大図書館
マキシとメリッサはガーロナに先導され、
長い階段を降りていた。
通路は狭く、大人2人が横に並べる程度。
前に進むごとに、両側の壁に魔法の灯りが、
ボッ、ボッ、と点灯していく。
階段は螺旋状だったり、曲がり角が続いたり、
自分がどの辺りにいるのか分からなくなる。
城の地下であるのは確かなのだが。
それとも城の外にまで出てしまっているのか。
途中、封がされたいくつものドアをガーロナが
魔力で開けている。
街にある図書館にも膨大な記録があるが、こちらの
大図書館は一定の立場にあるものでないと立ち入る
ことすら叶わないのだろう。
それだけ貴重な文献や記録があるということだ。
「メリッサや」
かれこれ30分くらい歩いたところで、ガーロナが
メリッサを呼び、振り返った。
後ろを向いたが、そのまま進んでいる。
「妨害魔法が仕込まれていた装置にあったという術、
どんな言語の組み合わせか、正確に覚えておるかの」
「はい。今その一部だけでもここに書き出します」
メリッサが指で宙をなぞる。
するとそこに黒板でもあるかのように、白い線が
引かれ、文字が数行現れる。
それを一目見たガーロナは、
「ふむふむ。魔族が使うタイプの魔術文字じゃな。
この組み方は、見たことがあるのお。大図書館なら
間違いなく詳細が分かるはずじゃ」
呪文とはプログラムのようなもので、特定の字を
組み合わせることにより、特殊な効果を生み出す。
それは順列が違うだけで別の呪文となり、結果も
変わってくる。
魔術師とは、この組み合わせを覚え、魔力によって
自在に発現させることを会得した職業である。
「さあ、ついたぞ」
今まで以上に立派な、両開きの扉が闇の中に浮かび
上がった。
ガーロナが手をかざして、しわだらけの口元で
何やら呪文を唱えると、扉に刻まれた細かな文字が
淡い光を放ち、独りでに開いていく。
「ここが……!」
マキシが息を飲んだ。
扉の先の暗闇に、次々と魔法の灯りがともっていく。
照らされたのは紛れもなく大規模な図書館だった。
入り口である扉から階段が下へと続いており、丁度
上から見下ろすような光景になっている。
3階ほどの高さの天井まで、本棚と書架がびっしり
整然と並べられており、それが地の果てまで続いて
いるように見えた。
魔法による錯覚なのか、それとも本当に果てがない
ほど広大な図書館なのか。
「ここが大図書館じゃ。ちぃとばかり広いのでの。
魔族の魔術がまとめられた文献の場所まで、飛んで
いくとしよう。ほれ」
ガーロナが2人を順に指差すと、マキシとメリッサは
体重を感じなくなり、ふわりと浮いた。
そしてガーロナが空中で牽引するように、3人は
時速10キロ程度の速度で飛行し始めた。
一定のレベルに達した魔術師は飛行魔法を覚えるが、
自分以外を容易く飛び上がらせてしまうのは、さすが
大賢人の魔力といったところか。
マキシは飛びながら、本棚に収まっている本の背表紙を
確認する。
どれも、他の国ならば重要文書として厳重に保管される
レベルの本だ。
それらがずらっと並んでいる。
世界の記録と記憶がそこにあると言われる大図書館、
その名に偽りはないのだろう。
「おう、ここじゃここじゃ」
3人はゆっくり着地する。
長方形のテーブルが置かれ、そこには紙とペンが
揃っており、中心に灯りもついている。
その場ですぐ読書ができる環境になっていた。
だが、そこには重々しい空気が漂っていた。
それは単に本の圧迫感によるものではない。
周囲の本棚に、魔族が用いてきた魔術とその犠牲者の
血生臭い記録の本ばかりがあるからだろう。
背表紙の文字だけで禍々しいものを感じる。
「探すにしても結構な量ですね。同じ分野の術でも
専門書が数十冊はありますよ」
メリッサが天井を仰ぎ、たじろぎながら言った。
辺り一面、上から下まで本、本の山である。
しかも大部分がシリーズになっていて、ある1つの
基礎的な術についてだけでも5冊は書かれている。
それらしい本を手に取ってペラペラとめくっても、
目的の呪文を見つけられるのは一体いつになるか。
魔術師の多くは知識を得ることを好み、読書家も
多いのだが、この量はどんな本好きでもさすがに
胸焼けがする。
「1冊1冊調べていくなどという方法では、とても
見つからんぞ。こういう時は、本に聞くのじゃ」
本に聞くとは?
首を傾げる2人をよそに、ガーロナは、メリッサが
宙に描き出した呪文を寸分の狂いなく、同じように
宙に書き表す。
そして両手をバンザイするように挙げると、
「さあ、ここに表した呪文が書かれているものは
わしのもとに集まれい!」
すると、奥から誰かが押し出しているのではないかと
いった感じで、ズッズッと音を立て、本棚から本が
1冊、また1冊と次々に抜け出してくる。
そしてテーブルの上に、ドン、ドスンと落ちてきた。
ガーロナの呼びかけにより、古今東西の魔族の術が
記された本が8冊ほどテーブルに散乱した。
本を読む、ではなく呼ぶなど、大賢人の使う魔法は
途方が知れない。
「さあ、これならそれほど時間はかからんじゃろ。
早速、その術と魔族の目的を探るとしようかの」