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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
119/173

仮面の下で

 

 偽クレアは懐からスペアの仮面を取り出し、

顔に付けた。

 これで話は終わりだという意思表示か。


 表情のないマスクが彼女を暗殺者に変える。

 偽クレアは低い体勢から、予備動作無しで

一気に肉迫して斬撃を放つ。


 右手での突き、アスターがそれを弾くと

今度は左手のダガーが胸元に迫ってくる。

 これも彼は瞬時の判断で打ち払った。

 ほんの僅かだがバランスを崩した偽クレアは

グッと足腰に力を入れて飛び退いた。


 立ち回りは同じだが、奴より一呼吸は遅い。

 アスターは偽ファントと切り結んだ事を

思い出しながら、そう評価を下した。


 偽クレアはカーライルから受けた攻撃魔法

のダメージが体の芯まで強く残っており、

動きに大きく精彩を欠いている。


 それでも、並の剣士では太刀打ちできない

ほどの剣さばきなのだが、アスターには

通用しない。


 彼は振るう機会が無いだけで、ある流派の

免許皆伝を持っている。

 彼女との一合で、少なくとも今の自分の方が

傷付いた相手より上回っていると確信した。


 即ちそれは、このまま斬り合いを続ければ、

地に伏すのは彼女だということ。

 実力差の確信は、勝利への確信でもあった。


 めげずに偽クレアは更に斬り込む。

 だがその太刀筋には殺意すら感じられない。

 右を払われ、左を受け流され、再度右手で

突くがそれも跳ね上げられてしまった。


 アスターは返す刀で斜めに切り払った。

 その刃は偽クレアの二の腕に浅い傷を作り、

彼女をよろけさせ、肉体的、精神的にも後退

させた。

 既にはっきりと明暗は見えていた。


「もう、止めてくれ。これ以上抵抗するなら

無力化するしかなくなる。手加減は出来ない」

 相手が凶悪犯であるため、大きなダメージを

与えて動きを封じなければならない。

 攻撃の当て方によっては、それこそ致命傷と

なる可能性もある。


 相手の罪状と危険度からすれば、この場で

切り殺してしまっても問題にはならない。

 なにしろ、5人を殺害している犯人だ。

 容赦なく討つのが、治安を維持する警備隊員

としての役目。

 そう思っていても、情が先に来てしまうのだ。


 そう思うのも当然だろう。

 知らぬ相手ではない、仮面の中身は新たな街の

一員として温かく迎え入れた少女なのだ。


 少しずつ街に慣れながら、苦労して自分の店を

経営していく姿を見てきた。

 その健気な日々を知っているから、尚更だ。


 だがそんな思いも彼女には届かないのか。

 偽クレアは低く構え、左腕の腹の前、右手を

顔の横に持ってきた。

 その構えから体に溜めを作り、一気に仕掛けて

くるつもりなのだろう。


 やはり斬らねばならないのか、あの娘を。

 アスターは決心し、大きくスタンスを取ると、

迎撃するように低く構えた。

 2人の距離は10メートルとない。

 踏み込めば瞬時にぶつかり合うレンジだ。


 鼻につく焦げた匂いが、辺りに漂っている。

 緊迫する空気の中、2人が構えてから数秒と

経たぬうちに、その瞬間は訪れた。


 互いが弾けるように駆け出す。

 そして夜の闇の中、2つの人影が交差した。

 どちらの物ともつかぬ剣の光が数回煌くと、

2人の立っていた位置が丁度、入れ代わった

形になっていた。


「!」

 偽クレアの上体がビクンと大きく痙攣すると、

脇腹から胸へと斜めに切り上げられた傷が血を

噴き出した。


 それでも倒れず、よろけて耐える彼女を、

アスターはやるせない顔で振り返った。

「手加減は出来なかった」


 偽クレアの攻撃は凄まじいものであったが、

アスターの太刀筋はそれを超えていた。

 しかし油断や加減などを差し込んでいれば、

それは簡単に逆転していただろう。


 手加減はしなかったが、それでも致命傷と

呼ぶにはまだ浅かった。

 だが戦意を喪失させたのは間違いない。


 武装を解除させ、それが出来なければ

このまま力ずくで捕縛する。

 それが警察権を持つ警備隊員の職務だ。


 すまない、と思わず口にしそうになり

ながら彼女に駆け寄ろうとした時、

横の路地から突然誰かが飛び出してきた。


「ガルザの兄貴の仇だ!」

 スキンヘッドの男が、短剣を腹の辺りで

構えながら突進してきたのだ。


 あれはファルロファミリーのシバヤ。

 アスターがそう認識した時には、当の

シバヤは偽クレアの前に迫っていた。


「死ねえ!」

 体当たりの要領で短剣を突き刺すという、

原始的で稚拙とも言える攻撃。


 偽クレアの実力なら、たとえ重傷を負って

いても容易く返り討ちに出来るものである。

 だが彼女は、血まみれの胸を開くように

相手へと向け、あえて剣を突き刺させた。


「ガルザの兄貴は俺の親も同然だった! 

それをよくもよくも! よくもぉ!」

 より深く、深く、短剣が胸を抉る。


 仮面の下からダラダラと血が流れ落ち、

短剣を引き抜かれると同時に、偽クレアは

後ろ向きにバタリと倒れた。


 目を血走らせ、荒い息のシバヤは、

「……やった! 兄貴、仇は討ったぞ!」

 血塗れの短剣を掲げ、彼は元来た路地へと

走り去っていった。



「クレア!」

 アスターが駆け寄り、表情のない仮面を

外す。

 その下には、血を吐き、虚ろな目をした、

青白い偽クレアの顔があった。


「なぜこんな事をしたのかと……聞いた、

でしょう?」

 彼女は焦点の定まらない目で呟き始めた。


「私はずっとクレアでいたかった。その

ためには、彼の言う通りに、しなきゃ、

いけなかったから」

「クレアでいたかった?」

 アスターは聞いた。

 街に入り込む為になりすましていただけ

ではないのか。


「私が入った孤児院は、邪教団と繋がって

いて、そこに引き取られてからは、ただ

毎日、人を殺す、訓練ばかり」

 ゴフゴフと血まじりの咳をする偽クレア。

 もう、助かる(すべ)はないのだろう。

 本人もそれを承知しているようだ。


「何ヶ月も前に、クレアと名乗って、この

街で生活しろと。私は、久々に日の当たる

所で人間らしい生活が送れた。周りも、涙が

出るくらい親切に接してくれて」

 だがそれは、殺人を犯すための隠れみの

でしかない。


「言う通りに殺せば、その名前で生活を

続けて構わないと。私は温かい生活を

失いたくない、クレアという人間として

生きていきたかった。だから──」

 指示通りに続けて5人の命を奪ったのだ。


 彼女が目の前に現れても、誰も暗殺者

だとは思わないだろう。

 墓地の襲撃は花売りにでも紛れて、機を

窺っていたのかもしれない。

 油断を生み、警戒心を薄れさせるという

意外性が暗殺者には必要なのだ。


「でも君はローレンさんを殺さなかった」

「私は、ローレンさんに、父の面影を見た。

優しい、父のような人を、手にかけられない。

そう思ったら今までの人殺しも、どれだけの

人を悲しませたのかと、恐ろしくなって」


 そこから先は後悔ばかりだった。

 偽クレアはそう言って目を細めた。

「温かい人達と一緒に生活を続けたい、でも

人殺しなんてもうしたくない。そんな思いが、

私を何重にも縛って」


 アスターは同情を感じていた。

 何の落ち度もなく暗殺された被害者の方が

気の毒なのは確かだ。

 だが、それでも偽クレアの身の上が気の毒で

仕方がなかった。


 先ほどの戦いも、最初から戦意がなかった

のかもしれない。

 待ち伏せも仕掛けなかったし、だから刃に

殺意が乗っていなかったのだ。


 偽クレアは血まみれの胸を手でなぞる。

「こんな事では、贖罪には、ならないけど。

これで私が作り出した憎しみが、少しでも

和らいでくれる、なら」


 彼女の手が真っ赤になる。

 相当な出血量、致命的な量だ。

 服を伝い、横たわる地面にも血溜まりが

出来ている。

「さっきから身勝手な事ばかり言って、

ごめんなさい。何もかも私が悪いのに」


 ごめんなさいごめんなさいと偽クレアは

涙を流して、謝り続けた。

「……私はただ普通の生活がしたかった。

人として、普通の生活が、送りたかっただけ

なの。私は、私はただ──」


 何かを言おうとして、それでも言葉には

ならず、何度か口を動かしてから───。

「…………」

「……クレア」


 クレアと名乗っていた少女は息を引き取った。

 あまりにも呆気なく、あまりにも哀れに。


 それが、街を騒がせた暗殺者の、救いのない

悲しい最期だった。



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