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冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
25/173

シルグラスの街

 翌日の良く晴れた昼過ぎ、3人はシルグラスに到着した。

 海岸線まで十数キロ、水平線を望める緩やかな丘陵地に位置し、

西のカーベインとも関係の深い街である。

 王都の物に比べれば小さいが、街は10メートルほどの壁に

囲まれており、正門には1組の警備兵が立っている。

 今まで立ち寄ってきた集落や町とはまるで規模が違った。


「王都ほどじゃないけど大きい街ね」

「ゲームの設定だと、世界で有数の紡績業メーカーがあるんだ。

最初は何もない村だったけど創業者がここに最初の作業場を

作ってからどんどん発展していって、今じゃ上流階級者も多く

住むほどの立派な街になったんだ」

 ゲームの攻略に直接関係は無いが、一応街や地域に設定があり、

コミカライズやノベライズでもそれが取り入れられている。

 ユウキはそういった知識も頭に入っていた。

「ここは所謂企業城下町と言うやつだな、この街に住む者達の

大部分は何らかの関係者なのだろう」

 産業に携わる者が集まって来る事で、何も無かった土地が徐々に

活性化し、やがて都市になる例はよくある。


 門を潜ってすぐの貸し馬屋で3人は馬を返した。

 乗った距離や日にちで後金を払うシステムで、移動に費やされる

時間と疲労を考えれば安いものだった。

「まずは腹ごしらえをして、宿を取っておこう」

 門から大通りが真っ直ぐ伸び、商店や一般の住居が並んでいる。

 街の北西の少し高台になっている辺りには、一目でそれと分かる

上流階級者達の住宅地があり、東には大きな平屋の工場郡が規則

正しく並べられたブロックのように等間隔で建っている。

 街の中でしっかりと区画が分かれているようだ。

 紡績で発展した街だけあって、通りには布や衣類を扱う店が軒を

連ね、どれもパッと見で上物だと分かる。

 仕入れに来たと思われる商人が目立つのは、地方からの行商人は

勿論のこと、貿易と商売で栄えるカーベインが近くにあるからだ。

 信頼あるクオリティは他国でも高い評価がなされている筈だ。

 そんな商人が行き交う場所には、安くて美味い外食屋があるのが

定番で、ユウキ達は店先の服などを眺めつつ、通りを進んだ。

「商人ばかりかと思ったけど、プレイヤーも結構いるわね」

「うちらより早く西へ旅立った人達かな。綺麗で設備の揃った街

だから、ゲームの頃からここを拠点にしてた人も多いし」

 少し歩くと予想通り、ナイフとフォークの看板が下がった食堂を

見つけた。どれどれと近寄って行こうとした時、

「おう! ぶつかってきて、謝りもしねえのかよお」

「なにを、そちらからぶつかって来たのでしょう」

 ほんの十数メートル前で言い合いが始まった。

 推測するに混雑の中、互いに体がぶつかったのだろう。

 通行人が円になって遠巻きに様子を窺い始めると、ユウキ達にも

言い合う者達の姿が見えた。

 そこには上級階級と思しき男女と3人組のプレイヤーがいた。

 長い髪を持つ女性は17、8くらいでその容姿は一言で言えば可憐、

そして高貴な者だけが持つ事を許されたオーラを持っている。

 フリルがあしらわれた膝丈のワンピースドレスは、ふっくらした

パフスリーブと胸元のリボンがアクセントになっていて着用者の

品の良さとよく相まっている。

 仕上がりから見て、高価なフルオーダーの1着だろう。

 隣の男は二十代前半、髪は肩に掛かるくらいで外見はいかにもな

優男という感じの二枚目。

 シャツとベスト、長い足が映えるスラックスを身に付けていて、

どれも高級な逸品だろうと見当が付く。

 女性と同じく一応高貴には見えるのだが、その目元からはどこか

他人を見下すような印象を受ける。

 どちらも庶民では持っていないであろう、輝きを持っていた。

 一方の3人組はと言うとキャラメイクでどこをどういじったのか、

三者三様でデコボコなイメージ。

 まず口を出した男はがっしりした体格で肩幅と胸板はあるのだが

身長は低く、それが彼を余計に筋肉の塊のように見せている。

 職業は戦士で、皮製の兜と鎧、腰に棍棒が差してある。

 隣に立つ男は戦士と逆でスマート、と言うより長身痩躯で面長。

 シーフで布のキャップと皮のベスト、腰にダガーという軽装だ。

 ステータス異常盲目を防止するサングラスをかけているのだが

どこか間の抜けた顔のせいか、ちっとも決まっていない。

 2人の後ろに控える女は魔術師で、ボディコンシャスな服装が

似合うスタイルの持ち主で美人なのだが、アップにして巻いた髪や

過剰なまでの厚いメイクがけばけばしい。

 3人の装備品はどれも市販品で強化もされていない。

 そこから大したレベルのプレイヤーではないのが見て取れた。

「君達ぃ、弁え給えよ。一体僕らを誰だと思ってるんだい?」

 優男が嘲るように言った。

「お前らなんぞ知るか」

「知らないって? ふん、僕はベルカー家の御曹司アントニー、

こちらはかの有名なグロリアス家のご令嬢だよ」

 優男アントニーは、恐れ入ったかと言わんばかりの顔を見せる。

 さぞ名のある、知る者が聞けば平伏するような家系なのだろう。

 だが、ごつい男はちんぷんかんぷんといった表情だ。

「何がかの有名なだ。知らねえって言ってんだろ、おう」

「家柄とか、そんなので私らはびびらねえのよー」

 戦士とクセのある喋り方のシーフがアントニーに詰め寄る。

「ちょっ、僕らは上流階級者なんだよ。ぼ、暴力は止め給え」

 うるせえと肩を突き飛ばされると、アントニーは情けない声を

漏らして後ずさった。

「暴力はお止めなさい」

 対照的に、毅然とした態度で令嬢が声を張った。

 なかなかの気概の持ち主のようだ。

「はん、暴力はお止めなさいと来たよ。ゴンズ、分からせておやり」

 女が戦士、ゴンズに顎で指図する。

「はい、ドミニク様。おう、ご令嬢だか何だかがお高くとまり

やがってよう。俺達をなめてるのかあ」

 太くて毛深い腕を彼女に向けて伸ばす。

 ずんぐりとした手で乱暴を働かれてしまうのかと思われたその時、

「よすんだ、あなた達」

 人だかりの中からプレイヤーが飛び出してきた。

 外見は15、6の少年でフェンサーだと分かる。

 肩当ての付いた鉄の軽鎧にレザーブーツとごく一般的な装備だが、

鍔に小さな魔法石のはめられた長剣が目を引く。

 あどけなさが残る顔付きだが、勇敢さを湛えた目をしていた。

「少しぶつかったくらいでそんなに絡まなくたって良いでしょう。

ほら、2人は困っているじゃないですか」

 少年は気持ちの良いくらい、至極真っ当な正論を述べた。

 そう、正論だ。が、それを分かってやっている者達からすれば、

面と向かってケチを付けられているのと同じだ。

「おう、関係ない奴が横から何言ってやがんだ」

「ちょっとあんた、私らに逆らっちゃうとやばいよー?」

 2人がずいと前に出ると、

「お前さん、プレイヤーのくせにそっちの肩持とうってのかい?」

 後ろからけばい女、ドミニクも加わってきた。

「僕は肩を持つとか、そういう話をしてる訳じゃ」

「じゃあどういう了見で首突っ込んで来たんだい、ええ?」

 3人の鉾先は少年にも向き始めた。

 止めに入った行動は賞賛されるべきだが、却って騒ぎに油を注いだ

形になっており、余計収拾のめどが付かなそうな様相を呈してきた。

 大通りに出来た円の中からピリピリした諍いの空気が漂い、周りにも

伝播して通行人達もざわつき始めている。

「ユウキ、これ止めに入った方が良くない?」

「ああ、大騒ぎになる前に何とかしないと」

 ユウキが人垣を掻き分けようとしていると、

「おいおい、道の真ん中でなーに騒いでやがんだ」

 ユウキ達の向かい側の人ごみを割って、新たなプレイヤーが現れた。

 現れたのは獣人、外見は18、9くらいの女だ。

 シルバーブロンドの長髪に褐色の肌、獣の耳を持つが顔の作りはほぼ

人間と同じタイプだ。

 クロークを羽織り、胸はバストだけを覆うタイプのチューブトップから

零れそうな程に豊かで、くびれたウエストには狼系の尻尾が巻かれている。

 下は黒革製のローライズのミニスカートとブーツという組み合わせだ。

 腰に差されたショートソードは薄水色の刃を持つグレイヘロンという

レアな武器、腕輪や首飾りなどのアクセサリーも希少なアイテムだ。

 独特な刃を持つククリナイフと投擲用ナイフを入れたナイフホルダー

も身に付けており、充実した装備だと言えた。

「ラリィさん」

 少年が獣人の女をそう呼んだ。面識があるらしい。

「なんだ、この前もつまんねえ騒ぎを起こしてた連中か」

 ラリィは少年を一瞥すると、頭をかきながら3人に近付いた。

 少年は勇敢だったが、それとは別の意味で臆していない。

「なあ、ここは天下の往来だ、人様の迷惑になるいざこざを起こす

もんじゃあねえ」

 顔触れと雰囲気から状況の仔細をよく察しているのだろう。

 どうやら3人組は常習的にトラブルを起こしているようだ。

「大体魔族にでも啖呵切るなら様にもなるが、プレイヤーが一般人

相手に粋がった所でカッコつかねえぞ」

「おう、誰が粋がってるだとう?」

「そんな事言われたら、私ゃ黙ってられませんよ」

 2人は身構え、己の武器に手を掛けた。

 しかしラリィはまるで動じない。

「待て待て、別に喧嘩売ろうって訳でも、そっちの面子を潰そうとも

思っちゃねえよ。お前らがここで相手を許して引き下がってくれりゃ

事は丸く治まる、そういう形で手打ちって事にすりゃ良いじゃねえか。

これ以上騒ぎが大きくなると、色々と面倒が出てくるぞ。どうだ?」

「……」

「……」

 賢くない頭で、2人は多分同じ事を考えた。

 この女の提案は尤もだ。しかし素直に従ったら、それはそれで何だか

負けたような形にならないだろうか?

 かと言ってこのまま勢いで、なめんじゃねえと武器を抜き、一悶着を

起こしたとしたらこの女は力ずくで応戦してくるかもしれない。

 装備や佇まいからして戦い慣れしているのは確実で相当戦いはずだ、

相手がその気なら一方的にボコボコにされてしまうだろう。

 その辺のエルドラド人に威張ってはいるものの、実際自分は弱いのだ。

 そこまで考えが至り、2人は同時にううんと唸り出すと、リーダー格の

ドミニクにそれとなく目配せをした。

 後ろのドミニクも騒ぎが大きくなり過ぎたのを自覚しており、密かに

引き時を見定めようとしているように見える。


「タイミングはここだな」

 ユウキは3人組が妥協点を探り始めたのを察知し、リュウドとアキノを

伴って輪の中へと踏み込んだ。

「御三人さん、その辺にしときなよ。もとは些細な事なんだろうからさ」

 3人組がユウキへ誰何するより先に、周りで声が上がった。

「おい、あれはソウルユーザーのユウキじゃないか」

「ああ、間違いない。あのユウキだ」

「あいつもこっちの世界に来てたんだな」

「そりゃそうだろう、なんたって『冒険者達の集い』に所属してた

有名プレイヤーの1人だぞ」

 このゲームをそれなりにプレイしてきたプレイヤーなら大なり小なり、

ユウキの事は知っている。

 3人組も彼の事を知っていたようで、表情に慌てた色が出始めた。

 彼等は身なりの良い一般人をちょっと脅かして威勢を見せたいだけ

だったのに、いつの間にか実力者に前後を押さえられている。

 ユウキ達の登場が、ドミニクにここが引き時だと決心させた。

「ふん、癪だけど今回だけは勘弁してやるよ。次は覚えときな」

 ドミニクは今も毅然とした表情を崩さない令嬢に言い放ち、そして、

「ほらヤンコネン、ゴンズ。ぼさっとしてないで行くよ、お前達」

 部下を従え、野次馬に道を開けさせながら街角に消えていった。


「ラリィさん、助かりました」

「はあ、やれやれだな。お、あんたら大丈夫だったか」

 少年とラリィは被害に遭った上流階級の2人を気遣う。

「ありがとうございました」

 令嬢は硬い表情を崩し、素直に礼を言った。

 しかしアントニーの方は、自分は動じてなかったとでも言いたげに、

キザな仕草で髪型と襟元を直す。

「全く、異界人というのは粗雑で荒っぽくて本当に嫌になるね。

あんな薄汚い埃っぽい格好をして我が物顔でこの街を歩き回って、

よりによって僕等に因縁を付けて来るなんて」

「アントニーさん、助けて下さったのも異界人の方々なのよ。そんな

失礼な言い方をしてはいけないと思うわ」

 彼は3人組に対して言ったのだろうが彼女は気を遣ったのだろう。

 だがアントニーが思慮する様子は無い。

「別に助けてもらわなくても全然問題無かったさ。僕ぁね、昔から

先生に剣と魔法を習ってるんだ。さっきはただ穏便に対応しようと

しただけだよ、紳士的にね。次に会ったら返り討ちにして見せるよ」

 はははっとさも気持ち良さそうに高笑いする。

 これだけでアントニーという男の性格が分かる気がする。

 令嬢はほんの一瞬だけ、酷く冷たい侮蔑の目でアントニーを見ると

2人とユウキ達に再度礼儀正しく礼を述べた。

「申し遅れました、私はグロリアス家の娘オーレリアと申します。

助けていただき、本当にありがとうございました」

「へえ、良いとこのお嬢かい。まあ、あんなのどうって事ねえさ」

 オーレリアは礼を済ますと、催促するアントニーに引っ張られる

ように、その場を立ち去って行った。


「さて、思わぬ所で思わぬ有名人に会っちまったな」

 ラリィは頭をかきながら、ユウキ達に向き直った。

「あたしはラリィ、こっちはアルス。で、あれベガはどこいった?」

「えっと、そこにいるはず」

 少年──アルスが目で探していると、散り始めた通行人達の影から、

おずおずと1人の少女が出てきた。

 2つのシニョンキャップから髪を垂らした、初級の神官のようだ。

 ベガと呼ばれた少女は緊張気味に、はじめまして、と頭を下げた。

「はじめまして、俺はユウキ。こっちはリュウドとアキノ、一緒に

パーティーを組んでる仲間だ」

 2人も順にはじめましてと挨拶した。

「さっきは良いタイミングで顔を出してもらって助かった。まあ、

こうして会ったのも何かの縁ってやつだ。道端で立ち話もなんだ、

その辺でどうだい?」

 ラリィは親指で、3人が目指していた食堂を指差す。

 ユウキ達は快く合意し、知り合ったばかりのパーティーと店に入った。

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