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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
19/173

 

「俺がやらなきゃなんねえのか」

 ジャックスは剣に右手を掛け、ゆっくりと柄を握った。


 3人が身構えた時、

「駄目だ、こいつらにゃ勝てねえ」

 剣を構えていた1人のワイダル兵が後ずさりし始め、ジャックスの脇を通って走り去ろうとした。


「なんだお前、敵は向こうだぞ?」


「俺は逃げるぞ。これ以上戦うなんて、冗談じゃねえや!」


「何言ってんだ、金貰ってここに来たんだろうが」


「俺は腑抜けたオークを適当に痛め付ければ良いって言われたから着いて来たんだ。あんな強い奴等がいるなんて聞いてねえ!」


 口から泡を飛ばして主張する男に、ジャックスは眉を寄せる。

「もう戦えませんって事か?」


「そうだ、このまま抜けさせてもらうぜ」


「じゃあ、お前はもう要らねえよ」

 そう言い捨てた時、ジャックスの右手は斜め上に伸び切っていた。

 その手には抜き放たれた長剣が。


「は、ひっ!」

 男は右脇腹から左胸にかけて、斜めに切り裂かれていた。


 咄嗟である事に加えて、その速度故に避ける動作など出来はしない。

 恐らく斬られた事にさえ気付かなかっただろう。


「うげあ!」

 一拍置いて血が噴き出し、男はドッと倒れた。

 土の上に見る見るうちに血溜まりが広がり、黒い湿地を作っていく。


 あれでは多分、回復魔法でも手の施しようが無いだろう。


「ちょっとばかし手が滑ったなあ。脅す程度のつもりだったが。まあ、んな事はどうでも良いか。よくある事故だ」


 ジャックスはもう殺人を隠そうともしていない。

 周りは完全に引いていた。

 オークだけでなく、味方であるはずのワイダル兵までも。


「自分の手下を……おめえ、どこまで人でなしだ!」

 静まった集団の中から、1人のオークが飛び出した。

 兵から奪い取った大振りの手斧を持ったダンギだった。


「こいつめ、ルイーザ様もそうやって殺したか!」

「フガフガうるせえぞ、豚っ鼻。人間様に気安く話しかけるな」

 ダンギは奥歯を噛み締めると、肩を怒らせ、猛然と駆け出した。


「この野郎ぉ、ルイーザ様の仇だ!」

 重量のある手斧を軽々振り上げると、ジャックス目掛けて全力で振り下ろす。


「──ぐがあ!」

 しかし、崩れ落ちたのはダンギの巨体だった。

 ジャックスは紙一重で避けると同時に、腹を切り払っていた。


「うぐぐ……」

「豚ヅラが。お前みたいな醜いモンスターはなあ、地べたに這いつくばるやられ役がお似合いなんだよ! うら!」

 腹を押さえて倒れているダンギにジャックスの蹴りが入る。

 オーク達から、やめろお、と悲鳴が上がった。


「折角俺が出張ったんだ。この剣の威力、思い知らせてやるぜ」

 ジャックスは嗜虐的な表情を浮かべると、左頬に剣の柄を寄せて力の溜めを作る。


 刀身を覆うように青黒いエネルギーが充填していき、そして、

「食らえ、そして悲鳴を上げろ!」


 剣が真一文字に薙ぎ払われる。

 すると、剣の軌跡を象ったかのような三日月形のエネルギーがオークの集団目掛けて打ち出された。


 高速で飛来するエネルギー弾に、オークは成す術が無い。

「ぐわあ!」

「ぎゃあ!」


 手持ちの武器で防御の構えは取るものの、衝撃を殺す事は出来ず、彼等はボウリングのピンのように弾き飛ばされた。


 攻撃を受けた者の中にはワイダル兵もいる。

 巻き添えではなく、ジャックスが構わず技を放ったのは明白だった。


「あれは暗剣波だ!」

 ユウキが言った。

 剣からエネルギーを飛ばす特殊技。


 中位以上の剣士系モンスターが使ってくる傾向があり、普通の剣では繰り出せないものだ。


 ジャックスの立場から見て、奴はイベントでワイダル兵を数体伴って出てくる、手下に毛が生えた程度の強さを持つワイダル兵リーダーのはずだ。


 一体どれだけの戦闘力に設定されているのか。

 ユウキがサーチで確認すると、


「レベル……76!? 手下の3倍じゃないか」


 続けて、相手の装備を調べられる特殊技、蒐集者(しゅうしゅうしゃ)の目を使用した。


 先ほど技を放った長剣に集中するとそこには、

『名も無き魔剣+1』

 と表示された。


 これはダーク・ソードマンという闇属性を持つ剣士系モンスターがドロップする剣で、装備中は特殊技の暗剣波が使用可能となる。


 数あるレア武器の中ではレアリティは最低の部類だが、ゴロツキが手に出来るようなアイテムではない。

 ワイダルから渡されたか、それとも何らかの方法で入手したのか。


 どちらにせよ、あの武器が戦闘力を底上げしているのは確かだ。

 これもバージョンアップによる調整だとでも言うのだろうか。


 あれで暴れ出されたら自分達の実力ならまだしも、オークへの被害は計り知れない。

 ユウキはワンドを構えて、駆け出した。


「ライトニングランサー!」

 エレクトリックダートの上位版と言える、特殊技を放った。

 矢印のような雷の投げ槍が続けて発射される。


 ジャックスは迫る槍の1本目を横に回避すると、2本目を潜りながら走り出し、3本目は剣で叩き落した。


 地面に刺さってスパークする槍を横目にジャックスは駆け、4本目が発射されるより先にユウキへ肉迫した。


「この距離じゃなあ!」

 ごおっ、と剣を振り下ろすジャックス。


 ユウキはワンドを掲げて防御を試みるが、それは容易く切断された。

 ギリギリで身を捩って避けるが、剣は軽鎧の薄いプレートを切り裂く。


「やあっ!」

 すぐ横にいたアキノがロッドで援護に入るが、ジャックスのスナップを利かせた剣捌きで穂先をはね落とされる。


「まとめてこいつを食らえ!」

 ジャックスが身を翻しつつ、暗剣波の威力を乗せた回転斬りを放つ。


「うわあ!」

「きゃあ!」

 サークル状にエネルギーが発生し、2人は数メートル吹き飛ばされる。


 致命傷こそ受けなかったものの、受け身を取れずに地面でバウンドした。


「異界人だろうと俺の力の前には──」

 倒れた2人を背に、リュウドがジャックスの前に立ちはだかった。


「その顔は、降参しますって顔じゃねえな」

「無論だ」

 着物に衣擦れの音もさせず、リュウドは八双に構えた。


 左足を1歩前に出して軽く右向きになり、刀のつばを顎の高さに合わせる。


 示し合わせたように、ジャックスも構えを取った。

 鳩尾の高さで左手を軽く前に出し、剣の切っ先を相手に向ける。


 リーチは五分五分、互いに盾を使わない剣術スタイルの為、攻防の動きは噛み合うと思われる。


「リ、リュウド、俺が後ろから援護を」

「いや、ここは私に任せてくれ」

 リュウドは支援を断り、対峙する相手と斬り合う間合いへ入った。


 その距離、約3メートル。どちらも踏み込めば一太刀浴びせられる。

 リュウドとジャックスが向き合った途端、場は緊張感で満たされた。

 それは以前、酒場を支配したあの空気と同じだった。


 その空気に飲まれ、オークもワイダル兵も戦う手を止めている。

 固唾を飲む、一触即発の雰囲気が伝播し、広がっていく。


 小さな、ほんの僅かなショックでこの場が急転する、そんな予感。

 緊張が限界から溢れそうになる、その時、


 パキッ


 火事で焼けた家の壁から、木の破片が剥がれ落ちて──。


「いやあっ!」

「だらあ!」

 次の瞬間、2人の剣士は激しく切り結んでいた。


 キィンと耳に突き刺さるような金属音。

 続いて、ぎりぎりぎりと鍔迫り合いが始まる。

 腕力ではいくらかリュウドに分があるのか、体を押し込んでいく。


 だが若干のパワー差などでは、余裕を作れるものではない。

 予備動作、技の出掛かり、剣を振り抜いた後。

 そこに細かく生じる間隙を縫って、一撃を加えるのが斬り合いだ。


 その理屈で言えば、チャージが必要な暗剣波は使えないだろう。

 互いが互いの剣を弾き、1度距離を取り、再度ぶつかり合う。


 攻勢で切り込んだのはジャックスだった。

 リュウドは放たれた袈裟斬りを防ぐが、ジャックスはすぐに左上から打ち掛かる。

 これもリュウドはコンパクトな剣捌きで弾いた。


 続けて真横に払う一撃、それをリュウドはバックステップで避けると着地と同時に、バネ仕掛けのように踏み込んだ。


 攻守逆転からの重い一太刀。

 こちらも袈裟斬りを放つが、ジャックスは剣を交差させるように防御。


 再び鍔迫り合いに雪崩れ込むが、力を逃がすようにジャックスが横に動き、後退しながら側頭部を狙う一撃を打つ。


 だがリュウドはこれを容易くはね上げた。

 止められる事を前提にした攻撃だったらしく、ジャックスは飛び退いて間合いを取った。


「これがサムライとやらの技か。悪かねえな」

「お前などに評価される剣は持ち合わせていない」

 構えを取り直したジャックスの刃がぎらりと物騒な光を放つ。


 リュウドは青眼に構えた。右足を前に出し、続いて左足を同じだけ前へと引く……その摺り足でじりじりと間合いを計っていき。


 再び、真っ向から切り結ぶ。

 が、ここで間合いを合わせ辛いと見たか、ジャックスは一旦離れると、相手を睨みつけながら横へと駆け出す。


 距離を維持しながらリュウドは追った。

 2人はそのまま、障害物の無い村の隅にまで走った。


 牧草地なのだろうか、足首ほどの高さに草が繁茂している。

 草に足を取られるほどでは無いと確認し、ジャックスは攻撃に移った。


 踏み込んでからの鋭い突き。

 諸手突き、片手突き、そこにフェイントを絡めつつの連続攻撃だ。


 リュウドはそれを左、右と振った剣で逸らし、顔面を狙う刺突にはボクシングのスウェーのように上体だけ反らして対処した。


 更なる突きに息を合わせ、リュウドは剣を巻上げるが、ジャックスは素早いバックステップで己の隙を打ち消した。


 今度は直線的な攻撃から変化を付けるように、胸元へ右薙ぎが来る。


 リュウドは刀を垂直にして受け、それを跳ね上げると、やあっと声を上げて左薙ぎで反撃する。


 だが、そこにジャックスの上体は無かった。

 瞬間的に、目線から外れるほど大きく屈んでいたジャックスは体を滑り込ませるように懐に入りつつ、斬り上げを繰り出す。


 リュウドは素早く戻した刀で真下に打ち下ろし、これを受け止めた。


 何度目かの鍔迫り合いとなるが、これを嫌ったジャックスが大きく飛び退き、結果、2人の距離は5メートルほどに広がった。


「ジャックス。これだけの腕があれば、従者どころか精進次第では騎士にもなれたものを」

「騎士? 馬鹿を言え、あんなものになってたまるか」

 ジャックスは吐き捨てた。


「剣なんてものは敵を殺す技術だ、他人を跪かせる為に使う暴力だ。そこに弱き者を守る為のものだとか、礼節だの義だのと、尤もらしい奇麗事を取って付けて、お上品に飾り立てたのが騎士様じゃねえか。ええ? お前のサムライってのも似たようなもんだろうが」


「貴様が剣を語るか。人格までその魔剣の強さに引き摺られた男が」

 リュウドは刀を、今までに無い上段に構えた。


 そして意識的に息を強く吐き、グッと両手に力を込める。

 緊張とリラックスをコントロールし、剣気を急激に高めていく。


 ジャックスは察した。

 恐らく、今までとは違う、取って置きの技が来ると。

 だが彼は警戒はするものの、恐れおののいたりしない。


 凶暴性を表す剣に見えて、ジャックスが得意とするのは相手の攻撃を受けてから自在に反撃する戦法である。


 剣術大会や騎士との試合など、ここぞという所で発揮してきたのだ。


 構えを取りながら、ジャックスは思い出す。

 気に入らなかった、あの女──ルイーザを殺した場面を。


 麻痺を受け、それでも剣を構えて果敢に攻撃を仕掛けたルイーザ。


 甘い踏み込みから繰り出された剣を跳ね上げると、無念の眼差しに、勝ち誇った顔を見せ付け、そして──。


 さあ来い、来るなら来てみろ。

 斬り込んで来た時、お前はあの女のように死ぬんだ。

 自然と口元に浮かぶ笑みをこらえつつ、ジャックスは相手に集中する。


 丁度その時、リュウドの高められた精神と剣気は最高潮に達した。

 上段構えのまま、ぐぐっと体が沈むと、


「っ!」

 言葉を発せず、凄まじい殺気と共に一気に間合いへと躍り込む。

 羽ばたく猛禽の如く疾駆する体躯には、爆発的な剣気が漲る。


 力強く踏み込み、上段から剣が振り下ろされる。

 ここでジャックスは両手で防御の剣を掲げた。

 これを弾き返して、反撃で確実に仕留める。

 この攻撃を受け止めた時が奴の最期だ、この斬撃を受けて───。

 ──来るはずの斬撃が来ない?


 ジャックスがそう思った時には既に、リュウドはおぼろげな残像だけを残し、脇から背後へと抜けていた。


「な、なにが、ぐあああ!」

 振り上げた腕と太ももから血が噴き出した。

 その痛みよりも恐ろしい殺気を背中に浴びせられ、ジャックスはよろけながら振り返った。


 そこには大上段に構える、リュウドの姿が。

「う、うわあ!」

 悲鳴を上げながら死に物狂いで剣を掲げるジャックス。

 その剣に目掛け、全力の一太刀が浴びせられた。


 バキィン!


 と微かな余韻を残す金属音がして、名も無き魔剣は砕かれた。


「あ、ああ、俺の剣が……」

 足が体を保持しきれなくなって、ジャックスはへたり込むように倒れた。


「貴様に剣を振るう資格は無い」

 リュウドは長光を鞘に納めた。

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