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冒険者達の集い  作者: イトー
魔法の都ルージェタニア
153/173

ミナとアキノ

 

 会議室を出たアキノは、ミナに先導されるように

リビングルームへとやってきた。

 アイランドキッチンとテーブルがあるこの部屋は、

過去に幾度となくブラッドが自慢の料理を振る舞った

場所である。


「準備するからちょっと待っててね」

 早速、ミナはキッチンで調理に取り掛かる。

 今回はブラッドに頼まないらしい。

 アキノが気を遣って手伝おうとするが、

「いいからいいから」

 と、彼女はテーブル席で待つことになった。



 ミナが魔法石の組み込まれた調理器具で甲斐甲斐しく

調理をし、程なくすると、スープとサンドイッチ、

キャベツのコールスローが皿に盛られた。


 トレイに乗せられたそれらを席に配膳しながら、

「ブラッドに習って、気分転換に作るようになったの。

あまり手の込んだものじゃないんだけど」

 そう謙遜するミナの料理はなかなかどうして、立派な

見栄えをしていた。


 オニオンスープとコールスローは事前に作ってあり、

サンドイッチは形を整えて切ればいいだけの状態まで

仕込みが終わっていたようだ。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 ミナはいつものペースで、アキノはそれに倣うように

合掌して、食事を始めた。


 ただ食事に誘ったのではない。

 2人きりという状況は何かしら話をするためだろう。

 アキノはランチの意図を察しながら、スプーンを

手に取った。


 まずはスープを一口。

「美味しい」

「良かった。ブラッドみたいにこだわりぬいた食材

じゃないけど、いい味が出てるでしょう」


 シンプルなコンソメで具はたまねぎとベーコン。

 簡素ではあるが、それだけに実家で口にする味噌汁の

ような安心感がある。

 コールスローは酸味の少ない手作りマヨネーズで

味付けされており、冷たくてシャキシャキの歯応えが

いい意味で温かいスープと対になっている。

 サンドイッチの具は定番のハムとたっぷりの玉子、

変わったところではサーモンとフレッシュチーズを

挟んだものもあった。



「昨日の晩はお疲れ様」

 ミナは労いの言葉をかける。

「相当な重傷だった王子の治療に専念してくれて。

今日の帰り際にも王様から重ね重ねお礼をされてね」

 アキノの回復は的確だった。

 もし王子をあのまま放置していたら、騎士の鍛錬はおろか、

2度と出歩けない身体になっていたかもしれない。


 ミナは単にそれについて伝えたかっただけなのか。

 アキノがホッとスープを口に含もうとしていると、

「ダンスに誘われたあと、王子と何かあったでしょ?」

「っ!?」

 思わず、ガチッとスプーンを噛んでしまった。


 このリアクションで何かがあったことは悟られた。

 いや、わざわざこんな場所を用意して聞いてくるという

ことはミナはある程度予想しているのだろう。


「昨日、王子のことを悪く言ったユウキちゃんにむきに

なったり、午前中の謁見でもちょっといつもと雰囲気が

違ったっていうか。ね」


 ミナは人の機微には敏感で、察しがいい。

 それくらいでないと、今や3000人を超えるギルドを

束ねるのは難しい。



「テラスに出てから、何か言われた?」

「……実は」

 アキノは覚悟を決めた。

 最初は黙っていようと思っていたが、王子がダンスに

誘うことに特別な意味があるのは、周知の事実である。

 話す義務はないが、プライベートなことだから、などと

言って誤魔化し続けることは不可能だろう。

 彼女はありのままを伝えた。




「そう、プロポーズをね」

 それほど驚きもせず、ミナは言った。

 そんなことだろうという確信があったのだ。


「良かったことと言えば、良かったことなのかしら? 

リアルシンデレラストーリーみたい」

「………」

「口振りだと、返事は気長に待ってくれるそうだけど」

「それで、悩んでて」

「じゃあ思い切って、ギルドのために結婚して」

「? は?」

「なんて絶対に言わない。冗談よ」

 手をひらひらと動かし、ミナは詫びた。

 アキノも冗談だとは思ったが、現在、野心にも似た

勢いを持つミナの言葉には、迫力があって心臓に悪い。

 場の雰囲気は食事どころではなくなっていた。


「で、冗談はおいといて。昨日の今日だけど、それとなく

どうお返事するかは、まだ思いつかない?」

「それは、その」

 アキノはごにょごにょと言ってから、

「立派で素敵な人だとは思います。好感は持てますし、あの

勇敢さには感動しました。でもその、色々と……」


 ミナは、視線を落とし、目を泳がせるアキノをじっと見る。

 どんな些細な相談にも乗ってきた彼女は、仕草だけで

相手の悩みどころを見抜けるほどになっていた。


「断ろうかなあ、くらいに思ってる段階かな?」

「……ええ。でもまだそれが自分の中でも定まらなくて」

 レオンは王子にして騎士であり、長身で整った精悍な顔付き、

責任感のある人間性を持っている。

 結婚相手としてはこれ以上の好条件が見つからないほどの

男性だ。

 悩むのは身分の差か、それともこちらの人間とプレイヤー

という立場の問題であろうか。

 しばらくどちらも言葉を発さない。


 それから少しあって、

「ユウキちゃんのことね」

 ミナがスープをゆっくりかき混ぜながら言った。


「!?」

「分かるわよぉ。一緒にいる時のあなたの表情とか。

私がくっつくと一目で分かる不機嫌そうな顔するし。

あ、私は別に挑発するために抱きついてたわけじゃ

ないから。その辺は分かってね」

 アキノは誰にも気付かれていないと思っていたが、

ミナの目は心の微かな動きを捉える。

 それはゲームのスキルなどではなく、これまでの

コミュニケーションで磨かれてきた本人の能力だ。



「そんなふうに人の気持ちに気付けるのが羨ましい」

 アキノが呟いた。

 それから溢れ出るように、言葉がとうとうと流れる。


「ユウキのことは、好きです。それも、こちらに来る

前から気になってて。片思いですけど。この世界で

偶然出会って、協力していくことになって。私は

パーティーでの役目を果たしながら、彼に気持ちが

伝えられる時が来るんじゃないかって。そう思って。

……でも、改めて考えてみると怖いんです」


「こわい?」

「彼を支えて感謝された時、一体自分はどんなふうに

思われているんだろう。単なるパーティーメンバーで、

本当にただ傷を回復するためだけにいる回復役だと

思われてたら。そう考え始めると、好意が一方通行で

素通りしてるんじゃないかって」


 面と向かって、好きだ、付き合ってほしい、という

気持ちをぶつけられたらどんなに楽か。

 物怖じせず、そういう行動に出られるものも中には

いるのだろうが、アキノはリアルでの性格も含めて、

そこまでアクティブな人間ではないのだ。

 レオンはアキノが意見したところを気に入ったと

話していたが、それとこれとは別である。


 恋愛にはおくゆかしい、というか積極的になれない

ものほど、強いアプローチに気持ちが揺らいでしまう

ことは少なくない。

 王子のプロポーズを受け、揺れ動いた中、

「ではユウキは自分をどう思っているのだろうか」

 という所へ彼女の気持ちは着地した。



「好意なら持たれてるんじゃないの? だってほら、

あんなにすごいネックレスを買ってくれたんだし」

「確かにそうですけど。でもユウキは欲しがってる人に

レアアイテムを気前良く渡すことがよくあるから」

「だから、あなたのも気前良く買っただけだと?」

「決め付けてはいないですけど。でも考え始めると

何もかも悪いほうへ頭が働いてしまって」


 ミナも、分からなくない、と思ってしまう。

 ユウキは趣味のように、ゲーム攻略に便利なアイテムを

人にあげるくせがある。

 それが希少なものでも、ポンポンあげてしまう。

 他意はなく、皆が楽しくゲームできるなら惜しくない、

というのがユウキの動機らしい。

 そういう面を知っていれば、もしかしたら、という

気持ちがアキノの中に出てくるのも分かる。


「ユウキちゃんは確かにそういうところあるけど、

でも女性にあげるアクセサリーは別だと思うの。

ここで言うアクセサリーは、特別な効果を持ってる

装備品のそれとは別物、装飾品って意味ね。一応」

 誤解のないよう、RPG特有のアイテムの説明をしてから、

ミナは続ける。


「ドレス姿に似合うネックレスをプレゼントするのは、

攻略アイテムをあげるのとはわけが違うのよ。ユウキ

ちゃんは行動力あるけど、そういうところは結構淡白

だから、自分の気持ちをあまり意識せずに、買うって

決めちゃったのかもしれないけど」


 きっと似合うだろう。

 似合うものを身に付けているところを見たい。

 アキノに身に付けさせてあげたい。

 そんな彼女と晩餐会に参加できたら楽しいはずだ。


 購入時のユウキにはその心の求めがあった。

 強く自覚するのは、舞踏会の最中だが。


「それと、これは恥ずかしいから言わないでくれって

秘密にされてたんだけど。リュウドとアキノは本当に

頼もしくていい仲間だって」

「な、なかま」

「落ち込まないで。そこでユウキちゃんね、あなたが

献身的に身近で支えてくれるのが本当に嬉しいって。

毎日気を遣ってくれて、自分に精神的にも寄り添って

くれてるのが分かる。あの笑顔が助けになってるって」

「……あ」

「大丈夫。伝わってるはずよ。絶対に、事務的な回復役

だなんて、彼は思ってないから」


 アキノは、うんうんと誰にとでもなく頷いた。

 今の感情を明確に言葉には出来なかったが、救われたと

感じていたに違いない。


「まあ、こういうことを踏まえた上でプロポーズの返事を

すればいいんじゃないかしら。そこから先はあなたの自由。

あなたがあなたの判断で決める選択」

「はい」

「でも答えを引き伸ばしてどっちもキープしておこう、

なんて考えちゃダメよ。それは両方に失礼ですからね」

 冗談っぽく言うと、ミナは止まっていたスプーンを

動かし始める。

 それだけで和やかな食事の空気が戻ってきた。


 アキノはスープを一口飲んで、ふと思う。

 ミナだって、ユウキのことを相当気に入っていた。

 やろうと思えばレオンとの結婚を推して、それこそ

王国とギルドの関係を親族レベルにまで近付けつつ、

ユウキと自分の仲を進展させることもできたはずだ。


 そんなアキノの考えを全て見切っているかのごとく、

ミナは管を巻く酔っ払いのように語りだす。

「私もユウキちゃんは気になるのよ。付き合いは

長いし。でも全てを放り出してまでユウキちゃんを

構いたいとは思えないようになってきたの」

 決してネガティブな意味ではない。

 ギルドリーダーとしての責任感が、ユウキ1人に

注がれる愛情より、いくらか上回ったという話だ。


「私はこのギルドの拠点で皆をサポートするために

行動する。ユウキちゃんのそばにいてあげられる

あなたは、身近で彼の冒険を支えてあげて」

 アキノはゆっくりと頷いた。

 ああやっぱりこの人もユウキのことが好きなんだな。

 そう実感したが、恋敵だとか邪魔だとか、そういった

黒い感情は自然と出てこなかった。

 周りから愛されるユウキを好きになって良かった。

 アキノはそんなふうに思えていた。



ドロドロした色んなものが絡み合う恋愛は書きたくないので、

綺麗でさっぱりとしたものを。

魔法石搭載の調理器具はコンロや冷蔵庫と同じような、家電

めいた力を発揮します。

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