アルスの失踪
リュウドは立ち話で済ませられる話では無いだろうと考え、
2人を部屋へ呼んだ。
適当に椅子を並べ、向き合って座る。
「探してくれという事は、連絡が付かなくなった訳だな」
「察しが良いな、まあそういう事なんだ」
チャットウインドウやメッセージは、瀕死や意識の喪失、
あるいは敵と混戦状態などで応答出来ない状況でなければ
普通に機能する。
現在は遠距離になると繋がらなくなる状況ではあるのだが。
「あいつは今どこかで、多分魔法で眠らされてる」
「魔法で眠らされている……?」
ユウキの話がリュウドの頭をよぎった。
「アルスのステータスにはずっと睡眠の異常状態表示が
出たままなんです。呼びかけても応答が無くて」
ベガが持ってきた杖をギュッと握り締めた。
同じ眠った状態でも休む為に眠った時は休眠の表示となり、
魔法やモンスターの技で眠らされた状態は睡眠となる。
「いつからいないんだ? 何か思い当たる事などは」
「気付いたのは今朝だ、部屋には剣も鎧も無くて。なんで
部屋を出たのかは、まあ何となく分かるんだけどな」
ラリィは少し唇を尖らせ、続けた。
「昨日の晩飯の時、隣の客が世間話をしてたんだ。どうも
夜な夜な、商店の裏手をうろついてる奴等がいるようだと。
で、昨晩は食い物屋の貯蔵庫の鍵が開けられててハムとか
チーズが盗まれたって様子でな。まるでネズミだなって
アルスに冗談半分に話を振ったら、あいつ、そんな悪事を
黙って見過ごす訳にはいかない! なんて急に正義感全開
になってさ、その客達に詳しい話を聞きに行きやがった。
例の3人組がやってんじゃねえかって話は聞こえたな」
「奴等か。それでそいつらを捕まえに行ったのか?」
「あたしが止めとけって言って、あいつも渋々宿に戻って
来たんだ。でも、夜中に出かけたんだろ?」
聞かれたベガはコクンと頷いた。
「ベッドから出て行ったのが分かって。でも、御手洗いに
行っただけだと、私、思ったから」
そう思うのが普通だ。彼女は責められない。
「彼は自主的に、所謂パトロールに行ったのだと思うが、
こそ泥達はどの辺りで盗みを働いていたと聞いた?」
「そうだな、確か金持ちが住んでるとことの境目くらいに
ある商店だったかな。そこは食い物1つとっても高級品が
揃ってるらしくて、そりゃ盗み甲斐もあるだろうよ」
ラリィの話を聞いていると、リュウドの前にユウキからの
チャットウインドウが開いた。
リュウドは2人にすまないと断りを入れると、部屋の外で
応答した。
(もう少しで宿に着く。そっちは何かあった?)
(ついさっき、昨日会った2人が頼みがあると来ていてな。
それより誘拐の話がどうなったのか、教えてくれ)
(ああ、分かった)
そう言うとユウキは屋敷での出来事を簡単に話した。
パーティー会場を出て住宅街の外れでマスクのプレイヤーに
アントニーが眠らされた事、身代金の要求額は50万ゴールド、
アントニーを名指しする脅迫状、あの3人組が目撃されていて
関係している可能性、金の受け渡しにはクレマン自らが行く事、
プレイヤーは関わるなという誘拐犯からの警告、クレマンが
誘拐の話は仲間内だけにしてくれと言っていた事。
(……そうか)
うんとリュウドは1つ唸る。
単に了解の意味だけではないと、何となくユウキは思った。
(さっき2人が来たって言ってたけど、3人じゃなくて)
(ああ、アルスという少年の事でな。手短に話そう)
リュウドは、高級住宅街近くの店で最近夜間に盗みがあった事、
アルスが例の3人組らしいと噂される窃盗犯を捕まえる為に
昨晩夜中に宿を出た事、そしてそのまま帰らずに眠らされた
状態でどこかにいるらしい、と説明した。
(2人は、彼を一緒に探して欲しいと頼みに来たのだ)
(リュウド、何て言うか、これって)
(ああ……この符合、偶然だと思うか?)
(単なる偶然、だとは言い切れない気がするな。アキノにも
事情を説明する、そっちで話そう。すぐに到着するから)
ウインドウが消えたのを確認すると、リュウドは部屋に戻った。
「朝っぱらから、何か大事な用事でもあったのか」
「故あって詳しくは言えないが、トラブルを見かけたようでな」
誘拐の件には触れずに話をしていると、2分としないうちに
ユウキ達が到着した。
「おう、押しかけて悪いな。邪魔してるぞ」
「ああ。事情はさっきリュウドから教えてもらった」
「うん、アルスがいなくなってな。今も睡眠状態のままだから、
いざこざにでも巻き込まれてるんじゃねえかと思うんだが」
ユウキはアキノと顔を見合わせ、思考する。
例の件を話すのは仲間内だけだとクレマンと約束した。
では昨日出会ったラリィとベガはどうだろうか。
パーティーは違うが仲間と判断して問題は無いはずだ。
「仲間には話して良いと言われたんだけど、俺達はさっきまで
ある事件の話を聞いていた。今まさに、現在進行形の事件だ。
そこに、もしかしたらアルスが巻き込まれたかもしれない」
「なんだ、それヤバイやつなのか?」
聞かれたユウキは1つ深呼吸する。
重大な事件だけに言葉で出力するにはエネルギーがいる。
「実は昨日の夜、誘拐事件があった。さらわれたのはオーレリア、
さらったのは俺達と同じプレイヤーだ」
「プレイヤーが誘拐!? オーレリアって、ああ昨日絡まれてた
良いとこのお嬢か」
そう彼女よ、とアキノが頷いた。
ベガはわわわと小さく声を漏らし、ラリィを窺っている。
「そういやあたしらが探してる時に、普段見ないような格好の
連中が誰かを探すような素振りで走り回ってたなあ」
「そ、その事件に、アルスがどう関わっているのです?」
「まだ断定した訳じゃないよ。でもマスクとマントで姿を隠した
プレイヤー達が出てきたのが、高級住宅街の外れらしいんだ」
「商品を盗まれた店があるのも、確かその辺」
「そうだ。そこで昨日も一緒にいた、あのアントニーって男が
魔法で眠らされた。それを今朝、俺とアキノが見つけたんだ」
アキノは自分が魔法で回復させたのだと説明した。
それを理由に、グロリアス家に顔を出す事になった経緯も。
「意識を失う直前、近くに例の3人組がいるのを見たそうよ。
昨日の仕返しの為に仲間を集めて誘拐を企てたに違いないって
アントニーは言ってて、今の所はそういう話になってるみたい」
部屋の中が静まり、通りを行き交う雑踏の音が聞き取れた。
今交わされた情報で、誰もが同じような推測を立てていた。
「そこであいつも、とばっちりで眠らされたって事か」
「十中八九、そうだろう」
ラリィの呟きにリュウドが返す。
ユウキが継いだ。
「こそ泥を捕まえに行った先で、偶然誘拐現場を見てしまった。
彼の性格なら隠れたりせず、その場に向かって行くだろうな」
アルスは正義感のある、勇敢で実直な少年だ。
だが実力で言えばフェンサーに成り立てで、ビギナーからやっと
抜け出た辺り。
能力では、それなりに経験のあるプレイヤーには到底及ばない。
当時睡眠に耐性のある装備は持っていなかっただろうし、仮に
有っても奇襲で睡眠魔法を掛けられれば抵抗はまず不可能だ。
「ところで探すのを頼みに来ておいて何だが、誘拐されたお嬢は
探したりしなくて良いのか? さっき話を聞いてきたって」
「協力したいけど、プレイヤーは関わるなって脅迫状に書かれて
いた。親のクレマンからも、対応はこちらだけでやるからって」
「そうか。そういう事なら仕方ねえな」
リュウドがその会話を腕組みしながら聞いている。
関わるな、と言われてもリアルタイムで動いている事件だけに、
やはり気にはなるものだ。
「話を戻すけど。アルスと連絡が付かない以上、まずは街中を
足で探さないといけないな」
「手伝ってもらえるか。悪いな」
「アントニーが、私達が気付かなかったら見つからないような
路地に放置されてたんだから、彼も眠らされて人目に付かない
場所まで運ばれた可能性があるかもしれない」
ユウキ達はまだマップで確認していないが、誘拐犯が出てきた
場所と、アントニーが見つかった路地は、少し離れている。
アキノの言う通り、アルスも同じ目に遭っている可能性は高い。
手分けして探すか、という話になった所でドアがノックされた。
「皆さんにお茶をお出ししようかと思ったんですよう」
そう言いながらコリンヌが入ってきた。
トレイには湯気の立つカップと茶菓子が乗せられていた。
「朝からもうバタバタしてて大変ですねえ。何でもオーレリア
お嬢様がいなくなったとかで」
ユウキは一瞬ギョッとしたが、彼女が屋敷のメイドや労働者と
情報のネットワークを持っていた事を思い出した。
朝、探し回っていた使用人から聞いたのだろう。
落ち着いた様子から、まだ誘拐までは知らないと思われる。
「パーティーに出たっきり、戻らないとか。前にもパーティーで
旦那様と喧嘩して会場から飛び出したり、馬に乗って家出した
事があったんですよう。素晴らしい人なのに時折、じゃじゃ馬
みたいになって。ああ、やっぱり性格は父親似なのですよう」
「へえ、そうなんだ」
ユウキは適当に相づちを打った。
下手に会話をして、口を滑らせてしまうのは避けたい。
「今回はどうしたものですかねえ。結婚が嫌で、前に屋敷で
会っていた青年と駆け落ちを……なんて事は無いですねえ。
ロマンスを歌う歌劇や演劇じゃあるまいし」
この歳で奉公に出て働いているだけあって、コリンヌは意外と
現実的な視野の持ち主のようだ。
「あ、そうそう。朝食のサンドイッチがまだ残ってるんですが、
どうしますか?」
「包んでもらえるかな。アキノの分も。これからまた出なきゃ
いけないんだ」
そう言うとユウキは装備品を付ける準備を始めた。