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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
13/173

ゲザン鉱業

 

 3人はワイダル商会の屋敷から南城門への道を歩いていた。

 この通りは、異界人向けのアイテムを取り扱っている店舗が多く、ゲームの中でも商人職がよく露店を開いてた地区だ。

 その為、自然と異界人が集まる界隈になっていた。


 ユウキはいくつものパーティーと擦れ違う中、露店に並べられたアイテムを吟味する、よく見知った顔を見掛けた。

 こちらが気付くと、相手も気付いたようで、


「ユウキ、そっちも買い出し?」

 金髪ポニーテールの少女、レインはそう言って軽く手を上げた。


 種族はエルフ、色白で人間よりも細身で華奢な印象がある。

 彼女は武器に魔法効果をエンチャント(付与)して戦う魔法戦士で主に弓と細剣を使っていた。


 深緑のチュニックに、縁に花柄の装飾が施された銀の胸当て。

 白いニーハイブーツとミニスカートの間に見える太ももが眩しい。


 以前はユウキと同じギルドに所属していたプレイヤーで、現在は南回りで南東方面の探索に出ているパーティーの一員だった。


 ゲームではユウキとパーティーを組んだ事が多々あり、リュウドとアキノとも面識があった。

 こちらに来てからも何度か情報のやり取りをしている。


「こっちは買い出しじゃなくて、何と言うか情報収集中かな」

「そう、私は回復薬を人数分頼まれてて。あっちはステータス異常を使う敵が多いから……あっ、ユウキ達はあのクエストを受けるの?」


「クエストって?」

「知らない? 昨日からオークを懲らしめる為に村を攻撃するっていう依頼が出回ってるんだけど」


「待て、アドベンチャーズギルドがそのクエストを出したのか?」

 リュウドが割って入った。


 アドベンチャーズギルドにあるカウンターでは、様々なイベントやクエストを受ける事が出来る。

 名目は個人や組織からの依頼という形を取っている。


 初期は簡単なお使いだが、後半になれば難敵がゾロゾロと出てくるダンジョンを突破するような物も受けられるようになる。


 時期限定だったり、条件が揃わなければ受けられない物もあるが、初心者が短時間で小銭を稼いだり、特定のレアアイテムを狙う為に上級者が周回するなど、広く使われているシステムである。


 しかし、この世界に来てからはほとんど依頼が無い状態が続いている。


「ううん、正規の物じゃなくて、そういう依頼があるんだけどって触れ回ってる人がいるみたい。殺されたルイーザは人気キャラだったじゃない? だから、弔い合戦として受けようとしてるパーティーもいくつかあるみたいなんだよね」


 オークの疑いが晴れつつある事は、まだあまり認知されていない。


 凶暴なオークの仕業だ、オークが犯人だ──そんないい加減な情報を鵜呑みにしてしまう者達もいるだろう。


「実は今、俺達はその事件について調べてるんだ」

 ユウキが事情と話せる範囲で調査内容を説明するとレインは驚いた。

 彼女も単純な殺人事件だと思っていた1人なのだろう。


「あの事件にそんな話があったなんて」

「レインさん、依頼の話を持ち掛けていた奴の素性は分からない?」


「話を聞いただけだから何とも。でも1人700ゴールドで雇うって契約内容だったと思うよ」


 1人700ゴールド、ゲーム内での序盤のクエストでは妥当な額だが、1ゴールド100円換算でリアルに金額を考えるとかなりの金額だ。


 物価が現代の日本と大差ない世界で、大体7万円相当の報酬。

 高いと見るか安いと見るかは個々の判断によるが、パーティー単位で雇えば、依頼者はその5倍は準備しなければならないだろう。


(ポンポンと払える額じゃないよなあ)

 ユウキは俯いて少し考えていたが、レインに向き直る。


「参加しそうなパーティーがいたら現状を伝えておいてくれないか?」

「うん、連絡が取れる範囲で情報を回してもらうよ。もしその本人を見つけたら、ちょっと聞き出してみようかな」



 レインと別れた3人は警察署に辿り着いた。

 事前に連絡を受けていたリンディは、例の部屋で待っていた。


「結局、上手く言い逃れされた訳ね」

「仕方が無いよ、突き付けられるだけの証拠が無いからね」

「うん、でもその証拠に繋がりそうなマフラーを奴が身に付けてたと」

 リンディはお茶を啜る。

 3人も倣う様に、お茶を飲んだ。


「色や素材から見て、ルイーザが握っていた布と同じものだと言える。刃物で裁たれたような切り口も多分一致するのではないか」

 リュウドに、でもねえ、とリンディは腕組みをして見せた。


「布自体はよくある生地だし、そのマフラーも市販品だと思うのよね。自分で切ったとか、何かで千切れたとか、何とでも言い訳出来そうよ」

「あのマフラーを持って来させるってのはどうだ?」


「あいつが怪しい、だけじゃ命令は出来ないのよ。それを伝えた途端、ポイーと捨てちゃうか焼かれちゃいそうだし」

「あの切れ端と奴の繋がりを証明出来れば良いんだけどなあ」


 アキノは3人のやり取りを見ながら、ジャックスに抱き寄せられた時に漂ってきた匂いを思い出していた。


 煙草や香水とも違う、薬草の調合中に嗅いだ事があるような。

 香りの記憶を整理すれば、もう少しで思い出せそうな気がしていた。


「さっき、変な依頼が出回ってるって話を聞いたんだ」

「依頼って言うと、異界人向けのクエスト関連って事?」


「正規の物ではなく、個人でパーティーにスカウトの話をしてる奴がいるらしいんだ。内容はオークを懲らしめる為に村を攻撃するとか」


「攻撃って、そんなの許されないでしょうよ。いつからそんな話が?」

「昨日から出てるって」


「昨日? ん、報酬は提示されてるの?」

「詳しい事は分からないけど、1人700ゴールドで雇うって」

「700!?」

 とリンディは素っ頓狂な声をあげ、計算を始める。


「1パーティー3500として、幾つも声を掛けてればそれが何倍にもなるって事よね。とんでもない額になるじゃない」


 ()むに已まれず、金を準備して異界人に依頼を出す者はいるが、こんな金額は個人で簡単に出せるものではない。


「これ、もしかしたら出資者がいるんじゃないか?」

「でしょうね。それに容疑者がオークだと掲示がされた昨日の時点で、そんな話が出回るなんて、出来すぎてる」

「事前に準備でもしてあったかのようだな」


 オークが捕まると分かっていた者がいたのだろうか。

 疑いが掛かるだろうと、前から踏んでいた者が。

 ユウキはお茶を含み、宙を眺めて頭を使ってみる。


「──なあ、あのゲザン鉱業の社員ってオークから暴行を受けたって被害届けを出していたんだよな」


「そうね、殺人事件の何日も前だけど。それでオークに話を聞く前にこんな騒ぎになっちゃって、今はうやむやになってるけど」

 クッキーを口に運んだユウキは咀嚼しながら少し考える。

「リンディ、ゲザン鉱業の場所、どこか分かるか?」



 ゲザン鉱業の事務所は王都内にあるとの事だった。

 それも、マップで確認してみると、ついさっき行った屋敷とそれほど離れていない所にあるらしい。

 そろそろ正午なので、ユウキ達は昼食を取る事にした。


「相手は会社なのだから、昼休みに行けば対応が鈍いだろう」

 そう提案したリュウドが、オフ会で会社員だと言っていた事をユウキは思い出した。

 今はリザードマンでサムライだが。


 適当なオープンカフェを見つけ、3人ともランチセットを頼む。


「採掘会社が1枚噛んでるって思ったの?」

「根拠は無いけど、評判の良くなさそうな会社だし、村長が言ってたように強引な事もやってたみたいだからさ。それにオークと採掘会社の交渉にルイーザが介入したって事実はある訳だから」


「そうだな。オーク側、ルイーザ側の言い分はもう出ている。最後にそこにも聞いておかねばなるまい」

 ランチを食べ終え、いい頃合かと3人が席を立って店を出ようとした時、1人の異界人が通り掛かった。


「ミナお姉ちゃん」

「あら、ユウキちゃん」

 お姉ちゃんと呼ばれた女性は、彼と血縁関係がある訳では無い。


 ミナは人間で、神官系の最上級職グランドハイプリーストだ。


 ウェーブの掛かった長い金髪で、どんな時でも微笑みを絶やさない。

 お姉ちゃんとはずばり、彼女の人格を表した愛称である。


 大きなギルドのギルドマスターで、現レベルは既にカンストに近く、回復・支援系スキルに振り切った究極の回復役である。


 和を以て貴しとなす、その穏やかさと統率力は高く評価されていて、初心者プレイヤーの育成やプレイヤー同士の交流にも力を入れている。


 同じ空間にいるだけで癒される雰囲気や、些細な相談にも親身になって乗ってくれる人柄が愛称の由縁だ。


 包容力を感じさせる母性的なビジュアルも愛称の由来だと言われていて、普段、足首まである修道服風の清楚な神官らしい服を装備しているが、中にマスクメロンが2つ入っているのではないかと疑われるほどの爆乳の持ち主で、その深い谷間は子供の頭ならすっぽりと埋まってしまうだろう。


 彼女を構成する要素を全てひっくるめて、お姉ちゃん、なのだ。


「お姉ちゃんどうしたの、今はレインと同じパーティーだと思ったけど」

 ユウキがミナを呼び止めたのは、ゲーム内で深い交流があり、こちらで連絡は取り合っていたものの、直に対面するのは初めてだったからだ。


 見た事が無い顔なのに相手だと判別出来るのは、ゲーム内での記憶が今の自分の記憶に追加されているのだとユウキは考えている。


「私達のパーティーは次の出発が明日だから、それまでは皆フリーなの。パーティー同士の仲も大事だけど、プライベートの時間も作らないと。あっ、そう言えばさっき、レインがユウキちゃんに連絡しなきゃって」

「もしかして、妙な依頼の話かな?」


「そうそう、買い物してたら偶然、クエストのスカウトをする人に声を掛けられたんですって。それで、とぼけて色々と聞いてみたらしいの」

 ミナは頬に片手を添える。こういう仕草にもどこか女性らしさがある。


「名前は聞けなかったそうだけど、依頼主は結構なお金持ちだそうよ。それと昨日の午後には、人手を集めるように指示されたんですって」

 ──やはり。


「それで、話を聞いた男は?」

「それが探りを入れてたら怪しまれて、逃げられちゃったって」


 逃げたという事は、警戒している、やましい部分があると言う事だ。

 義憤や正義感などではなく、黒い裏側があるのだろう。


「ねえねえ、ユウキちゃん達、探偵みたいな事してるって本当?」

「うん、人助けと言うか手伝いと言うか、王立警察に協力してるんだ」

 そうなのっ、とミナは嬉しそうに胸の前で手を合わせる。


「ユウキちゃん、一時期はもうゲーム辞めちゃうんじゃないかなって心配してたんだけど、こっちに来てからちょっとずつ元気になってるみたいで、うん、お姉ちゃん安心した」


 そう言ってユウキの腕を取ると、ぎゅうと二の腕を抱きしめる。

 未だかつて感じた事の無いほどの乳圧がユウキを襲う。


「手伝える事があればお姉ちゃんが助けてあげるから、何でも頼ってね」

「うん、分かった。分かったから」

 しばらくして、ユウキはようやく弾力溢れる抱擁から解放された。



 ゲザン鉱業は2階建ての建物だった。

 採掘会社と聞くと大規模な施設や採掘現場などを思い浮かべるものだが、ここはあくまで事務所なのだろう。


 それほど大きくは無く、ユウキ達が泊まっている宿屋と変わらない。

 入り口のドアを開けると受付嬢のいるカウンターがあり、その後ろには木製のパーテーションで区切られたオフィスがあった。


 屋敷を見た後だからか、普通の内装ではあるのだがやたら地味に見える。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件ですか?」

 受付嬢が言った。

 服装も化粧もいたって普通だが、少しばかり目付きが悪い。


「あの、王立警察の代理で来たのですが、オークの村の土地売買の件を担当していた方はいらっしゃいますか?」

 受付嬢は露骨に嫌な顔をする、目付きがより鋭くなった。


「その件について、当社は何もお答えする事はございません」

 まだルイーザの件とは言っていないのにこの回答だ。

 仕込まれたマニュアル通り、そんな返答だと言えた。


「いや、ちょっと話を聞くだけで」

「ですから、何もお答え出来ませんと」

「どうしたのですか?」


 パーテーションの裏から声がし、1人の男がこちらに近付いてきた。

 30代で髪は七三、長身で現代のスーツとよく似た制服を着ている。

 襟には社章だろうか、銀色に輝くバッジがあった。


 男は受付嬢を手で制すると、ユウキ達に向き直った。

「私が担当のアサイです」

 見るからに仕事用のスマイルを作り、3人に挨拶した。

 ユウキ達も、笑顔は作らないが自己紹介を返す。


「お話と言うのは、どのような事でしょう?」

「暴力を受けて被害届けを出されていたそうですね。交渉で何かいざこざがあったと聞いたのですが」


「いざこざ、ええ、ありました。こちらが誠意を持ってお話をしているのに取り合ってもらえず、最終的には暴力沙汰ですよ」

「誠意? 勝手に土地の調査を行ったと聞いているが?」


 威圧のつもりは無いがリュウドの言葉は強い。

 だがアサイは臆する様子は無い。

 笑顔だが目は笑っていなかった。


「あれは当方の書類提出が遅れた不手際です、それは申し訳ない。ですがこの業界、良い土地を見つけて購入し、先に掘り出した者が利益を得る世界です。少しくらいは大目に見てもらいたいですね」


「怖そうな人達が脅すようなマネをしたって話も聞いてるけど?」

 アキノが尋ねるが、侮る事なくアサイは構える。


「ああ、あれは道中のボディガードに雇った戦士達ですよ。どうもコワモテ揃いでして、誤解を与えてしまったのでしょう」


 言い分が食い違うが、それぞれの立場から見た物を話すのだから、おかしい事では無いだろう。

 だがやり過ぎれば、それは詭弁となる。


「では、騎士のルイーザが交渉に介入してきた事については、どうお考えですか?」

「………いいえ、何とも。誉れある騎士様が立ち会って下さるのはこちらとしてもありがたいですね」


「邪魔、だったと感じたのではないか?」

 リュウドが聞くと、アサイの眉間に一瞬シワが寄る。

 その作り物の笑顔にも影が差したように見えた。


「邪魔に思うとは? さっきからまるで私どもに何らかの企み事や落ち度が存在したかのような話をしますね。私は交渉の場でオークに暴力を受けたのですよ?」


「貴方がたが村をけなしたから、という話を聞きました」

「それは受け取り方次第でしょう。私は山奥を離れ、もっと利便性の高い所へ移ればどうかと提案しただけです。それなのに私はオークに突き飛ばされた。オークの力ですから、打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない。今回の事件で犯人がオークだと聞いて、もしかしたら私が殺されていたかもしれないと思うと、ゾッとしますね」


 ドン!


 突然、ユウキ達の背後で入り口のドアが開いた。

 そこには無精髭を伸ばした中年男が立っていた。

 血走った目でギロリとユウキ達を、いやその奥のアサイを睨み付けた。


「この詐欺野郎め! 俺の土地を返せ!」

 3人を押し退けると、男はアサイに掴み掛かった。

 怒声を聞き、奥から警備員らしき屈強な男が2人駆け出して来る。


 男は暴れたが、敢え無く取り押さえられ、両腕を掴まれると入り口に連れて行かれ、乱暴に蹴り出された。


「な、なんださっきの」

 ユウキは教えてくれとアサイに目で訴える。


「土地の代金が安いとか、難癖を付けに来る輩がいるのです」

 アサイは襟を直し、ふんと鼻を鳴らし、蔑みの視線をドアに向けた。


「さあ、もうお話する事はありません。こちらも仕事がありますのでこの辺で宜しいでしょうか」


 言葉は丁寧だが、野良犬でも追っ払うような顔でアサイは言った。

 慇懃無礼、これがこの男の本質なのだろう。

 ユウキ達も形だけの挨拶と礼をし、事務所を出た。


「手掛かりらしい話は何も無かったなあ──んっ?」

 事務所から少し離れた道端に、先ほどの中年男が座っていた。


 この辺りは身なりの良い商人や公務員が行き交っているポイントなので、うな垂れた男の姿がやたらと目立つ。


 あの人、詐欺野郎とか土地を返せと言っていた。

 本当に難癖を付けに来ただけのクレーマーなのか?


 ユウキは近寄り、出来る限りの穏やかさで声を掛けた。


「あの、失礼ですが、あの会社にどんな用があったのですか?」

 男は顔を上げ、無言の嘆きを思わせる目を向けた。


「騙されたんだ」

「え?」


「あんたらも奴等に騙されたのか?」

 3人は顔を見合わせた。

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