ラディアスの結界
足取りは軽いものの、洞窟を進む
ラディアスの表情はユウキが思うに
どこか険しいものになっていた。
さっきまでは脇目も振らずに進んで
いたのに、今は壁や地面などに目を配り、
何かをチェックしているようにも見える。
「なにか」
「ん、少しばかり確認してるのさ」
確認とは。
つい先ほど、洞窟内をとげとげしいと
評した理由のことだろうか。
ラディアスが手をかざすと、手の平大
サイズの魔法陣が壁や足元に複数現れた。
「ここは原生のモンスターは野放しだが、
それ以外には念のため結界が巡らせて
ある。散歩のつもりで歩き回るような
物好きはかまわないが、邪な目的の
侵入者がいれば分かるようにね」
「それを今確認している、というのは」
「ああ。どうも、僕の術をかい潜って
入った奴がいるようだ。参ったね」
あっけらかんと彼は答えた。
洞窟の管理者としては呑気な気も
するが。
「入られていた!?」
「じゃあ私たち以外に、侵入者が?」
アキノはロッドを手に警戒心するが、
「いやいや、昨日今日の話じゃない。
最近、そうだな、1週間前くらいでは
あるだろうけど」
「そんなに前に? 入った時期まで
特定できるものなんですか?」
アキノが聞いた。
「ああ、残っていた術の痕跡から
判断できる」
「痕跡?」
「結界に極力察知されないために
カウンターの術を使っていたようだ。
だから今まで気づけなかったが、
ちょっと目を凝らせばその術に
用いられた魔力の残渣が所々に
こびりついている」
残渣、つまり魔法使用時に散る
魔力の残りカスから特定したらしい。
当たり前のように言っているが、
それを高精度で感知していること
からラディアスの実力が窺える。
「邪な目的とは、どのような輩が」
リュウドが鍔に手を添えながら
呟くと、
「どのようなも何も、そのまま
ずばり魔族じゃない?」
アキノが言った。
「もしかしたらだけど、秘法石を
手に入れようとしたのかも」
「いやアキノ、設定では秘法石は
魔族には扱えないことになってる。
手に入れたって、俺たちみたいに
何かに使えたりは」
「そういうことじゃなくて、だから、
壊したり持ち去ったりして私たちが
使えないようにするとか。秘宝石の
襲撃イベント、前にあったでしょ?」
「!? ああ、そう言えば」
ユウキは脳内ですぐさま設定集が
紐解かれた。
未遂で終わりはしたが、イベントで
秘法石が襲撃されたことが、正確には
されかけたことがあったのだ。
秘法石破壊を目的に侵攻してくる
魔族を事前に食い止める、という
内容だった。
ただ、そのイベントの難易度が
達成時の報酬と釣り合っておらず、
加えて致命的な不具合も発生し、
結果的にいまいちだと評されて、
後にも先にもプレイヤー参加型の
ものはそれ1回きりだった。
だが、壊そうとした、という
前例があったことには違いない。
それは魔族が壊せる、壊される
可能性があるということだ。
ラディアスは黙って聞いていたが、
「秘法石の設定? イベント? その
設定やイベントとはなんの話だ?」
「いや、それは」
ゲームの話です、とは言えまい。
ユウキが返答に戸惑っていると
リュウドが、
「異界人の中では、神が決めた
世界の理を設定と呼ぶのです。
また、イベントとは魔族との主要な
戦いを指す意味合いを持っています。
これらは私たち、異界人の言葉です」
ウソではない、巧みな言い換えで
説明した。
ラディアスは納得したようで、
「そうか。そういえば他所の秘法石が
魔族に狙われて、異界人がその防衛に
加わった、なんて話もあったなあ。
君らもその場にいたのかな?」
「参戦しました」
2人に同意を取るようにしてから
ユウキが答えた。
「なるほど。あのときは秘宝石を
管理する国々で緊張感が高まった
と聞いているね。さすがにうちも
結界をより広く張り巡らせたよ」
「それでその結界に痕跡があった
侵入者はどんなやつで?」
「さあ、まだなんとも言えないな。
脅威となるような強さは感じない。
だが、魔族と似通った魔力の波長は
感じ取れた。これもまだ、似ている
という印象程度のものだが」
ラディアスの言葉に、ユウキは
様々な可能性を考える。
やはり、侵入を試みたのは魔族
なのだろうか。
魔族が秘法石を破壊、あるいは
こちらが有効活用できないように
強奪することも有りうるだろう。
いや、可能性だけで考えれば
それを上回る最悪のパターンも
出てくる。
今まで、モンスターの分布が
変わったり新たなダンジョンの
配置など、知らず知らずのうちに
設定自体が大きく変えられていた
こともあった。
もしもそれらの例と同じように、
魔族にも変更が及んでいたとしたら。
万が一、秘法石を使用できる体に
変えられていたりすれば──。
「あの、まさかもう秘法石を取られ
ちゃったあと、なんてことは」
アキノが控え目に聞いてみると
ラディアスは被せ気味に、
「馬鹿いっちゃいけない。ここらの
こんな初歩的な結界は、言うなれば
踏まれるために置かれた玄関マット
みたいなものだ。奥にある多重の
結界は、魔族の幹部が束になろうと
容易に突破することなどできない。
痕跡を残さずに、というなら尚更な」
「それは失礼しました」
「いやいいよ。で、その侵入者だが、
魔族の幹部クラスには劣るようだ。
なにしろ、ここを隙なく抜けるだけの
ことに手こずっているのが分かる。
きっと、もう少し進んだところで
ギブアップして引き返したはずだ。
その辺りに残る、そいつの苦労の跡を
探れば、より明確な判断材料なんかも
出てくるかもしれないね」
次の結界があるポイントへ急ごう。
ラディアスの呼び掛けに、3人は
緊張感をもって歩みを進めた。
このままだと1年更新なしになるので、
短めのを1つ。