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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
15/173

みんなの会

 リンディは国土管理局への調査依頼の連絡を請け負ってくれた。


 公的な機関には魔法石の一種である、飛声石という携帯電話と変わらないサイズの薄い石板がある。


 これは遠方にある飛声石に声を届ける魔術が組み込まれていて、現代の電話と同じと考えて良い。

 設置されている数は少なく、声は10キロ程度しか届かない為、街の中で本当に必要な連絡の時だけに用いられるようだ。

 エルドラド人にとって貴重な連絡手段の1つである。


 飛声石を起動させると、表面に光る文字が浮かぶ。

 リンディがそれを押すと、石自体が淡く光り出した。

 それで繋がったらしく、リンディがよそ行きの声で会話を始める。


 その姿は電話をかけているものと何ら変わらない。

 何度かやり取りがあって、通話は終了したようだった。


「──また後ほど連絡するそうよ。本当なら何日も待つんだけど、捜査に必要だって言ってなるべく早くしてもらったわ」

 これが公権力の強い所である。


「多分、派遣される調査員を現地に連れて行く事になると思うの。少なくとも今日中に出発するなんて事は無いだろうから、今日は帰ってもらって結構よ」


「ああ。ところでクエストのスカウトがいたって話なんだけど、もしオークの村が攻撃された場合はどうなるんだ?」


「何の許可も無く勝手にそんな事すれば、間違いなく捕まるわ。オークに死傷者が出なくたって、もし焼き討ちにでもされたら村としてやっていけないでしょうね」

 リンディは手を腰に当て、首を振った。


「それでもし村の存続が不可能となったらどうなる?」

 リュウドが聞いた。


「それは土地の所有者次第ね。買ってくれる相手に土地を売って移住する費用にするくらいしか無いんじゃないかな」

「それで得するのは、土地を手に入れたい奴等じゃない」

 アキノは察した。

 周りも分かっている。


「そうなのよ。クエストの依頼は何だか金払いが良さそうだし、そっちもワイダルの息が掛かってそうよね」

「いつ始まる物なのか見当も付かないから、警察の方で何かしら予防が出来ないものかな?」


「私もそれを考えてたんだけど、変な集まりがあったら警戒するように、王都の警備兵隊に頼もうと思うわ。あまりにも人数が多いようなら、騎士団にも手を貸してもらう事になるかも」

 今後の対応を決めて、3人は警察署を出た。



 現在は夕方になる少し前。

 僅かに空に赤みが出たくらいで、何とも中途半端な時間である。


 夕飯には早すぎるし、このまま宿に直帰するにしてもその後のスケジュールは何も無い。

 かと言って、どこか探索に出るには遅過ぎると言えた。


 特にやる事も無いので、3人は店が並ぶ通りを、各自が目の届く範囲でブラつくという話になった。


 図らずも、例のスカウトが見つかる可能性もある。

 ユウキは文字通り、適当にブラブラし始めた。


 様々なRPGに共通する事柄だが、それなりに高レベルになってレアリティの高い装備が揃ってくると、消耗品以外は普通の店で買わなくなるものだ。


 露店を開いている商人職はぽつぽつといたが、これと言うほどの掘り出し物に出会いそうも無い。


 後片付けを始めている所もあって、そろそろ店じまいの時間になるのだろう。

 逆に新たに商品を並べている店もあるが、それは探索先から帰還したパーティーの補充を期待しているのだ。


 探索に掛ける時間はパーティーごとに違い、朝から夕方で適当に切り上げる所もあれば、野営をして更に先を目指す者達もいた。


 最初は途方に暮れたり、辺りをブラブラするだけの者も多くいた異界人だが、徐々に自分のスタイルを作っているようだ。


 いじけて座り込んでいるだけの者も多少減ってきている。

 良い傾向にあるのだろうとユウキは思うが、この異世界から元の世界に戻る方法をまるで掴めていないのが現状だ。

 どこかに行けば確実な解決の糸口があるという訳でもなく、今は関わっているこの件に集中しようと割り切った。


 リュウドは露店で敷き物に並べられたナイフの品定めをしていた。

 刃先は15センチも無く、戦士職には物足りないサイズであるが、大変安価で使い捨てにするには適当だと言えた。


 ニンジャで会得出来る投擲(とうてき)スキルは手裏剣や短刀と言った特定の武器を投げて攻撃でき、手頃な武器を数本持っていれば役に立つ。


 中古だが刃こぼれ等の無い良品で、5本ほど購入を決めた。


 一方アキノはアクセサリーを眺めていた。

 アクセサリーと言っても装備効果があるようなアイテムでは無く、そのままずばり装飾品である。


 身に付ける物に気を遣うプレイヤーは実は結構いて、勿論性能で装備品を決めるのは大事な要素だが、トータルコーディネートにこだわりを持っている者も少なくはない。


 若干性能が低くても気に入ったシリーズ物の装備品を揃えるのは、1つの楽しみでもある。


 今いる通りの隣には食料品を取り扱う通りがあり、夕飯の材料を買う者と探索から戻ってきたパーティーなどの動線が混ざり合い、一種独特の混沌を生んでいる。


 ユウキはブラつきながら、薄暗い路地を見つけた。

 店と店の間にあり、路地の中に露店などは出ていない。


 こんな所に路地なんてあったのか、と1歩足を踏み入れたその時、尖った物を背中に押し付けられた。

「振り向くな」

 頭のすぐ真後ろから、くぐもった低い声がした。

 数秒かかり、ユウキは脅迫されていると気付いた。


「声を出さず、そのままこの道に入れ」

 背中に押し当てられているのは刃物だろうか。

 その先端に押されるようにユウキは路地に入った。


(まさかワイダルの関係者か)

 ユウキは現状から、そう推測してみる。

 あの通行人の流れに紛れ込んでいたのだろうか。

 油断していたが、近付かれるまで、全く気配に気付けなかった。


 怒鳴り声と腕力だけが取りえの只者では無いのかもしれない。

 声を出せないのならパーティーチャットを使えば良いのだが、そこまで気が回らなかった。


 背後を取られた状況から起こる事態に良い事など何一つ無い。

 無防備な背中から大ダメージを与えるスキルのバックスタブや、上級職アサシンにはその上位版とも言える、急所を無慈悲に一突きして絶命させるアサシンスティングがある。


 ユウキの装備している軽鎧は背中の中ほどから上は防具が付いていない。

 特殊なスキルで無かろうと、心臓への刺突は致命傷だ。


 死んでも弱った状態で復活できるが、だからと言ってそれで構わないとスルー出来る訳ではない。


 次の瞬間にも、体重を乗せた重い一撃が来るかもしれない。

 そう考えて体を強張らせたと同時に、背中に衝撃が伝わった。

「おっおわあ!?」


「どうした!」

「ユウキ! 何があったの!?」

 声を聞きつけた2人が通りを走り、路地に駆け付ける。

 そこには──


 脇から前に両手を回し、後ろからユウキに抱き付いている女性の姿が。


「? 一体、何をしてるんだ?」

「え、あの人って」

 緊迫感の無い光景を前に、リュウドとアキノは顔を見合わせた。


「あ、あれ? なんだ……お姉ちゃんだったの?」

 ユウキが顔を向けると、女性──ミナはうふふと笑って返した。


「びっくりしたでしょう? ユウキちゃんが隙だらけだったから、悪い人のフリして驚かそうと思って」

「そんな、洒落になってないよ」


 緊張感が解けてユウキは力が抜けた。

 ミナはそれでも楽しそうに抱き付いている。

 今まで突き付けられていたのは恐らく、ミナが装備している神官用の杖の石突き部分だったのだろう。


 危機が去って緩んだ背中には現在、尖った物での脅迫とは正反対の、たぷたぷした爆乳での圧迫が続いている。


 それは爆乳による爆撃であった。

 特大のマシュマロを押し付けられているような感触は何とも心地よい物だったが、アキノがむず痒そうな顔をし始めたのでユウキはミナに離れてもらう事にした。


 名残惜しそうにユウキを解放すると、ミナは小首を傾げた。


「暇そうにしてるみたいだけど、良かったらお茶でもして、その後お夕飯でも一緒にどうかしら?」

「良いけど、お姉ちゃん、どこか良いお店でも知ってるの?」

「お店じゃなくて、うちのギルドベースに招待するわ」



 ミナに先導され、3人は自宅を購入できる居住エリア近くにやってきた。

 このそばの敷地にミナの言ったギルドベースが建っている。


 ギルドベース──名前だけを聞くと、何だか戦闘用ロボットでも出てきそうな語呂だが、ギルドが持つ拠点を意味している。


 一定の人数を擁するギルドがアドベンチャーズギルドに申請を出す事で、主要な都市に建設可能となる屋敷のような物で、これが置かれている場所がそのギルドの本拠地となる。


 建設や増築の資金は、所属するメンバーからの納金によって賄われるシステムで、ミナのギルドにはノルマ制などは無く、余裕のある人が任意で払う形になっている。


 ゲームのバランス的に、後半はゴールドに余裕が出来るのでベテランが納めるお金だけでも資金は十分カバーできていた。


 ミナがリーダーを務めるギルド、みんなの会。

 そのベースは、清潔感のある白壁が特徴的な3階建ての屋敷だ。


 集会所や会議室の他に宿泊施設やアイテムの預かり所があり、メンバーならそれらを自由に使えた。


 案内された3人はリビングへと通された。

 内装は明るいシックモダンでまとめられている。

 壁には電灯のような明るさを放つ、魔法石を使った灯りがあった。


 テーブルやソファなどのインテリアは北欧風の落ち着いたデザイン。

 観葉植物や寄木細工で作られた小箱なども置かれている。


 ベースの中身は、主であるギルドマスターのセンスが出る。

 他所では、雑ぱくでゴチャゴチャした所や、高額で買える調度品や金銀をあしらっただけの家具がただ並べてあるだけの所もある。


 ここはどれも1つ1つが価値のある物で、派手さは控え目なのだが、統一感があってラグジュアリーな雰囲気を醸し出していた。


 リビングにはアイランドキッチンがあった。

 水回りやコンロにも魔法石が搭載されている。


「そこで寛いでてね。今、お茶を淹れるから」

 水の入ったケトルをコンロに置くと、あっという間に沸騰した。

 科学にも及ぶ魔法の力である。


 ユウキはソファに腰掛けて、お茶の準備をするミナを眺めていた。


 はちきれんばかりの胸にワンピース状の服は生地を引っ張られて、後ろもかなりタイトな事になっている。

 必然的に桃のようなお尻の形がくっきりと分かった。

 そんな見事なラインについ見とれてしまう。


「……ユウキ、やらしいんだ」

「いや、別に変な目でなんて全然見てないから」

 ジト目のアキノに取り繕うユウキを微笑ましく見ながら、ミナがお茶を淹れてきた。


 和風のトレイ──所謂おぼんに乗せられて運ばれてきたのは、緑茶が入った湯呑みと、かりんとう、せんべい、大根の漬物。

 テーブルにそれらを並べると、ミナは3人と向かい合って座った。


 リュウドが上から湯呑みを掴むと、ずずっとお茶を啜った。

「……はあ。良いな。久しぶりに緑茶を飲んだ気がする」

「ヤシマからの輸入品よ。こういうの、親しみ易いと思って」


 現在船の行き来は停止中だが、日本をモチーフにした国があり、そこから輸入品として入ってきたものだ。


 ユウキとアキノも茶を飲み、それぞれお茶請けのせんべいとかりんとうを食べた。

 アキノはかりんとうがいたく気に入ったようだった。


 漬物をパリパリと食べながら、おばあちゃんの家で出されるお茶みたいだなとユウキは思う。

 勿論、良い意味でだ。


 ただ、おばあちゃん、と言う言葉にミナがどういった印象を持つか分からないので、口には出さずにおいた。

 女性の呼び方には、時に細心の注意を払わなければならない。


 しかし、とても懐かしい感じがする。

 それと同時に、元いた世界の事を考える機会が減っていると気付いた。

 こちらの世界に意識が馴染んできているのだろうか。


「ユウキちゃん達は今の件が終わったら、西へ行くんでしょ?」

 ミナが湯呑みを置きながら、聞いた。


「うん、フェリーチャ商会なら情報が集まってるかと思って。お姉ちゃんの方でも、何か情報はある?」

「こっちもギルドメンバーから幾つか気になる話があって」


 ミナは少し上を向くと、ユウキにメッセージを送った。

 ユウキが受け取ると報告レポートという文章が開く。

 リュウドとアキノにもその文章をコピーして送信した。


「これに大体まとめたんだけど、私達がこちらの世界に来る前日に世界中で激しい落雷が何時間も続いたんですって。何かの前兆だと思われて一部では、神鳴(かみなり)の日って呼ばれてるみたい」


 その雷が予兆なのはたしかだろうが、それは吉兆であろうか、はたまた凶兆であろうか。

 ゲームの中へ来てしまった事と関係があるのかもしれない。


「その落雷の後に、浮き上がった島があったり、誰も知らない建物が急に現れたりしたそうよ。それから潮の流れが変わって船が出し辛くなったり、アドベンチャーズギルドの転送魔法陣に障害が出るようになったみたい」


 移動魔法に制限が掛かっていたのはそういう原因があったようだ。

 それが人為的なのか、別の理由があるのかは不明だが。


「魔法の都にいる賢人なら何か分かるんじゃないかって、北からのルートを使って今朝旅立ったパーティーもいるの。ユウキちゃんはカーベインに行くんでしょ? 交易の街だから、もっと広い範囲の情報が仕入れられるんじゃないかな」


「うん……ゲームから抜け出す方法を含めて、何かしらの解決法がある事を祈ってるよ」


 ユウキは緑茶を啜った。

 渋い顔をしたのは、苦味のせいでは無い。

 展望はいまだ明るくは無いようだ。


「ところでユウキちゃん」

 湯呑みを合掌するように持ち、ミナが眼差しを向けた。


「ユウキちゃんは今、ギルドに入ってないでしょ?」

「……そうだけど」


 所属ギルドの有無は登録したフレンド一覧で見れば分かる事だ。

 それをあえて質問すると言う事は、つまりそういう意味なのだろう。


「ギルドに入らないかって話?」

「単刀直入に言えばそう、パーティーごと入ったらどうかなって」

 ミナはゆっくりお茶を啜り、続ける。


「今、大半のギルドはギルドとして機能していないの。遠くにいるメンバーはギルドチャットの応答が無いし、検索にも引っ掛からない。散り散りになってるからギルドとしての力が発揮しづらいのよ」


 ギルドは複数人、大勢が団結する事で成り立っている物である。

 人が集まれない状況では情報収集力などが激減し、グループでいる意味を成さないのだ。


「ユウキちゃんのゲームの知識はこれから皆が必要とするでしょうし、今後色々なパーティーを組む上で、リーダーとして率いて行けるような、それなりの実力と統率力を持った経験者がいて欲しいの。それに」

「それに?」


「お姉ちゃん、ユウキちゃんが大好きだから」

 ユウキはお茶でむせ掛ける。アキノも似たようなリアクションをした。


「ふふ、半分冗談よ」

 冗談半分では無いらしい。ならば半分は本気か。


「リュウドさんもアキノさんも一緒にどうかしら。今入ってる所から一時的にこちらに移ってもらっても多分大丈夫でしょうし」


 ミナは顔が広く、他のギルドとも信頼関係が構築されている。

 たとえ、リュウドやアキノがこちらに身を寄せる事になったとしても、向こうのギルドマスターは理解を示してくれるだろう。


 連絡が取れない以上、ギルドとしての機能は半ば失われているようなものだし、小規模なギルドが短期的に大きな所と合併したりする事はゲームでもよくある事だった。


「私はどこに身を置こうと構わない。だが一存では決められん」

「私も同じ。今はユウキとパーティーを組んでる訳だし」

 2人はユウキを見る。


 ミナも穏やかな目でユウキを見ていた。

 視線を集められたユウキは唇を噛んで、何も無い空間を見詰めていた。


 3人は、以前彼がギルドで体験したトラブルを知っている。

 それが原因で、ゲームから離れかけていた事も。


 ギルドという人間関係から生まれた負の面に、打ちのめされた事も。


 ユウキの逡巡は続く。寄った眉根は葛藤を意味しているのかもしれない。

 やがて、ユウキは結んでいた口を開いた。


「──条件付きだけど良いかな?」

「それは?」

「加入はするけど、しばらくは自由に行動させてもらえないかな。俺は今、自分の意思でパーティーを組んで、目標に突き進んでる事に強い意欲を感じてるんだ。このゲームで1番楽しかった頃の気持ちを取り戻せそうな、そんな予感が現実になるまで俺の冒険をさせて欲しい」


 それは条件の提示と言うより、宣誓のようであった。

 ミナはユウキの気持ちを汲み取ったのだろう。

 ただ静かに、はい、とだけ返事をする。


 3人にミナからギルドへの加入勧誘メッセージが届く。

 それから程なくして、ギルドみんなの会に新たなメンバーが追加された。



「それじゃあ、お夕飯にしましょうか」

「お姉ちゃんが作るの?」

「ううん、料理が得意な人を呼んでるの」


 話しているとリビングに向けて、ドスドスと足音が聞こえてくる。

 そして足音の主が姿を現した。


「おう、こっちでは初めてだな」

「ブラッドか」

 バンダナで押さえ込んだゴワゴワとした硬そうな髪、顔には深い切り傷の痕が幾つもあり、体付きはいかつい顔に似合って筋骨隆々だ。


 オーガと見間違うほどの体躯だが、人間の男である。

 ブラッドはみんなの会のメンバーで、職業はハンター。


 戦士・魔獣使い・アーチャーをマスターし、加えて野営や調理、釣りや採取といった特定のサブスキルを数多く会得して初めてなれる職業である。


 巨大なモンスターに対して有効なスキルを多く持つ職で、対ボス戦においてその力は遺憾なく発揮される。


 戦闘力は別として、専用スキルである狩猟の強撃で敵を倒すと、ゴールドの代わりにモンスターの体の一部が一定確率でアイテムとして落ちる。


 強固な鱗や革は鍛冶屋が特殊な武器防具を鍛える時に必要となり、中には食用に出来たり、薬効を持つ物もある。

 山に海に、場所を選ばず獲物を追い求める、狩人職だ。


「もしかして、ブラッドが今日の夕飯係?」

「ああ、まかせとけ」

 ブラッドは自信満々にキッチンで刃物と材料の準備を始める。


 彼はハンターであると同時に、高い調理スキルを持ち、料理人の称号まで持っている。

 ゲームでは、王都に店まで開いているほどだ。


 サブスキルは職業の熟練度以外にイベントなどで会得出来る。

 調理スキルは街や村にいる料理上手や達人に話すと始まるイベントをこなす度に上がって行く。


 孤島や移動魔法で行けないような山奥などにも該当するキャラがいて、漬物や燻製を扱うイベントでは、リアルで時間が経たないとクリアにならないものもあった。


 これらをコツコツとこなす事で料理人の称号が得られるのだ。

 見かけによらず、結構なマメな男である。

 調理が始まるとその手際の良さにユウキ達は感服した。


 大雑把な男の料理と見せかけて、細やかな包丁捌きや火加減の見極めは料理人の称号に恥じないものだった。


「さあ、食ってくれ」

 テーブルに幾つもの大皿で配膳がされ、4人はさながら家族のように料理を取り分ける。


 そしてミナのいただきますで食事が始まった。

 料理は高評価、1口目から美味い、美味しいの大合唱だった。

 ブラッドは満足そうに腕組みしながらその様子を見ている。


 調理技術もさすがだが、素材から違うと分かる美味さだった。

 材料はそれぞれ大怪鳥エアダイバー、水辺の悪魔ギガントゲイター、死の顎フェイタルジョーと、ボスクラスの肉を使っている。


 どれもおぞましいモンスターだが、食材としては一級品のようだ。

 振舞われる料理に舌鼓を打ちながら、アキノは肉にかけられたスパイスの香りが気になった。


 例の、正体が掴めずにいる匂いとよく似ているのだ。


「ブラッドさん、このスパイスは?」

「ああ、薬草の知識があると気付くか。それには普通の調味料の他に干して潰したルビキアの草が混ぜてある」


「ルビキアの草って、上級の万能回復薬に使うあの?」

「そうだ。料理に使ってるのは草だけ。実は干して精製すると薬にも、あと場合によっちゃあやばい薬にもなるから扱いが難しいんだ」


(あの匂い、この草と同じかも)

 アキノは決定的な確信を得た気がした。



 食事は和やかに終わり、3人は礼を言って帰路に着いた。


 戦闘能力だけでなく、ああいった特殊技術を持ったメンバーがいると色んな面で助かりそうだ、とユウキは思う。


 宿屋に向かっているとリンディからのフレンドチャットが開いた。


(ついさっき国土管理局から連絡が来て、明日の朝には調査員を派遣してくれるって)

「それじゃあ、その人を連れて村に行けば良いわけだな」

(うん。それと別から連絡が来てね、クレームが入ったのよ)

「クレーム?」


(ワイダル商会からで、うちの従業員に殺人事件の疑いをかけて乗り込んできた無礼者がいるってね。そしたら、王立警察の上が勝手な捜査を止めろって言ってきてさ)

 ふて腐れたような口調でリンディが言った。


(警察の上層部は権力に弱いのよ。ワイダルとズブズブの関係にある議員に何か言われたんじゃないの、ったく)

 警察ドラマでありそうな話だな、とユウキは思った。


「止めろって言われて、言う通りにしないんだろ?」

(当たり前でしょ、ここで引き下がったら全部無意味、パーじゃない。明日の詳しいスケジュールはまた連絡するから、それじゃあ)

 すうとウインドウが消えた。


 リンディは元からこういう性格なのだろうか。それともキャラ設定が今の人格に影響を与えているのだろうか。


 もしかしたら自分もキャラに影響されている可能性があるのでは。

 ユウキはそこまで考えて、考えるのを止めた。


 そんな事より、まずは目の前の真実を突き止めなければならない。

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