秘法石の洞窟へ
ユウキ達4人は魔法の球体に包まれて、
大地の裂け目──グランピットを降下する。
体感で、デパートのエレベーターくらいの
降下速度だろうとユウキは推測した。
まだギリギリ陽が入ってくる深度で、また
半透明の球体が淡い光を放っているため、
外が見える。
ここは岩壁にコケがびっしりと生していて、
樹木が日光を求めて斜め上向きに伸びている。
近くの川から流れ込んだのか、滝になっている
場所もあった。
まるで大きな筒の内側に森林が広がっている、
かのような錯覚をさせる環境だ。
ガァガァと鳴き声を上げながら、怪鳥が彼等の
そばを横切る。
羽を広げたサイズは、8メートルはあるだろう。
黒紫の羽毛を散らす、ブラックビークだ。
大きく羽ばたくとそのまま飛び去っていった。
「襲ってこないのか。普通だったら、こちらを
見つけたら、すぐ飛びかかってくるのに」
「ここは既に秘法石の領域だ。モンスターも
全てではないが、凶暴性をそがれている」
何らかの特殊な空間なのだろう。
3人とも強烈には感じないが、普段よりも空気が
引き締まっていると感じられなくもない。
「下に行けばもっとモンスターと遭遇するよ。
で、攻撃されたら応戦しても構わないが、あまり
バタバタしたくない」
「時間をかけずに行くために?」
リュウドが聞くが、ラディアスは首を振る。
「秘法石への印象が悪くなる」
「印象?」
「機嫌を損ねるかもしれないってことさ」
「石の、機嫌」
「意外に思うかもしれないが、人格やそれに
準ずる性質を持つアイテムは気難しいものが
多い」
分かるな? という顔をラディアスは作る。
無論、ユウキ達は知っている。
持ち主を選ぶ剣や自我を持つ杖は、幾度
となく見たことがあった。
「秘法石もそれぞれで、大地の秘法石は
比較的に穏やかだが、場合によっては拒絶
されることもありうる」
「拒絶って、それは困りますよ」
「困るっても、そういうもんだから。洞窟の中で
モンスターと派手にやり合うってことは、自分の
家の玄関前でドタバタと騒がれるのも一緒なんだ。
苦戦して辿り着いたが、石が不機嫌だったせいで
何度かチャレンジした、という者も以前いてね」
「メルセデスさんはどうだったんですか」
大賢人のばあさんである。
自分の防衛術には秘法石が必須だと言って
いたが、それは試したことがあるということだ。
「メルセデスは石と仲がいいから、問題ないよ。
なんせ、大昔に魔族の侵攻を食い止めた時だって
力を借りているからね。古い付き合いってやつだよ」
ユウキが読んだ設定資料集では、強力な魔法と
マジックアイテムを駆使して魔族を撃退したと
書いてあった。
その後者に秘法石も含まれていたということか。
「まあ、機嫌が良かろうが悪かろうが、事情を
伝えて説得するのは君達の仕事だ」
「説得? 俺達が?」
「そうだとも。何故力を貸して欲しいのかを、
その本人が頼み込まなければ。すじが通って
いなければ、追い返される可能性だってある。
もし力ずくで王都に持っていったとしても、
それは術をフォローなんてしてくれないよ」
「そんな」
「僕は持ち出しの許可をするし、道案内も
引き受ける。でも最後は力を借りたい者の
気持ち次第だ。シンプルでいいだろう?」
どれだけ気持ちを酌みとってもらえるか。
誠意を伝えられるか、ということだろうか。
ガッと引っ掴んで、アイテム袋に放り込んで
持ち帰れるアイテムなら、どんなに楽か。
(重要なアイテムだからそうもいかないか)
RPGをやりこんできたユウキは納得する。
ここぞという時には必ず、手間を惜しんでは
失敗する高難度なイベントが待ち受けている
ものだ。
球体は尚も降下していく。
その中の雰囲気は乗り合わせたエレベーターの
ようで、会話が無くなると流れていく外の景色を
見ているくらいしかやることがない。
「悩み事があるのかな?」
ラディアスがアキノの横顔を見て、言った。
「え?」
「どれ、少し運気の巡りでも見てやろうか」
そう言って、彼はアキノの手を取った。
「あっ」
声を出してしまったのはユウキだ。
「なんだ、急に声をあげて。じっとしているのも
何だから、ちょっと手相を見るだけさ」
「あ、はあ……」
「そう気にかけなくてもいい。僕は妻一筋だ。
別に君から奪い取ろうなんて思ってはいないよ」
「え、いや、奪われるとか、俺とアキノはそんな
仲ではなくて」
ユウキは慌ててラディアスの見解を否定する。
ラディアスは冗談めいてハハハと笑ったが。
ほんの少しだけ、アキノの目元が憂いを帯びた。
ふぅん、ほお、とラディアスは手相を
読み取ると、
「君は選択を迫られている、のかな」
「え!?」
「しかも運命を左右するような、人生の中で
そう何度もない重要な選択肢、みたいだね」
ルージェタニアに伝わる手相術なのだろうか。
漠然としてはいるが、当たっていた。
当たっているだけにアキノは、今は考えない
ようにしていた選択肢が心の中に浮かび上がって
きてしまう。
つい眉を寄せてアドバイスを求める顔をして
しまうが、
「ごめんね。手相を見ておいて悪いけど、ぼくは
占い師のように行くべき道を説いたりできないし、
ヒントを送ることもできない」
「………」
「ただ、そうだな、悔いのない選択をできる日が
1日も早く来るといいね」
「……はい」
残念ながらユウキは、そのやり取りからアキノの
心中を察してやれなかった。
色恋沙汰となると、本来の洞察力や行動力は
著しく低下してしまうらしい。
リュウドは、何か感じ取れるものがあったか
どうかは不明だが、目を閉じ、口を結び、静かに
佇んでいた。
「───よし、あそこに降りるよ」
ラディアスが視線を落とした先には、苔生した壁から
半円状に飛び出した、まるでテラスのような岩が
あった。
幅は15メートルほどあり、脆く崩れてしまい
そうな様子は見受けられない。
徐々に着地が近付くと、そこの壁には植物の
ツタや根が暖簾のように入り口に
被さっている、洞窟が見えてきた。
「あれが……」
「ああ、秘法石の洞窟だ」