襲撃者達との戦い
「お前等! やれ!」
ジャックスが号令を掛ける。
「うおおお!」
ワイダル兵達は一斉に3人に襲い掛かった。
スキンヘッドやモヒカンと言う目立つ頭に、皮や金属製の胸当て、手には剣や斧、棍棒などで武装している。
「村長達は下がって」
ユウキの声で、村長を含めたオーク達は後ろへと下がる。
3人は互いに距離を取ると、そこに腰を据えて30人近くの兵達を迎え撃つ形となった。
ユウキはここに来るまでに兵のレベルは確認済みだ。
個々に装備や体格差はあるが、平均でレベル25。
自分達の戦闘力と比べれば、どうとでもなる相手だ。
だが殺してはいけないという、自らに課したルールがある。
多勢に無勢となれば、1度に大多数を攻撃出来る広域破壊魔法が有効で、ゲームでもそれがセオリーになっている。
ユウキもそれに類する特殊技を使えるが、何も考えずにここで放てば相手側には必ず死者が出て、村にも被害が出るだろう。
好きなだけ大ダメージを出せば良い戦法より、手加減しながら戦う方が難しいものだ。
ユウキはウインドウで麻痺効果が付随する技に切り替える。
「エレクトリックダート!」
ワンドから、蒼い雷で形作られた高速の矢が飛ぶ。
「うおっ、あががが!」
矢が当たった兵は電流のエフェクトが全身に流れ、バタリと倒れる。
ビクビクと痙攣を始めたのは、麻痺効果が表れた証だ。
効果を確認すると、更にワンドを前に構える。
「トライデント!」
ワンドの先端から三方向へ電撃が迸った。
それは蒼い長槍のように伸び、3体の兵を弾き、感電させる。
これらの技の選択は正解だったようだ。
ここで兵達が3人に均等に分かれるように向きを変える。
戦えると言っても本来回復役であるアキノへの負担は減らしたい所だ。
ユウキはリュウドの様子を見て、アキノの近くへと移動する。
一方のリュウドは斬り合いへと転じていた。
否、正確には斬り合いではなく、一方的に峰打ちで斬り捨てている。
棍棒を振り上げながら迫ってくる相手の胴を素早く払いながら後ろへ抜け、右から体ごとぶつかって来る短剣の刺突を、身を横へ開いて避けつつ刀を打ち下ろす。
その背後から間髪入れずに来る長剣の斬撃を、刀を背負うような格好で受け止め、跳ね上げ、振り向きざまに袈裟斬りにする。
更に左から振り下ろされた棍棒を刃で斬り払うと、大根でも切ったように中ほどからスッパリと両断される。
断面を見て唖然とする男の側頭部を峰で打ち付け、気絶させた。
ゴロツキの乱暴な動きでは、素早さと器用さを兼ね備えた刀剣技には到底敵わない。
リュウドの立ち回りに負けじとアキノも奮闘している。
「ペネトレイト!」
チャージと並ぶ槍系の初歩的な突き技だ。
ロッドで鳩尾を鋭く突かれ、相手は腹を押さえながら崩れる。
槍と言うよりも本来の棒としてロッドを扱い、迫る複数人を大振りのスイングで押し返し、それでも近寄る相手には素早さを下げる効果のある、下段攻撃の草払いをスネ目掛けて叩き込んだ。
弁慶の泣き所を打ち付けられるのだから、しばらく起き上がれない。
手首や手の甲など、防具の無い部分を狙って次々に武器を落とさせ、攻撃力を削ぎ落としていく。
アキノが前方に神経を集中させていると、
「オラァ! 死ねや!」
オークにも負けない大柄な男が背後で斧を振り上げていた。
咄嗟に防御しようとするが、前で崩れ落ちる相手の軽鎧に一瞬だけロッドが引っ掛かり、対応が遅れ、
「うおお!」
「ユウキ!」
間に割って入るようにユウキが飛び込み、ワンドで受け止めた。
ワンドに刃先が食い込み、一気に腕力で圧し込まれる、だが、
「な、なんだこいつ! 俺の斧を押し返しやがる!」
今のパワーでは押し負けると判断したユウキは、ステータスに影響を与える宝石を、筋力に高いボーナスが付く物へと瞬時に変えていた。
はああ! と雄叫びを上げて一息に斧を跳ね上げると、
「ハードストライク!」
武器を振り抜く打撃技で男の横っ面をぶん殴った。
男は斧を落とし、ふらつきはするが、そのタフさで倒れない。
「ぐぬぅ、このガキィ! なめやがっ、ぐはっ!」
真横から飛んできた大きな拳で、今度は完全にKOされた。
「お、俺達も戦うぞ! あんたらだけに任せてられねえ!」
殴り倒したのは、犯人扱いされていたダンギだった。
他の戦える若者達もその後に続いている。
戦況がユウキ達の優勢へと動いた瞬間だった。
バランスが崩れ、劣勢へと向かい始めた集団は脆いものだ。
だがまだ、ワイダル兵達は戦力として乱れてはいない。
それが命令なのか、まとまった金で契約しているからなのかワイダルへの忠誠か恐怖か。
武器を捨てずに立ち向かってくる。
「たあ!」
アキノは足払いを仕掛け、倒れた相手の腹に突きを入れる。
動作が止まった瞬間を狙うように、兵達の背後からスパークする白い魔法弾が飛んできた。
「避けろ!」
ユウキの声にアキノは倒れ込むように回避した。
その弾は後ろにいたオークに当たった。
「ぐぐ、が、がらだがっ」
ガクガクと震え、ばたりと倒れ、体をヒクつかせている。
麻痺を起こす魔法、パラライズだ。
「これでルイーザを……あいつだな」
ワイダル兵の背後にいる、スキンヘッドに黒いタトゥーの入った男。
服装は周りと大差無いが、武器を持っていない。
物理的な武器を必要としない、という事か。
つまり──。
刺青の男は手の平を上に向け、何やら口元を動かす。
すると手からペットボトルほどの火柱が上がった。
火炎魔法の予備動作。村を燃やしたのは間違いなくあれだ。
「エレクトリックダート!」
ユウキが雷の矢で狙撃を試みる、だが気付いた男は術を中断して矢を飛び退いて避けた。
もしこのタイミングで爆発魔法でも使われたらオークは壊滅する。
術を発動させないように、黙らせるしかない。
男はそれを察し、他の兵達の後ろへ隠れた。
そこで詠唱を再開する気か。
「させるか、ヒュドラバインド!」
ユウキがそのワイダル兵達がいる地点に意識を集中させる。
すると何匹もの幻影の大蛇が現れ、手足や胴にグルグルと巻き付くと、骨が軋まんばかりに強烈に締め上げた。
「ぐ、苦じい、ぐげえぇ」
呻き声をあげて、魔法使いを含めた数人は気絶した。
「これで魔法は、んっ」
弓を引く音に気付き、続いてヒュンッヒュンッと矢を射る音がした。
「ぐああ!」
「い、いてえ!」
オークが肩や背中に矢を受けている。
ユウキが射線と発射音を辿ると、いつの間にか家の屋根に登った4人のワイダル兵が矢をつがえている。
再び風切り音と共に矢が放たれ、今度はそれがリュウドへと集中した。
しかしリュウドは訳も無く切り落とすと、懐へ手を差し入れる。
そして目にも止まらぬ速度で引き抜かれた手から、屋根の上へと鉄色の直線が引かれた。
それは投擲スキルで投げられたナイフの軌跡。
4本がそれぞれの二の腕や肩口に突き刺さり、やられたうちの2人は西部劇よろしく、そのまま落下した。
打ちどころが悪くなければ、死にはしないだろう。
ここからの敵の攻撃手段は肉弾戦だ。
近接戦闘が強いリュウドがここで1番の難敵になると踏んだのか、敵が集中し始める。
だが数多くの戦場を経験してきた戦士職は全く怯みを知らない。
辺りは乱戦になり、近くでオークが行き来するようになったので、リュウドは刀を納めて構えを取った。
前から向かってきた男に掌打の連撃を浴びせ、蹴り飛ばす。
背後から襲う敵の鳩尾に肘打ちを合わせ、そのまま裏拳を顔面に炸裂させる。
振り下ろす剣を横に避け、つんのめる相手の腹を膝蹴りし、後頭部に手刀を放って地面に叩き伏せる。
掴み掛かる巨漢を一本背負いで投げ飛ばすと、迫る敵の顎を跳び蹴りで蹴り上げ、更に駆け寄る二人を空中で身を捻った旋風脚で蹴散らした。
カンフー映画のワンシーンを思わせる、流れるような動き。
格闘のプロフェッショナルであるモンクの技には遠く及ばないものの、体術スキルを得た戦士職ならこのくらいの立ち回りは出来る。
「おっと、そこまでだぜ!」
せせら笑うかのような声が喧騒に包まれた村に響いた。
敵味方問わず、両側の視線が集中する。
そこには、オークの子供の首すじに短剣を当てるジェスの姿が。
混乱の中で泣いていた子供を人質として連れて来たのだろう。
卑劣を絵に描いたような行いを、この男はやってのけたのだ。
「うえぇーん、だ、だずげて、かあちゃーん」
「へへへ、武器を捨てな! このガキがどうなっても良いのかあ! おい、お前、妙な魔術も使うんじゃねえぞ!」
人質を取った悪党の常套句。
オーク達は顔を見合わせ、潮が引くように戦意が失われていく。
1人、また1人と持っていた武器を放り投げていく。
戦えるワイダル兵達は少ないが、また優劣が変わる瞬間だった。
「おい、武器を捨てろってんだよ! 聞こえねえのか、トカゲ野郎」
子供を押さえ込んだまま、ジェスはリュウドのそばへ近付いてくる。
「ああん? 抵抗するんなら、こいつの首を親の前で一突きだぜ? カッコつけてねえでさっさと武器捨てろや」
リュウドは黙って刀を地面に刺し、脇差しも同じように外した。
「よし、武器を置いたな。妙な拳法も使うんじゃねえぞ、良いな」
ジェスは無力化した相手の目の前まで来ると、ヒヒヒと笑った。
「散々好き勝手に暴れてくれたようだが、こうなりゃ手も足も出せねえよなあ、え?」
「……」
「酒場でしゃしゃり出てきたのもてめーだったな。こんなザマになって後悔してるんじゃねえか、ええ? どうなんだ?」
「……ああ、後悔している」
「へへ、素直じゃねえか。だがこれからたっぷり痛い目に遭ってもらうぜ」
「……そうだな、お前がな」
「な、なんだとぉ!」
ジェスが短剣の切っ先をリュウドに向けた。
その瞬間を逃さず、リュウドは体をよじる。
「な、ぐわあ!」
尻尾のリーチに入っていたジェスの頭を、尾撃で張り倒す。
同時に子供の体を掴んで、自分の後ろへと力強く引っ張った。
倒れ込んだ子供は近くにいたオークが駆け寄って保護する。
「つまらん三下め、人質を手放したお前に何が出来る」
「や、やろう!」
ジェスは情けなく腫れた顔で突きを繰り出す。
リュウドは容易く避けると、その手首を取って捻り上げた。
「い、いてて、くそっ!」
「私が後悔していると言ったな。あれはあの時、お前の腕をへし折っておけば良かったという意味だ!」
リュウドは握る手に力を加え、全力で捻り上げた。
ゴキャ、と音がしてジェスの手首が力無く、だらりとぶら下がる。
「ぎゃあああ! う、腕がああ!」
解放され、腕を押さえて絶叫するジェスの顔面に、リュウドが渾身の拳を叩き込む。
「ひぎゃあ!」
哀れみも浮かばない悲鳴をあげ、鼻血を出しながら吹き飛んだジェスは、ごろごろと転がって完全に気絶した。
3度、優劣が変わる瞬間だった。
オーク達は湧いて戦意を取り戻し、ワイダル兵達は後ずさりを始めている。
ユウキとアキノは武器を拾ったリュウドと合流した。
「ジャックス、大人しく降参したらどうだ」
劣勢は目に見えている。
兵達は隙さえあれば逃げ出そうとしているのが手に取るように分かった。
だからこそのユウキの呼びかけだ。
だがジャックスは、不敵に笑い、そして──剣に手を掛けた。