湖上の城
ユウキ達は通りを進み、爪のような不気味な
枝を伸ばす林道を抜け、ルージェタニア城の前に
辿り着いた。
幾つもの塔を抱え持つ、その威厳に満ち溢れた
外観は魔術の歴史を体現しているかのようだ。
言わば魔法と魔術の総本山である、この国の
中央部に相応しい荘厳さである。
城は湖の中の島に建てられており、徒歩で
入城するにはコケのむした石造りの橋を渡る
ことになる。
橋のすぐ手前にはガーゴイルを模した石像が
対になって飾られていた。
造形は大変素晴らしく、まだ昼間ではあるが、
魔術師の城らしい雰囲気がある。
橋を渡ろうとすると、なんと像の首が動き、
「ようこそ、ルージェタニアの城へ」
そう話しかけると、また元の形へ戻った。
一瞬驚かされるが、
「簡単な挨拶をするだけの魔術セッティングが
施されているんです」
メリッサが言った。
高度な魔術ではなく、近付いた者に一声
かけるだけの石像のようだ。
身近なものでたとえるなら、コンビニに
入店すると必ずミュージックが流れる、
あれと同じである。
橋は200メートル近くあり、ユウキ達が
進んでいくと湖で何かが跳ねる音がする。
メリッサが言うには、半魚人や魔法生物が
棲息しているそうで、全くの無害なのだそうだ。
この国の大部分を占める妖人であるが、
魔力を生まれ持つ彼等の祖は、どちらかと
いえば人間より若干魔族に近いという。
そのため、普通の人間では共存は望めない
ものたちとも交流がある。
優劣や良い悪いではなく、それが妖人と
いう種族の不変のスタイルなのだ。
その文化が奥深い魔術の歴史を作り上げてきた
と言っても、過言ではない。
橋を渡りきると、2人の衛兵が守る、
およそ高さ8メートルほどの門がある。
衛兵といっても鎧兜に剣という容姿では
なく、ローブにワンドといういでたちだ。
この国の兵力はほぼ全て魔術師であり、
兵士が剣を抜いて斬りつけるよりも早く、
ワンドから魔法を放つという。
マキシとメリッサがパーティーの先頭に
立った。
この国において賢者は大きな権威を持ち、
メリッサはこの国の認定を受けた正統な
魔術師である。
「僕は賢者のマキシ。突然の来訪、失礼する。
僕等はルーゼニア王からあるお役目を承り、
その件について賢人とご相談したく、伺った
次第です」
マキシが手短に説明すると衛兵は、
「大賢人ガーロナ様がお待ちです」
どうぞお通りください、と門に手をかざす。
魔術仕掛けなのか、誰も押しても引いても
いないのに、門はパーティーが通過できる
程度に開かれた。
「待ってるって、事前に連絡を入れたわけでも
ないのに」
ユウキは不思議がるが、
「ガーロナ様を賢者を認定する役目にある大賢人。
それほどの強大な法力の持ち主ともなれば、予知や
未来視の類は相応に体得しているものです」
マキシが常識であるかのように言った。
そもそも賢人とは高度な魔術や魔法を一定量
体得したものに与えられる称号である。
その中でも、より優れた智慧を得た特定の
ものたちを大賢人と呼ぶ。
今日頼りにするのはその大賢人である。
防御魔術や魔族の古代魔術など、相談の相手
としてこれ以上の適任はいない。
門を潜ると、城の建物に囲まれた庭園があった。
橋の前にあったような石像が所々に設置され、
荘厳でありながら摩訶不思議なこの城の空気に
よくマッチしていた。
庭園の先には、城内に入るための、更なる
門がある。
その上のひさしに紋章が刻まれていた。
鋭い目を向ける猛禽。
だがその輪郭は柔らかな曲線で描かれている。
知性の象徴とされるフクロウだ。
この世界でもフクロウはフクロウと呼ばれて
いるようだ。
ルーゼニアやカーベインでも、人気のペット
として飼われているのをユウキは見ている。
「よく来たのお」
まずは声が先だった。
そして目の前の空間から染み出してくるかの
ように、ユウキ達の目の前に人型をしたものが
現れた。
ただし、地に足をつけず、宙に浮いている。
そしてサイズは、人間の子供より遥かに小さい、
60センチほどであった。
ガーロナ様っ、とマキシが控え目に叫んだ。
「マキシか。言わずとも分かるぞ、何か重大な
頼みがあって来たのであろう」
威厳と余裕たっぷりに答える者の姿。
身長は先ほどの通りでローブを着ている。
顔の作りは人と共通はしているが、肌の色は
青緑で鼻と耳が尖っている。
髪は薄く、顔は干上がってひびだらけになった
大地のようにシワだらけである。
年老いたゴブリンにしか見えないガーロナは、
ついてこい、と言わんばかりに門へと浮遊していった。
大賢者はヨーダみたいな容姿です。