ラリィと2人
6人が入った店は長いカウンターと5つのテーブル席がある
大衆食堂だった。
ランチタイムを過ぎていた為、客は少なく、入り口付近の
テーブルでは商人が行商仲間と話をしていた。
衛生的な意味では綺麗だが、内装はかなり年季が入っていて
壁に貼られたメニュー表の紙は色が煤けてしまっている。
だがそれが、昔から客に愛されている老舗の親しみやすさを
醸し出していた。
老夫婦が営んでいる店のようで、奥のテーブルに3・3で
向かい合って座ると、女将が注文を取りに来た。
ユウキ達はすぐ出来ると言うのでポークソテーのセットを頼み、
昼食を済ませていたアルスとベガは薬草茶を、ラリィは慣れた
様子でビールにチキンバスケット、乾き物を注文した。
女将のオーダーが厨房に通ると、6人は改めて顔を合わせた。
「そうだな、まずは自己紹介でもするかい」
ラリィが促した。
フレンドリストに登録すればプロフィールなどは分かるのだが、
これはコミュニケーションだ。
「じゃあこちらから。俺はユウキ、レベル130、ソウルユーザーを
やってる。良くも悪くも、プレイヤーの間じゃ有名人みたいだ」
ユウキは自虐気味に言った。自分が有名になった理由が決して、
良い意味だけで、という訳では無いからだ。
「リュウドだ。レベル135、職業はサムライでステータスと
装備はスピード型の剣客タイプに合わせてある」
「私はアキノと言います。レベルは110、上級白魔法使いで、
回復役だけど白魔法槍タイプなので多少は近距離でも戦えます」
向かいのアルスは碧鱗の顔を憧憬の眼差しで見詰めた。
剣を扱う職業として、高みにいる者を敬う気持ちがあるようだ。
ベガもアキノへ1度は目をやるが、おずおずと俯いてしまう。
同系統の職とあってアルスと同じような思いはあるのだろうが、
表に出すのが不得意なタイプなのかもしれない。
「次はこっちな。あたしはラリィ、レベル128のローグで、
ステ振りと装備は剣メインの標準型ってとこだな」
ローグは短剣、長剣、弓を主な武器とする、シーフの上位職だ。
罠解除、奇襲警戒、隠し部屋などの仕掛け発見、全周囲索敵、
戦闘でパーティーが先手を取れる確率が上がるスキル、と言った
シーフの技能に加え、連続攻撃の早業や後に忍者のスキルにも
なった投擲、攻撃した相手から金やアイテムを強奪する技等も
会得出来る。
特性上、俊敏性が重要視される職業で、素早さのステータスが
伸びやすい獣人とマッチしている。
「僕はアルス、レベルは18でフェンサーになり立てです」
「その剣は、雷帝剣レプリカだな」
「ええ、始めたばかりの時、会った人にもらったんです」
アルスはリュウドに、誇らしげに答えた。
雷帝剣レプリカは文字通り、同名の伝説レベルのレア武器を、
ある刀剣鍛冶が真似て作ったという設定の武器だ。
模造品ではあるのだが、雷属性を封じ込めた低純度の魔法石が
使われている為、中盤までなら使っていけるだけの性能はある。
続いて自然とベガに視線が集まると、彼女は声を出そうと数回
口をパクパクさせてから、
「あ、あのベガと言います。レ、レベルは15の初級神官で、
あの、まだ体力と毒の回復くらいしか出来なくて」
まるで謝罪でもするように、そう自己紹介した。
人と話すのが苦手か、自分に自信が無いのか。両方かもしれない。
「そのくらいのレベルなら、それだけ出来れば十分よ」
「え、あ……はい」
アキノは初心者だった頃を振り返りながらフォローする。
神官系は戦況を把握し、味方への的確な支援を求められる職だが、
最初のうちは仲間を回復するだけで役目を全うしていると言える。
それなのにこうも自己評価が低いのは、自信の無さの表れか。
「しかし、随分とレベル差があるパーティーだね」
パーティーは大体レベルを合わせるもので、何故かと言ったら、
総合的な戦闘力が行動範囲やダンジョンを選ぶ基準となるからだ。
露骨に言えば、弱い者は冒険の妨げになるお荷物でしかない。
では何故、十分ベテランであるラリィが2人を連れているのか。
暗に尋ねたユウキにラリィが答える素振りを見せると、
「はい、お待ちどう様」
女将が注文の料理を全品運んできた。
ポークソテーのセットにはパンとポテトサラダとスープが付き、
体力と根気が必要な商人向けとあってボリュームは満点。
早速ソテーにナイフを入れ、よくタレを絡ませてから口に運ぶ。
朝食を乾パンと水だけで済ませてきた3人だったが、その空腹を
差し引いても、料理の味は上々だと言えた。
ラリィはビールで口を湿らせると、
「このパーティーは、まあ成り行きってやつだ。あたしが2人を
レナールの森から助け出してきたんだよ」
「レナールの森? って言うと、レベル上げだね。2人は魔竜組?」
アルスがその質問を受け取った。
「はい、僕らは魔竜組です。でもまだちょっと前に始めたくらいで」
ここで言う組とは、プレイし始めた時期やバージョンを示す用語で、
前バージョンである『暁の魔竜』からのプレイヤーと言う意味だ。
最初期バージョンの『集いし英雄達』から始まり、ユウキ達は丁度、
職やスキル、マップに大幅なアップデートが入った『閃光の戦士達』
からで通称閃光組だ。
「僕とベガがレベル上げをしていた森で身動きが取れなくなってる所を
ラリィさんに助けてもらったんです」
レナールの森は、ここから北上した先にあるレナール地方にある森の
通称で、そこでは鬼火という霊体系モンスターとエンカウントする。
危険な攻撃を持たず、そこそこな経験値・職業熟練値を得られる上に
幾らでも湧いて出てくるので、効率的にレベル上げが出来、攻略サイト
にも定番のおいしいポイントとして載っているほどだ。
「僕達はゲームの中で、熟練のプレイヤーさんに手伝ってもらって
レベル上げをしていたんです。森の中に小屋があるでしょ? そこを
休憩所として回ってたんですが、冒険を中断する時にその熟練の方が、
今から別の街で用があるからまた明日の夜に戻ってくる、と約束して
転送魔法で自分だけ目的の街へ移動した後にログアウトしたんです。
僕とベガはそのままログアウトして、次にログインした時には──」
他のプレイヤーと同じようにこちらの世界に来てしまったのだ。
様々なオンラインRPGのレベル上げに共通する事だが、ベテランが
新人を目的地まで移動魔法で連れて行き、囮や盾になったり回復役を
引き受けたりと、お守り役として付き添うのが一般的だ。
つまり彼等は、自分達をフォローしてくれる強い味方を失った状態で
モンスターがうじゃうじゃいるマップに取り残された訳だ。
しかもこちらでのスタート地点は、その森にある廃屋同然の小屋。
ユウキは想像しただけで背すじがゾッとした。
自分は大きな街の近くで、人も大勢いたから良かったものの……。
「最初は何が何だか分からなくて、2人で仮説を立てながら徐々に
状況を把握しました。何とかパニックにはならずに済んで」
「よく冷静でいられたね。すぐ近くに仲間がいてくれたからかな」
「はい。ベガとはリアルでも友達だったので、アイテムとして持って
いたパンと果物を分け合って、まずは気持ちをしっかり持とうと」
3人の印象では、ベガという少女は大変気弱そうに見える。
だがそれは偏見で、実は強かな芯のある人間なのかもしれない。
当のベガは薬草茶をすすり、やっぱり気弱そうな顔をしていた。
「周りの状況が分からず、一晩経ってみても助けが来そうな気配が
無いので、武器を持って出口を目指す事にしたんです。レベル上げで
森の中をぐるぐる回っていたので、森からは脱出出来るかと思って」
「それが次から次へと出てくる鬼火に囲まれて、あのザマだよな」
ラリィがチキンの手羽先をかじりながら割り込んだ。
「あのままあたしが通り掛からなきゃ、袋叩きで全滅だった」
「……あの、それで、私とアルスは助けてもらいました」
「それが成り行きという訳か。だが、何故わざわざ森に入った?」
半分は納得の行った表情で、リュウドが聞いた。
「あの辺りは、いつでも新人がうろついてる所だろ。ログインして
森の中をさ迷ってるプレイヤーがいるんじゃないかと思ってな」
「難儀しているプレイヤーを予見して救助に向かったのか。しばらく
混乱が続いていた中で、見上げたものだ」
「世話を焼くのもまあ、ベテランの務めだからな」
誰もが事態把握まで困惑していた最中、なかなか出来るものではない。
ユウキ達も当時──と言ってもまだ半月ほどだが──を振り返って、
大いに感心した。
「森ですぐパーティーを組んでもらって。僕達はあまりお金を持って
なかったのですが、ラリィさんが宿代や食事代まで払ってくれて」
「タダ飯食わせてる訳じゃねえぞ、出世払いだからな」
「分かってますよ、少しずつでも全額ちゃんと返しますから」
全額きっちり覚えてそうなアルスの頭を、ラリィはポンポンと叩く。
「ははは、いつも真面目だなぁお前は。まあ、ローグってのは路銀には
困らねえからな、適当で良いよ、適当で」
そしてまた、はははと豊かな胸を揺らしつつ、豪快に笑った。
騒ぎを止めた件と良い、粗暴な雰囲気だが気風の良い性格のようだ。
「森から出て、それからどんな冒険を?」
アキノがポテトサラダを崩しつつ、聞いた。
「そうさなあ、幾つかの町と集落を回って、今はぷらぷらしてる」
「街にいる時は大体こんな風にお酒飲んでるんです」
打って変わって、半ば呆れたようにアルスが言った。
「なんだよ、堂々と昼酒飲めるのも冒険者の特権だろうよ」
塩炒りのナッツを口に放り込み、ビールでゴクゴクと喉を鳴らす。
真っ昼間から心置きなく酒盛りを楽しんでいるといった様子だ。
「こいつは、どうも真面目過ぎていけねえや。別に悪い事じゃあ
ねえんだが、こう、正義感が強過ぎる所も目立ってな。さっきの
だって曲がった事が許せねえってんで3人の前に出てったんだろ」
よく性格を把握しているようだ。あるいは、把握させる出来事が
何度かあったのかもしれない。
「僕は間違った事はしていませんよ。悪いのは全面的に彼等だ」
「お前はいつも正論だ。けどああいう輩を正論で言い聞かすのは
無理だ。適当に相手の顔を立てながら引かせるか、じゃなきゃあ、
力で分からせるしかねえよ」
実際、彼女ほどの腕利きなら叩きのめした方が楽なのだろうが、
あの場で前者を選んだのは無闇に力を振るいたくないからだろう。
力を持つ者としての責任とモラルを持っているのだ。
「あの3人組は、よくトラブルを起こしてるみたいだね」
食事の手を止めて、ユウキが聞いた。
「ああ、あんな風に難癖つけちゃ脅したり、こそ泥みたいな事も
してるらしい。店の裏に置いてあった在庫をかっぱらったとか」
「立派な犯罪じゃないか、窃盗だ」
「ああ、泥棒は良くねえよ。まあ、ローグのあたしが説教垂れても
何の説得力もねえけどな」
ゲーム内の職業は設定であって、ローグだから人から金目の物を
奪ったり、アサシンだからと暗殺を請け負っている訳ではない。
そしてプレイヤーだからと言って何をしても大目に見てもらえる
訳ではなく、他人の家に入ってタンスやツボを探り、図々しくも
中身を持ち去ろうとしようものなら、立派な犯罪となる。
伝説の勇者であろうと、窃盗罪からは逃れられないのだ。
「聞いた話じゃあ、自分達の解釈で法に触れるような事をやってる
奴等が他にもいるらしいんだ」
「プレイヤーがそんな事を?」
ユウキはさっきその一例を見たものの、信じられなかった。
いや、正確には信じたくなかった。
それは、朗らかで人との調和を考える『みんなの会』のメンバーを、
プレイヤーの理想的な在り方として基準に置いているからだ。
「別に驚く事じゃなかろうよ。こんな力があると分かれば、そりゃあ
好きな事をやる奴も出てくるってのが道理だ。ちょっと解釈は違うが、
ほらあるだろ、透明人間になれたら何するかって質問。風呂覗いたり、
むかつく奴をぶん殴るとか、大体そういう答えが返ってくるやつだ。
その例え話で言えば、うちらは好き放題出来る透明人間になったも
同然なんだ。自分の能力でやりたい事が出来ちまうんだからな」
「………」
ユウキはいつか宿でした、リュウドとの会話を思い返していた。
何か企んでいれば、それが出来てしまうのがプレイヤーなのだと。
「英雄や勇者扱いされるプレイヤーも聖人君子ってわけじゃねえ。
ここに来る前は、皆モニターの前に座ってゲームやってただけの
人間だ。善人もいれば、捻くれ者だっているはずさ。現にあれだ、
例の騒動の時だって、ろくすっぽ理由も知らねえくせに、お前を
『ギルド潰し』なんて言って面白半分で叩いてた連中もいたろう」
ラリィの一言で、サッと場の空気が変わった。
ユウキの所属ギルドが崩壊してしまった騒動は、このゲームの
暗部として時折どこかしらで語られてきたものだ。
当人達は勿論、初心者の2人も知っている。
会話が途切れた。
別の席の商人達が勘定を済ませて、店を出て行った。
「悪い、例え話にしたって、わざわざ口に出す事じゃなかったな」
「いや……別に。確かに皆が皆、善人じゃない。ゲームの頃から
違法なチート行為やBOTの問題なんかもずっとあった訳だし」
微妙に論点がずれた受け答え、そして再び会話が途切れる。
「あ、あの、ユウキさん達は、どのような理由でこの街に?」
ベガが話題を変えた。
多分彼女にしては必死に繰り出した一言だったに違いない。
「俺達は──」
ユウキはパーティーを組んだ経緯、そしてその中で偶然関わった
事件を手短に話してから、現在の目的地を告げた。
ラリィ達にとってもルイーザ殺害事件はかなりのショックだった
ようで、各々が感傷的な言葉を漏らしていた。
「──カーベイン行きは分かった。で、目的は情報収集か」
「ああ、フェリーチャ商会を当たろうと思ってる。あそこなら
人も情報も集まるだろうから」
「フェリーチャ商会かあ。そういや、カーベインから来たって
プレイヤーが、フェリーチャが腕っこきのプレイヤーを何人か
集めたい、ってな話をしてたとか言ってたな」
「何故人手が欲しいのだ。それも戦闘力の高そうな者を」
「よく覚えてねえけど、身銭切ってどこかのダンジョン攻略を
頼みたいって話だったかな。まあ、そんな感じの内容だ」
「宝探しでもさせるつもりかしら?」
アキノが冗談半分で言ったが、ユウキは心の中で否定した。
『フェリーチャ商会』のギルドリーダーであるフェリーチャは
決して金の亡者ではないが、金を物事の判断基準にしている。
一般的な道徳心を持っているが、ギルドという名の会社を経営
している者として常に損得勘定は意識しなければならないのだ。
商人だから常々価値あるアイテムを入手したいと思っているが、
最大の商人ギルドであるフェリーチャ商会の倉庫には、一部の
レアアイテムを除き、無いアイテムは無いと言われている。
今更人手を集めてまで手に入れたいアイテムなどあるだろうか?
物凄いお宝が実装されたのでなければ、もっと大局的な視点で
重要な仕事を任せたいのではないだろうか。
あくまで推測だが、ユウキはそんな事を考える。
無駄に頭を働かせなくても直接訪ねれば分かる、そう結論付けた。
「しばらくぷらぷらしてるから、何かあったら連絡してくれ」
店を出ると、6人は各々フレンドリストに登録して別れた。
ラリィはまたどこかしらの店に寄って1杯やるのかもしれない。
ユウキ達は雑踏へ消えた3人と反対方向へ歩き出した。
今まで立ち寄った町でも同じようにフレ登録を増やしてきたが、
今回は特に面白いパーティーだとユウキは感じた。
優劣の話ではないが、同じギルドにいれば心強そうなメンバーに
なってもらえそうな気がする。
「さてお腹も膨れた事だし、今夜の寝床を決めとくか」
当初の予定通り、宿探しを始めようとすると、
「そこの方々、今夜のお宿はうちでどうですか」
後ろから声を掛けられた。