1晩明けて
翌朝、ユウキはすっきりと目を覚ました。
アントニーに絡まれた事は野良犬にでも吠えられたと
思って忘れ、通りで適当な食堂に入った。
そこが大当たりの店で雰囲気が良く、料理も美味い。
馬鹿息子に少々イラッとさせられた勢いもあってか、
普段よりも少しだけ酒が入り、宿に戻ると長旅の疲れも
あって、早めに床についた。
ウインドウで時間を確認すると、7時2分過ぎ。
二度寝が必要ないくらいにパッチリ目が覚めているので、
体を起こしてみると2人も既に起きていた。
3人は朝の挨拶を交わす。
アキノはまだベッドの中だが、リュウドは着替えを終え、
刀を手に部屋を出ようとしている。
「型の稽古?」
「ああ、基礎は続ける事に意味がある」
リュウドは主に早朝、あるいは時間を見つけては剣術の型の
稽古を行う。構えや素振りだ。
システム的に、経験値やレベルアップなどには換算されない
のだろうが、こうして戦いの勘を常に研ぎ澄ましておくのが
大切なのだと言う。
こういった自主鍛錬を怠らないプレイヤーも少なからずいて、
スキルのコントロールを日々高めているのだ。
だが、そこまで熱心ではないユウキは、リュウドを見送ると
上体だけ軽くストレッチしてベッドでぼんやりしていた。
昨晩言われた宿の朝食は8時から、まだ少し早い。
「アキノ、散歩でも行かないか」
「散歩?」
「うん、その辺をぶらっと」
誘った事に大した理由は無い。
小1時間ほど朝の空気を吸ってくる、文字通り散歩が目的だ。
アキノが快諾すると、交互に部屋で着替え(男女パーティーの
少し面倒な所だったりする)、2人は朝の街に出た。
朝もやは無く、空気はただひたすらに清涼。
その爽やかさの中で、街は動き出していた。
人が動く時間は街が普段どんな顔をしているか、見せてくれる。
通りには荷車を引く商人が行き交い、その間を縫うようにして
商店や紡績工場の従業員達が勤め先へと向かっている。
屋台ではこれから出発するであろう行商人の一団が、大急ぎで
朝食のスープをかき込んでいた。
活発な街の朝。
その喧騒にも似た通りを、2人は静かにのんびりと歩く。
ユウキはそこで改めて、自分が時間に縛られないプレイヤーで
あるのだと自覚した。
ラリィも言っていたが、ある意味で気楽な自由人なわけだ。
隣のアキノを見ると、今更だが昨日買った服を着ている事に
気付く。
チュニックに薄手のパンツ、ラフだが綺麗にまとまっている。
ラフと言う意味では近いが、ユウキは普段着の上下に新しい
パーカーをとりあえず羽織ってきただけのスタイルだ。
ファッションへの気配りが細かい差異に表れているらしい。
ユウキの服装センスはこちらに来る前からこの程度である。
街の中央にある石橋の前まで来ると、アキノが言った。
「2人だけでこういう時間を取るのも何か良いものね」
「そうだね」
ユウキは素直に同意した。
別にリュウドを邪見にしている、という意味合いは全く無い。
2人で緩やかに過ごす時間は、冒険を目的としたパーティー
単位での行動とはまた違った趣きがあるという事だ。
石橋を渡っていると、青い制服を着た者や執事服の若い男達、
ホテルのベルボーイと似た服装の男と擦れ違った。
警官と、あとは上流階級者に仕える使用人だろう。
どうにもバタバタした、慌しい様子が伝わってくる。
「なんだ、何かあったのかな?」
「……うん」
見当が付く訳でもなく、2人は散歩を続けた。
橋を渡り、昨晩食事をした食堂街に来るとユウキは後悔した。
宿で朝食を頼んだが、辺りの店先で売られるサンドイッチが
異様に美味そうに見えてきたのだ。
ソースにほど良くマスタードが効いていそうなハムとレタス、
鮮やかな黄身が何とも魅力的な玉子といったベーシックな物から
分厚いクラブハウスサンドなども出揃っている。
アキノも興味があるようで、ちょっとくらいなら良いかなと
思い始めていると、
「グー……グガー……グガー……」
最初は何事かと思ったが、すぐに人のいびきであると分かった。
店の間にある路地の奥を覗き込むと、生ゴミ用のバケツの影から
人の足が見えた。
酔っ払いが寝込んでるのか?
2人が顔を見合わせてから近寄っていくと、うつ伏せになって
眠っている男がいた。
頭に小さなバケツを被せられていて顔は分からないが、服装は
高そうな燕尾服で履いている靴も黒光りする高級な革靴だ。
さすがにこのまま放置しているのも可哀想になって、ユウキは
バケツをどけた。
するとそこには、
「あっ! こいつは!」
「アントニー!」
昨日散々嫌みを言ってくれたアントニーの顔があった。
セットされていた髪はくしゃくしゃで、顔には締まりが無い。
「なんだよこれ、パーティーで飲み過ぎたのか?」
「一応、起こした方が良いよ、ね?」
俺は寝過ごした酔っ払いに声を掛ける駅員じゃないぞ、などと
思いながらユウキは体を揺さぶってみるが起きる気配が無い。
「……ん、なんだ?」
アントニーの腹側に何か紙が挟まっていた。
路地裏に転がっている紙屑ではなく、メッセージーカードの
ようだ。
パーティーで配られたものか? ユウキが抜き取ってみると、
「な、なんだこれ」
そこには思いもよらない文章が並べられていた。
「ユウキ、アントニーは多分魔法で寝かされてるみたい」
「え、睡眠魔法か?」
ユウキは紙をポケットにしまい、アキノを見た。
「うん。今まで何度もステータス異常を回復してきた経験と
勘なのかな、何となく分かるの」
緻密な診察をしなくても、病状を察する名医のようなものか。
これも回復役を担う神官系職のセンスなのかもしれない。
「キュアスリープ」
アキノは睡眠状態回復魔法を使った。
一瞬、アントニーの頭を青い光が包むと、彼は体をビクンと
痙攣させ、そしてのろのろと腕だけで体を起こし始めた。
「大丈夫か、何があったんだ?」
問い掛けるユウキの目と彼の寝ぼけ眼が合わさると、
「うわあ!」
アントニーは眼前に怪物でも現れたかのような悲鳴をあげた。
「やめろお! 頼むぅ!」
記憶が混濁しているのか、彼は座ったような姿勢になると
尻をこすりながら後ずさりを始めた。
「待って、落ち着いて」
「おい、こっちだ! アントニー様の声がしたぞ!」
表の通りから声が響き、バタバタと靴音が近付いてくる。
「いたぞ、この奥だ!」
路地に入ってきたのは、先ほど橋で擦れ違った警官や使用人
だった。
その剣幕と勢いに押され、2人は路地の両側に張り付くように
道を譲った。
「アントニー様!」
「アントニー様、御気を確かに!」
複数人から抱きかかえられ、アントニーはようやく落ち着きを
取り戻す。
「アントニー様、一体何があったのですか?」
「パーティーから戻られず……オーレリアお嬢様はどこに?」
「オ、オーレリアは……」
左右の使用人の顔を何度も見て、そして、
「オーレリアは、オーレリアが──」
異界人に誘拐された!
アントニーは怯えるような声で、そう言った。
路地にある全ての視線が、2人に集まった。




