舞踏会の前に
ユウキ達は素晴らしい料理の数々を堪能し、
ディナーはトラブルもなく終了した。
国王は簡単な挨拶で晩餐の最後をしめると、
退室した。
招待客たちも順に席を立って、部屋を出る。
次は舞踏会だが、1時間ほどの休憩を挟んで
会場入りすることになっている。
食事をしてすぐに動くというのも忙しないし、
人によっては衣装を変えるものもいるようだ。
ユウキ達もサロンで食休みを取ることにした。
サロン(客間)は豪華さの中に、落ち着いた
デザインが溶け込んでいて、ゆったり過ごすには
最適だった。
テーブルや椅子があり、煙草を楽しむもの、
顔見知りで歓談するもの達もいる。
女性客の姿が少ないのは、ドレスを舞踏用に
着替えているのだろう。
テーブルセットの1つに、ユウキ達、異界人
グループは席を取った。
準備された飲み物を給仕して回っている従者が
いるようだが、丁重に断った。
「済んでみれば、難しいことでもなかったな」
ユウキがくつろぎながら言った。
注意していたテーブルマナーだが、それほど
うるさいものでもないらしく、これという
無礼がない程度にはこなせたと思う。
「ダンスも食事のようにスマートに行きたい
ものだけど」
ヨシュアが言った。
よほどのミスをしなければ問題ないだろうが、
何しろ本場の舞踏会など経験したものはいない。
「そう緊張しなくても平気だと思うわよ」
フェリーチャがグラスを片手に言った。
「ダンスといっても、別に飛んだり跳ねたり
するわけじゃないし。そもそもダンスだけを
する場面だけじゃなくて、その合間に挨拶回りを
したりするのも舞踏会なのよ」
商人衆の受け売りだけどね、と彼女は結んだ。
マキシが言っていたが、パーティーとは交流の
場である。
ただ純粋に食事や踊りを楽しむ催しではなく、
それらをツールにしてやり取りをするのだ。
「でもこれから踊るとなると、大変ね」
「食事の後だし、ちょっと苦しいかな」
ユウキはアキノを察する。
プレイヤーは基本的に冒険で肉体を使うため、
食事はしっかり多めに取る。
それに比べれば今回のディナーは腹八分目に
満たない程度だが、ピッタリした服装なので
少々お腹に圧迫感を感じている。
コルセットで締め上げている女性陣は特に
そうだろう。
普段鎧や防具をつけて動き回っているだけに、
少しくらいなら気分が悪くなったりはしない
だろうが、そちらに気を取られ、鈍いダンスで
無様を晒すのは避けたいところだ。
ホールで大勢が踊ることになるだろうから、
動き方などをチェックしたいところなのだが
客間でステップの練習など、初心者丸出しの
行動はなかなかできるものではない。
椅子の肘置きに寄りかかりながら、何となく
頭の中でダンスのシミュレーションをしていた
ユウキに、誰かが話しかけてきた。
「失礼、少しよろしいでしょうか」
細身と太め、中年紳士2人組だ。
どうやら異界人の集団に話があるらしい。
ええなんでしょう、とミナが受け答えた。
「私はダウティ、こちらはバディス。隣り合う
カールブ地方の領地を治める者です」
東にある土地である。
要所ではないが、中継地としてプレイヤーの
通行は比較的多い。
「前々から気になっていたのですが、質問に
答えてもらってよろしいかな?」
「私供に答えられることならば」
「ありがとう、では。異界人は異界からやって
くると聞きますが、そちらは一体、どのような
世界なのでしょうか?」
「こちらの世界、ですか」
これはわりとタブーな質問かもしれない。
神に選ばれた英雄、などと呼ばれてはいるが、
実際は、プレイヤーは普通のゲーマーである。
魔物を倒す力も奇跡を起こす魔力も持たない。
こちらの世界で言えば王都民と何ら変わらない。
ミナが少し考えてから、
「私供の世界では魔法が発達しておらず、その
代わりにオルテックで開発されているような
マシンが生活の要になっています」
「ほう。マシンというと、馬が引かずとも走る
荷車があると聞いたことがあるが、そのような
ものが日常にあると」
「大部分がそうです。人や物を運ぶものから、
他国の情報を知るのもマシン頼りで」
発達した科学は魔法と見分けが付かない、と
いったニュアンスの言葉があるが、リアルの
世界での機械もよくよく考えれば魔法並に
便利なものだ。
「俺達がこの世界に来るのにも、マシンを
使ってくるんです」
「ほうほう、それは転送魔法陣のような?」
「いや、パソコンというマシンです。コンビニか
口座自動引き落としでアドベンチャーズギルドの
ライセンスを購入してから、ログインを──」
「パソコン? コンビニ?」
ユウキは素でつらつらと言葉を並べてしまったが、
こちらの世界では馴染みのないものばかりだ。
「あ、つまり、その」
言葉に詰まっていると、マキシが助け舟を出し、
「パソコンとは我々の世界で用いられる、一種の
転送魔法陣です。コンビニとはその転送魔法陣の
使用料などを支払える施設のことを言います」
「なるほど、異界も一部を除けば、こちらとそう
変わりのない場所なのですな」
1人は納得するが、太めのバディスはさらに
質問を重ねてくる。
「以前は、異界人がスウッと消えていくことが
ありました。あれは定期的に元の世界へと帰って
いるのだと聞きました。ですが最近、そういった
ところをまるで目にしていません。なぜ帰らずに
こちらに滞在し続けているのでしょう?」
これには全員が返答に困ってしまったが、
「魔族の侵攻は刻一刻と進んでいます。僕等は
打倒するまでこの世界で戦おうと決めたのです」
ヨシュアが、それが異界人の総意であるかのように
力強く答えた。
「おお、そうでしたか。決意の表れであると。
いや、この世界のためにそこまで気持ちを1つに
してくれているとは。とても心強い限りです」
そういうと、2人は満足したのか、礼を言って
別のテーブルへと移っていった。
「すまない。ああ答えるしかなかった」
プレイヤーの神経を逆なでにするかもしれない
返答にヨシュアは謝ったが、マキシは逆にそれを
称えた。
「あれで良いと思います。戻れずに困っています、
なんて答えていたら公認や守備を含めた周囲からの
信頼を失いかねません。英雄と呼ばれるからには、
誰の目にも英雄であり続けないと」
魔族と戦うからにはギルドの規模と影響力を拡大し、
空元気でも胸を張っていかなければ。
そういうことなのだろう。
皆が納得する中で、ユウキは考えてしまう。
ゲームの設定と同じく、魔族との全面対決を表明
しているが、自分達はいつになれば、英雄としての
立場から離れて現実に戻れるのだろうか。
日々は充実しており、こんな特別待遇でいられる
のもこの世界に来たからではあるが、こちらの
世界に来た理由や意味はまだ掴めていない。
魔族との決着、寝返った連中との戦いにけりを
つければ、自然と戻る方法が分かるような気が
しないでもない。
ただそれも、個人的な思い込みでしかないの
だろうけど。
頭の中が重くなってきたので、ユウキは給仕役を
呼んでソフトドリンクのような軽い酒を頼んだ。
そして、ゴチャゴチャした頭の中身と一緒に
グッと飲み干し、気持ちをすっきりさせた。
弱気になるような余分なことは、考えた所で
どうにもならないことは、今は考えなくていい。
今やるべき役目を、しっかりとこなそう。
仮にも自分達は信頼を置かれた英雄なのだから。
やがて、舞踏会場へ向かう時間が来た。