結婚するオーレリアを心配してアドバイスを
したんだろうし」
各々が憶測を話しながら橋を渡り切り、路地の近くに到着した。
パンを売っていた店は丁度朝と昼の間だからか、客は空いている。
「この辺を手分けして探してみよう」
3人は分かれて細い路地裏までぐるりと一回りしてみたが、結局
アルスどころか猫の子1匹見つかる事は無かった。
あれだけ警官や使用人が探し回っていたのだから、おかしな格好で
眠りこけている者がいたら声くらい掛けるだろう。
「ここらにいないとなると、橋の下の茂みくらいしか無いぞ」
ここから離れた工場地帯などなら人を隠せそうな場所はいくらでも
あるが、隠す為に遠くまで歩き回ったのでは本末転倒だ。
ブロックで舗装された川原へ階段で下りて行こうとすると、
「ちょっと、そこの人達」
後ろから中年の男に呼び止められた。
エプロンを付けていて、どうやら近所の商店の店員らしい。
「なんです?」
「いや、変な事を聞いて申し訳ないのだが、うちの店の裏に置いて
おいた荷車を知らないかな?」
「荷車?」
「ああ、ごく普通のやつ。別に君達を疑ってる訳じゃないんだよ。
ただ昨日の晩まであったはずなのに、さっき見たら無くなっててね。
朝、君達2人が何か騒ぎになってるのを見たものだから」
「俺達は見てないですね。誰かが引いて行く所も見てないです」
「そうか。近々処分するつもりの古いやつだから別に困るって訳じゃ
ないんだが……。ああ、ありがとう、妙な事を聞いちゃって」
去っていく男を見ながら、ユウキはそこに留まった。
そして顎を触りながら、やや考えてから、
「誘拐と聞いて、どこに捕まってるんだろうって思ってたんだけど、
もうオーレリアは街の外まで連れて行かれたかもしれないな」
「え……あ、さっきの荷車の事?」
「そう、あれで運んで行けば怪しまれない」
「荷台には優に4、5人は載せられるスペースがあるな。カバーを
かけて行けば、正門を通り抜けるのは容易いはずだ」
街の出入りは正門だけで、昼夜を問わず警備兵が立っている。
だが夜明け前に街を出るプレイヤーや行商人は数多く、それらを
いちいちチェックする規則や体制は存在しない。
変装を解いて何食わぬ顔で通れば、そのままスルーは簡単だろう。
「もしかしたら、アントニーとアルスは荷車で運ばれたのかも
しれない。だとしたらこの近くとは限らないかも」
今後の捜索をどうしたものかと考えていると、ユウキの目の前に
チャットウインドウが開いた。
通信先はラリィとなっている。
(悪いな、急な連絡だ)
「どうしたんだ、アルスが見つかったのか?」
(いや見つかっちゃいねえ。けど、今応答があったんだ)
「ああ、もう大丈夫ってことか」
(そうじゃねえ、意識が戻りかけてるみてえで途切れ途切れに
言葉を返して来てるだけだ。ベガが今何とか語りかけて連絡を
繋ぎ止めてる。すぐにすぐ何かが出来るって状況じゃねえが、
1度合流してもらえねえか。場所は、さっきの宿でどうだ)
了解すると、ユウキはウインドウを閉じた。
アルスは、今一体どこにいるのだろうか?
一筋縄では行きそうにない──ユウキはそんな予感を覚えた。