テラスにて
2人が出たテラスは、7メートル四方ほどの、
ホールの規模からすれば小さなものだった。
手すりには美術品と呼べそうな装飾がなされ、
こんな所にも豪華さに隙がない。
目の前には魔法石の灯りでライトアップされた
庭園が広がり、人工の小川が流れていた。
宮殿の隣にある城壁からは圧迫感を感じるが、
頭上には満天の星空が広がっていた。
「いい夜風だ」
片手を自分の腰に沿えて立つ自然なポーズが、
既に颯爽としている。
これが高貴なものの風格だろうか。
「2人だけで話すのは、初めてになるか」
「……そうですね」
公認が決まった日から、ギルドは日々の活動の
定期連絡が義務付けられ、アキノはマキシ達と
一緒に何度か報告に出向いたことがあった。
「息災であったか」
「ええ。大変なことも多々ありますが」
言うまでも無いが、風に当たる、というのは
レオンの口実である。
話す機会を得たかったのだ。
「異界人の守備隊と我が騎士団は連携が取れ、
堅牢な守りを実現できている。各地での働き
の成果も耳に入っているぞ」
「これも国王様の公認のおかげです」
アキノの言う通り、プレイヤーは国王の懐の
大きさに感謝せねばならない。
公認はギルドの団結力と、周囲からの多大な
信頼をもたらした。
「父上の判断は正しかった。魔族との戦いに
勝ち残るにはやはり異界人との共闘は必須。
異界人は俺達にはない力を持っている」
お前の活躍の詳細も聞いたぞ、とレオンは
続けた。
「骸が動き回るアンデッドの塔では、件の
ドラゴンゾンビと戦い、薬学の街では悪辣に
して非道な邪教団の暗殺者とも渡り合った。
その胆力、見事なものだ」
「いえ、私は回復魔法でサポートに回って
いただけで」
「支援がいかに大切か、騎士団を率いている
俺は知っているつもりだ。それと、母上も
以前は白魔法の術師でな。慈しむ心がいかに
人の心と体を救うのかも理解している」
「ありがとうございます」
社交辞令ではなく、アキノは本当に嬉しかった。
回復役とはその名の通り、仲間を回復させる
ポジションだが、その存在が当たり前すぎて
「他人を治療したり支援するのは当然のこと」
と思われている節がある。
当人からすれば魔法1つ唱えるのにも相応の
疲労があり、前線で斬り合い、殴り合う役とは
また違った苦労をしているのだ。
「しかし、それだけ難敵との戦いが続くと、
生傷が絶えないのではないか」
レオンの心配はアキノにとって新鮮だった。
HPの減少やその都度のダメージには気配りを
するが、回復魔法1つで傷そのものは塞がって
しまう。
だから自然と、プレイヤーは傷というものに
鈍感になりがちになっている。
その、自分でも疎かにしている身体の状態を
気遣ってくれるレオンの言葉は、アキノにとって、
染み入るような優しいものに感じた。
「傷を受けるのも、異界人として戦う上では
仕方のないことですので」
「そうか。その覚悟、騎士団所属の女性騎士や
他国の軍にいるという女性戦士にも勝るものだと
評価したい。だが」
レオンは僅かに首を傾げてから向き直り、
「戦いから離れて、落ち着いて生活してみたいと
思うことはないか。ただ日々を穏やかに」
「………」
アキノは少し考える。
プレイヤーの中には危険な冒険から離れ、貯えで
のんびり生活しているものもいるという。
新人の育成で朝から晩まで奥深い森林を駆け回り、
くたくたになって野宿したり。
大好きな風呂にも入れず、ボロボロ状態で街まで
戻ってきて、ぐったりして宿屋に入り。
ここ最近、そんな生活が当たり前になっている。
魔族を打ち破るため、いちプレイヤーとして懸命に
冒険するのもいいが、落ち着いた生活を送るという
選択肢もあるのかもしれない。
「ゆったりした生活も、良いかもしれませんね。
それでたまに、こんな晩餐会に招待してもらえたら
それはそれで充実した素敵な日々かもしれません」
「うん、そうか。……時に、今夜晩餐会はどうだ?
楽しんでもらえたら幸いだが」
「ええ。とても楽しくて、刺激的でした。こんな
盛大なパーティーに参加したのは初めてで。他の
皆さんは慣れていて、ドレスも綺麗に着こなして、
ダンスもお上手で」
「なにを謙遜することがある。お前のドレス姿は
俺には最も輝いて見えた。だからこそ、こうして
ダンスに誘ったのだ」
お世辞ではなく、ストレートな物言いだった。
美男子の王子に面と向かって言われたアキノは、
受け止めきれずに気恥ずかしくなってしまう。
「あの、ドレスはなるべくいいものを準備して、
このネックレスもその、買ってもらったもので」
恥ずかしさのあまり、なぜか衣装の説明をして
しまう。
彼の輝いて見えたとは、別に金額や品質などの
意味ではないだろうに。
「そのネックレス、領主の妻がつけていても
おかしくないほどのもの。今夜のパートナーの、
あのユウキに買ってもらったものか」
「はい。似合うだろうって」
「そうか。アキノ、率直に聞こう。彼はお前の
恋人か?」
「え?」
何故そんなことを尋ねるのか。
その疑問と同時に、アキノは自分とユウキとの
関係が一体何に当たるのか考えた。
自分はユウキのことを密かに想っている。
だから彼を全力でサポートし、無茶をする時も
やれるだけのフォローをしようと頑張ってきた。
だが。
自分からは言葉では何も伝えていない。
やってきたことを立場に当て嵌めてみると、
「張り切って役目をこなしているだけの回復役」
と言われても反論の余地がなかった。
彼を支えている姿勢は、ユウキにもそれとなく
感じ取ってもらえたかもしれない。
しかし、それに対して彼から恋愛感情のこもった
直接的なリアクションがあっただろうか。
ありがとう、助かった、というのは冒険において
仲間同士で交わされるコミュニケーションだ。
高価なネックレスを買ってくれた、というのは
恋愛感情の表れと呼べるのではないか。
プレゼントの価格の高低でそれを決める気など
ないが、何も感じていない相手にあれほどの品を
買ってくれるだろうか。
アキノはポジティブに考えようとするが、彼の
過去から最近までの行動パターンを思い出し、
それがネガティブな意味を含んで脳裏によぎる。
ユウキは希少なアイテムを気前良くポーンと
あげることがあったり、トレーナーとして冒険に
出ている時には他の女性プレイヤーとかなり親しく
接していることが多々あるらしい。
どのくらい親しそうにしているかは、アキノが
実際に見ていないので不明瞭ではあるが。
そう考えると、もしかして自分は、全然特別
扱いされていないのではないだろうか。
「多少なりとも両想いの気があるのではないか」
という淡い想いがまさかの、
「単に自意識過剰だっただけではないか」
という疑惑に覆われてしまう。
ほんの数秒でここまで考えたアキノの口を
衝いて出たのは、
「別に恋人とか、そういう関係では」
何も間違っていない、現時点での事実だ。
現に、どちらも自分の気持ちをはっきりと
伝えてはいないのだから。
「そうか。ならば、何の負い目もなく、
伝えることができるな」
そう言うとレオンは、晴れやかな表情で、
それでいて熱を帯びた瞳でアキノを見つめた。
「アキノ、俺の妃になってはくれんか」