開宴の日
パーティー当日。
『みんなの会』ギルド拠点前には4台の馬車が
停まっていた。
町の間を繋ぐ乗り合いの大衆馬車とは違い、
美しい装飾と王家の紋章が入っている。
送迎用に城から来たもので、1組ずつこれに
乗っていくようだ。
ユウキがウインドウで確認した時間は夜6時半。
厳守ではないが、おおよそ7時頃には向こうに
着いているのが当初の予定となっている。
決まりは緩やかだが時間を守るのは良識だろう。
「いよいよか」
ユウキの視線の先には着飾った参加メンバーの
姿があった。
貴族御用達の髪結い師とスタイリストを呼び、
皆それぞれ決まっている。
男性陣は黒のタキシードで、胸にチーフを入れ、
フォーマルな白のグローブを付けている。
髪も整髪剤でセットしており、ヨシュアは長髪を
後ろで軽く結ぶスタイルにしてもらった。
どこに出ても恥ずかしくない正装だ。
女性陣は多少の差はあれ、髪をアップにしている。
パーティーの場においては、長く垂らすよりも
こちらの方が上品だとされているらしい。
各々がティアラやブレスレット、イヤリング等を
うるさくない程度に加減してつけた。
魔法伝導率の高い精霊石をフレームに使った髪飾り、
エメラルドゴーレムが落とす緑の原石から削り出した
碧のイヤリング、甲虫レインボーワームの殻を加工
した七色の指輪など、美しさだけでなく、アイテム
としても珍しいものを厳選している。
節度なくジャラジャラと貴金属や装飾品をつけるのは、
下品と見なされることもあるそうだが、この程度では
全然問題にはならないだろう。
王族、貴族と顔を合わせる重要なイベントである。
出発を前に、拠点の玄関前には何人ものプレイヤーが
見送りに来ていた。
「俺もダンスにはちょっとばかし自信があったが、
こういう役目はお前向きだよな」
ニンジャマスターくろうは、ヒップホップダンスで
見るような片手での逆立ちを決めてみせる。
「そんなダンス、お城の舞踏会じゃドン引きされる
だけでしょ」
リーリンに言われるが、くろうはさらにテクニカルな
技を、体をぶれさせずクールに決めてみせる。
「はは、お城でそのダンスを踊ったら王様にどんな
顔をされるか。それじゃあ、行ってくる」
「行ってきます」
くろう、リーリン、アベルは馬車に乗り込む2人を
見送った。
最強ランクとして名高い猛者達が戦場では見せない、
友情の笑顔だ。
「ユウキ、おいしいものいっぱい出てくるんでしょ?
余ったらわたしの分、もらってきて」
アプリコットはいつでも腹を空かせている。
「街の食べ放題に行くんじゃないんだから、そういう
わけにはいかないよ」
「パーティーなんだから食い放題みたいなもんだろ?
あたしにも酒の1本か2本、余裕があれば持てるだけ
土産に持ち帰ってくれよ」
ラリィはいつでも酒を欲しがっている。
「ユウキさんにそういう恥ずかしい頼み事をしないで
ください。遊びで行くんじゃないんですから」
毎度のことのように、アルスが注意した。
ギルドの重役として、重要な催しに参加する気持ちで
緊張していたユウキだったが、良い意味で気が抜けた。
場で礼を尽くすが、普段通りでいいのだろうと悟る。
ユウキとアキノ、リュウドとレインはそれぞれ馬車に
乗った。
「それでは行ってきます。留守の間、よろしくお願い
しますね」
メイドのアメリア、そしてサブリーダーの1人である
魔術師チャンドラにミナは留守を頼む。
「かしこまりました」
「どうぞ、楽しんできてください」
ミナは小さく手を挙げ、マキシと共に馬車へと乗る。
先頭の馬車で、正装の御者が手綱を握った。
ハッという掛け声と共に、馬車は拠点を出発した。
拠点とルーゼニア城は目と鼻の先なのだが、馬車は
1度王都を出て、城の側面にある特別な来賓用の門から
城へと入る予定になっている。
パーティーは政務を執り行う城の中ではなく、広大な
敷地内にある専用の宮殿で行われるからだ。
政治的な来客ではない、来賓を持て成す為の建物で
あり、相応の設備が完備されているという。
内装も品があって素晴らしい馬車の中で、ユウキと
アキノは向き合って座っていた。
蹄鉄がパカパカと、王都の道を踏む音が響いている。
「いよいよ本番か」
「ダンス、ミスしないで上手く踊れればいいけど」
心配していることは同じらしい。
「大丈夫だよ、上手く踊れるはずさ」
何の根拠もない台詞が口を衝いて出たと驚いたが、
それはアキノのドレス姿がとてもよく似合っていて
見事だったからに違いない。
ユウキはそう思った。
リュウドとレインも向き合って馬車に乗っている。
リラックスした様子で、リュウドは小窓から流れる
街並みを眺めていた。
「落ち着いてるけど、パーティーの経験はあるの?」
レインが聞くと、リュウドは顔を向け、
「こちらではない。リアルの世界では、よく会社の
社長について出席したな。さすがにダンスパーティー
ではなかったが」
「もしかしてリュウド、リアルではエリートだったり
したの?」
「そんな大したものじゃない」
と記憶から薄れつつある過去を思いながら、リュウドは
再び外に視線を戻した。
「パーティー、楽しめればいいね」
「ええ」
ヨシュアはエルザを見つめたまま、そう言った。
エルザは視線を外さす、優しく眼差しを受け止める。
ヨシュアは『冒険者達の集い』のリーダーとして、
今回重要なポジションで参加する意味を分かっている。
だが、こうした催しに彼女と2人で参加できることに
対し、素直に幸せを噛み締めているのも、また事実だった。
現在は最強パーティーの一角として知られる彼等にも、
当然初心者の頃があった。
2人は冒険に踏み出したその日から、片時も離れずに
絆を深め合っている。
その思いが、いつの日からか愛情へと変わったのは
ごく自然なことだと言えた。
パーティーのリーダーとして、時にギルドバトルの
指揮官として手腕を発揮してきた彼だが、それだけに
2人だけの時間を取る機会は少なかった。
だからきっかけは何であれ、気兼ねなく触れ合って
いられるイベントに胸躍るのである。
責任を自ら背負い続けてきたヨシュア、そして彼に
寄り添って支えてきたエルザ。
できれば互いの想いを確かめ合える日にしたい、
彼等はそんな気持ちでパーティーに臨んでいた。
「今日顔を合わせる領主はほとんどが初対面ですから、
好印象を持ってもらいたいものですね」
マキシはビジネスライクに言った。
これが彼の、ギルドを運営する普段からの姿勢だ。
「たくさんお話して、ギルドの理念をより理解して
もらわないと」
「ええ。ミナさんは美人ですから、相手から寄って
来てくれますよ」
「ふふ、このドレスもそれに一役買ってくれるかしら」
ミナは胸元にそっと手を添えた。
衣装の候補はいくつかあったが、ミナは最終的に
これを選んだ。
色仕掛けではないが、多少セクシーなほうが目に
付くし、相手の口も軽くなるだろう。
そんな目論見がなかった、と言えば嘘になる。
王に公認をもらったが、領主の中にはまだ納得が
行かない者も少数だがいるとも聞く。
交流の場で理解を得られるチャンスを、自分から
作りに行かなくては。
そういった真摯で必死な部分もあっての選択だ。
かと言って、ミナは嫌々この服装をしているわけ
ではない。
大型ギルドのリーダーとして、冒険に出かけず、
日々部屋にこもっての地味な作業も多い。
だからこの機に、普段着ないような大胆な服を
身に着けてお洒落を満喫したい。
という個人的な思いもあった。
「歓談の時間ではどんどんアピールしていって
ください。色々な情報も聞けるでしょうから」
「そうね、領主の奥様に睨み付けられない程度に
お話させてもらいましょう」
参加メンバーを乗せた馬車は王都を出ると、その
外周を回って城の右側へと辿り着いた。
そこには正門にも負けない、跳ね橋のある門が
あった。
来賓専用のゲートには一般兵のものより豪華な、
祭典用制服の門番兵が左右対で立っている。
「あれがそうか」
ゲートを通過した馬車の小窓から見えたのは、
魔法石の外灯で昼のように照らされた石造りの道と、
その先にそびえるパーティー用の宮殿だった。