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冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
29/173

グロリアス家の屋敷にて

(屋敷に連れて来られたとはどういう事だ?)

 チャットウィンドウを通して伝わるリュウドの声は、

落ち着きながらも明確な回答を待っているようだった。

 何しろ、散歩に行くと言って宿を出たユウキから突然、

グロリアス家の屋敷にいると連絡が来たのだ。

 しかも何やらトラブル絡みなのが伝わってくる。

 ユウキは声を出さずにウインドウで返答した。

 周りには警官や屋敷の使用人達がいる。

(俺達が、路地裏で眠ってたアントニーを見つけたんだ。

それが強い睡眠魔法で眠らされてたみたいで、アキノが

回復させたんだけど。起こしてみたら、オーレリアが

異界人に誘拐されたって騒ぎ出して、それを聞き付けて

辺りを探してた警官と使用人達が集まってきちゃってさ)

(誘拐だと? まさか、犯人扱いを?)

(いや、説明したら分かってもらえて。それは大丈夫。

一応アントニーを介抱したって事で、これから屋敷の主、

クレマンの所に顔を出しに行くって話になったんだ)

 数秒だけ間が空く。事態を整理しているのだろう。

(さらわれたのは確かか?)

(ああ、間違いないと思う。アントニーのそばで拾った

んだ、それらしい脅迫状を)

(脅迫状? 身代金を用意しろと、ああいうものか)

(ああ、でもちょっと気になる部分があるって言うか。

隠すのも変だからこれから見せてみるよ、疑われない

ようにタイミングを見て)

(……分かった、とりあえず私は宿で待機しておく)

 ウィンドウが閉じ、会話を終了した。

 誘拐の件は口外しない方が良いだろう、と言い忘れたが、

リュウドはこんな話題をペラペラ喋るような性格では無い。

「リュウドには連絡しておいたよ」

「ありがとう。……ところで、凄いお屋敷ね」

 アキノは右から左、下から上へ、ぐるりと周囲を眺めた。

 ユウキ達は立派な柱のある玄関ポーチから絨毯の敷かれた

エントランスホールに入ったところで、待たされていた。

 天井は高く、手すりに飾りが施された正面の大階段から、

ふき抜けの2階へと上がれるようになっている。

 立派な門や広く整えられた庭もあり、いかにも大金持ちが

住む屋敷という構えの建物だ。

 ゲーム好きのユウキは、有名なサバイバルホラーゲームに

出てきた洋館と似た造りだ、という感想を持った。


「ご案内します、どうぞこちらへ」

 準備が出来たのか、使用人の1人が先導を申し出てきた。

 長い廊下を付いていくと、豪しゃなデザインのドアがあり、

中へと案内された。

 華美な装飾がなされたドアが目立たなくなる、これまた

煌びやかな内装の部屋。広々としたここは応接間だろう。

 入り口には執事服姿の3人の執事が控えており、1人だけ

高齢な者は執事長だろうか。

 壁際には青い制服の警官達が5人並んでいる。

 重々しい空気が漂う部屋の中央には高級そうなテーブルと

ソファのセットがあり、そこには4人の人間がいた。

 ユウキ達の入室を確認すると、1人が立ち上がる。

 タイを締めたシャツにベスト、下はスラックスという服装に

やや中年太りの身を包んだ50代くらいの男で、グレーの

豊かな髪と口髭を蓄えた顔からは貫禄を感じさせる。

 グロリアス家の当主、クレマンだ。

「君達が、彼を介抱したと言う異界人だな」

 まるで部下でも呼び付けるかのような口調だが、コリンヌの

話から見るに、少々尊大な所があるのだろう。

 ユウキ達は、はじめまして、とテーブルへと歩み寄った。

「俺はユウキと言います。こちらは魔法で介抱をしたアキノ」

「はじめまして」

 頷いて座るクレマンの隣には中年の女性が1人、オルガ夫人だ。

 オーレリアとよく似ていて誘拐された彼女が母親似なのが分かる。

 その向かい側に座るのは頭頂部まで禿げ上がった中年男性で、

クレマンと同等の品の良さと威厳がある。

 多分ベルカー家の当主、アントニーの父親ではないだろうか。

 そしてその隣には鬱屈とした表情のアントニー。

 シャツ姿でさすがに着替えは済ませてあるが、強烈な睡眠魔法は

眠る前後の記憶が一時的にぼやけるので、未だにぼんやりとした

表情のままだ。

「彼を介抱してくれた事には感謝する、すまなかったな。何かしら

礼をしたい所だが、それについては日を改めてもらいたい」

「分かっています。今は娘さんを……」

 クレマンは唇を噛み、やがて頷いた。

「つい先ほど彼、娘と婚約の予定があるアントニー君から報告を

受けた。昨晩、君らと同じ異界人に娘がさらわれたそうだ」

 ううっと小さく悲鳴が上がった。夫人のものだ。

 クレマンは上に立つ者として冷静に努めているようだが、その目は

血走っている。内心は興奮と不安でかき乱れているのだろう。

 そこからクレマンは、自分が知る限りの情報を話し始めた。

 2人は昨晩パーティーに出かけた。定期的に夜通しのパーティーが

行われるそうで、2人は催しである歌劇を鑑賞し、社交界で挨拶を

して回ってから、夜更け過ぎまで会場にいたのだと言う。

 酒が入っていた2人はどちらともなく少し歩こうという話になり、

上流階級者の住宅街を外れた辺りまで来たらしい。

 そこに突然、マスクで顔を覆い隠したマント姿の異界人達が現れ、

アントニーはたちまち眠らされてしまったのだそうだ。

 2人がいつまで経っても帰りの馬車に乗らない事を不審に思った

御者が屋敷に連絡し、夜明け前から捜索が始まったという。

 そこまで話すと、クレマンはアントニーを睨み付けた。

「酷な話だがね、君は一体何をしていたんだ。自分は剣と魔法を

習っているから娘の安全は任せろと、そう言っていたではないか!」

「す、すみません、それはその、あまりにも突然の事で」

 口では謝るものの、何故自分が怒られるのかと理不尽そうな顔だ。

 恐らく、口ばかりで剣も魔法も大した実力ではなさそうだから、

どちらにせよ、誘拐を阻止する事は出来なかったのではないか。

 常人を超越するプレイヤーの力を知るユウキはそう判断した。

「さらわれたのは確かなのだろうが、相手の目的が分からない。

君達は異界人として何か心当たりは無いか?」

 そんな共通点だけで誘拐目的を推測させられても返答に困る。

 だが、例のカードを見せるのはここだとユウキは悟った。

 事前に知らせておいたアキノも彼を見て頷く。

「俺達は誘拐については全く分かりません。ですけど、さっき

これを見つけたんです。アントニーさんの近くに落ちていて」

 ユウキはポケットから出したカードを、クレマンの前に提示し、

「脅迫状だと思うのですが」

「な、なに!? そんなものが!」

 クレマンだけでなく、部屋にいる全員がざわついた。

 彼は強引にひったくって目を通すと、そのままカードを握り潰し

かねないほど両手をわなわなと震えさせた。

「貴方、そこにはなんて」

 覗き込もうとする夫人を制し、クレマンは冷静に、いや必死に

冷静を装って内容を音読する。


 オーレリアは預かった

 正午までに50万ゴールドを用意しろ

 この金額は身代金であると同時に

 今まであの男が行ってきた事への

 賠償であると思われよ


 アントニーに恨みを持つ者より



「えっ!」

 最初に明確な声を上げたのは、名指しされたアントニーだった。

 続いて部屋のざわつきが増して行く。

 クレマンは親子に見えるように、テーブルにカードを置いた。

「ここに書かれた恨みという言葉に、何か身に覚えは無いかね?」

「……さあ、ぼ、僕には皆目見当も」

「君は誘拐犯にあの男と名指しされているんだ。それはつまり、

君に怨恨を持つ者が娘を誘拐したという事じゃないか」

「そ、そうだとしても僕には何の事だか」

 クレマンは口元を押さえて逡巡すると、アントニーの隣を見た。

「ガルステンさん、貴方は息子は誠実だとおっしゃっていましたな」

 アントニーの父、ガルステンは突然の追及に目を白黒させた。

「アントニーは長男ウィリアムと同じく、大学で優秀な成績を修め、

周りからは一目置かれています。ベルカー家の人間に相応しい男で

あれと日頃から教えていて、息子を慕っている友人も多いと聞く。

私の耳には悪い話など何一つ入っておりませんよ。だからこうして

そちらに縁談の話を」

「疑いたくはないのですが、悪い噂を聞いたのを思い出しましてな」

「と、突然何をおっしゃるのですか!?」

「少し前に娘が伝えに来たのですよ。彼には酷く悪い噂があるよう

だから今度の婚約は控えた方がいい、そう言いに来た者がいたと。

私は、どうせいい加減な噂で金をせびりにきた奴が来たのだろうと、

細かい話までは聞かずに娘を黙らせましたが。そういう輩には毎回

うんざりさせられているのです、うちの関係者の醜聞をでっち上げ、

強請りたかりを繰り返してくる。だがしかし……もしも娘が言って

いたその噂とやらが本当なのだとしたら」

 突然、当のアントニーが立ち上がった。

「そんな根拠の無い話を信じると言うなら心外ですよ。僕には何の

覚えもない! 僕が誰に何をしたと言うんです!? そんな噂、下品な

連中の僻みからこねくり回されて出てきた、単なる作り話ですよ!」

 顔を真っ赤にして一息で話し終える。

 誰も言葉を発せず、それからややあって、

「あ………思い出した、思い出したぞ。犯人はあいつらだ!」

 アントニーは唐突に、ハッと何かに気付いた素振りを見せた。

「オーレリアをさらってこんなでたらめな恨み言を送り付けたのは、

昨日絡んできたあの3人組の仕業だ!」

「どうしたアントニー、思い当たる節があるのか?」

「ええ、昨日オーレリアに絡んで暴力を振るおうとした悪辣な異界人が

いたのです。僕が追っ払うと捨て台詞を吐きながら逃げていきましたが。

その時、少し騒ぎになって、そこの彼等も仲裁に入ってきました」

 アントニーはユウキ達を指差す。

 矢印を追うように、クレマンがその先を見た。

「君達、それは本当かね? 娘が異界人に絡まれていたと」

 アントニーが見栄を張って活躍を偽っているが、今そんな事はどうでも

良い。ユウキはクレマンの質問には素直に答えた。

「本当です。何でも、他にも色々トラブルを起こしてる連中らしくて。

でもアントニーさん、襲ってきた連中はマスクをしていたそうですが、

何故あの3人組が犯人だと分かるんですか?」

「今はっきりと思い出した。意識を失う直前、倒れながら見た隣の路地に

奴等がいたんだ。夜中のあんな時間にだぞ。きっと3人組は見張り役か

何かで、襲ってきたのは奴等と結託した仲間に違いない!」

 前述の通り、睡眠魔法は一時的に記憶が曖昧になるが、あの目に付く

外見の3人である。3人組は確かに現場近くにいたのだろう。

「じゃあ、奴等が仲間を集めて誘拐を企てたと、そう言う訳ですか?」

「ああそうだ、絶対そうに違いない。あの山猿以下の異界人どもめ! 

クレマンさん、奴等を指名手配にしましょう。あいつらを捕まえればっ」

「ああ、そんな連中は賞金首にでも何でもして」

「待って!」

 夫人が悲鳴のような声を上げた。

「興奮して物騒な話にしないで。今はまずオーレリアの為にお金を

用意するのが先でしょう?」

「誘拐と決まったのなら、我々もそのように対処しますから」

 捜索の担当者と思われる中年の警官がテーブルへと近付いてくる。

 アントニーは興奮冷めやらぬようだが、クレマンはすぐ落ち着いた。

 気の強さはあるが、己をコントロール出来る性格でもあるのだろう。

「ベルカー家も出来る限り協力しますが、50万ゴールドを今すぐ

用立てるのはさすがに……」

「それは心配しないで頂きたい。うちには取引用に使う物とは別に、

1000ゴールド硬貨で丁度50万ゴールドを金庫に置いてあります

のでな。万が一にというやつです」

 奇遇な一致だなと、何となく会話に入りづらいユウキは思った。

 アキノも居心地の悪さを感じているようである。

 介抱しただけで、もう完全に話が自分達から遠い所に行っている。

「しかし準備しろと言われても、ここにはいつどこで渡すかの指示が

書かれていない。これからどうしろと──」

 クレマンが腕組みをして唸ると、ドアがノックされた。

 一同怪訝な顔をするが、執事に開けさせるとメイドが立っていた。

「なんだ、急用で無ければ何も取り次ぐなと──」

 そこでクレマンは、彼女の手にあるカードに気付く。

「それはどうした?」

「はい旦那様。先ほど裏門近くを掃除していたところ、門がノック

され、開けるとこれが置かれていました。それで」

「置いていった者は見なかったか?」

「すぐに門を開けたのですが、誰も」

 裏門の通りは左右に塀が続く一本道で、人が隠れられる場所は無い。

 ユウキはプレイヤーの潜入か隠密のスキルだろうと看破した。

 クロークステップ、スニーキング、影まとい、など姿や足音を

消し去るスキルは数多くあるし、そういった効果を発揮する魔法や

アイテムも存在する。

 メイドからカードを受け取ると、再びクレマンは手を震わせた。


 1時に街の南東にある、林の中の三つ岩に来い

 身代金が支払われれば娘の安全は約束する

 事を荒立てたくなければ異界人を介入させるな


 読み上げられた言葉に室内はまた騒然となる。

 ユウキは街に到着前、三つの岩が並んだ場所を遠目に見たのを

思い出しながら、何となく予想通りだなと1人納得した。

 プレイヤーにとって警官や警備兵などは物の数では無いだろう。

 だが同じくプレイヤーが奪還に協力するとなると話は別になる。

 状態は拮抗、いや三人組のレベルなどたかが知れたものだから、

ある程度のレベルの者が対抗すれば計画は破綻する。

 結託したと思しき者達がどのくらいの強さかは不明だが。

「クレマンさん、警察が協力します。準備出来次第、身代金を

運ぶ者を手配しましょう」

 担当警官が彼に近寄るが、

「私が身代金を運ぼう」

 クレマンが言った。

「娘が誘拐された以上、他人任せには出来ん」

「危険が伴うかもしれませんよ」

「一応従者としてボディガードを何人か連れて行くつもりだ。

娘が無事戻ってきたら、警察は犯人を追ってもらいたい」

 1人で渡しに来いとも誰が来いとも指示には無かった。

 娘の安全を第一に考えるなら、クレマンの判断は正しい。

「クレマンさん」

 断られるのを承知で、ユウキは声をかけた。

 クレマンは察し、首を振った。

「君達がいれば心強いが、この件には関わらないでもらいたい。

言い掛かりを付けられぬよう、犯人からの指示に従うつもりだ」

 ユウキはでしゃばらず、分かりましたと返した。

 前に王都で起きた事件とは何もかもが違い、今回は誘拐事件だ。

 ネゴシエーターでも無ければ変に首を突っ込むのはまずい。

 アキノは何も言わなかったが、その辺は理解しているようだ。

「ところで1つ気になったのだが。君達異界人は遠い仲間と会話し、

情報を共有出来る力があると聞く。アントニー君を介抱してここに

来るまでに、誘拐について仲間に話してしまったかな?」

「……すみません、事態の説明として連絡だけは。迂闊でした。

ただ、俺の仲間は軽々しく誰かに話すような性格ではありません」

「そうか。君の仲間内だけでなら構わないが、広く伝えるのは

止してくれ。ただ朝から街中を探させたからな、娘がどうにか

なったのは皆に知られてしまったかもしれんが」

 急ぎましょうと担当警官が割って声を掛ける。

 夫人もベルカー親子も、部屋に控えた執事達も今後の動向に気を

張っているのが分かる。

「娘さんが戻ったら、異界人として犯人の逮捕に協力しますよ」

「ああ……その時は頼む」

 クレマンは余裕の無い表情で言った。



「仕方ないよね、私達が関わると話がこじれちゃうし」

 屋敷から送り出された所で、アキノが言った。

 協力はしたいのは山々なのだが、関わる事で最悪、取り返しの

付かない事にもなり兼ねない。

「向こうも警戒してるだろうから、こればっかりはなあ。まずは

宿に帰っていきさつをリュウドに話してみよう」

「オーレリアさんが無事に戻ってきたら、その時はあの3人組を

とっ捕まえてやりましょう」

「3人組、3人組かあ……」

 いつからか、ユウキの胸には妙な違和感が去来していた。



 ユウキ達が高級住宅街を出た頃。

 リュウドは腕組みをして宿の前に立っていた。

 朝食を済ませ、コリンヌにはもしかしたらもう1泊する予定に

なるかもしれないと伝えてある。

 コリンヌは大丈夫ですようと快諾したが、理由は伝えなかった。

 あちらで何かしら動きはあっただろうか。

 通行人が驚くような鋭い目でリュウドが通りを眺めていると、

「おう、おはよう。ちょっと良いか」

 声を掛けてきたのはラリィとベガだった。

 リュウドを腕を解き、頭を下げた。

「あれ、あの2人は? 部屋?」

「いや、所用で出ている。ところで何か用があるように見えるが」

「ああ、知り合ったよしみで手伝ってもらいたい事があるんだ」

「手伝いとは?」

 リュウドが尋ねると、ベガが表情を硬くした。

 ラリィは横目でそれを少し眺め、続けた。

「人探しだ。アルスが昨日の晩から、いなくなったんだ」

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