情報を集めて
城壁に囲まれた街、ルーゼニア王都。
ゲームの中ではデフォルメされていたが、万単位の住民が暮らしているれっきとした1つの都市だ。
石造りの家が建ち並び、ブロックを敷き詰めた道路には人が行き交う。
露店商の声が活気を生み、パン屋の煙突から煙が上り、街中を流れる河川には、荷物や人を運ぶ小船が船頭を乗せてゆっくり進む。
聖堂の鐘が鳴ると、噴水のある広場から鳩が飛び立っていった。
東城門から街に入ったユウキ達は、アトラクションなのではないかと思わせるほど、風情に溢れた街並みに感嘆した。
しかし 観光気分で遊ぶ心の余裕など無い。
他のプレイヤーと情報共有をしながら、知識と常識の収集に乗り出した。
ゲーム内のNPCは、この世界では皆普通に生活を営んでいる。
無論、プログラムなどではなく、人として生きているのだ。
国や民族は複数あるが、便宜上、その総称はエルドラド人とした。
見た目は基本的に西洋風なのだが、日本語で会話が通じる。
文字はアルファベットと似た、ここ特有のものが使われているが、プレイヤーは誰もが普通に読み書きする事が出来た。
こちらの世界に飛ばされてきたから、それが可能なのかも知れない。
エルドラド人はプレイヤーキャラを異界人と呼んでいるらしい。
いつからかどこからともなく現れて、魔王と戦っているという認識で、強敵を討った一部のキャラは英雄視されているそうだ。
現在は引退した初期のプレイヤーの中には、伝説の勇者のように扱われる者もいて、そこに知人の名前がある事にユウキは驚いた。
イベントで会った者や商店の店主などはゲームの中で異界人に会った事を記憶していて、プレイヤーも面識ある人物と話している気分になる。
よく行く商店街で店を覗き込む、そんな気持ちになってくるのだ。
ゲーム内の出来事が、リアルな記憶へと上書きされているようだ。
また、遠距離の仲間とやり取りするメッセージなどは一種の魔法のようなものだとされ、エルドラド人にも使える者がいると言う。
大量のアイテムや大金を持ち運べるゲームシステムは、異界人が魔法の袋、魔法の財布を持っているからという解釈になっている。
かさばるアイテムも一定数は小さなリュックに入り、重くない。
財布は手を突っ込めば、所持金から思った額を出せる仕組みだ。
ずばり、あの猫型ロボットのポケットだと考えれば話は早い。
通貨単位はゲームと同じゴールド、物価から見て1ゴールドは100円で計算できそうである。
アドベンチャーズギルドという異界人をサポートする為の施設があり、ゲームと同様、カウンターで名簿に記帳してセーブする他、アイテムや金の預かり、ギルド立ち上げの登録、簡易宿泊はそのまま行われていた。
だが遠方の国で乗れる飛行船のチケット予約、指定した街への魔法陣での瞬間転送は現在行われていない。
移動に関しては、タウンポータルという別の街へ瞬間移動が可能な魔法やそれに類似したスキルは効果を失っている。
転送魔法陣や瞬間移動の使用不能には何らかの理由があるようだ。
王都はアドベンチャーズギルド以外にも主要な施設が揃っている為、必然的に人が集まり、いつもならたくさんのギルドやパーティーを見かけるが、今はほとんど見られない。
アップデートで新たにマップが追加されると噂があった地域でセーブし、ログアウトした者が多かったせいだと推測される。
接続者検索は正確に機能せず、同じギルドやパーティーでも、まだ会っていない者とは連絡が取れなくなっているのが現状だ。
いくつか偶発的な出来事で分かったのは、異界人は死なないという事。
苦悩から喉を突いて自ら死を選んだ者、些細な諍いから斬り殺された者。
魔法の誤射で火炎弾に当たって焼け死んだり、モンスターに殺された者もいた。
どのケースも一定時間で死体は消え、少し経つと健在だった時の姿で、セーブポイント近辺に現れる。
デスペナルティ(キャラ死亡時のゲーム内での代償)なのか、レベルは下がってしまうらしい。
とんでもない奇跡が起こっているように見えるが、ゲームで死亡から復活した際のプロセスが目の前で起こっているだけだ。
死ねる回数が決まっているのか、死因によっては復活出来ないのかは分かっていない。
人類の永遠の夢であった不死。
だがこの世界での不死は、脱出するまで異界人は生き続けなければならないという定めの押し付けに違いなかった。
異界人は死なないが、普通に喉は渇くし、腹も減るようだ。
動植物や食べ物は地球上の物と大差は無いらしく、食文化も近い。
2人は料理が美味いと評判のPUB『マリーの店』に入り、試しにパンとチキンにサラダとスープが付いた定食を頼んだ。
料理の載った皿が並べられると、ユウキはごくりと唾を飲み込んだ。
微かに甘い香りがするパンは、ふっくら柔らかで食べ応えがある。
スパイスの効いたチキンは皮がパリッと焼けていてたまらなく香ばしく、中の肉は抜群にジューシーで噛む度に顔が綻ぶような美味さ。
プロシュートの入ったサラダは風味豊かなドレッシングが新鮮な野菜を引き立て、幾つもの具材の旨味が出たスープはどこか気分をホッとさせてくれた。
普段コンビニ弁当などのわびしい食生活していたユウキは皮肉にも、食物をしっかり咀嚼し、滋養とする重要性をこの世界で再認識した。
代金は一人5ゴールド、この値段で1食が賄えるのは有り難い。
食の不安が無くなった事で、ユウキ達はひとまず安堵した。
その後、当然だが食べたら出さなければならない事も分かる。
リザードマンの排泄がどんなものか興味があったが──ユウキはデリカシーを優先した。
ゲームだと区画がデフォルメされてひとっ走りで街を回れたが、リアルでは万単位が生活している街だ。
施設の大体の位置は変わらないので迷子にはならないものの、バスや電車移動が基本だった者としては、足で稼ぐ情報収集は結構きついものがある。
そうして疲労した体は、睡眠を要求した。
ユウキはレベル130でリュウドは135、HPは6500と9800。
魔法使い系と戦士系の職としては平均値だ。
魔法を使うのに必要なMP、スキルを使う為のSPもレベル相応にあるが、疲れて眠いとそれらの数値が徐々に減っていくのが分かる。
具体的には表れないが、睡眠不足や空腹は立派なステータス異常なのだろう。
下手をすれば、過労死や餓死が死因にもなる訳だ。
ユウキは郊外エリアに大金で買った家があるのを思い出し、リュウドも同じく住まいを持っていたので、そこを宿にした。
インテリアはほとんどいじってないので、簡素なベッドと何の変哲も無いテーブルセットがあるだけだが、休むのには十分だった。
他の者も、自由に開放されているアドベンチャーズギルドの建物や簡易宿泊所で夜を明かしているようだ。
常識や生活の基本が分かると、次は外からの情報に注目した。
既に街を出て探索に向かっているパーティは複数あり、フレンド登録した者やその先の先の繋がりからも伝聞で逐一情報が入ってくる。
マップ機能はリセットされていて、どのパーティーもマッピングしながら探索を進めている。
各々頑張ってはいるが、進行具合は芳しくないようだ。
まずはユウキが目を覚ました、東城門から東へ出発したパーティー。
奥深い森林が続き、毒や幻覚効果を持つ植物系や昆虫系モンスターが多く、山越えの際には高山病と似た症状に襲われたと言う。
山の民が住む集落まで辿り着いたが、現在は一旦休息中。
南に向かったパーティーは、砂漠の入り口にある村からスタートしたパーティーに途中で出会ったそうだ。
砂漠地帯はそこだけ極端に気温が高く体感で40度以上。
飲み水は大量に準備していたが脱水症状と熱中症に襲われ、猛毒を持つ蛇やサソリのモンスターからギリギリ逃げ延びてきたらしい。
毒のステータス異常1つを取っても、エルドラドには『神経毒』や『出血毒』など様々な種類があり、適切な回復法を持たなければ南方は厳しいだろう。
実際、オアシスから離れられないパーティーは多いようだ。
北は小さい山々があり、難所は少ないが、昼間でも霧深い上に道が複雑で、アップデートの影響なのか、何やらフィールドマップに分かれ道が増えているらしい。
パーティーは迷子になりかけながら、次の街を目指しているとの事だ。
「そろそろ次の行動を決めておこう」
ここに来て5日目の夜、すっかり常連になったPUBのテーブルで、2人は情報の整理に入っていた。
ユウキは頭の中で、土地のデータが更新され始めたマップを確認した。
こういったデータ更新はパーティーやフレンドで共有されるようだ。
王国周辺しか開かれていないマップは、ゲームを始めたばかりの頃を思い出させた。
「もう少し情報を集めないとだけど、多分西ルートが無難かな」
「そうだな、西から出た者は変わりなく進んでるようだ。それで、そこからどこを目指す?」
「カーベインに行こうと思ってる」
カーベイン──大きな港を持ち、交易で発展した街。
各地から人と物が集まり、商人職を中心とした独特の文化を持つ。
「フェリーチャ商会に顔を出してみようと思う。とにかく色んな所に伝手を持ってるから、情報も入ってきてると思うんだ」
フェリーチャ商会はカーベインに拠点を置く商人ギルドで、全ギルドで最大のメンバー数を誇る。
商人職は戦闘力は高くないが、露店や自分の店でアイテムを販売出来るスキルを持つ。
この売買という行為が商人職の意義であり、その本質だ。
フェリーチャ商会は武器防具を作れる鍛冶屋、魔法アイテムを錬成するアルケミスト、一般の店には並ばない薬品を調合できる薬師を多く抱え、材料の仕入れから受注、売買までを一手に行っている。
その運営形態は単なるギルドと言うより、1つの企業に近い。
それだけに大型アップデートや細かなパッチの度に、ダンジョンやモンスターの攻略に有効なアイテムをリサーチし、需要と供給によってレートや販売数を設定し、黒字を出す事に余念が無い。
一見堅苦しそうだが、そういった販売や経営を楽しむタイプが集まるので上手く回っているのだ。
「分かった、カーベイン行きに異論はない。遠出なら念の為、食料や薬品は多めに持って行きたい所だ。野営用の装備も揃えたい」
「ああ、それと万が一に備えて回復役が欲しい」
「神官、欲を言えば上級神官か」
「もし知らないモンスターが追加されてて、それが厄介なステータス異常を引き起こすタイプだと、全滅はしないにしても負担が大きい」
まだ情報は無いが、アップデートで未知のモンスターが追加されている可能性もある。
希にボス級のモンスターがフィールドマップに現れる場所もあり、高めのレベルでも油断は出来ない。
探索が進まない理由の1つに、モンスターとの遭遇がある。
どのパーティーも、普段なら容易く倒せるモンスターに苦戦している。
弱い敵なら武器や魔法が当たれば簡単に倒せるが、剣の振り方も魔法の詠唱も、慣れるまで時間が掛かるようだ。
それに、やはりモンスターとの戦闘には恐怖を感じる。
強靭な肉体へと変わり、特殊なスキルや魔法が使えるとは言え、中身は最近まで学生や会社勤めをしていた普通の人間なのだ。
数値上で危な気なく倒せると分かっていても、唸り声をあげる虎か熊のようなモンスターが現れたら、腰が引けてしまうのが普通だろう。
ユウキも戦いや実物のモンスターに興味はあるものの、避けられる危険は避けるのが正解だろうと思っている。
それとなく目的が決まった所で頼んでいた料理が来たので、2人は夕食にした。
きのこと牛肉の入ったパスタ風の料理、それにワインも頼んだ。
パスタ風はきのこの食感が楽しく、旨味が出たソースとよく絡んで文句の無い美味さ。
ワインも軽めでさっぱりしていて、酔いはしないが朗らかな気持ちになれた。
別の街に行ってもこんな料理が食べられたら幸いだなと、ユウキはギィと鳴る椅子にもたれ掛かった。
そして、ふと思う。
街のそばでログアウトしていて本当に良かったと。
もし、真っ暗なダンジョンの奥でログアウトしていたらと思うと、考えただけでゾッとする。
自分の部屋から突然、モンスターが徘徊する洞窟にでも飛ばされたとしたら──。
ユウキは正常でいられる自信が無い。
ログインで現れるはずの場所に、プレイヤーは現れた。
この世界に一体どれくらいのプレイヤーが来ているのだろう。
サーバー単位なのか、それとも一定の時間にログインした者全てなのか。
ついさっき目的地に決めた商人ギルドにしたって──それだって、ギルドメンバーのプレイヤーがこちらに来ているという仮定の上での話だ。
やはり、まだまだ情報が足りない。
憶測を少しずつでも、事実へと変えていかなければ。
ユウキはグラスに残ったワインを静かに口に含んだ。
この世界に来て、妙に前向きになれている自分に少し驚きながら。