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冒険者達の集い  作者: イトー
国王主催パーティー
130/173

ギルドと名誉騎士

 

 声を上げたのは老人だった。

 しかし、お年寄りと軽々しく呼べないほどの

体躯と貫禄の持ち主である。

 肩までの白髪と立派なあごひげは国王に勝る

ほどだ。

 一目でただ者ではないと思わせる老人の正体は、

帯剣を許されていること、そして胸に輝く柏葉の

付いた特別な騎士章が雄弁していた。


「ゲオルグ卿、なにか?」

「今回の異界人公認の件について、どうにも

釈然としない点がありましてな。年寄りの

愚痴として聞いてもらいたいのだが」

 ゲオルグと呼ばれた老人は、齢80に手が届く

年齢ながら、かくしゃくとしている。


「卿はわしの公認に反対であったか」

「いいや、公認そのものに異論はないのです。

他国でも活動している彼等には肩書きや権利は

必要であろうし、魔族に寝返ったものがいると

噂されているがどの集団にも性根の腐り切った

ものはいる。その点については、語ることは

これといって」


「では、なにが」

「彼等をルーゼニア王国の守りに使うと聞いた。

安易に防衛手段に介入させるのはいかがだろうか?」

「それに不満があると」

「不満とまでは言わぬ。だが国防とは騎士団が担う

役目ではないか」

 ゲオルグは少し鼻息を荒くして言った。


 アキノがチャットでユウキに話しかける。

(あのおじいちゃん、だれ?)

(あれはゲオルグ・クリューガーって人で騎士団

関係のイベントでNPCとして出てきたのを見た

ことがある。たしか、名誉騎士だ)


 名誉騎士とは、騎士の中の騎士と呼ばれるほどの

実力と品格を持つものだけが得られる称号である。

 彼は引退しているが、その家系からは優秀な騎士を

数多く輩出し、彼自身はルーゼニア王立騎士団の

顧問的な立場だと言っていい人物だった。



「騎士団の精強さは変わらないが、それを国民に

示す場面が減っている。昔はモンスターが出れば

すぐに討伐へと出かけたものだが、十数年前から

アドベンチャーズギルドという組織が異界人に

討伐を委託するようになり、民もそちらに頼る

ことが大半になっている。嘆かわしいことだ」


 アドベンチャーズギルドがモンスター討伐の

クエストを出していることを言っているのだ。

 たしかに本来は国の治安を維持する騎士団の

役目なのだろうが、すっかりプレイヤーがその

仕事を横取りする形になっている。


「式典で行進し、国民に姿を見せることが

騎士団の役目ではない。民のため、誇り高く

戦うことがその存在意義ではないか」

 ゲオルグは老いて尚、鋭い視線でレオンを見た。


「レオン殿。聞いたところによれば、レオン殿が

異界人の公認と防衛の案を国王に推し、公認が

なされたとのこと。現騎士団を預かる身として、

どのような発想でそうしたのか。是非聞かせて

いただきたい」


 ゲオルグは決して食って掛かっているわけでは

ない。

 だがよく通る声で、王族とも対等に話す態度が

周りの空気を引き締めている。

 実際、招待客は食事の手を止めていた。


 レオンにとってゲオルグは多くを学んだ騎士の

先輩にあたる。

 敬意をもって、彼は答えた。


「父上も最初は騎士団があれば、他の守りなど

いらぬだろうと思っていた。正直に言えばこの

私もです。しかし、カーベインで奇怪な塔を

攻略した異界人の言葉を聞き、考えを変えた」


「小島に魔物が居座る塔が出現し、異界人が

突破した話は陛下からの手紙で知っている。

……して、異界人は何と言ったのだ」


 レオンはほんの一瞬だけアキノを見てから、

「魔族の軍勢が押し寄せたら騎士団だけでは

勝てないだろう、と」

「なんと! それは騎士団への愚弄ではないか! 

現役の騎士団長でありながらそれを受け入れた

というのか! いかに王子と言えど」


「ゲオルグ卿、落ち着かれよ」

 国王がやんわりと制止する。

 彼が今にも立ち上がりそうな勢いだったからだ。


「ん……失礼。しかし、そんな発言が許されるの

だろうか。モンスターで溢れた塔の1つや2つ、

ルーゼニア騎士団が遠征すれば、瞬く間に制圧

できる。騎士団は異界人にでかい口を叩かれる

ほど落ちぶれてはおらぬ」


 そうではないのだ、と国王が止めようとするが、

「陛下。村を襲い、家畜を荒らしたワイバーン

討伐にご一緒したことがありましたな」

 ワイバーン──このゲームではドラゴンの亜種、

翼竜系の一種とされていて中ボスクラスの強さは

持っている。


「……ああ、卿の槍捌きは、実に見事だった。

部下への統率も優れ、これぞ騎士の誉れであると

心から思ったものだ」

「そうでしょう、そうでありましょう。騎士団は

何者にも負けぬ屈強さを誇る、その力で国と民を

守ってきたのだ」

 誰にともなく誇らしげに、ゲオルグは胸を張った。


 彼にとって騎士団とは彼の生き様であり、人生

そのものなのだ。

 誇りであり、名誉騎士としての矜持もある。


 国の守護を体現する騎士団の役目に、異界人が

介入することは、彼にとって絶対譲れない部分に

他者が割り込んでくる感覚なのだろう。


(どうしよう、私謝ったほうがいいのかな)

 アキノは謁見での言葉を思い出し、ユウキに

先行きの出方を尋ねるが、

(いや、アキノは何も間違っていない。この

騒ぎも王様か誰かが収めてくれるはずだ)

 下手に謝ったら、彼女の言葉を推してくれた

レオンや国王の立場がない。

 今は成り行きを見守るだけだ。


「ゲオルグ卿、すまぬ」

 国王が突然謝った。

「陛下?」

「卿は事実を知らぬから、今回の、国の守り

への異界人介入を誤解してしまったのだ」

 それは一体どういう意味です、とゲオルグが

聞くと、国王は招待客全てに目を向けた。


「異界人の島での活躍は皆に手紙で伝えた。

だが騒ぎにならぬよう、あえて伏せていた

部分があったのだ。晩餐会で明かすのは

似つかわしくないが、今夜は異界人を招き、

理解してもらおうと思った夜だ。ならば、

彼等が関わった事実を知ってもらうのも

今なのかもしれぬ」


 国王は1つ息を吐いてためらいを打ち消すと、

こう言った。

「彼等が塔で遭遇し、打ち倒したモンスターは

ドラゴンゾンビだ。歩いただけで大地の草木が

瘴気で枯れ、空気を澱ませ水を腐らせるという、

凶悪なアンデッド。それが、あの交易都市から

すぐの小島にいたのだ」


 招待客は当たり前のように顔をしかめた。

 実物を見た者はほとんどいないだろうが、

その名前だけでどれほどのモンスターで

あるのかは分かる。


 魔族が作り出したダンジョン以外では、

『腐敗した魔女の沼地』という腐り切った

フィールドくらいにしか存在しない魔物だ。



「ここから馬車でも数日の距離じゃないか」

「あんな大都市の近くにどうして」

「魔物が増えているとは聞いたが、これは」

 当然部屋の中はざわついた。

 しかし部屋の中だけで収まっているのは、

公表したタイミングのおかげだろう。

 これが手紙で送り付けられていたら、各々が

どのようなパニックに陥るか分からない。



「ぬうう、ド、ドラゴンゾンビとは。しかし、

どれほど凶悪なモンスターであろうと騎士団が

総出でかかれば、決して倒せぬ相手ではない」

 ゲオルグはまだ固執している。

 ここで弱気になれば、それは騎士団そのものが

たじろぐも同じ、そう思い込んでいるのだろう。


 レオンはゲオルグに言った。

「確かに倒せましょうな。大多数の死傷者という、

大きな代償と引き換えに。それは騎士からすれば

勇敢なる討ち死にとして誉れではありましょうが、

それを見て魔族はどう思うでしょうか」

「……魔族は」

「奴等がその気になれば、ドラゴンゾンビは何匹

でも呼び出せましょう。その魔物の群れが王都へ

雪崩れ込む時、壊滅寸前の騎士団と疲弊し切った

兵士では民を守れないのです。だから、異界人と

手を取り合って国を守ると決めたのです」

「………」

「勇猛果敢に戦うことも騎士の誇りですが、民の

平穏な生活を命をかけて守り抜くことも、同じく

誇りではないでしょうか」


「……」

 遥かに年下の騎士団長に諭され、名誉騎士は

ぐうの音も出なくなってしまった。

 決して悔しくて口をつぐんでいるのではない。

 自分が無意識に民の命より騎士の名誉を重視

してしまっていた点を恥じているのだ。


「卿よ、わしは卿の歯がゆさもよく分かる。

だが今はライザロス帝国でさえ対魔族に向け、

軍備再編を行っているほどなのだ。守り抜いた

民の笑顔こそ騎士の名誉だと思えば、異界人の

介入も快く受け入れられよう」

「陛下。どうやら私はとんだ思い違いをしていた

ようです。この歳にもなって誇りと思い上がりを

混同していた」


 異界人の方々、とゲオルグは彼等のほうを向き、

「身勝手な発言、どうか許されよ。今は共に

国を守らねばならぬ時であるのに、つまらぬ

プライドを優先させ、あなたがたの善意の

協力を拒むような態度を取ってしまった」

 日本サーバーの異界人に合わせたのか、彼は

頭を下げる動作で謝罪した。


 頭を上げてください、とヨシュアが言った。

「長年にわたり、国を守り続けてきた騎士団に

譲れない思いがあるのは分かります。ギルドの

急な介入を名誉騎士である貴方に理解いただいた

だけで、我々はありがたいとさえ思っています」

 若きパラディンの言葉に、ゲオルグは心の中に

あったわだかまりがすぐに解けたようだった。


 彼は周囲を見渡し、他の招待客に謝罪した。

「楽しく過ごす晩餐会という場を壊してしまった。

皆様方、まことに申し訳ない」

 ゲオルグには潔さがあった。

 招待客らは緩やかに食事を再開させることで、

彼が取った行動を(かど)を立てずに対処した。



「しかし凶悪なモンスターを倒すとは、異界人は

英雄と呼ばれるだけあってやはりさすがですな」

「それが精鋭揃いの騎士団と協力するというの

ですから、いやこれは安心安泰だ」


 食事のコースが進む中、ユウキ達を称える声が

増えていったのは偶然ではないだろう。

 雨降って地固まる、とでも言えばいいだろうか。


 ユウキ達はなんとか領主達との会話をこなし、

食べなれない豪華な料理に舌鼓を打ちながら

ディナーの時間を過ごしていった。

 やがて、晩餐は終わりになろうとしていた。



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