光線砲のドレイク
「ブラスターだ!」
ユウキは飛来する光線を間一髪で避けた。
光線は着弾地点からしばらく床を削っていき、
荒々しい直線を刻み込む。
ドレイクはなおも口を広げ、新たなターゲットを
絞ろうとしている。
今の攻撃、ユウキにブラスターの知識と経験則が
あったからこそ対処できた一撃だ。
ドラゴンが体内にあるブレス袋という一種の臓器内で
作り出したものを、ブレスとして浴びせかけるのは
ファンタジー世界を扱う物語の中では広く知られている。
ブラスターとはこのエルドラド・オンラインにおいて、
ブレスに用いられる物質、あるいは何らかのエネルギーを
圧縮して光線状にして撃つ特殊技のことを指す。
平たく言えばレーザー砲のようなもので、属性に
よって色が違う。
魔力で作り出され、生物ではないあのドレイクには、
それを放つためのブレス袋はないはずだ。
恐らくジェスターから供給される魔力をエネルギー源に、
放っているのだろう。
広範囲に放射される炎のブレスなどとは違い、速度は
早いが、逆に言えば軌道を読めば避けやすいとも言える。
モンスターの特殊技に詳しいユウキからすれば、放つ
予備動作さえ見えれば回避自体は難しくない。
ただしそれは、時間を置いて単発で撃たれる場合だ。
ドレイクはその場に居座るように腹を地につけると、
2本の首がブラスターのチャージを始める。
「みんな防御対策を取るんだ。防具なしの今じゃ、
とても防ぎ切れる威力じゃないぞ!」
ユウキの注意と時を同じくして、エネルギーが口内に
集束され、第二射三射が同時に放たれた。
「イージス・シールド!」
マキシは自分の体を覆い隠すサイズの、半透明の盾を
目の前に発生させる。
物理以外の魔法や特殊能力などを全てシャットアウト
する、賢者のみが習得可能な防御魔法だ。
斜め上から撃ち込まれたブラスターは盾を貫けず、
彼の後ろへと分散された。
もう1発はリュウドへ向かって放たれていた。
リュウドは体を横に開き、胸の前を通過させる。
近過ぎたのか、上着の胸の辺りに焦げた一直線の
ラインが引かれる。
「リュウド!」
「大事無い、皮膚1枚だ。この程度の攻撃ならば」
避けるのは容易いと踏んだリュウドは、次が来る前に
攻撃を加えようと一気に肉迫を試みる。
だがしかし。
ドレイクの背中から生えた無数の触手の先が、つぼみ
のように膨らみ、それが裂けて小さな口ができていた。
そしてその口から、予備動作もなしに光線が放たれた。
「むっ!?」
こういった場合、危機感がものを言うのだろう。
十分に用心して仕掛けたリュウドは何とかその攻撃を
避けることができた。
が、安心はできない。
複数の触手が、次々に射撃を始める。
弾速は遅く、狙いも甘い。
床に残る跡から見て、首が放つものほどの破壊力は
持っていない。
だが、当たれば確実にダメージとして蓄積される
くらいの威力はあるようだ。
ドレイクは、敵機を定置迎撃をする砲台のように
大小のブラスターを連続発射した。
光線の1本1本が床を抉り、穴を開け、高価な素材の
壁や柱を削り取っていく。
これには、舞踏会場の大損害を覚悟していた王様も
思わず唸り声を上げてしまう。
ユウキ達、このバトルフィールドにいるメンバーは
身を守ることに専念した。
マキシとエルザが全員に対魔力攻撃の防御魔法をかけ、
かけられた側は少しでも受けるダメージを減らそうと、
寸での所で回避する。
強固な防御力を持つ鎧を装備していれば、ダメージ
コントロールしてから反撃に転じることも可能だが、
今は弱点を探りつつの我慢比べだ。
「なかなかの攻撃力だろう? それに手数も多い。
手加減してもこのくらいはできるんだ。魔族の力は
凄いと、思わず認めたくなっちゃうだろう」
ドレイクの背後から、ジェスターが腰に手を添えた
ポーズで言った。
首や触手がうねり、一時的にレインが集中砲火を
浴びる。
「なんのっ!」
レインが高速移動スキルと速度上昇魔法の混合技、
ヘイストステップを使用する。
束ねられた光線が床を抉った時に、そこに彼女の
姿は既になく、
「エンチャント・ブリザードバーン、氷結剣!」
レインはドレイクの目の前に現れると、前足から
首元へかけて一気に切り上げた。
雪の結晶のエフェクトが剣から溢れ、切り裂いた
切り口がガチガチと凍結していく。
本来ならば全身に凍結が広がっていくのだが、
相手の耐性が強いのか、氷は砕け落ちてしまう。
動きが鈍ったところへ、続け様に、
「一二三斬り!」
今度はリュウドが斬り込んだ。
それぞれ踏み込み、太刀捌き、呼吸の違う三つの
斬撃を一度に重ねるサムライの高等スキルだ。
剣気の乗った刃がゼリー状のボディを割るように
切り裂くが、復元能力はその衝撃すら受け止めて
しまう。
「クロス・インパルス!」
ヨシュアが飛翔し、復元に活動時間を割いていた
ドレイクの首を十字の二段斬りで切り落とす。
「おお、やるじゃないか。これは大当たりだ。
当たりだから、おまけしちゃおう」
ジェスターが視線を送ると、切り落とされた首の
切り口から新たに2本の首が生えてきた。
ヒュドラもかくやの再生能力である。
ろくな装備がない状況で、厄介な回復能力を持つ
敵と戦わねばならない。
RPGで見かけるシチュエーションだが、実際に
戦っている当人達からしたらたまったものではない。
しかし弱音など吐いていられない。
相手は晩餐会に侵入し、国王に直接、宣戦布告とも
取れる襲撃宣言をした狼藉者である。
元は仲間であるとはいえ、今は倒すべき敵だ。
利益不利益の視点から見ても、そんな輩に圧倒され、
軽くあしらわれる体たらくを見られては、国王から
公認を受けたギルドの名に傷がつくというものだ。
ユウキは状況を確認し、周囲に注意を払った。
王族と招待客はミナが防御魔法で守っている。
仲間の到着はあと少しだろう。
こちらは体力的にまだやれるが、ジェスターに打撃を
与える良策は未だ見当たらない。
離れたところにいるアキノは──。
意識していなかっただけで、ユウキの視界には常に
アキノが入っていたのだ。
彼女は今、傷付いた王子に回復魔法による懸命な
治療を行っている。
ほんの少し、もやっとした気分になる。
今はそれどころではないだろうと自分に言い聞かせ、
ユウキは全員が見られるチャットウインドウを開いた。
(マキシ、あのドレイクをどう見る? ダンジョンに
出るドレイクに形を似せているようだが。何か攻略法や
気付いた点があれば)
(ええ。まず、あれは自律型ではありません。後ろに
控えているジェスターが魔力で操り人形のように操って
います。大小のブラスターの照準も彼が1人でやって
いるようです)
マキシはブラスター攻撃の中、ジェスターとドレイクの
間に行き来する魔力の流れを確認していた。
彼自身も分身を操ったり、他人に化ける術を会得して
いるが、そういった、何かをコピーして実体化させる
術のようであると確信できた。
(あのドレイクはほとんどの攻撃を受け付けない。
なら本体を狙うしかないのではないか)
リュウドが言うと、レインが返す。
(本体にもどんな攻撃が効くか。さっき王子様が
首を刎ね飛ばした時、頭を付け直したの見たでしょ)
(彼は自分自身にも特殊な術を施しているのかも
しれません。あるいは、あれが魔族の力か)
レオンの剣技で落ちた首は、まやかしなどではなく
本物である。
優良なプレイヤーであったジェスターだが、今はもう
ただの人間ですらないのだ。
マキシは友人だった男を愁い、考える。
物理がダメでも、大きな魔法力を炸裂させれば
痛手を与えることはできるかもしれない。
だからと言って相手に通用するレベルの強大な
攻撃魔法を放てば、ジェスターに当たろうと
当たるまいと、影響で宮殿が崩壊しかねない。
何とかして確実に、魔法力だけを当てる方法を
考えなければ──。
ものの数秒でマキシは頷いた。
それらしい好回答をすぐに思い付いてしまうのが、
知識の宝物庫である賢者の賢者たる所以。
(皆さん、ジェスター打倒のため、僕の指示に
従ってください)