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冒険者達の集い  作者: イトー
国王主催パーティー
138/173

現れた道化師

 

 王子とアキノがテラスに消えてから、

ユウキはどうにも落ち着かない時間を

過ごしていた。


 こんな形でアキノへの好意を自覚する

ことになるとは、自分でも思っても

みなかったのだ。


 ずっと信頼できる仲間として接してきた。

 その印象が、ほんの少しずつ変わってきた

のはいつの頃だろうか。

 名もなき町の宿屋で他愛ない話をしたり、

焚き火をしながらの野営で過ごした時間も

気持ちの変化に影響しただろう。


 だが恐らく1番は、ドラゴンゾンビを撃破

した後だ。

 無茶をしたせいで、身体に回復魔法では

治癒しきれないダメージが残り、体力が

弱って、一時的とはいえ、1人で歩き回る

のもままならない状態になった。


 ユウキはその時、アキノに付き添われて、

「仲間に事務的にサポートされている」

 のとは違った感情を覚えた。

 自分を身近で支えてくれているアキノに、

仲間や友人以上の気持ちが芽生えたのは

そこからだろうとユウキは考えている。


 だからと言って、それを強くアピール

したことはなかった。

 まだ自分の中で、それが恋愛感情なのだと

いう認識が足りなかったのだ。


 いいな、くらいのたった一言で語り切れる

程度の好感、好意であり、

「全力で告白してどうしても恋人にしたい」

 というほどの昂りは生じていなかった。


 悲しいことに、そもそもユウキは恋愛経験が

乏しく、そういった感情を他人に抱いたとしても

具体的にどう行動したらいいのかよく分からない、

という人種なのだ。

 世間でもモテない人間に割といるタイプだ。


 冒険で培った経験で、他人の考えを察したり

事態の先読みはそれなりにはできるものの、

恋愛に関しては疎く、にぶちんの部類に入る。


 礼装を買いにいった日もそうだ。

 あのネックレスはドレス姿に似合うだろう。

 あれを身に付けたアキノは想像するだけで、

間違いなく美しい。

 そんな彼女をエスコートしながら参加する

晩餐会はさぞ楽しいものになるだろう。


 この発想は彼からすれば、恋愛感情とは

また違ったところから生まれた願望である。

 だが改めて考えてみると、それは根底に

アキノへの好意があったからこそ浮かんだ

発想なのだ。


 別に好きでも何でもなかったら、似合うと

いう理由でポンと日本円で500万円相当の

装飾品をプレゼントするはずがないだろう。

 好きになっていた人の美しい姿を見たい、

そういうシンプルなスタート地点がある。


 ただ、高価なアクセサリーを買ったからと

いって、それで気を引きたいという下心が彼に

あったのではないか、という可能性は否定する。


 物で釣る、貴重な品で優位な人間関係を構築する、

といった生き方はユウキにはできない。

 レアアイテムを気前良く渡してしまう所が彼に

あるのは、相手が喜んでくれる姿を見たい、と

いう素直な気持ちからである。


 アキノに装飾品をプレゼントした動機はそれに

近いと言えなくもない。

 だがこちらには、ほのかにだが恋愛感情が存在

している。



 それらを踏まえた上での、この現状である。

 ユウキがイライラとも似た心理状況で席に座って

いるのは、例の噂が原因である。


 王子からダンスに誘われた者は、見初められている。


 舞踏会は婚活の場所でもあると聞いた。

 玉の輿、逆玉、そんな美しくも貪欲なパートナー

探しの戦場、とも呼べる舞踏会は、王族にとっても

例外ではないということだ。


 ダンスの誘いに他意はなく、公認を推した王子が

あくまで交流を深めるために、異界人の1人に声を

かけただけ、とユウキは思いたかった。


 だが、パートナーをお借りする、と言った王子は、

このまま自分の所に連れて行く、というオーラを

ぶつけてきたように彼は感じた。

 ユウキ個人の感想では、だ。


 まさか、王子は最初からそのつもりだったのか。

 そうだとしたら2人きりでテラスに向かったのが

何を指しているのかは、明白ではないか。


 ユウキは不安を胸に抱くが、そもそもの話、彼は

アキノに自分の気持ちを伝えてすらいないのだ。

 つまり現時点では単なる片思いでしかない。

 だからどうこう悩んだところで、王子に彼氏ヅラで

あーだこーだ言えるような立場ではないのだ。


「飲み物のおかわりでも貰ってこよう」

「あ、ああ。じゃあ何か頼む」

 リュウドは察した上で、深くは触れないように

ユウキとコミュニケーションを取る。


 この世界で冒険を始めて、最近までずっと3人で

行動しているのだ。

 己は常に平常心を保ち、他人の心情の機微には

敏感なリュウドは、ユウキとアキノの2人の

気持ちはそれとなく分かっている。


 しかしリュウドは見合いで人をくっつけたがる

ばあさんでも、告白させたがる中高生の女子

でもないのだ。

 リュウドも、リアルではそれなりに経験を

している、いい大人である。

 下手に応援したり、無理に距離を縮めさせる

ことも、よしとはしない。

 仲間だとは言え、当人同士の関係にわざわざ

首を突っ込むのはヤボというものだろう。



 リュウドは席を立ち、トレイを持つ給仕役に

飲み物をオーダーしようとした時、

「ホホホホ、楽しい芸はいかがでしょう?」

 舞踏会場に1人の男が入ってきた。


 男と判断したのは声からだ。

 その風体は道化師のそれで、衣装から性別は

判断しづらい。


 道化師はどこからともなく、グレープフルーツ大の

カラフルな玉を取り出すと、ひとつ、ふたつ、みっつ──と

次々上に投げ上げていき、終いには10個の玉でお手玉を

し始めた。


 それもただのお手玉ではなく、高く投げたり、

背中側へ放ったりしながら、多彩なテクニックで

1つも落とさずに続けている。

 道化師はそのまま、まだ次のダンスが始まって

いないホールの中央へ進んだ。

 初めは、突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)を奇異の目で見ていた

招待客達も、その高度な技術に歓声を上げる。


「お次はこんなスリリングな技を」

 道化師がそう言った途端、魔法か仕掛けか、

ボールが炎の輪になった。

 そしてその燃え盛るリングで尚もお手玉を

続けた。


 道化師はわざと熱がるような滑稽な動作を

織り交ぜながら、それでも1つも落とさず、

高等なジャグリングを繰り広げる。



 大臣の1人がその様子を見ながら、国王の

もとへと小走りで近寄った。

「なかなか見事な見せ物ですな。この趣向は

国王様の発案でございますか?」


 興味深げに芸を見ていた国王だったが、その

質問に眉を寄せ、

「何のことだ? わしは知らん」

「えっ? では、レオン王子かルーシュ王子が

準備させたので?」


 たまたま近くにいたルーシュは、

「僕は何も知らないよ。兄上からは何も」

「ではあの男はどこから来たのです?」

 不審がる大臣に国王が言った。

「どこから忍び込んだか知らんが、己の芸を

売り込みにきた大道芸人だろう。見応えの

ある芸ではあるが、あのまま好きにさせて

おくわけにもいくまい」


 旅芸人の中には、地位のある者に気に入って

もらい、専属の道化師になりたがる者もいる。

 貴族のパーティーにそういった芸人や踊り子が

突然現れて持ち前の芸を大々的に披露することは、

それほど(まれ)なことではなかった。


 大臣から、道化師を連れ出すよう指示を受けた

給仕長は3人の給仕役をそちらへ差し向けた。

 一見穏やかではあるが、威圧感もある3人の

姿に、周囲の観客は、目の前の男が晩餐会に

紛れ込んできた大道芸人なのだと気付いた。


 道化師は3人に押さえられ、つまみ出される

のだろう。

 誰もがそんな光景を予想したに違いない。


 だが、その予想は男本人によって裏切られた。

 距離を詰めていった給仕役は、可視できない

何らかの力で弾き飛ばされたのだ。


 見えない手で突き飛ばされた、あるいは背中を

引っ張られたかのように、3人はホールの床に

転がった。


「……うぅ」

「ぐうぅ」

 かなりの力が加わったのだろう。

 (うめ)いていて、すぐには起き上がれそうにない。


 招待客がざわつき、たちどころに悲鳴が上がった。

 あの唐突な力の発現は明らかに普通ではない。

 ただの道化師にあんな芸当ができるはずがない。

 道化師は何事もなかったかのように、炎の輪で

お手玉を続けていた。


 ユウキ達、異界人は全員立ち上がり、謎の男の

動向に注目する。

「何事か!?」

 テラスからアキノを伴って、レオンが顔を出す。

 一瞬、ユウキとアキノの目線が交差した。



 近衛兵! と大臣が大声で2度叫んだ。

 すると奥の扉から、鋼鉄の鎧と羽付き兜を装備し、

長剣と槍で武装した6人の兵士が飛び出してきた。


「あの怪しげな道化師、国王陛下の御命を狙う

賊に違いない! 奴めを、ん? 他の兵はどう

したのだ。やけに少なくはないか!?」

「わ、分かりません。会場の廊下前や応接間の

前にも配置したはず、なのですが」

 答えたのは近衛兵長か。

 冷静だが、自分達以外の兵が現れないことに

動揺しつつある。


 王族の身辺警護を担当するエリート兵である

近衛兵は、常に待機状態にあり、僅かな異変

にも迅速に行動する。

 先ほどの悲鳴と大臣の声で、全ての兵がこの

場所に集合してもおかしくないのだ。


「と、とにかく奴を捕らえるのだ!」

「はっ!」

 近衛兵達は、さすが訓練の行き届いた精鋭だと

思わせる素早い動きで、道化師を囲み込むと、

「かかれ!」

 兵長の号令で一斉に飛び掛った。



 だが。

「ぐわあ!」

「うおあ!」

 防具に身を包んだ屈強な兵達が、未だに転がった

ままの給仕役と同じように、不可視のエネルギーに

よって跳ね飛ばされた。

 またもホールに苦痛の声が漏れ、剣や槍が辺りに

散乱した。


「もう少し、大人しく芸を見ていればいいのに」

 道化師はお手玉する手を止めると、火の輪が宙に

停滞し、空中でボールへと戻った。


 その瞬間である。

 状況を(うかが)っていたヨシュアとエルザは、正装の背に

冷水を浴びせられたかのような怖気を感じた。

 そして2人は、その怖気を以前経験している。


「国王様を、いやここにいる全員を避難させるんだ!」

「ヨシュアさん!?」

 ユウキがヨシュアに目を向けると、彼は全く余裕のない

緊迫した色の双眸(そうぼう)で道化師を見ていた。


「奴は、オディールと同じ魔力を持っている!」

「オディール!?」

 それは双角の塔でユウキ達を待ち受け、魔族から得た

力でドラゴンゾンビを召喚した、プレイヤーの──。


「悪しき魔族に寝返った裏切り者……!」

 エルザが険しい表情を見せる。

 他のプレイヤーも皆、顔を強張らせた。


 道化師は両手を広げ、おどけたポーズを取る。

「そう呼ばれてるみたいだねえ。どうでもいいけど、

悪しき、だなんて彼等の悪口は控えてもらいたいなあ」

 そう言って手をだらりと下げ、背すじを伸ばすと、

男の全身からどす黒い魔力が迸った。

 それは煌びやかなホールに、突如として漆黒の柱が

立ったかのような異様だった。


「こんな力を与えてくれたんだから」

 そして男はこう言った。

「ボクの名前はジェスター。賢者と対になる、愚者(フール)

にチェンジした者さ」


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