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冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
27/173

アントニー

 声に振り返るとそこには、エプロンドレスにキャップを付け、

小さな買い物カゴを提げた16、7の少女が立っていた。

 ユウキは一瞬、メイドかと思ったが宿と言っていたからには、

宿屋の女中なのだろうと推測した。

「この辺の宿屋の人?」

「はい、私はすぐそこの宿の者で、コリンヌと言います」

 推測は当たりのようだ。

 これは渡りに船と言えた。

 3人からすれば1晩寝泊り出来れば良い訳で、探すと言っても

よほどボロボロでなければ厳選するつもりはない。

「あそこの角にあるのがうちの宿です、どうでしょう?」

 指差す方には、2階建てで小奇麗な宿屋が建っていた。

 王都で取っていた宿と大差ない、宿泊代も一般的な額だろう。

 3人は顔を見合わせ、あれで十分だろうと即決した。

「1泊の予定なんだけど、お世話になろうかな」

「はい、3名様で。さあさあ、それではご案内いたしますよぅ」

 さあどうぞどうぞと3人のリュックを手に取ると、コリンヌは

パーティーを先導して歩き出した。

 どうやらこの界隈には、手軽な値段で利用できる食堂や宿屋が

集まっているようだ。

 メインターゲットは仕入れや商談に来た商人なのだろう。

 宿に入ると、中はごく普通の宿屋だった。

 入ってすぐフロントがあり、掃除は行き届いているようだ。

 宿帳に記入すると2階の部屋へ案内された。

 大きな窓があり、他にはベッドとテーブルセットだけという

シンプルで落ち着いた部屋だ。

「いやあ、さっきの騒ぎを見ていましたよぅ」

 3人の荷物を置くと、コリンヌは一方的に話し出した。

 買い物に出た時にあれを見ていたのは想像に難くない。

「大事無くて済んだようですけどねえ、オーレリアお嬢様と

ベルカーのぼっちゃんに何かあったら大騒ぎでしたよぅ」

「あの2人は貴族か何かなの?」

 アキノがベッドに腰掛けながら聞いた。

「いいえ。貴族では無いですが、下手な貴族よりよっぽど

お金を持ってます」

「どんな人達なの?」

「オーレリアお嬢様のグロリアス家は、この街をここまで

大きく発展させた紡績業の創業者の直系です」

 現在の当主は確か創業者から数えて3代目で、家族構成は

妻と娘だったような気がする。

 その娘と言うのがオーレリアな訳か。

 と、ユウキは本で見た事細かな設定を思い出していた。

「アントニーさんは隣の街ダスベルで、ここと同じように

紡績業を営んでいるベルカー家の御曹司なのですよう」

「そんな肩書きのある2人が一緒にいたって事は、特別な

関係にあるのかな」

 軽鎧を外しながら、ユウキが尋ねてみる。

「近々、婚約の予定があるとか」

「婚約か。俺には仲の良い恋人同士には見えなかったけど」

「恋仲でなくても、都合で結婚する人達はいるんですよぅ」

 コリンヌは含みありげに答えると、

「家の格や家業の規模で言えば、ベルカー家の方が幾らか

下なんですが、どちらからか縁談が持ち上がったとかで。

元々2つの家は同業者という事で適度に付き合いがあって、

ベルカー家がこの街に別邸を持ってますし、なんだかんだ

当主同士であって、そういう話になったのではないかと」

「政略結婚の類か」

 リュウドが椅子に座りながら聞いた。

「商人の家系ではそういうのは割とよく聞く話なんですが、

いかんせん、釣り合いが取れてないと言いますかねえ」

「家柄も、見た目も様になってて悪くないんじゃない?」

「そうでなくて、個人個人と言う意味でですよぅ」

 コリンヌは少し困ったような顔を作る。

「オーレリアお嬢様は才色兼備で、才媛と言うのはああいうのを

言うのだろうなと思わせる御方でしてねえ。アントニーさんは

王都にある商業大学を優秀な成績で卒業されてるのですよぅ」

 一般的な商人は親族から経営を学び、プレイヤーは一定条件で

商人に転職出来る。だが大きな商家の跡継ぎなどは、専門的な

大学で経営学を学んでくるものらしい。

「全然問題無さそうだけど、ねえ」

 アキノに振られて、ユウキはああと同意する。

「これは表の話で、アントニーさんには色々と噂があって」

「噂って良いの? 悪いの?」

「悪いから噂になるんですよぅ」

 コリンヌは口元に手を当て、声を潜める素振りをする。

「ベルカー家の方々は人格者なのですが、アントニーさんは

その、ちょっと性格に難があるようでして色々とあるのです。

大学で手下を連れて気に食わない人を皆でいじめていたとか、

日頃から目下の者を物のように扱うとか。女性にも手が早いと

噂で、先日もお嬢様と一緒にいるのになんと通りすがりの私を

口説こうとしましてね。見境なんてありゃしませんよぅ」

「んー確かに、ルックスは良かったけど、思い返してみると

性格悪そうな嫌味ったらしい感じが出てたわね」

 共感するようにアキノが眉をひそめた。

「いかにもな金持ちの駄目なボンボンって感じだよなあ」

「しかし、オーレリアの親はその絵に描いたような放蕩息子と、

よく娘を結婚させる気になったものだな」

「お嬢様の父親、クレマンさんは庶民の間に流れてる噂なんて

全く気にしない人なんですよぅ」

 そんな名前だったな、とユウキはまた記憶を掘り起こす。

「あれだけ大きな会社を持っていると、ある事ない事、悪評や

悪い噂を立てては金をせびってくる輩が尽きない。だから巷の

噂などいちいち構っていられるものかと、いつもおっしゃって。

元々気が強くて、辣腕ですがワンマンな経営者でもあるのです。

奥様も人を疑わない、穏やか過ぎる性格なものですからねえ。

ベルカー家からされた誠実な息子という説明を旦那様も奥様も

鵜呑みにしているのですよぅ」

 コリンヌは一息に喋った。よく喋る娘のようだ。

「ん、ちょっと。君は何故そんなに詳しいんだ? まるで全部

見てきたかのように、それに旦那様奥様って」

「ええ、実はちょっと前までお屋敷に奉公していたのです。暇を

出されたので、今はここの女中というわけですよう」

 何も不思議は無い。本当に全部見てきたのだ。

「昔の戦国武将の娘みたいに、親の決めた相手と文句1つ言わず

結婚する気なのかなあ」

 アキノの呟きにコリンヌは不思議そうな顔をした。

 センゴクブショウは少なくともこの国にはいないだろう。

 遠くヤシマにはそういった肩書きが残っているようではあるが。

「お嬢様はああ見えて、性格は父親似で気が強いのです。何度か

反発もして、何年か前には家出をした事まであって。実は結構な

跳ねっ返り娘なんですよう」

 3人組に1歩も引かないあの気丈さから、性格は窺い知れる。

「反発心かどうか分からないけど、オーレリアが立ち去る時に

一瞬だけかなりきつい目付きでアントニーを見ていたっけなあ」

「結婚するのが心底嫌なんじゃないですかねえ。私は、実は他に

お好きな方がいるんじゃないかと思うのですよう」

 何か思い当たる事があるのか、コリンヌは1人で語り出す。

「ここの手が空いた時、私はお屋敷へ食材やワインの運び入れを

手伝ったりしているのです。ついこの間、ちょうど婚約する話が

出始めた頃、お嬢様が人目の無い裏庭で青年と会っていたのです」

「青年? どこか名家のお坊ちゃんとか?」

「いいえ、普通の方でしたよぅ。何だか酷く深刻そうな顔で話を

されていて。その後で旦那様と何か言い争いをしたらしいです」

 まだ他のメイドや下働きしてる皆とは、噂話のやり取りをする

情報網で繋がっているんですよぅ。

 コリンヌは何故か自慢げにそう言った。

「事情はどうあれ、親が考えを変えないのなら結婚の話は淡々と

進むだけだろう。互いの、家業の利益の為に」

「いやあ、会社の中ではその結婚のせいで困らされている人達が

いるのです。旦那様はアントニーさんを跡取りにして、最終的に

社長の地位に就けると言い出しまして、今まで副社長として日々

頑張ってきたベルスさんは気が気でない様子で。その他にも大事な

部署を1つ担当させると言い出して、現担当者のハーモンさんは

自分の立場がどうなるか今から心配だそうで。大変なのですよぅ」

「……胃薬でも差し入れてやりたい気分だな」

 会社勤めだったリュウドが同情の一言を漏らした。

「あ、お部屋に案内するだけのつもりが長話をしてしまいました。

さあ、お疲れでしょうからお茶の1つも淹れてきましょう」

 ユウキは偶然知った2人の裏話をつい聞き入ってしまったが、

よくよく考えれば使用人の間で面白おかしく話されるゴシップの

類なのではないかと気が付いた。

 もしかしたら家の中での出来事を、ペラペラと外によく喋るから

この女中は暇を出されたんじゃないだろうか?

 お茶を淹れに行く後ろ姿を見ながら、ユウキはいらぬ勘繰りをした。



 夕方までまだ少し時間がある頃、3人は街に出た。

 宿でこれと言ってやる事も無く、何より窓から見える街の景色に

出歩きたいと思わせるだけの賑やかさがあった。

 通りを歩いてみると、どの店先にも質の高い衣類が充実している。

 手に取ると手触りが良く、どれも最高ランクだと言える品質だ。

 魔術師や神官のローブや騎士職のマントを扱う店もあるようだが、

防具は事足りているので普段着を購入する事にした。

「これ、どうかな?」

 鮮やかな青のワンピースと揃いの靴を試着して、アキノがユウキの

前に立った。

「うん、良いんじゃないかな。可愛いと思うよ。いつもの服装が

白いから、青を着ると何か新鮮味がある」

 ファッションに聡くないユウキの、素直な感想だ。

 気を良くしたアキノは早速購入を決め、次は染め物のスカートに

目をやっている。

「私の普段着は、これでいいだろう」

「……らしいっちゃらしいけど、渋いチョイスだな」

 リュウドは作務衣を選んでいた。

 主にヤシマで使われているが、この辺りでも作られているのだ。

 リュウドなら落ち着いた着こなしを見せる事だろう。

 ただし、顔はトカゲだが。

 ユウキはパーカーやスウェットなど、ゆったりめの服を選んだ。

 冒険時と違い、体を休めるオフにはこういう服装がありがたい。

 気に入った物を1、2点買うと、後は好みで幾つかの店を回って、

更に買い物は続いた。

 数値や属性で判断される装備品の基準を忘れて、好きに買い物を

するのもなかなか良い気分転換になる。



「確かにこういう所って、高級なレストランとかありそうよね」

 ちょっと興奮気味にアキノが言った。

 ぶらぶら買い物していると高台にある閑静な住宅街が目に入った。

 上流階級者が住むだけあって、遠目にも閑静な住宅地だと分かる。

 3人は、あそこにはなかなか手が出せないようなレストランが

あるのですよぅ、という出かけ際のコリンヌの言葉を思い出し、

やってきたのだ。

 食事は外で済ませてくると伝えてある。

 少しばかり奮発して美味しい物でも食べてみようじゃないかと、

ユウキの提案に2人は意気投合した。

 住宅街に足を踏み入れた時から、もう雰囲気が違う。

 道のタイルからして違うし、家も塀のある大きな屋敷ばかりだ。

 セレブリティという言葉がユウキの頭に思い浮かぶ。

 正確な意味はよく分からないが、とにかくそんな感じの言葉が

この辺一帯の住人には似合う事だろう。

 当ても無く歩いていると、屋敷の門前でメイドが掃き掃除を

していた。

「すみません、この辺にレストランはありますか?」

 メイドは顔の端に怪訝な表情を見せると、

「ございますが、一見さんは全てお断りのお店ばかりですよ」

「え、そうなの」

「おいおい、困るなあ」

 ユウキがメイドに聞き返すとほぼ同時に、後ろから聞いた覚えの

ある声が掛けられた。

「あ、アントニー……さん」

 理由も無く、偉そうに腕組みするアントニー、その人だった。

 メイドは頭を下げると、そそくさと逃げるように門の中へと消え、

この場には4人だけとなった。

 アントニーは不機嫌そうに、つまらないモノでも見るような目を

向けてくる。

「君達ぃ、ここは上流階級の者だけが住む事を許された土地だよ。

その辺の庶民が入り込むならまだしも、異界人にうろうろされたら

たまらないな。僕の言ってる意味、分かる?」

 ユウキ達には分からない。突然喚き出した、としか。

「別に、歩くだけなら何の問題も無いでしょう」

「そんな事は無いさ。今夜は夜通しのパーティーが開かれてだね、

皆思い思いに着飾って会場に向かう訳だよ。その道すがら、君等

みたいのがうろついてるのを見たら不安になるだろう」

「待て、こちらが何か悪さでもするような言い草ではないか」

「現に昼間、僕等に異界人が絡んで来ただろう? ああいうのさあ、

ホントに困るんだよねえ、正直不愉快極まりないんだよ」

「ちょっと待って下さい。そりゃあ、中には悪さするような連中も

いますけど皆が皆そういうわけじゃ」

 ユウキが反論するが、アントニーの耳にはまるで届いていないようだ。

「どうだかね。そもそも異界人って、モンスターを倒してダンジョン

から秘宝を取ってきたりするけど、それってやってる事は盗掘目的で

墓地や遺跡を荒らして回る、ならず者と大差ないじゃないか」

「そんな言い方って……」

「君みたいに可愛い子ばかりなら大目にも見るけどね。前々から僕は

気に入らないんだよ、ちょっとばかりこちらの人間より強いからって

我が物顔で歩き回られるのが。今日なんて大勢の前で突然絡んで来て、

僕が無様を晒したように思われたじゃないか──くそっ、くそっ!」

 彼にも思う所はあるのだろうが、要は元々異界人を小憎らしく思って

いて、今日は恥までかかされたのが余計に許せないという事か。

 だからと言って、ここまで偏見を押し付けるのは間違っている。

 コリンヌの、性格に難がある、とはそのままずばりの意味だったのだ。

「悪いが、ここには異界人に料理を出すようなお店は無いんだ。腹が

減ってるなら、通りにある小汚い食堂にでも行ったらいかがかな?」

 腹を空かせた野良犬でも見るような目でアントニーは言った。

 これが自立し、名家の御曹司である人間の取る態度だろうか。

 例の噂は全部が全部、本当だと見て間違いない。

 いや、もっと酷い可能性すらあるかもしれない。

「行こう、ここで食事をする意味なんてない」

 怒り心頭を一瞬で突き抜けて、ユウキは呆れ果ててしまった。

 まともに口をきくのも嫌になる。

 沈黙していた2人も恐らく全く同じ心境だったに違いない。

 ユウキはただただ、こんな男を夫にしなければならないオーレリアが

心の底から気の毒になった。

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