晩餐会の終わりに
マグナマギカ──。
魔力を解放してぶつける賢者の攻撃魔法。
その威力は使用者が持つ魔法力の上限に
比例して高まっていく。
水平に放たれた魔力は、2メートルほどの1本の
奔流となって標的を包み込み、そのエネルギーの
激流はテラスの1つを丸くぶち抜いた。
そしてジェスターを中心にドーム状に爆発が起こる。
「うぅっ!」
マキシは反動で後ろへ吹き飛び、転がる。
熱や炎を伴わない、魔力による純粋な破壊力のみの
爆発だが、舞踏会場は揺れ、テラス側の窓が全て砕け、
天井近くからもガラスや装飾品が音を立てて落ちてくる。
ミナの魔法防壁の中では多数の悲鳴が上がっていた。
当然のことだ。
本来、広大なダンジョンなどで強敵相手に使う魔法
であり、決してこのような、人が生活する環境で使用
してはならないものだ。
そんなことは魔法を熟知するマキシには分かっている。
だが使うしかなかった。
必殺必中のタイミングでこれを当てねば、致命傷を
負わせるのは無理だという判断だ。
辺りが浮遊する魔力の粒子と煙でもうもうとする。
轟音は既に空へと消え、サアァァとラジオから流れる
ホワイトノイズのような音が場に余韻を残す。
低い姿勢で衝撃に対応したユウキ達は、対峙していた
ダブルヘッドドレイクの停止、分解から消滅を確認し、
分身を解いた。
「あれはやれたはずだ」
ユウキが煙の先を見通すように言った。
直撃すれば、中型クラスのドラゴンさえ跡形もなく
消し飛ばす魔法だ。
範囲攻撃が主な使用法であるその魔法の効果範囲を絞り、
濃縮した魔力を至近距離で叩きつけたのだ。
やったか、などとお決まりの確認を取る必要はない。
誰もがそう思った。
煙が晴れるまでは。
明けた視界に、シルエットが1つ佇んでいる。
それは人だった。
かなり欠損しているが、人の型は保っている。
「……効くなあ。ショットグラスでスピリタスを
やるみたいに頭にガツンときたよ。……ありゃ?
頭が半分なくなってる。ガツンどころじゃないな」
右腕が肩口から消失し、頭部を損壊しながらも、
ジェスターは軽口を吐いた。
右腕のダメージは、咄嗟にそれでフォローしたと
いうことか。
道化師のコスチュームはズタズタになり、全身が
傷だらけだが、どの傷口からも流血していない。
血ではなく、黒いスライムが漏れ出ているのだ。
ドプドプと汚泥が溢れ出るように。
「やるもんだなあ、マキシ。ここまで容赦も躊躇も
なく、派手にぶちかますとは」
半壊した男に、マキシは埃を払いながら言った。
「僕は君の変貌を見て覚悟した。昔の友人だとか
そんなことは言っていられないと」
「君はやっぱり賢明だなあ。賢いっていうのは、勉強が
できるとか計算が早いとかじゃあない。自分の知恵で
先を見通して決断できる能力があるってことだ」
旧友を賞賛しながら、ジェスターは肉体の復元を開始
していた。
溢れ出たスライムが傷を塞ぎ、失った部位を形作って
いく。
あれで相手にダメージが通ったのだろうか。
背すじを薄ら寒くさせるほどの回復力に、ユウキ達が
奥歯を噛み締めていると、
「待たせたな!」
三つの人影がテラスから飛び込んできた。
「応援が、来てくれた」
希望を見い出すように呟くヨシュア。
その彼とジェスターを挟む形で現れたのは、
「ニンジャマスターくろう、ただいま参上だぜ!」
くろう、リーリン、そして女ローグのラリィだった。
3人とも出来うる限りの最強装備である。
「偶然近くで飯食ってたから、一番乗りできたぜ。
さぁて、宮殿で暴れてる不届き者はこの俺が成敗
してやる……って、お前」
ジェスターじゃねえか! と、くろうは叫んだ。
「お、お前も、あっち側についたってのかよ」
彼はジェスターをよく知っている。
驚いているのは、彼だけではなかった。
「そんな。あのジェスターが、どうして……」
リーリンは声を詰まらせた。
魔術師系の同期として、初期から研鑽を積んだ仲だ。
それが敵対者になって、現れたのである。
「や、久しぶり」
新たに生えた腕を上げ、ジェスターは挨拶する。
がマスクの取れかけた彼はみるみる表情を曇らせた。
「なんだい君等、やる気満々のガチ装備じゃないか。
今回は本気でやるつもりはないのに、本気モードの
君等みたいのがたくさん来ちゃうのかい」
ジェスターは両手を頭の後ろで組む。
無論、降参の意味ではない。
「あーあ、急に興がそがれたよ。メッセンジャーの
役目もこなしたわけだし、ここらでおいとまするか。
結構散らかしちゃったけどね」
「やるだけやって逃げるのか、お前!?」
ユウキが叫んだ。
終始支離滅裂で、身勝手な子供のような行動に、
急激に頭に血が昇った。
「宣戦布告するようなことを言いに来たくせに」
「それはそれだよ。大体、わざわざそんなことを
言いに来なきゃならなかったのは、王族だの貴族
だの、勿論君達もだけど、皆のん気でいるからだよ」
「のん気だと!?」
「そうだろう? 魔族が動き出してるってぇのに、
着飾ってこんなパーリーしちゃってさ。もっとこう、
真面目っていうか、うん、真剣になってくれないと」
「何が真剣に、だ! なんで俺達が魔族から説教を
食らわなきゃならないんだ!」
「怒るなよぉ、ちゃんとやってくれって言ってるの。
全力でやってくれないとゲームは面白くないだろう?」
「ゲームだと……?」
「人智を超えた力で好き放題できる、どちらについても
こんなに面白い対戦型ゲームはない。ってなことをさ、
うちのリーダーは言ってるんだよね」
ヨシュアが脊髄反射めいた反応で彼に問うた。
「お前等のリーダーはやつか!? やつなのか!」
「ああ、君等からしたら因縁の相手ってやつだねえ。
そうだよ、カイムだ」
「!」
その名を聞いたヨシュアから、歯を食いしばる音が
聞こえた。
「さて僕の役目は終わり。君達プレイヤーに包囲でも
されたら色々と面倒だ。今夜はちゃっちゃと帰るよ」
ジェスターは軽い口調でそう言ってから、招待客らの
ほうへと向き直り、
「皆様、私めの芸はいかがでしたでしょうか? きっと
忘れられない晩餐会になったことと思います。会場を
散らかしてしまいまして申し訳ありません。これにて
失礼いたします」
慇懃無礼の極みとばかりに恭しく礼をすると、再び
プレイヤー側、ユウキへと振り返る。
「じゃあまた会おう、今度は団体さんで来るつもりだ」
「なんだと、大規模な攻撃を予告するつもりか!?」
ジェスターは人差し指と親指で丸を作る。
その通りということか。
「手はずが整ったもんだからね。まあ君等のおかげさ」
「俺達……?」
「じゃあね。次は僕等がお客さんだ。素敵なおもてなしで
迎えてくれたら嬉しいな?」
ジェスターが手を伸ばすと何もない場所にドアノブが
現れ、それを引くと長方形に、丁度ドアの形に空間が
ずれる。
その先にある、電気の消えた部屋のような真っ暗な
世界へ、ジェスターは滑り込んでいった。
喉の奥から響く、不愉快な笑い声を残して。