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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
2/173

異世界へ

2014/10/13 一部書き換え

 

 密度を持った鬱屈とした闇を一筋の光明が切り裂く。


 その切れ間からまばゆいばかりの陽光が溢れ、広がって行く。


 日の光に照らされ、肥沃な大地が、雄大な海が、濃緑の樹海が、風走る草原が、荘厳な神殿が、繁栄する街並みが現れる。


 街中には、循環する血液のように人々が行き交い、活気が溢れる。

 赤子が泣き、子供は遊び、大人は仕事に勤しみ、老人は健やかに笑う。

 大いなる大地には命の輝きと潤いが満ち満ちていた。


 神々の視点で見下ろされ、厚く見守られる世界。


 その温かな護りの目を掻い潜り、


 間隙を狙い澄ましたかのように、


 再び暗澹とした闇が、人と似た形を取りつつ押し寄せる。


 それは、言い知れぬ迫力を持ち──

 それは、名伏し難い恐怖を与え──

 それは、見た者に死を覚悟させる──


 その者は、神格を持つ魔──



「まじんの……こうりん」

 寝言のように発した言葉と共にユウキは目を覚ました。


 あれ、俺いつの間に寝たんだ。

 いや、寝てないし、寝落ちだってしていないはずだ。


 ゆっくり開かれた瞳がぼやけた像を結ぶ。


 青空、流れる雲、春を思わせる柔らかな陽の光。


 外……外だ、何で俺は外にいるんだろう。


 光を遮るように、ユウキは掲げた右手の甲で目を塞ぐ。


 芝生に横たわっているのだと分かると、目覚めた意識に引きずられるように五感が機能し始める。


 視覚が保たれると、次は音が聞こえてきた。


 少し離れた所から、時折怒声が飛ぶガヤガヤという大勢の声と、ガチャガチャと金属が擦れ合うような音も聞こえてくる。


「………ここは……?」


 地面から引き剥がすように体を起こすと、まず視界に入ってきたのは高さ30メートルはある壁だった。


 コンクリート塀などではなく、西洋風の堅牢な城壁のようだ。


 節々が少々痛む体で立つと、足元でサクサクと草を踏む音がする。


 辺りには芝生や背丈の低い草が繁茂し、濃厚な緑の匂いを運ぶそよ風に振り返ると、背後には道の作られた森林が広がっていた。


 そして、高い壁を背景に先ほどから数十名が声をあげている。


 よく聞き取れないが、少なくとも歓喜とは反対の物だと言えそうだ。


 その集団にいる者達は、ユウキが見覚えのある風貌をしていた。

 ただし、現実にではない。


「あの装飾は破邪の大盾、あっちの尖ったのはデモンメイルだ」


 ゲームの設定集で見た物と、寸分違わぬデザイン。

 しかも安っぽい作り物ではなく、重厚で技術の粋を尽くした感がある。


 身に付けている者もゲームのそれと同じで、金髪で長い耳を持つ細身の女性や逆立つ赤い髪に筋骨隆々な体躯の持ち主もいる。


(コスプレ、とは何か違うような気がするけど)


 この状況を遠目に見れば、ハイクオリティなコスプレイベントと捉える者もいるかもしれない。

 完成度なら、世界規模のコンテストで優勝を狙えるレベルだ。


 だが、断じてそうではない。

 ここにいる全員、衣装を誇る事もしなければ、場を楽しんでもいない。

 皆、自らの姿に、置かれた状況に、困惑を示している。


 今更ながら、ユウキも自分が変わった服装をしている事に気付く。


 銀色の軽鎧の上に上半身を覆うグレーのマントを身に付け、下は布製のラフなズボンにショートブーツ。


 腕には鈍い光を放つ腕輪、首には複数の宝石がはめ込まれたタリスマンが幾重にも掛かっている。


 腰には、装飾の施されたワンドと短剣のスティレットが差されていた。


 コスプレの趣味は無いし、誰かに着替えさせられた覚えもない。

 だがこの衣装には、誰よりも見覚えがあった。


 ユウキは寝起きそのものの顔で、ぼんやり辺りを見回すと、

「ルーゼニア王国……城壁東……?」

 そんな、いつも画面の中で見慣れた言葉が口をついて出た。


 城壁、森へと続く道、木々の並びから苔の生した岩まで──。

 この風景はまるで、よく見知ったそこを忠実に再現したかのようだ。


「ここ、昨日ログアウトした場所にそっくりじゃないか」

 ログアウト──ユウキはプレイしていたゲームを思い浮かべる。


『エルドラド・ワールド・オンライン』

 開始から十一年が経ち、尚人気の衰えないオンラインゲーム。


 システムはオーソドックスだが、許容の範囲内ならオリジナルの職業やスキルをプレイヤーが好きに作れ、自作のダンジョンを配布出来るという自由度の高いゲーム性は多くのファンを得た。


 ゲームの設定や世界観は、魔王の手が伸び始めた世界を英雄達が救うというシンプルなものだが、情報量が多く、難易度は高いが、やればやるほど経験と知識が深まり、円熟したプレイヤーほど面白さにのめり込んで行く。


 ユウキは中学に入った年にパソコン購入と共に始め、一時離れたりもしたがかれこれ7年くらい続けている。


 アップデートの度に困難なダンジョンと数多の強力なボス達が追加され、多くのパーティーによって攻略されてきた。


 今ではレベルキャップも150まで上がり、行動可能になったマップや大陸は初期の数倍にまでなっている。


 そして現バージョン「暁の魔竜」から1年と数ヶ月。


 待望の新バージョンである「魔神の降臨」がアップデートされ、ユウキもさてどんなものかなとパソコンの電源を入れた。


 この時はまだ、ユウキは普通の大学生の越野勇樹だったのだ。


 新たなタイトルから普段通りログインして──気付いたら、この状況に陥っていた。



 悪い冗談だと思えるほど、ここはゲームの世界そっくりだ。

 もしこれが実写化映画なら、ヴィジュアルは文句無しだろうな。


 そんな事を考えながら昨夜のプレイを思い出してみると、騒いでる者達の姿は、ログアウト時近くにいたキャラと同じ事に気付く。


 なんだかもう悪い予感しかしない。逆にもう、にやけてくる。


 人は極度の混乱状態に陥ると自然と笑顔になってしまう、とユウキは何かで見た。

 多分今がそうなのだ。20年程度の人生だが、これほど意味不明な状況は無かった。


 ユウキは頬をつねるという古典的な方法で夢ではないと確認すると、円になって話し合う1つのパーティーに近寄ってみた。


「すいません、今これ、どうなってるか分かります……?」

 自分でも馬鹿な声の掛け方だと思った。


「ああ? っんだお前、知らねえよ、こっちが聞きてえくれえだ」


 シーフ職らしい、短剣を差したバンダナの男が噛み付いてくるが、プレートアーマーにフルフェイスヘルムの女聖騎士がそれを諫めた。


 兜を外すと、金髪をアップにした、彫刻のように整った顔が現れる。


「リーダーのヨアンナと言います。あの、ユウキさんですよね」

「俺のことを?」


「『冒険者達の集い』ギルドにいたソウルユーザーのユウキと言えば有名じゃないですか」


 ギルドとは大小を問わずに同好の者が集まって作れるグループで、色々と冒険を円滑に出来るシステムがある為、多くの者が所属している。


 リーダーの言葉にパーティー内が一瞬ざわつく。

 ユウキの眉が少しだけ歪んだ。


「あんなのもう昔の話ですよ、今は色んな所を出たり入ったりで。それより、今のこの状態……何か分かりますか?」

「いえ、うちらもようやく落ち着いた所で」

 ヨアンナが首を横に振ると、魔導師の男が半笑いの顔を向けた。


「これってさ、ゲームの世界に入ったんだって、俺思うんだよね」

「? ゲームの世界?」


「俺達もだけど、君だってゲーム始めた瞬間、こうなったんでしょ? 違う?」


「え……確か、そうだったと思いますけど」

「あれだ、主人公が突然、異世界に連れて来られるってやつだよ。80年代から90年代のアニメでよくあったんだけど、知らない?」


 ああ俺の歳がばれるなあ、などと言って男は1人苦笑した。


 定かではないが世代が違うのだろう。

 ユウキもアニメを見るので、知識としては知っていた。


「でもそれは、アニメの話であって、急に別の世界なんて」

「なあ、このゲームにある曰くつきの噂は聞いた事あるだろ?」

 無骨な鎧の重装騎兵が遮るように言った。


「ストーリーの原案はどこかで発掘された古文書だかに載ってた話で、解読をしてた研究者の何人かが突然行方不明になった。皆しばらくして見つかったけど、誰もが、不思議な世界に迷い込んだとか、ずっと魔法の夢を見ていたとか、そういう妙な証言をしてる。あれが本当なら、この状況にも何かしら関係あるんじゃないか」


 プレイヤーなら一度は聞いた事がある噂だ。


 普段なら馬鹿馬鹿しいと一笑に伏す話だが、この状況に置かれたユウキにとってそれは、妙に説得力を持つ言説に思えた。


 人は不可解を恐れ、何とか理屈をこじつけて納得したがるものだが、今は何か仮説を立てなければ、現状を上手く飲み込むのは難しいだろう。


「あのね、こうなった理由は分からないけど、さっきから色々試してシステムとかメニューの使い方は分かってきてるの」


 そう言った巻き髪の上級神官が教えてくれると言うので、素直にレクチャーを受ける事にした。


 自分の状態や居場所を確認するメニュー画面やステータスバーは、強く念じると頭の中に思い浮かべられると言う。

 やってみるとゲームそのままのデザインでウインドウが浮かんだ。


 そこに意識を向けると、マウスで選択したように新たなウインドウが浮かび、あとはゲーム内と同じ要領のようだ。


 ゲームの中で見えていた数値や文字は、集中すれば見えるそうで言われた通りにすると、他人の頭上に薄っすら浮かぶ名前が見えた。


 自分と周囲の状況が分かるだけで、ユウキの安心感は大幅に増した。


「ユウキさんをパーティーに誘いたいのですが、見ての通り、満員で。何かあったらこれで連絡を取り合いましょう」


 ヨアンナがそう言うと、フレンド登録承認の可否確認のウインドウが表示された。


 これは同じギルドやパーティーにいなくても簡単なやり取りが出来るシステムだ。

 ユウキは迷わず承諾した。


 対の門番兵が守る東城門から、街に入っていくパーティーを見送ると、ユウキは改めて辺りを見回した。


 いるのは戦士、魔法使い、神官の熟練度を極めた先の上級職ばかり。


 どれも人気職で、剣であり盾である騎士が前衛を務め、魔導師が後方から攻撃魔法を放ち、上級神官が適宜に回復や補助に回る。


 シーフやアーチャー等はダンジョン内での警戒や援護が役目だ。

 パーティーは、これがごくポピュラーな組み合わせとなる。


 ユウキの職である『ソウルユーザー』はそれらとは少し違う。


 エルドラドにはプレイヤーとして選べる種族が複数存在し、条件を揃える事で誰でも転職が出来る。


 ソウルユーザーは戦士・魔法使い・魔獣使いという初級職の熟練度を一定まで上げる事で転職でき、大系的には魔法使いの上級職とされる。


 上級職の中で能力値は最低で、覚えられるスキルも少な目だが、倒した敵の魂を特別な宝石に変えられるスキルを持つ。


 それを専用の武器防具に装着する事で低い能力値にボーナスが付き、加えて、宝石に応じてモンスターが持つ特殊技を使えるようになる。


 上手く使えば他の職に引けを取らない戦力になるが、ステータスがとにかく(いびつ)で、ダメージの効率やマジックポイントのコスパを考えるなら、上級魔法や戦士系の高等技を使う方が望ましい。


 現在この職で本格的にキャラを育てている者は少ない。

 先ほどのように職業と名前だけで個人を特定されてしまうほどに。


 最大効率のみを求めるプレイヤーもいるが、好きに楽しめる事がゲームの一番の醍醐味であり、モチベーションではないか、という主張がユウキにはある。


 さてどうしようか、自分も仲間でも集おうか。

 しかし、これだけ混乱している中で上手くコミュニケーションが取れるかどうか。


 色々と考え始めたユウキは、最初に思い出しておくべきだった、ある事に気付いた。


 そうだ、パーティーを組んだままログアウトしたんだった。

 もしかしたら、近くにいるんじゃないか。


 パーティー情報を確認すると、同じマップ内に点滅する点で反応があった。


 パーティーメンバーだからだろうか、意識するとそちら──森の入り口──付近から気配のような物を感じる。


 急いで駆け寄り、茂みを掻き分けると、木陰に座る者がいた。

 木漏れ日が照らすその姿は──


 顔は碧鱗で覆われ、目は爬虫類のそれであり、太い尻尾がある。


 トカゲと似た容姿を持つ亜人、リザードマンだ。

 そのいでたちは、種族名を聞いた者が思い浮かべる姿とは多分違う。


 年季の入った着物に身を包み、両腕には小手、足には脚絆と具足、腰の右には銘のある大小を差している。

 和のテイストを漂わせるこの服装、職業はサムライだ。


「リュウド!」

「……ああ、お前も来たのか」


 街でばったり会ったかのような静かな口調でリュウドは言った。


 あからさまに顔がトカゲなのだが、当たり前に会話する事にユウキはまるで違和感を感じない。

 長年連れ添った仲間という関係を差し引いても。


「リュウドは、いつ頃こっちに来たんだ?」

「私は3時間ほど前だ。ここで心を落ち着かせていた」


 確かに、物静かな口調で落ち着き払っているのが分かる。

 その顔から迷いや困惑は見られない。

 トカゲの顔ではあるのだが。


「随分と落ち着いてるんだな」

「夢でも幻でもなく、現にこうして身に起きているのだ。なら、理由はどうあれ現実として受け入れるしかあるまい」


 鱗を持つ侍はどこか古めかしい言い回しをした。

 ユウキはリュウドと何度かオフ会で会った事があり、詳しくは聞かなかったが5歳ほど年上らしい。


 時代劇や時代小説を好み、実際に剣術をやっていると言う。

 ゲーム内でもそういった喋り方や雰囲気を色濃く出していた。


 すぅと立ち上がると、サムライの武器である刀がカチャリと鳴った。


 職業は枝分かれし、戦士系でも極める技術は個人の自由だ。

 戦士からフェンサー(剣士)と闘士に分かれ、フェンサーから騎士とサムライ、更にその先がある。


 リュウドはサムライになり、途中ニンジャに転職してスキルを会得した後、再びサムライとして熟練度を高めている。


 魔法のステータスは乏しいが、リザードマンの強靭なフィジカルと戦闘スキルが相まって、近接戦闘では頼りになる。


「リュウドがいてくれるのは心強いな。……しかし」

「しかし、なんだ?」


「間近で生きたリザードマンを見ると凄いな、色々と」

「なかなか良い面構えだろう? お前もお人好しが顔に出ている」


 お互い、見た事がない顔なのに、見た覚えがある。

 ゲーム内の記憶が一部上書きでもされているのだろうか。


「私は付いていく事に異存は無いが、これからどうする?」

 リュウドの問いにユウキは少しだけ逡巡するが、迷いは無い。


「まずは情報集めだ、分からない事ばかりじゃ目的も決められない」

「知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す、か」


「ああ、今必要なのは手に入れられるだけの確かな情報、それと」

 前に進む覚悟だ、とユウキは表情を引き締めた。

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