メルセデスのアトリエ
「ああ、それならあるぞえ」
得体の知れない茶をすすりながら、大賢人にして
伝説の魔女メルセデスは言った。
ユウキが事情を説明し終わる前に、被せるような
即答だった。
「何年か前に作った」
「作った?」
「そうじゃ。まあ、使うにしても準備やらなにやら、
色々と面倒な術じゃがの」
彼女はそう付け加え、テーブルにカップを置いた。
ゴーレムが大量発生した土地から、数分としない
場所にメルセデスの家はあった。
独り暮らしにはちょうどよさそうな小奇麗な平屋で、
魔女という言葉から連想されるおどろおどろしい
家屋ではなかった。
隣に3階建ての倉庫があるが、そちらはアトリエ
であるという。
何を目的にしたアトリエかというと、魔法開発や
魔法薬の調合のためだという。
先人達が作り上げてきた魔法の大系だけではなく、
新たな魔術の世界を切り開いていく。
それが彼女の余生の過ごし方であり、この研究が、
後進への助け、魔術師界隈への開発意欲増進になると
願っているようだ。
突然現れたゴーレムは、新作魔法の試し打ち用に
こしらえたものなのだそうだ。
防衛魔法があるとあっさりと言われ、ユウキは
面食らった。
が、渡りに船とはこのことだ。
「その魔法があるなら、是非教えてください!」
「お前なんぞが簡単に覚えられるはずあるまい」
大賢人が開発した魔法である。
最強呪文や禁呪と同等だと思っておくべきだろう。
ユウキも自分の魔法ステータスでは心許ないと
自覚はしている。
「城に仲間の賢者が来ているんです。彼なら」
「その魔法は1人で覚え、1人で唱えるものでは
ない。複数が同時詠唱して初めて効果を発揮する
ものなんじゃ」
メルセデスが両手を掲げ、それを前後左右に
揺らしながら話す。
規模が大きい、という表現なのだと思われる。
本人が大変小柄なおばあちゃんなだけに、
どこか可愛げのある動作にしか見えないが。
「三点術、のようなものですか?」
アキノが思い当たる節を尋ねた。
「各々が担当のパートを持っていて、それを
タイミングを合わせて唱えるような」
「系統としては、それが1番近いかの」
三点術とは、特定の魔術スキルを持つ3人が
同時に呪文を唱えることで発動するタイプの
魔法をいう。
戦闘において同時に3人分の行動、消費MP、
詠唱時間を費やすため、下準備やフォローは
必要だが、その分だけ効果も大きい。
同じ属性を重ね合わせた攻撃魔法や、長時間
支援効果の続く補助魔法など、使い方次第で
多少の戦力差を引っくり返すくらいの性能は
どれも持っている。
「まず、賢者と言わずとも、相応に高等な
魔術師を、そうさの……最低でも50人は
用意するんじゃ」
「50人!?」
驚いて聞き返すユウキに、
「ギルドで呼びかければ、それくらいの人数を
集めるのはさほど困難ではなかろう」
リュウドが冷静に言った。
数千人規模の集団である。
ジョブの分布から見ても、一声かけて募れば、
何とかなる人数であろう。
各職の層の厚さ、これが大型ギルドの利点だ。
「その50人を等間隔で一定の位置に配置する。
王都を守るなら、外壁の内側に沿って並んでいく
ような格好になるかのう。そこで一斉に魔法を
詠唱するんじゃ」
「それで防衛魔法が?」
メルセデスは軽く頷く。
「魔術師同士が魔力のラインによって繋がれる。
全てが連結すると、それは堅牢にして強固な
防御結界となるのじゃ」
心強く、頼もしいワードが次々と出てくる。
期待に3人の胸が躍った。
「それで1回使うと、どれくらいの期間、その
効果は続くんですか?」
「1分じゃ」
「……は?」
「広大な範囲に及ぶ魔法じゃ。何もしなければ、
1分程度で詠唱者全員の魔力が尽きてしまう」
「は?」
何言ってんだ、とユウキは正直思った。
今心に湧き上がった感動を返せと。
魔族の大群を60秒はね除けたからといって、
それが何になるのか。
切り札になる場面も到底思いつかない。
「1分なんて、そんな魔法でどうやって」
「何もしなければ、と言ったんだがのう」
メルセデスが再びカップを手に取ると、
「ほれ、喉が渇いたら茶を飲めばいいじゃろ。
そういうことじゃて」
ズズズ、と茶をすすった。
「つまり、供給する手段があればいいと?」
リュウドが聞いた。
魔法に聡くないものにでも、簡単に分かる
理屈だ。
「あればいい、ではない。なくてはならん。
これはの、詠唱者が急激に消費する魔力を、
補充してやることを前提とした魔法なのじゃ」
「でも高等な魔術師が1分もたないなんて。
最上級のマジックポーションが何本あっても
足りないんじゃ」
薬草の知識でポーションを自作できるアキノ
からすれば、消費に対する回復のペースが
合わないのは簡単に分かる。
マジックポーションは小瓶に入った液体を
飲むことでMPを回復させる。
確かに量を飲めば、それだけ回復はする
だろうがすぐに体が受け付けなくなる。
「ポーションでわんこそばをやるわけには
いかないしなあ」
ユウキの想像では、隣の仲間から渡される
ポーションを1本また1本とハイペースで
飲み干す魔術師の姿が。
伝統あるわんこそばだから格好がつくが、
ポーションがぶ飲みはさすがに滑稽だ。
「わんこ、なんじゃ? 何かは知らぬが、
妙な浅知恵でどうこうなる魔法ではないぞ。
安心せい。すでにわしが、数時間もたせる
方法を確立しておる」
まあそれが1番面倒なんじゃがの。
そう、魔女は意味深に結んだ。
どのゲームでも回復アイテム連打は誰もが通る道。