魔族の狙い
「どのように対処したらよいでしょうか?」
マキシは率直に聞いた。
相手の目論見が分かった以上、穿った見方などを
したところで意味はない。
「変換されたエネルギーがためられている場所を
攻めてみてはどうでしょうか?」
メリッサが言った。
「ダメージから変換されたエネルギーが、プール
されているところを狙う。まあ、そういう方法は
有効かもしれんのお」
2人の顔が綻びかけるが、すぐに引き締まる。
すぐには無理だと否定的な言葉が続いたからだ。
「迷宮からそう遠くない場所に溜められておる
はずじゃが、正確な位置を特定せねばならん。
位置が分かったら、溜められている状況を把握し、
それを打ち消すのに最適な対処魔法を練らねば、のお」
「方法はある、ということでよろしいのですね」
「マキシ、お前は前向きでよいの。じゃがこれは
ちいとばかり骨を折ることになるぞ」
そう言ってガーロナは地図を指差す。
「異界人は相当気張って迷宮を突破したようじゃな。
かなりの数が攻略されておる」
「………」
額面通りに受け取れば、
「ありがとうございます」
と返すところだが、攻略した数が相手の策略に貢献
した数とイコールになるのだから、返しようがない。
「1つ1つの点を繋げば魔法陣になるとガーロナ様は
おっしゃいましたが、少しでも減らせば、魔法陣を
描くことが不可能となり、魔族の策は成り立たなく
なるのではありませんか?」
メリッサが尋ねたが、ガーロナは額のしわをより
深くした。
「そう言うたがの、1つ2つ、いや五つ減らしても
転送用魔法陣は描けてしまうんじゃ。簡略式での」
「簡略式?」
「誰もが思い浮かべる魔法陣は円の中に呪文を描き、
生け贄などを置き、炎を灯し、そこに相応の魔力を
発生させ、魔法を生み出す。じゃな?」
「ええ。欠けがあれば成立しないと習いました」
「簡略式とは、その欠けが多少あってもそれなりに
効果の出る魔法陣の描き方じゃ。まあ言うなれば、
手抜きというやつじゃな」
「手抜きって」
生真面目なマキシは呆気に取られる。
何事も厳密に行うことをよしとする彼からすれば、
手抜きやいい加減という言葉は、考えられないのだ。
「しかも、これは予想になるが、近くのもの同士は
代用ができるようになっておる設計だろうのう」
「だいよう?」
「点同士に互換性があるのじゃ。あっちを潰しても、
こっちをそれに当てれば魔法陣の効果が発揮される、
というふうにのお。まったく厄介なことだのう」
「しかしガーロナ様。転送魔法陣とは本来、移動
魔法を大地の軸に打ち込み、安定させなければ
行き来ができないはず。手抜きなどしては」
「マキシや、魔族の目的はなんじゃ?」
しわだらけの瞼の下から鋭い眼光がマキシを貫く。
「それは、恐らく、モンスターの大部隊を王都の
周辺に送り込むことでは」
「そうじゃ。で、そのモンスター達には帰り道が
必要かの?」
「あっ」
マキシとメリッサは顔を見合わせる。
プレイヤーが使う転送魔法陣はアドベンチャーズ
ギルドの所定の部屋を安全に行き来できるように、
何重にも入念な安全設定が行われている。
それが当たり前だという先入観があったのだ。
「片道だけで大体の位置に送り込む魔法陣なら」
「多少雑な作りでも目的は果たせる」
見合わせていた顔が、両方ともガーロナへと
向けられた。
「わしがマキシの連れの3人を飛ばしたじゃろ。
あれも行きだけの即席の転送魔法じゃ。人数は
少ないが、それでも移動させることはできた。
魔族はこれを、大掛かりな仕掛けで行おうと
しておるのじゃろう。しかも複数を同時にの」
マキシは地図を食い入るように見る。
王都周辺、魔法陣の中心となる場所は平地が多い。
一体どれほどの魔法陣が発動するのか。
草原を埋め尽くすモンスターが一斉に大行進を
行う様を、マキシは地図上に幻視した。
みんなの会が協力し合ったことが裏目に出たのか。
マキシは唇を噛み締める。
迷宮は難易度が高いものから、数フロアで最下層に
到達する簡単なものもあった。
それを計画的に攻略していったのだが、それらの
1つ1つがまさか転送魔法陣を描く魔法陣のパーツ、
魔法陣を構築する支点だったとは。
違和感はなかったが、もっと早く、何かがあると
勘付けていれば──。
「マキシよ、後悔しても仕方あるまいて」
ガーロナがマキシの表情から察した。
「相手にも異界人がいたんじゃろう。それならば、
こちらの動き方を把握されておってもそうおかしくは
ないわい」
プレイヤーが集まればどう動くのか。
相手もプレイヤーだからこそ分かるのだ。
集団になってある程度落ち着けば、離れ離れになった
仲間の所在、安否を確かめたいと思うだろう。
それがごく普通の人情というものだ。
その時、妨害魔法で転送魔法陣や海路が使えなければ。
そしてそれらの原因が謎の迷宮にあると分かれば。
腕に覚えのあるプレイヤーは、迷宮に挑むはずだ。
そして苦難の末、それを突破して自らの活路を開く。
成功の情報は広まり、各々が迷宮に挑戦して行く。
攻略するごとに得られる確かな達成感。
行動範囲は広がり、合流する仲間も増え、更に情報は
広まっていく。
「全ては王都を狙う布石だったというのか」
「最初から罠を、点在させていたのですね」
落ち込む2人に、梅干しのようなしわしわの顎を
触りながら、ガーロナは言った。
「相手が1枚上手じゃった、そのように割り切れい。
今はその術をいかに破るかを調べる時じゃ」
マキシはこくりと頷き、そして、
「ガーロナ様。僕は恥ずかしながら、メリッサさんの
使う、妨害の魔法を読み取り、阻止するという魔法を
知りません。是非、この機会に会得したいのです」
「そんなことも言っておったのお。あれは賢者が使う
術とはまた別系統じゃからな。しかし今までの知識が
あればの、さわりくらいは短い時間で覚えられよう。
基礎が身につけばそこは賢者、いかようにも応用して
使いこなせるじゃろうて」
ガーロナはマキシを納得させると、
「とりあえず術の稽古は後回しじゃ。探せば何かしら、
魔族に対する有効な防御手段も見つかるやもしれん。
もう少し、情報収集を続けるぞい」
マキシはふと近くの本棚に目をやり、
『魔族との闘いの歴史』
という背表紙が気になって、手にとってパラパラと
めくってみた。
するとそこに、気になる文章があり──。
「……な、なんだ? これはどういうことだ!?」
彼が思わずあげた声が大図書館にこだました。