秘法石の在りか
「取りに? どこかの神殿にでも厳重に
安置されているのですか?」
「いや。大きな穴ぐらに安置、いや放置と
言ったほうがしっくりくるな」
「ほ、放置ぃ?」
ユウキが片眉を上げて言った。
彼が妙な顔をしてしまうのも仕方ない。
何度も言うが、秘法石は国によっては国宝や
御神体として扱われる。
それを放置しているとは、いかなることか。
リアルで言えば、数十億の名画がその辺の
農家の納屋に放り込まれて、カビと埃まみれに
なっているような状況だ。
「な、なぜ、放置などしているのですか?」
「それを秘法石が望むからさ。あれにはね、
まあ、個性や好みがあるんだな」
ラディアスが嫁と呼んだ少女、イセアを
そばに抱き寄せながら言った。
「秘法石は四元素である火、水、土、風。
それに光と闇を含めた六つの系統に分かれ、
それぞれの属性ごとに数個が存在する」
知ってるよな? という顔で彼は3人を見る。
ユウキ達は1度顔を見合わせてから頷いた。
プレイヤーならそれとなく頭には入っている
情報である。
だが、設定集を読み漁るユウキはまだしも、
リュウドとアキノは詳細までは知らない。
何しろ、重要なアイテムとして各国が管理
しているという設定はあるが、イベントで
目にする機会はそれほどない。
その上、冒険にはほとんど絡んではこないのだ。
あくまで世界観を醸し出すためのガジェット、
くらいに留まっている。
「で、うちの国が持ってるのが土の秘法石の
系統である大地の秘法石だ。こいつが穴ぼこ
とか、そういうところが好きらしくてさ」
「王子、秘法石には人のように好みがあると?」
リュウドが尋ねた。
好き嫌いがあるとは、人格めいたものが石に
あるというのか。
ラディアスは頷いた。
「石とは言われてるが、あれは魔力エネルギーの
結晶体だ。高い魔力を持つだけに、魂のような、
性格みたいな性質が宿っている。厳かな神殿に
しまっておいて欲しいものもいれば、そいつ
みたいに洞窟の奥に放り込まれてるほうが気分が
落ち着くってのもいる。気安いものも、気難しい
ものもな」
「コミュニケーションの取れる精霊に近い存在
なのでしょうか?」
今度はアキノが聞いた。
念を用いて意思の疎通ができる精霊や魔法生物は
少なからず存在する。
「まあ、そういうものだよ。だから場合によっては
協力したがらない偏屈もいる」
面倒だなあ、ユウキがぼそりとこぼした。
主を選ぶ魔法剣などと似た特性もあるのだろう。
「その辺は大丈夫だ。大地の秘法石はおおらかさ。
そうじゃなきゃ、メルセデスのばあ様の魔法開発に
付き合ったりはしないよ」
彼女の作り出した防衛魔法、そのエネルギー補給源
として取りにいかねばならないのが今回の役目だ。
「あの、それで洞窟というのは?」
「入り口はちょっと変わった作りだけど、慣れれば
普通の洞窟さ。場所は城から歩きで4日かかる」
「4日!?」
「とにかく山あり谷あり激流あり、だからね」
4日と聞いて、再び3人は顔を見合わせた。
単純に見積もって往復で8日、それも休息したり
洞窟内で探索する時間を除いてだ。
そんな彼等を見て、聞き取れないほど小さな声で、
イセアがラディアスにこしょこしょと耳打ちした。
「もったいぶって意地悪をするなって? 別に、
徒歩で行く基本的なルートを話しただけさ」
こしょこしょ。
「はは、まさかそのルートで行けとは言わないさ」
若夫婦、と言うより、美少女にも見える美少年と
どこから見ても美少女の2人が、イチャイチャと
しているようにしか見えない光景が続く。
「すぐに行ける方法でもあるんですか?」
空気を読みつつユウキが尋ねると、
「あるよ。秘法石を管理している僕の転送魔法なら、
洞窟の目の前まで一瞬で飛べる」
ユウキ達は安心する。
行き来だけなら数秒で済むようだ。
「今すぐ連れて行ってやる。洞窟も案内しよう」
ラディアスは指をパチンと鳴らした。
すると東屋の外の風景が一変する。
そこは城の敷地内の一角だった。
空の様子も変わり、夕焼けになっている。
場所が変わったのではない。
今まで何らかの術で別の景色を見せられていたのだ。
肌に感じる空気まで変わる、体感型VRを超える
魔術の力だ。
「ああ、もう夕方になるのか。まあ構うことはないな。
洞窟に入れば昼も夜もない」
ラディアスは跳ねるように立ち上がった。
すぐにでも目的地へ飛ぼうとしている彼に、
ユウキは待ったをかける。
「ん? 特別な準備が必要かい? 仲間の賢者は、
場合によってはガーロナに送らせるよ?」
「あの、そのお気遣いは助かります。それとは
また別のことでして」
そう言ってユウキは、お人形のようにちょこんと
座るイセアを見る。
「えーと、奥方様? に予知できる力があると
言われましたが、魔族が襲撃する正確な日時は
分からないでしょうか……?」
「イセアに未来視をしてくれってことかい?」
「ええ、できればお願いしたいのですが」
頼まれたイセアは、また、ラディアスにしか
聞き取れないほどの小声で何かを伝えた。
「視えたものが正確かどうかは分からないけど、
やってみるそうだ。一大事に自分の力が生かせる
のなら本望だと言っている」
「ありがとうございます!」
数週間、数ヶ月、はたまた数日後なのか。
ルーゼニアの防衛隊とギルドのメンバーはまだ
守備にあたる人員と配置を決めきれていない。
日付が分かれば、それも捗るというものだ。
「うん、よくできた妻がいると僕も鼻が高いな。
イセア、今から出かけるけど遅い夕飯くらいには
戻ってこられると思う」
こしょこしょ。
「美味しいものを用意しておきます? あはは、
イセアの作るものは何でも美味しいからな」
またイチャついている。
それを少し複雑な心境で見ているものがいた。
アキノである。
こうして間近で夫婦のやり取りを見ていると、
どうしても恋愛や伴侶といったものを意識して
しまう。
「アキノ、どうかしたか?」
ほうけていたように見えたのか、ユウキが
横から声をかけた。
「ううん、別になにも」
「そうか。どんな洞窟か分からないけど、
何が出てくるか油断できない。しっかりと
フォローを頼むぞ」
「……うん、任せて」
返事が一呼吸ほど遅れる。
私の存在はまだ、仲間以上ではないのかな。
彼女の心の内などよそに、ラディアスは
転送魔法の呪文詠唱を終えていた。
「よし、飛ぶぞ──グラン・ピットへ」
彼が言うと、白い魔法の粒子が飛び散り、
彼等4人の姿は消えた。
ちょこんと座るイセアを東屋に残して。