襲撃
4人は裏手から村に戻った。
どうやら火の手が上がって騒ぎになっているのは村の入り口から中央辺りのようだ。
緊迫した中、現場に向かおうとしていると手前の家の反対側から3人の男達が出てきた。
全員人間で、手には棍棒や短剣が握られている。
荒んだ表情と皮の軽鎧、偏見を差し引いても良識ある者には見えない。
その姿はクエストで現れる人型の敵、ゴロツキそのものだった。
「なんだ、てめえら!」
誰何、いや単なる怒声と共に武器を構えてこちらに向かってくる。
「穏便に会話するような余地は無いようだな」
「あいつらが何者かを吐かせる余裕は無い。でも、一応人間だから殺さないようにしないと」
モンスターだから殺しても良い、人間だから駄目だと言うのは考えればおかしな話だが、とにかくユウキはそう判断した。
ユウキがワンドを手にする、リュウドが刀を抜いて峰に持ち替え、アキノは刃を出さない状態でロッドの片側を脇に挟み込んだ。
3人がそれぞれ1人ずつ受け持つという態勢になる。
ユウキが先制し、衝撃魔法のショックブラストを弱めに打つ。
向かってきた1人がキリモミ状態で吹き飛び、藁の山に突っ込んだ。
リュウドは棍棒を容易く受け流して脇腹に素早い一撃を入れる。
アキノは短剣を払い落とすと、踏み込んで鳩尾を一突きした。
2人はバタバタと倒れ、吹き飛んだ男は起き上がって来ない。
「こいつらワイダルの兵じゃない?」
アキノがロッドの先で倒れた背中を突っつきながら言った。
「そうだと思う、となるとこの先にいるのは」
「多分、奴がいるな」
3人がまた駆け出すと、その後ろをケネルはおっかなびっくりした様子で追っていった。
村の入り口付近に本隊がいるようだが、村の中にワイダル兵たちが散り散りになって行動しているようだ。
オークは抵抗しているようだが、武器を捨てて穏やかに生活しているというゲーム設定の為か、体格は良くても抵抗力は芳しくない。
道すがら更に数人を倒して、3人と1人は争いの激しい村中央にまで辿り着いた。
剣や棍棒で武装したワイダル兵達を相手に、オークの若者達が武器とは言えないスキやクワといった農具で抵抗している。
数は約30対30で互角、だがオークが圧されている。
その近くでは、恐らく付け火による火災で数軒の家が燃えていた。
「水流砲!」
ユウキは高圧で水を発射する水属性の特殊技を放つ。
ワンドの先から消防車の放水のように水が噴き出し、たちまち火を消し止めた。
その様子に両陣営から、それぞれ歓喜とどよめきの声が漏れ、場には一時的にだが沈着の空気が漂い始めた。
「下がれ!」
ワイダル兵の後ろから声が響き、ぞろぞろと下がっていく。
オークとワイダル兵の間に割って入るように3人が進むと、下がった兵達を背にして見覚えのある2人が出てきた。
「ジャックス!」
ユウキが叫ぶ。
ジャックスとその横のジェスは顎をしゃくるようにして3人を見る。
「ああ、あいつらだ、あいつらが急に村を!」
消火活動をしていたのか、所々服の焦げた村長が、すがり付くようにユウキに言った。
「俺にガタガタぬかしたクソ供か。オークに味方してるようだったがこんな所で会うとはな」
「ジャックス、なんだってこんな事をする!?」
「ああ? 俺達はルイーザを殺した悪いオーク供を懲らしめる為にやってきた、言わば正義の味方だぜ?」
「犯人が正義の味方気取りとは、悪いジョークにもならないな」
「てめえ、まだ俺に難癖を」
「証拠は出てるんだ」
全否定するように、被せ気味にユウキは言う。
確信に満ちた一言だった。
昨晩、ユウキは2人と事件の経緯をまとめていた。
それが、先ほどもたらされたリンディの情報とアキノが気付いた香りの話で補完され、1つの説として成り立っていた。
「ルイーザが握っていた黒い布切れ、お前がしてるマフラーと全く同じ衣類の布を警察の検査で調べた。そしたら、あれにはザイバングという薬物を常用していた者の汗が付いていた。言わなくても分かるだろう? ワイダル商会が裏で流した違法薬物だ、その取引に関わっていたよな」
ジャックスは睨みながら沈黙している。
否定しないと言う事は誤りではないのだろう。
「リンディが以前の調べから、お前も使用者のはずだと言っていた。それについてはアキノがある時に気付いた、確証がある」
アキノは強い眼差しで、前に出た。
「私はあんたに抱き寄せられた時、あの薬物に使われている植物特有の匂いを嗅ぎ取ったの。単に取引だけじゃなく、薬を常用していなければ、体からあれほど強い匂いはしないはずよ」
続いてリュウドが前に出た。
「騎士の従者の経験があるお前は、ルイーザが供を連れて見回りに出る時間が分かるだろう。ルートや別々に行動するようなタイミングまでも。優れた剣術を持つルイーザはたとえ麻痺を起こしていても、その辺の
男達には遅れを取るはずが無いと聞いていた。そんな彼女に致命傷を与えられるのは、剣術大会で入賞出来るほどの腕前が無いと無理だ」
リュウドが、ジャックスの佩いた長剣に目をやる。
ジャックスはじっとりと3人をねめつけている。
それを跳ね除けるように、ユウキは言った。
「薬物の常用者でルイーザに敵う力を持った者、それが犯人だ」
ジェスがジャックスの顔を見ている。
その姿は目に見えて狼狽していたが、ジャックスは動じない。
「俺はあの女がでえっきれえだが、なんでわざわざ殺す必要がある?」
「あるさ、とてつもない利益が出る交渉を潰そうとしたんだからな」
場を見計らって、オークの後ろからケネルが出てきた。
ここが出番だと見て、威厳のある咳払いを1つする。
「国土管理局員である私が先ほど正式な調査をした。その結果によると、この村の地下には希に見る量の魔法石が埋まっている事が判明した。魔法石は世界中で需要がある大変高価な鉱物だ。適当に見積もっても、
恐らく数千万ゴールドの価値はあるだろう」
「はああ!? そりゃどういう事だい!?」
村長が体格に似合わぬ、裏返った声を上げた。
「分かってて土地を安く買い叩こうとしたんですよ」
ユウキは村長に言う。
「ワイダルと関係のあったゲザン鉱業はオークに安いベタン鉱石だと説明したが、最初からこれを分かっていた上でそうしたんだ。そういう胡散臭い商売をしてたって事は大体裏が取れてる」
ジャックスは腕組みをして聞いている。
もう半ば興味が無さそうだった。
「あと少しで上手く行くと言う時にルイーザが割って入った。正式な調査が行われれば、丸め込もうとしていた計画が全て台無しになる。だから、ワイダルか誰かの指示で殺す事にしたんじゃないのか」
ジャックスの後ろで控えている兵達の一部が慌しくなる。
恐らくは犯行に関わっていた者達で、図星なのだろう。
「暴行の被害届けは出ているし、オークに偏見を持っている人は多い。この辺で殺人が起これば、当然第一に疑いが掛かると思ったんだろう。介抱しようとしたオーク達が容疑を掛けられて連れて行かれたのはオークには不運だったが、お前等には出来過ぎの幸運だったはずだ」
今度はオークの側が慌しくなる。
「最初っから、オラ達に濡れ衣ぅ着せようとしてたんか」
「オラ達、ただ助けようとしてただけなのに」
「ふざけるな!」
連行された3人、特に主犯扱いのダンギは怒りの唸り声を上げた。
「まあ、警察に連行されなくても言い掛かりで犯人扱いするつもりだったんだろう。活動家に批判をさせて、いかにもオークの仕業だという印象を街に広める。悪いレッテルを貼り付けるような噂や印象で真実が捻じ曲がる事はいくらでもあるからな。それと同時にここ、オークの村への攻撃も企んだ」
異界人に村の襲撃依頼を出していた男の話だ。
「オークを迫害する者は結構いて、上に立つ者の中にもそんな主義を持った者がいると言う。今のタイミングで攻撃しても、ルイーザを殺された民衆の怒りの声だ、とか言えば批判は和らげられるだろう。完全に壊滅させなくても、暴動でやられた事にして住めない程度に焼き払えばオーク達はこの土地を引き払うしかない。そうなれば、後は適当な値段で買い上げて丸儲けって寸法だ」
ユウキは少しオーバーアクションに、ワンドを振るって見せる。
「どこか違う部分があったら言ってみろ」
それを聞いてジャックスは、嘲笑うかのような表情を作った。
「全部お前が組み立てた憶測だろ。それに世界中を探せばあの女を片手であしらえる剣士なんて五万といるぜ。証拠品は、その剣士が俺が気付かない時に、マフラーからちょん切って行ったのかもなあ。俺に濡れ衣を着せる為によお」
小馬鹿にする顔で不敵に笑うと、それとな、と言葉を継いだ。
「世の中、誰がやったかはそれほどの問題じゃねえ、誰がやったと世間が思うかだ。誰がルイーザを殺そうと、凶暴なオークがやったと思われれば、それが事実よ。真実はそんな事実で塗り潰せるんだ」
ジャックスがスッと手を挙げる。
壁を作るように、ワイダル兵達が前に出てきた。
場の空気が再び緊迫する。
「お前等、異界人は死ねば復活するようだが、瀕死にして捕まえておけば何も出来ないよな。つまんねえ捜査をさせた王立警察も圧力で黙らせれば、俺達の事実がこれからの真実になる」
卑劣、下劣、醜悪、そんな言葉では到底生ぬるいほどの悪辣な表情がそこにあった。
「ああ、そうだ、もう少しすればスカウトの話に乗ったお前らの仲間、異界人が王都を出発する手はずになってる。ルイーザを殺したオークが許せねえって、かなり頭に血が昇ってたようだったなあ」
「なんだと!?」
「これからここで行われるのは怒れる民の意思による、ルイーザを殺したオーク達への正義の鉄槌。後に残るのは、そんな事実だ」