終わり、そして始まり
「飲み物は行き渡ったわね」
ミナが立ち上がり、着席した参加者を見回す。
王都で美味い酒と料理を出すと評判の、マリーの店。
ユウキもこちらの世界に来てから幾度と無く通った店だが、ここが今夜ミナが設けた集会の会場である。
繁盛していて店は満員だが、奥にある数十人が座れる大きなテーブル席を貸し切っていた。
集められたのは各々がギルドのリーダーや中核的存在だ。
参加出来たのは現在冒険から戻っている者だけとなったが、誰も彼もゲームの頃から見知った親しい間柄だ。
彼等のギルドは便宜上、みんなの会の傘下ギルドという扱いになっているが、決して部下という立場ではなく、誰もがミナと同等の発言権を持っている。
「今夜はまたどうして、この集会が開かれる運びになったんだ?」
重装騎兵のユージンが聞いた。
その姿は職業に反して、シャツとパンツと言う軽装だ。
参加者は皆、飲み食いの作法に重い装備など必要ない、とばかりに大仰な武器防具は外していて、王都民と変わらない比較的ラフな服装で来ている。
「皆もう知ってると思うけど、先日起きた例の事件をこの3人が苦労して解決へと導きました」
ミナは手を差し出し、ユウキ、リュウド、アキノを紹介する。
ユウキは少し笑って軽く頭を下げ、両隣の2人も倣うように会釈した。
くだんの件は真犯人の逮捕と共に周知の事実となっている。
「このパーティーは明日カーベインに向けて出発する予定なので、解決のお祝いという訳ではないけれど、揃って顔を合わせられる機会があるうちに集まりを催す事にしたの」
「ゲームの時は、定期集会はギルドベースでやるのが定番じゃない」
魔女帽子にボディコンシャスな服装のダコタが尋ねる。
「折角大勢で顔を合わせるんだから、いつかやったオフ会みたいにお店でやるのも良いかと思って」
「俺達はオフ会どころか、ずっと前からオンライン状態だけどな」
ローグのガルシアが半笑いで言った。
本人に悪気は無いのだろうが、いつも受け辛いジョークを言うのだ。
ああ……と色々な意味合いを持つ息が少なからず漏れる。
ミナがすぐに空気を察し、号令のように挨拶を始める。
「はーい、それではギルド集会として親睦会を始めたいと思います。こちらで初めて顔を合わせた人もいるでしょうから、挨拶をしたり、情報交換の場としても使って下さい。では」
各々が酒やジュースの注がれたグラスを持つ。
乾杯、とミナは抑え目な声で自分のグラスを挙げた。
参加者もルイーザの葬儀があったばかりなのは十分承知しており、その辺を配慮して、しめやかとは言わないが静かに乾杯した。
テーブルには先ほど配膳された料理が所狭しと並んでいる。
大皿にはピザに似た、チーズと具材をたっぷり乗せて焼いた料理。
山のように盛り付けられ、もうもうと湯気を立たせるソーセージ。
こんがりと丁寧に焼かれ、食欲をそそる照りのついた鳥の丸焼き。
牛型モンスターの串焼きは塩とタレで味が付けられている。
香ばしく焼かれたミートパイに山の幸を盛り込んだキッシュ。
海の物は無いが、川や湖で獲れた魚やロブスターに似た海老の塩焼き、貝でダシを取ったさっぱりでいて濃厚なスープ。
グリーンサラダ、葉物のソテー、手軽につまめるフライドポテトやバターを乗せた蒸しジャガイモ。
肉と野菜をふんだんに使った、ホワイトソース仕立てのグラタン。
焼き立てのテーブルロールとどっしりした黒パン、それらに付ける新鮮なバタークリームや果実のジャムもある。
ボウルには瑞々しいカットフルーツが彩りも豊かに盛られていた。
評判になるだけあってメニューの幅も質も非常に高く、皿が空けば料理はまだまだ運ばれてくる。
酒場だけあって頼める酒や飲み物の種類も豊富なようだ。
皆、料理を頬張って舌鼓を打ち、カップを傾ける。
参加者の中には朝からの冒険を終え、ついさっき現地から戻った者も多数いて、その疲労と空腹はピークに達していた。
冒険に出る事は、言うなれば肉体労働であり頭脳労働でもある。
多分一般人として生活していた時よりも、大いに体を使っていて、代謝も良くなっているので飲み食いは楽しみの1つだ。
料理を運ぶ給仕係とは別に、ミナがお酒や飲み物を注いで回り、一言二言だが言葉を交わす。
女性に御酌させるのは性差別であって云々などと言う者も中にはいるかもしれないが、こうして直接話す事で、会の幹事役として、ギルドのリーダーとして、円滑なコミュニケーションと人間関係を築けているのは間違いない。
3人も飲み物を飲み、料理に手を出し始めていた。
ユウキはカップから1口飲み、周りを眺めながら感慨に浸っていた。
数日前に、こんな風に集まれれば良いなと思っていた事が予想外に、すぐに実現してしまった。
身近にこんなにも見知った仲間がいたのだと。
右隣のリュウドは向かいに座る、頭が獅子の獣人と会話を始めている。
何とも凄い絵面だが、ユウキはそこに元のプレイヤーの面影を重ねる。
「どうかした?」
あまり進んでいないユウキにアキノが聞いた。
彼女はフルーツの甘みがある軽めの酒を選んだようだ。
「あ、いや、ゲームの中で付き合いのあった人達が大勢こうも近くにいたんだなって。皆、数年来のプレイヤーだから同じように来てたとは思ってたけどさ」
「ええ。他の街にも、もっといるはずよ。まだ会えてないだけで」
「そうだな、うん」
ミナが言った通り、これはオフ会の空気だとユウキは思った。
居酒屋を予約して何度と無く集まった、あのいつかの日と同じ──。
姿形はまるで違うが、会話する様子やこの場に流れる雰囲気はその時と同じものだと肌触りで感じ取れた。
「料理取ってあげるね」
アキノはユウキの取り皿を持つと、大皿から料理を見繕いだす。
ここぞとばかりに女子力を見せ付ける、という訳ではなくて親切心からの行動だが、甲斐甲斐しい所を見せたいと言うアピール精神が全く無い、と言えば嘘になるかもしれない。
「串焼きに、こっちのフライも取ろうか」
話し掛けながら選んでいると、
「ユウキユウキー!」
ユウキに後ろから飛び付く者がいた。
向かい側の席に座っていた獣人のアプリコットが、いつの間にか回り込んで来てユウキの首に両腕を回している。
獣人の容姿はそれぞれで、彼女にある獣の要素はショートヘアーの間から飛び出た耳と尻尾くらいだ。
彼女はどんなギルドでも1人はいる、集会の時にも落ち着きがなく、人の周りをちょろちょろするキャラなのだが、くりくりした目と小動物めいた動きでマスコット的存在とも言えた。
椅子に座ったユウキと同じくらいの身長で、幼稚園児用のスモックのような服装がその小ささによくマッチしている。
「ユウキー、会いたかったよお」
アプリコットはよく懐いている動物のように、えへへと笑いながらユウキに何度も頬擦りした。
考え方が幼く、スキンシップや愛情表現もどこか動物的だ。
「ほら、強く抱き付くと爪刺さるから」
最初は驚いたユウキも、くっ付いて来る幼児をあやすように頭をよしよしと撫でてやる。
「あら、アプリコット、ユウキちゃんのご飯の邪魔しちゃダメよ」
近くに来ていたミナが声を掛けるが、
「ユウキ好きだから、ギュッてしてるだけだよ」
「大丈夫、別に邪魔じゃないよ」
そんな風に答えられると、まるで言質を取ったかのように頷き、
「そうなの、それじゃあお姉ちゃんも」
ユウキに圧し掛かるように頭を抱きすくめた。
「出発したらしばらく会えなくなるから、寂しくならないようにいっぱいギュウッて抱っこしちゃう」
ユウキは両側から頭をロックされ、グワーと悲鳴をあげた。
なんだかんだで、ユウキはゲームの中ではモテていたのだ。
職業は人気のないものだが戦闘において知識と能力は頼りになるし、仲間のアイテムのトレード交渉なども引き受けて何度も成立させ、育成した新人は後進を任せられる一人前のプレイヤーになった。
ギルドで重要なポストにいたのも、人と人との信頼関係で成り立つオンラインゲームで信用を得ていたからだ。
信頼、信用とは他者から愛され、慕われているという事だ。
2人はそのまましばらくユウキにじゃれていたが、気が済んだのか、共に自分の席へと戻っていった。
「ふう、参った参った、あっ」
満更でも無さそうなユウキがその時見たのは、頭痛と歯痛と腹痛を同時に抱えたような顔で皿を持つアキノの姿だった。
リュウドはと言うと、向かいのライオン頭の獣人獅子丸と共に、隣で大失恋でもしたような顔のタケオという男を慰めていた。
その職になるには非常に高度なスキルを多数要求される竜騎士、飛竜を駆って戦う戦士系騎士系の最上位である。
そんな誇り高い職にあるとは思えないような泣き顔でタケオはクダを巻いて荒れていた。
「俺は、俺はな、あいつがいなきゃ、あいつ無しじゃなんにも出来ない情けない男なんだよ。相棒がいなきゃ、飛竜がいなきゃ竜騎士は船から降りた船頭みたいなもんなんだ! くうううっ」
酷い泣き上戸である。
竜騎士は孵化した飛竜に希少な餌をやって大切に育てて行き、成体まで成長させてようやく乗る事が可能となる。
騎士系の騎乗スキルで乗れる騎馬と違い、人馬一体を超えた人竜一体の絆がそこにはあるのだ。
飛竜はこの世界から消失した訳ではないのだろうが、タケオはすっかりふて腐れてしまっている。
これとはまた別の話になるのだが、特定のイベントアイテムが消えていたり、世界に1つしかないという設定があるアイテムも手元やアイテム倉庫から消えてしまった者がいるそうだ。
恐らく設定に準じて、どこかに1つだけ存在しているのだろう。
「おう、ユウキ」
せっかく取ってもらった料理を食べていた所に、ぶっきらぼうな呼び声が向かい側から掛けられる。
肩まで無造作に伸びた赤い髪、2メートルを超える岩石のような頑強な肉体、手足は丸太のように太く、拳は子供の頭ほどある。
3人掛けの椅子にどっしりと座り、タンクトップとカーゴパンツは特注サイズの大きさだ。
複数の種族の中でも頑丈で強壮な肉体を誇るオーガのゴルドー。
顎のがっしりしたどこかゴリラ的な顔や、盛り上がった怒り肩と腕にはトライバル模様のタトゥーが施され、いかつい外見に更に迫力を増している。
「聞いた話じゃ、オークの村で大立ち回りしたそうじゃねえか。リュウドはボス格の奴と一騎討ちを演じたって聞いたが、結構遣り甲斐のあるイベントだったんじゃねえか」
「ああ、遣り甲斐はあったかな。あんな事になったけど、2人が助けてくれてオークも加勢してくれたし、何事も無く良かったよ」
ゴルドーは鳥の丸焼きを鷲掴みにすると、チキンレッグでも食べる要領で丸かじりにした。
「まあ、ワイダル兵も加減の出来るお前等が相手で良かったな。俺だったら、その辺のチンピラみてえなひ弱な奴等が相手じゃあ、手加減のしようがねえ」
ゴルドーは戦士上位職のグラディエーター。
物理攻撃による肉弾戦のエキスパートだ。
しかもパワーとタフネスの特化型、究極のストロングスタイルと言える極端なステ振りだ。
装着したら、普通の人間では全く身動きが取れなくなるほどの分厚い鎧を身に付け、刀身が畳一畳近くある大剣や両手で力強く振り回す戦斧、破壊力抜群のスパイク付きハンマーを手に、大型モンスター相手に臆せず、至近距離まで接近して小細工無しに正面切って殴り合うのが身の上だ。
まさに肉を切らせて骨を絶つを地で行く闘士。
仮にワイダル兵が束になろうと、彼が武器を一振りするだけで連中はたちまち無残な肉塊となって地に転がるだけだろう。
ゴルドーは丸焼きを骨ごとバリバリ咀嚼すると、度数の高い酒を小振りの手桶かと見紛うほど特大のカップで、暑い日の麦茶のごとくガバガバ流し込む。
一概には言えないが、猛毒や麻痺すら短時間で全快してしまう肉体的なステータスの高さは、アルコールに対しての強さにも影響するのかもしれない。
あくまでこの世界での話だが。
しかし肉体が資本の戦士職、豪快だ。
ユウキはその食いっぷりを見ながら、リュウドに話し掛ける。
「勝てると思ってたけど、とどめは見た事もない剣技だったな」
「あれはフェンサーのフェイントと忍者の早駆けを組み合わせた動きにサムライの剣で工夫を加えたものだ。カウンターが取れない」
「カウンター?」
「実は騎士団に行った時、副団長から奴の太刀筋は、守りから転ずる形が得意であると聞いていたのだ。奴が犯人で剣で抵抗してきたら、剣士として戒めなければならないと。彼が助言を託してくれたから勝利を掴めた、そう思いたい」
2人が話していると向かいの妖人が視線を向けてくる。
青白い顔で目元に独特のメイクがある、カーライルだ。
指先に灯した小さな火で咥えた煙草を付ける。
大雑把な破壊魔法より細やかな魔力のコントロールの方が、より高い集中力を要する。
その点から見ても彼の実力は高い。
立ち上る煙は甘い香りがして、ただの煙草ではなく魔力を維持する効果を持った薬草を巻いたものだと分かる。
「俺も事件の顛末は聞いたんだよ。殺人事件はそれはそれとして、今回の件で思わぬお宝が手に入ったこの国は大助かりだろうな」
そう言ってカーライルは美味そうに煙を吐いた。
「魔法石の事か?」
「ああ、大量に見つかったのはありがたい事だよな。魔法石は多いに越した事はない、武器にも防具にも転用できるし、魔法力を封じたアイテムにもなる。これから大きな戦いが予想される。そう遠くないうちに魔族との戦いは避けられないだろうからな」
頑なな意思を感じさせる瞳で、彼はユウキに言った。
現バージョンの説明では、魔族の侵攻が増したというような設定がストーリーに加わっていた。
そもそもこのゲームでは魔族が世界共通の敵なのだ。
「魔族の話はさあ、旅の商人とか色んな所から伝わってきてるのよ」
つばの広い旅人帽を被った吟遊詩人デレクがカーライルの隣で言う。
色々な土地を行き来している行商人やジプシーがもたらす情報は早い。
意外かもしれないが彼等の方が、わざわざモンスターと戦いながら道中を進む異界人より安全な近道を知っていたりする。
「ライザロスの方であったらしいよ、魔族との衝突が」
ライザロス帝国。
ここより北の寒冷な乾燥地帯で帝政を敷く軍事大国だ。
文字通り軍備に優れた国で、堅牢で威圧感を感じる造りの主城を持ち、各所には砦が築かれ、装備も魔法石を用いてより近代的になっている。
現代で言う戦車や飛行船のような兵器も少数だが配備されている。
現在は穏やかであるが、各国が入り乱れる乱世だった頃はその武力で領地を拡大したとされている。
帝王は口髭を蓄えた、いかめしい武人そのものといった人物だ。
土地からは金や有用な鉱石が採れる鉱山があり、軍資金も多い。
自然豊かなルーゼニアのイメージカラーが緑なら、帝国は重厚な黒だろう。
何故こうも軍備を高めているかと言うと、その土地柄、魔族の侵攻と戦ってきた歴史がある為だ。
世界中に魔族が溢れ出して来るポイントが複数あり、極寒の地にもその1つが存在する。
そして言わずもがな、それは北の大地にあるライザロスに近いのだ。
今回のバージョンでどんな変化があったか分からないが、何かしら魔族が優位になるようなデータが実装された可能性もある。
ユウキが腕組みして唸ってみると、後ろから声が掛けられた。
理知的な眼鏡の男、賢者マキシ。
相当の切れ者でみんなの会のサブリーダーを務めている。
普段の大仰なローブやタリスマンを持たないので普通の青年に見える。
「ユウキ、カーベインに行くという君の判断は最適だと思う」
「ん、ああ。あそこなら情報がもっと集まるだろうし」
「その通りだ。金と人が集まる土地を見れば、世の中の動向が分かる。僕の集めた情報から推測するに、クラルヴァイン、ルージェタニアも魔族の襲来に備えて何かしら動きを見せているかもしれない」
クラルヴァイン神国はこの世界の民の大部分が信仰する宗教、その聖地に当たる国だ。
国と言っても規模は小さく、1つの街ほどの大きさしかない。
どの町にも大体教会があるのは信仰が広まっている証で、神官系職の認定もここで行われているという設定がある。
穢れを洗い流す水をイメージした大変美しい水の都でもあるのだが、魔族と戦う事を定めとしてるため、対魔族用の戦闘力を有しているのは専ら有名であるとされている。
一方ルージェタニアは魔法の都で、魔法魔術の大系、そしてこの世界の歴史、それら全ての記録と記憶がそこにあるという。
こちらは賢人達が魔術師系職の認定を行っているという設定がある。
都自体が強力な結界の中にあり、専用の転送魔法陣で入るのが常だが、賢人の知恵を借りる為に旅立ったパーティーが辿り着けたのかは未だ分かっていない。
ユウキ達が目的地にしたカーベインは、エルドラド人や異界人を問わず、有力な商人ギルドが自治を敷いている商業都市だ。
巨大な貿易港を有し、世界有数のマーケットが存在している。
鉄も、信仰も、知識も、財も、形は違えど全て力となる。
その力がどのように動いているか、それを見定めるにはマキシが指摘したように人と金が行き交う商業都市で直接情報を集めるに限る。
何かが起こる時、必ず人や物が情報を伴って大量に移動するからだ。
世界には大小の国があり、徒歩では入れないルートもたくさんある。
主なアクセスが海路しかないヤシマもそうだ。
サムライや忍者中心のギルドはそこをギルドベースにしている所も多く、現在は鎖国状態にでもなっている事だろう。
転送魔法陣が機能していれば、移動も楽なのだが現在はそうもいかない。
この機能をいかに復帰させるか、それも異界人にとっての課題だ。
「さっきの続きなんだけど、ライザロスで武力衝突の巻き添えを食って魔族に滅ぼされた村があるらしいんだ。それで」
つばをいじりながらデレクが喋っていると、
「おおっ!」
と参加者達から声があがった。
店のスタッフ達が数人係りで大皿の料理を運んできたのだ。
特別注文でもしなければ出てこないような豪華に盛り付けられた一皿。
どこかの言葉ではないが、宝石箱と呼べそうな豪勢さである。
「これは?」
ミナが代表して聞くと、前掛けをして髪をアップにした女性が出てくる。
30代後半に差し掛かったくらいの、女盛りで十分に美人だがもう少し若い時は更に美しかっただろうと思われる容姿。
気風の良さそうなこの店の女将、マリーだ。
「この大皿の料理は、店からの、他の常連さんからのおごりだよ。ワイダルの手下のチンピラどもは散々横暴をはたらいてくれたからね、ぶちのめしてくれたのは皆にとっても溜飲が下がる思いだったのさ。さあさあこれはお礼代わりだ、存分に食べとくれ」
また、おおっと声があがった。
これにはユウキ達の活躍に対する、賞賛の意味も含まれていた。
「異界人の印象は大分良くなってるみたいね、うんうん」
ミナが3人を褒める。
「共存していけるのが示せたなら、それに越した事はないよ」
ユウキも素直に喜んでいたのだが、
「水を差すようで悪いけど、迷惑をかけてる異界人もいるようだよ」
とデレクが言った。
「さっきとばっちりで魔族に滅ぼされた村の話をしたけど、まあね、そういう展開は今までのイベントでもあったよ。でも村の生存者はね、こう言ってたらしいんだ、魔族でもモンスターでもなく、この世界に存在していた種族とは違う雰囲気の戦士達が魔族側にいたって」
「違うって? それはどういう?」
「ここからが大事なんだけど、どうもその戦士達が使っていた術が異界人の魔法、うちらが使ってるスキルに似ていたらしいんだ」
「私達の側から魔族に寝返った奴等がいるとでも言うの?」
端々に怒りを表しながら、アキノが言った。
「俺に怒らないでくれよお、似たような事をライザロス兵も言ってたって話を聞いただけなんだ」
「あくまで噂話の範疇を出ない話なのだろう?」
リュウドが問い、答えを聞く前に自分で続ける。
「もし外見を基準に考えているなら、プレイヤーが持っているレアな装備品はモンスターからのドロップが多い。似たような装備を持った亜人的な見た目の魔族がいれば、見間違える可能性もある。新しいモンスターが追加された話は何度か聞く、我々と類似した能力や術を実装されたモンスターがいても何らおかしくはない」
否定的である。
ユウキも同意した。
魔族に異界人が加担している話など当然否定したいのだ。
ユウキはリュウドの言葉を継いで、更に強調した。
「なあ、それって遠くライザロスから来た行商人か何かの噂だろう? 俺達はこっちの世界に来てからそれほど経ってないんだ、何日前だか分からないけど、敵の魔族に混じってるなんておかしいじゃないか」
そりゃそうだけどさあ、とデレクは一応ワンクッション置いてから反論した。
「俺らは1人1人、多少のタイムラグがあってこっちに来てるだろ。俺が知る中では半日くらいの差がある者もいるって。もしかしたら、例外的に、もっとずっと前に来た奴もいるかもしれないじゃないか」
ユウキは適当に返事をして、それから何も話さなかった。
カップに残る酒をぐいと飲み干し、料理を口に押し込んだ。
とびきり美味いはずなのに、ぬるい水と紙細工を含んだように感じる。
この集会を楽しみたいと思ったが、もうそれは無理だと思えた。
ただの与太話として聞き流したい一方、何とも忌々しい悪い予感が、とぐろを巻いて居座る毒蛇のように胸の奥を詰まらせていた。
その後、ギルド集会は何事も無く終わった。
たっぷり楽しみ、親睦を深めた者達は明日からの冒険にはさぞや精が出る事だろう。
宿に帰ってからしばらくして、ユウキは屋上に上がっていた。
屋上と言っても、ちょっとした洗濯物を干せるベランダに近い。
賑わう夜の時間は終わり、ほとんどの人家は消灯している。
ユウキはそこでただ静かに星空を眺める。
そしてこの世界に来た時の事から、先ほどの集会までを思い起こす。
嵐のように過ぎた数日、これからそれ以上の出来事に身を置く事になるだろう。
微かに気配を感じて振り向くと、アキノも屋上に来ていた。
「リュウドはどうしてる?」
「瞑想中、もう少ししたら寝るって」
そうか、とユウキは夜空に視線を戻す。
アキノはそれとなく隣に並んで、同じように見上げる。
「綺麗ね。ホントに。空気が澄んでるせいかな」
「排気ガスとか無いからなあ。昔、よくは思い出せないんだけど、キャンプか何かで見上げた空はこんなだった気がするよ」
陳腐な表現になるが、この世界の星空はただただ綺麗なものだ。
「この世界にも星座ってあるのかな?」
「どうだろう、何かしら云われはありそうだけど」
あの噂話のせいだろうか、あまりにもドライなリアクションしかしていないとユウキは思う。
ややあって、すぅと流れ星が1つ流れた。
「運命を星の巡りと言うけど、そういうのはあるのかもしれない」
「運命?」
「ああ。俺は占いとかあまり信じない方だけど、何か運命の大きな流れみたいなものはあるんじゃないかと思えてきた」
「この世界に来た事自体、普通じゃないものね」
「こっちに来て、偶然事件に関わる事になって、この何日かの間にホントに色々あった」
「ユウキが事件に関わってなかったら、こうしてパーティーを組む事もなかったかもしれないね」
「そういう出会いも、2人の決められた運命なんだと思う」
ユウキの口から自然と出た言葉だが、深読みをすると口説き文句と取られてもおかしくない内容だ。
シチュエーションもセッティングされたように洒落ている。
しかし残念ながら、彼はそういう方面には酷く疎いのだ。
アキノも、彼にはそこまで凝った演出は出来ないだろうと察している。
ユウキはすっと手を差し出した。
「これからの旅、楽な事ばかりじゃないと思う。でも一緒に冒険に付き合ってほしい」
パーティーリーダーからの信頼と絆の握手だ。
うん、とアキノはその手を強く握った。
ほんの一時だが、仲間と触れ合えた事でユウキの中で黒く淀んでいた感情は払拭された。
これからのパーティーに、プレイヤー達にどんな運命が待っているのか。
夜空の星はただ、美しく輝いているだけだった。
翌朝、宿を引き払い、朝食を済ませた3人はアドベンチャーズギルドに旅立ちの記録を記すと、今回の件で色々と関わりを持ったリンディに出発を告げた。
プレイヤーの代表として王都の治安は任せておいて、と力強い言葉に安心し、西門へと足を運ぶ。
先ほどのギルドで、不定期の乗り合い馬車が出ると掲示されていたのだ。
屋台で昼食用のパンを買っていると、大きな幌馬車の前で御者が出発前のベルをカランカランと鳴らし始めた。
「乗ります!」
幌馬車へ飛び乗ると、間も無く馬車は動き出した。
カーベインを目指し、3人は一路、西へ。
読んでいただき、ありがとうございます。
これで物語のスタートとなる第1章は終了となります。
主人公はマイナーなジョブにこだわりを持っている青年、ヒロインは分かりやすいですがサポート役にしました。
リュウドはロマサガのゲラ・ハやモンコレのコミックに出てきた和装で武術の達人のリザードマンがモチーフになっていると思います。
らしくない感じのリザードマン。
ファンタジーで、推理物とは行かないまでも1つの事件を追っていく物語はどうだろうかと考えていて、今回それを形にしてみました。
ストーリーだけ見ると2時間サスペンスドラマのようです。
女騎士とオークでエロという有名なジャンルがありますが、その両者をあえて友好的な関係として描いてみました。
良いモンスターもいれば、悪い人間もいるのがこの世界です。
話のエピソードや流れは一応考えていますが、これからどのように書いていくかはまだ自分でも分からないです。
不定期になりますが、暇な時の時間潰しにでも読んでいただければ幸いです。
感想などありましたら一言でも良いので、気軽に送ってくださいませ。