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冒険者達の集い  作者: イトー
国王主催パーティー
141/173

王の後悔

 

 会場中から悲鳴が上がった。

 魔力で魔物の頭へと変化したボールは、

息を吹き込んだ風船のように、急激に

膨れ上がり、2メートル弱のサイズになる。


 牙を剥いた魔獣、眼窩に炎を灯すドクロ、

咆哮する巨人、蛇や昆虫の頭もある。

 それら15個ほどは、招待客を睨みつけた

まま、滞空している。

 空中にいるが、その様子は、エサを前に、

主人に待てを言いつけられた犬のようだ。

 何らかの合図1つで襲い掛かるであろう

ことは、火を見るよりも明らかだった。



 国王は最悪の事態を迎え、後悔していた。

 本来なら形振り構わず、招待客の避難を最優先に

した指示を、即刻出すべきだったのだ。



 国王は毅然とした態度でジェスターと対峙した。

 しかし内心では、衛兵を物ともせず、我が物顔で

宮殿に侵入してきた未知なる存在に、ここ数十年で

1番の脅威を覚えていた。


 その脅威を前に名誉騎士ゲオルグが、彼に続いて、

第一王子であり騎士団長のレオンが立ち上がった。

 頼もしいこの者達ならば、魔族のメッセンジャーを

名乗る男を倒せるのではないか。


 国王は初めにそう考えた。

 国内で最強ランクと言ってもいいであろう2人、

特に息子に期待を寄せるのは自然だと言える。

 だが、その希望は脆くも崩れ去ってしまった。


 結果だけを見れば、国王はジェスターの持つ戦闘力の

見通しが出来ていなかったということだ。

 しかしこれで王を責めるのは酷と言うものだろう。

 それほどジェスターは桁違いの力の持ち主だった。


 とは言え、その見誤った代償が、この最悪の事態である。

 2人は短時間で倒されてしまったが、それでも

その間に招待客を逃がす指示は出せたはずだ。

 出せなかったのは、レオンなら倒してみせるだろうと、

相手への侮りが少なからずあったからに違いない。


 国王は強大な魔族の力に対する己の認識と判断の甘さを

悔いながら、

「皆のもの、ここから逃げるのだ!」

 ようやく退避の命令を出した。


 ゲオルグとレオンが戦っている最中、招待客は

出入り口の大きなドア付近に集まっていた。

 指示はなくとも、あのドス黒い魔力を持つ者から

遠ざかりたいと本能的に誰しもが思っていたからだ。


 我先にと招待客達がドアに群がろうとした時、

「せっかく、僕が身に付けた珍しい術で今から

楽しんでもらおうと思っているのに。お代は

結構だが勝手に帰ってもらっては困るなあ」

 そう言って、ジェスターが右手をかざした。


 すると手から魔力の波が放たれ、部屋全体を

震わせるように広がった。

 空気が少しばかり重くなったような実感は

あるが、人に異変やダメージらしいものはない。

 しかし。


「ドアが開かないぞ!? いや違う! ドアに

触れることができない!」

 髪の後退した紳士がドアノブを握ろうとするが、

透明なカバーでも付けられているかのように手を

触れることができないのだ。


 他の誰かが壁を叩くが、壁の数センチ前に拳が

当たって止まっている。

 ジェスターにより、魔術の一種なのであろうか、

壁一面に不可視の壁が作られてしまっていた。

 それは王族専用のドアも同様であった。



「さてさて、皆さんには今から、僕が術で作った

モンスターと鬼ごっこをやってもらおうと思う。

これは魔族から授かった、とても珍しい術でね。

あ、そもそも、鬼ごっこ、分かる? ルールは

簡単、捕まるとアウト。アウトってのは、アウトの

ことだよ。捕まってかじられるとそりゃもう死ぬほど

痛いだろうから、いや普通に考えて死ぬだろうな。

まあ、そんなわけでスリルたっぷりで楽しいぞ」

 ジェスターはリクレーションのルールでも

説明するようにパパッと話すと、

「楽しんでもらうためにどんなことでもしちゃう

のが道化師さ。さあ、それじゃあ、スタート」

 有無を言わせず鬼ごっこを始めた。


 鬼ごっこと言われても、この世界の住人である

招待客にそのゲーム性など理解できるはずがない。

 だが頭だけのモンスターが、自分達を標的に

定め、飛来してくることだけは分かった。

 これはモンスターから、スポーツハンティングの

感覚でターゲットにされる死のゲームだ。



「うわあ! 助けてくれえ!」

 ドア付近から離れ、どこへともなく逃げ場を

求めた紳士のもとへ巨人の首が迫る。

 紳士を丸かじりにしようと、があっと大口が

開けられた次の瞬間、

「飛燕真一文字!」

 タキシード姿のリザードマンが、体がすくんで

動けない紳士の真横に着地した。

 手には近衛兵の剣が握られている。


「ゴガ、グガガ!?」

 後頭部から上あごと下あごに両断された巨人は、

ドシャッと地に落ち、元のボールへ戻った。


「ダーカーベイン!」

 エルザの放った聖なる光弾が8の字に浮遊する

ドクロを粉々に打ち砕く。


「はあっ!」

 大きくジャンプしたヨシュアが、蛇竜の頭部に

大上段からの唐竹割りを決める。

 生々しい血を流して落下した首は、ホールの

上でのたうつと血と共に消えてしまう。


「ヴァーミリオンレイザー!」

 マキシが賢者の高等範囲攻撃呪文を唱えると、

宙に浮く首の真下の空間から、紅の光線が放たれ、

頭部だけのモンスター達を次々に串刺しにする。

 それは必殺の威力と命中精度で、モンスターは

あっという間に壊滅した。



 この僅かな時間に、ミナ、レイン、ユウキは

手分けして倒れている給仕役と近衛兵を何とか

身動きの取れる程度に回復させ、部屋の隅で

伏せているように伝えた。

 これからここがダンスホールではなく、バトル

ステージになると確信したからだ。


 ミナは出入り口まで駆けると、領域防御魔法を

王族と招待客達に使った。

 ドーム状の半球体が彼等全員を覆い、あらゆる

ダメージをシャットアウトする。

 ジェスターの魔法がいつまで継続するかは不明

だが、外への退避が可能になるまでは、これで

完全鉄壁の守りを維持するつもりだ。


「すまん、助かる。……ああ、なんと情けない

ことか。わしがもっと早く逃げるようにと、客に

伝えていれば」

 本当に申し訳無さそうに国王が言うと、

「あんなものを見せられたら、怖気によって誰もが

冷静さを失い、声も出せなくなります。私達異界人も

そうです。その中で臆せず、魔族の使いと真っ向から

対峙した国王様の行動は、恐怖する他のお客様方を

きっと勇気付けたはずです。それだけで大変にご立派で

ございましょう」

 ミナは自責の念を帯び始めた彼の言葉をやんわりと

否定し、励ました。


「国王様は皆様とご一緒にここでお待ちください。

私どもが必ず、アレを撃退してみせます」

 少なくともこの舞踏会場で死人は出ていない。

 被害ゼロを維持しつつ、ジェスターを退けるのだ。

 ミナは信頼を置かれたギルドリーダーとして決意した。


 一方レインは拾った2本の長剣を装備し、ユウキと

共に仲間と合流した。

 招待客は帯剣を許されておらず、それは異界人で

ある彼等も例外ではない。

 防具はともかくスキルを乗せられる武器さえあれば、

今後の展開の中に望みはある。


 アキノを除いたプレイヤー全員がミナが構築した

防御魔法壁の前に集まった。

 自ら壁となり、ジェスターを迎え撃つ構えだ。

 ここに至るまで、彼等は何のやり取りもしていない。

 ベテランのプレイヤー同士、何をどうするべきか

瞬時に判断し、各々揃ってこの態勢を取ったのだ。



「せっかくみんなの記憶に残る楽しい遊びを考えた

のにさ、こういうことをされると萎えるんだよね。

水差してるの分かる? 空気読む能力って言うかさ、

そういうののことだよ」

 はぁまったく、とジェスターはがっかりした様子を

大袈裟に体現してから、

「まあ、どうせ遊びだからいいんだけどね。改めて

考えてみると、弱っちい人間を一方的に食い荒らす

だけというのは、すぐに飽きたかもしれないなあ。

それじゃダメだ、悲鳴は聞けるが歯応えがないもの」

 おおそうだ、と何か思い付くと、

「君達は僕達を倒すつもりでいるんだろう? なら

お試しってことで僕と少し遊んでくれ。メッセージを

伝えるだけで帰るなんて役不足で、何より退屈だ」

 暇つぶしで殺し合いを望んでいる。

 これが魔族に属するようになった人間の言葉か。

 ユウキの中で不愉快さが加速した。

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