戦いの後
「リーダーがやられた!」
「駄目だ、やっぱりかないっこねえ!」
「おい、ずらかるぞ!」
勝敗を見たワイダル兵達は、我先にと村から飛び出していった。
所詮ゴロツキの集まり、こうなれば統率などあったものではない。
「……クソが」
座り込み、腕を押さえながらジャックスは恨み言を吐く。
しかしその表情からは今までの余裕は影を潜め、若干萎縮していた。
味方にあっさり見放されたから、なんてしおらしい理由ではなく、武器を破壊されたせいだろう。
猛々しい態度は、魔剣からの影響もあったのかもしれない。
「やったな、リュウド」
強い眼差しをジャックスに向けるリュウドに、ユウキとアキノが合流した。
村長、そして回復魔法で治療されたダンギを含んだ数人のオークもそのすぐ後ろに来ている。
ジャックスに退路は無い、完全な敗北と言えた。
「観念するんだな」
ユウキが詰め寄る。
肩をがっくりと落として諦める、と思いきや、
「俺は認めねえぞ」
ジャックスは悪態をついた。
「証拠があるとか抜かしてたがな、布の切れ端が俺のマフラーの一部だとして、ルイーザが殺された時に拾ったって言えるのか?」
「なんだと?」
「俺がマフラーを外した時に真犯人が端をちょいと切り取って、死体に握らせたって事もあるんじゃねえのか?」
本気の反論でないのは、誰の目にも一目で分かった。
「この期に及んで、そんな屁理屈が通用するとでも思っているのか?」
「その理屈が通るか通らねえかは警察が決める訳だ。で、その警察はこの件をこれ以上調べられるのか? もうよせ、とどこからかお達しが出てるんじゃないのか?」
この男は確かに知っている。
自分達のバックにいる権力者が警察に圧力を掛けている事を。
殺人など知らないと言い張って時間を稼げば、捜査が有耶無耶になってやがて難を逃れられる事を。
「どんな疑いを掛けられようと俺が首を縦に振らなきゃ、それまでの事よ」
「──貴様」
リュウドが刀の柄に手を掛ける。
「なんだ? 俺を半殺しにして、無理矢理にでも白状させるつもりか? お前らは警察の代理なんだろうに、そんな事をしてみろ、重罪だぞ」
「こいつめ、ふざけやがって!」
完治し切っていない傷を押さえながら、ダンギが前に出た。
「こんなクズは、もっと痛め付けてやりゃあ良いんだ!」
「やってみろよ、豚ヅラ野郎が。お前ら勝ったつもりでいるようだが、こっちはこれから増援が来るんだぜ? お前らがルイーザを殺したと信じ込んで、村を潰す気満々の異界人達がな。お前らの味方した3人の
何倍もの人数をこっちは用意してんだ」
ジャックスの顔に余裕の笑みが戻りつつある。
ダンギの言う通り、魔剣の影響を差し引いても、性根からクズなのだ。
ユウキが奥歯をギリッと鳴らした。
「ジャックス……あくまでも開き直るつもりなんだな」
「俺がやりましたと言わなきゃ、オークどもの仕業って事で話が落ち着く。それを王都中の皆が信じる、ただそれだけの事だろうが!」
せせら笑うジャックス、再びユウキの奥歯が鳴った。
ユウキの体が微かに揺れていた。怒りに、打ち震えている。
「お前、心底のクズだな。さすがに俺も頭に来たぞ。これだけは反則だから使いたくなかったが、もう容赦はいらないようだ」
そう言うと、手の平を向けた。
黒紫の瘴気が手から染み出すように溢れ出し、それは渦巻いて固まっていき、やがてグレープフルーツ大の球体になった。
ジャックスはそこから敵意や殺意と言った、負の力を感じ取る。
自分の所持していた魔剣とは比べ物にならないほどの。
「お、おい、何のつもりだ! 俺を殺そうとしたら、お前は──っ!」
虚勢に満ちた言葉が、そこで詰まった。
球体に真一文字の割れ目が入り、粘着質の糸を引きながら縦に開いた。
中にあったのは、濁り切った虹彩を持つ、瞳だった。
目覚めた人間のようにぱちぱちと瞬きすると、その瞳はジャックスを刺すように凝視した。
途端、強烈な波動がジャックスに発せられた。
「お、おおお!」
凍える吹雪を全身に浴びせられているような感覚。
何かの攻撃魔法を食らったのか、と思い始めた頃にはそれは止んでいた。
ジャックスは慌てて体中を見回すが、何ともなっていない。
「? な、なんだ、こけおどしか。そんな挑発で俺は、うぅ!」
喉からおかしな悲鳴を上げて、ジャックスは体を痙攣させた。
突然、数メートル先に男が現れたのだ。
移動魔法が存在するこの世界で、ただの男が視界に出てきただけならこうも驚きはしない。
男が着ている旅人用の服は血まみれで黒ずんでおり、その顔や手足はゾンビやグールのように腐り、酷く爛れていた。
いや、そんなアンデッドモンスターならジャックスも知っている。
では何故驚いたのか。
それはこの男が、以前山中で追い剥ぎをして手に掛けた旅の行商人だったからだ。
「な、なんでここに、うぁ!」
目を背けると、そこにもまた別の男が立っている。
みすぼらしい服はやはり血塗られており、腐敗した顔面は崩れていた。
この男は目障りだと言うだけで殴り付け、死体を街の下水へと叩き落した浮浪者。
その隣にも男が立っている。
捌かせた違法薬物の売り上げを、懐に入れて黙っていた売人だ。
この男も散々痛め付けた挙句、他の売人への見せしめで殺した。
そして、その横には──
「ああ、お、お前は」
大きく裂けた、皮製の簡易な軽鎧を身に付けた女騎士。
斬り付け、刺し殺し、部下に棍棒で散々殴り付けさせた、あの。
鎧も、その下の衣服も、美しかった髪も全てべっとりと血で濡れている。
「な、な、なんだ!? 何が起こってる……ち、近寄るんじゃねえ!」
亡者達は実体を持たない幽鬼のように、ゆっくり、ゆっくりと近付いて来ている。
「来るな、こっちに来るんじゃ、うえぇ!」
ジャックスは顔を引きつらせた。
体を後ろへ引こうとした時、押さえていた右腕の傷に指が食い込んだ。
そしてそのまま、ずるりと肉が下へと剥がれたのだ。
「な、なんだ、ひっ!」
慌てて放した手の肉が腐り、指先から白骨が飛び出している。
「一体何が、あぁ!」
ゴキゴキと嫌な音がしたかと思うと、右腕があらぬ方向へと曲がり、粘土人形の一部を引っ張ったかのように、その腕がもげて落ちた。
ぼこぼこと腹の中が動き、服をめくると傷んだ魚の腹が裂けるように、突然腹部が千切れて内臓がどろりと垂れ下がり、血が滴った。
「うああ、うああ!」
顎がガクガクと歪み、吐血しながら歯がボロボロと抜けていく。
続いて顔の肉が崩れていき、片目が溶け落ち始めた。
戦慄して声も出せないジャックスの視界に、ユウキが現れた。
「た、たた、助けてくれ! 頼む、頼む!」
「助かりたいなら、洗い浚い本当の事を話せ」
「は、白状する! だから、頼む! こ、これを止めてくれぇ……っ」
恐怖が限界に達し、ジャックスは気を失った。
「あいつ、急にどうしたの?」
アキノが不思議そうな顔でユウキに聞いた。
アキノの目には、突然ジャックスがきょろきょろしながら叫びだし、のた打ち回ってから気絶したようにしか見えなかった。
倒れている姿を見ても、リュウドに斬られた腕と足以外に外傷は見当たらない。
「俺が使ったのはテラーペインだよ」
「ペインデビルが使ってくる、あの?」
ペインデビル。
苦痛と負の感情を操る、という設定の魔族系上級モンスター。
その攻撃は精神系のステータス異常を起こすものばかりで、耐性のあるアクセサリーが無ければ高いレベルであっても掛かってしまう。
中でもテラーペインは死と激痛のイメージを相手の意識へと送り込み、恐怖の幻覚で、行動不能になるほどの極度の混乱状態へと陥らせる。
とにかく厄介で、プレイヤーが選ぶムカつくモンスターランキングでほぼ殿堂入り状態のモンスターである。
「これを使っていれば、早い段階で自白させられたかもしれない。でも拷問みたいでさすがに、ためらいがあった。確かな証拠を出せば認めると思ってたし。けどあそこまで開き直られたら、そんな遠慮はいらないって思ってさ。正直、キレたよ」
「それで良いと思うよ。ああいう弱い者いじめをして喜んでるような悪党は、痛い思いをさせないと」
「ユウキ、幻覚と分かればまた誤魔化そうとするのではないか?」
「少なくともルイーザ殺害を自白するまでは、あの魔法は度々幻覚を見せるはずだ。自分で使って分かるんだ。そういう、ねちっこい嫌な技だって言うのが。何せ、この世界共通の敵、魔族が使ってた技だ」
ふう、とユウキは後味の悪いため息を吐いた。
落ち着いた所で、次の問題が頭に浮かんでくる。
ジャックスが言っていた増援は、どう対処したら良いだろうか。
ワイダル兵なら何人来ても大した事は無いが、同じプレイヤーである異界人となると戦いたくはない。
敵同士として交戦した場合、レベル次第でこちらが殺されてしまう。
現在王都には自分達を上回る強プレイヤーがゴロゴロいるのだから。
自分達が前面に立って交渉すれば、分かってもらえるだろうか。
ジャックスを叩き起こして、裏の事情を全て説明させるか。
念の為に、オーク達を避難させておいた方が良いだろうか。
何か上手い方法は無いだろうか、とユウキがうんうん唸っていると、目の前にフレンドチャットのウインドウが開いた。
(ずっと戦闘でもしてたの? ようやく繋がったわ)
リンディだった。