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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
118/173

それぞれの戦い

 

 偽ファントは両手にダークダガーを持つと、

リュウドへ向かって駆けた。

 氷上を滑走するかのような、足音の無い

高速の移動。


 黒い闘気を帯びたダガーが斜めに振られる。

「イヤァ!」

 リュウドは剣を合わせるようとするが、

「なに!?」


 最初の一合が交わされると思われた瞬間、

男の体が黒い残像を残しながら真横へと滑り、

リュウドの脇腹を斬った。


「くっ!」

 咄嗟に取ったバックステップで、致命傷は

免れたが、着物が裂け、ダラリと流血する。


「どうだ、俺の姿を捉え切る事が出来たか? 

お前等の目が俺の像を結んだ時、既にこの身は

転じている」


 リュウドは傷を一瞥すると、

「それが豪語していた暗殺術か? 掠り傷1つ

付けただけではないか」

「じきに後悔する。今のうちに強がっておけ」

 意に介さないといったリアクションに男は、目を

細めた。


「サンダーショット!」

 ユウキが男の隙を逃さず、バスケットボール大の

雷の弾を複数発、連続発射する。


 スパークしながら放たれたそれが確実に命中した、

と思われたが、

「本体を捉えていない!?」

 それは残像で、男は魔法の射線から外れた位置に

移動を終えていた。


 当たる直前まで実体はそこにあるのだ。

 だが男が紙一重で回避すると、彼の輪郭を持った

闘気がそこに居残り、攻撃の命中を誤認させる。

 肩透かしを食らった一瞬の隙に反撃を仕掛ける、

それが暗殺術の1つなのだろう。


 雷の弾が、後ろで焼ける倉庫へ当たり、爆ぜた。

 数秒だけ放電現象が起こり、炎の赤に染められた

闇が青白く照らされる。


「オブシディアングロウ!」

 カーライルが両手にあった火炎と冷気の魔力を

ぶつけ、エネルギーの塊を作る。

 対属性である魔法を己の技術で1つに合成させ、

破壊に特化する属性を作り出す攻撃魔法。


 近接信管の砲撃のように、標的に直撃せずとも

爆発を起こし、ダメージを与える魔法でもある。

 動きで幻惑するタイプには正しいチョイスだ。


 黒曜石のような光を放つ魔法弾は矢の形を取る。

 彼は左手を前に出し、右手を引いて溜めを作ると

狙いを定めて射るように打ち出した。


 僅かに波打つように飛んで来る魔法の矢に対し、

男はダガーを打ち付けた。

 ダークダガーは妨害魔法カットの効果を持つが、

攻撃魔法に対しては無力。

 ダガーごと爆発が男を包む。


 ──はずだった。

 だが闘気をまとったダガーは矢を受け止め、

「ふん!」

 男の気迫と共に両断されてしまった。

 矢としての形を失った魔法弾は、そのまま爆発を

起こさず、散ってしまった。


「あんなのありかよ。バリアとは違うようだが」

 カーライルが片眉を上げてぼやく。

 黒い闘気が男の残像や斬撃を大いにフォローして

いるのは目に見えて分かった。

 ただの技を高等な領域にまで昇華させている。


 絶え間なく噴出する、どす黒い闘気を見ながら、

ユウキは思い出していた。

 ドラゴンゾンビの持つ瘴気はこれと似ている。


 暗殺者はアンデッドではないが、その力の源は

近いところにあるのかもしれない。

 男は教祖から授かった力と言っていた。

 魔族を崇拝する邪教団の長ならば、魔族に類する

力を持っていてもおかしくはない。

「結局敵は魔族なのか」

 ユウキはワンドを握り直した。





 一方、アスターは路地を走っていた。

 彼の頭は、ショックと複雑な思いがない交ぜに

なった感情でいっぱいになっていた。


 彼が知るラウドの孫娘であり、ローレンや

近隣住民にも好かれていたクレア。

 自分も、目撃者として知る以前から、彼女を

兄が妹を見るような温かな視線で見ていたと

思っている。


 それが、こんな──。

 2つ目の角を曲がった時、彼は立ち止まった。

 クレアが道の真ん中に立っていた。

 フードを取り、仮面を外し、素顔を晒している。

 いや、もうクレアではないのだ。

 彼女はその少女になりすましていた暗殺者。



「クレア」

 アスターは偽クレアをそう呼んだ。

 事実は事実として受け止めるが、彼の中では

彼女はまだ雑貨屋の娘クレアなのだ。


 待ち伏せからの奇襲も容易く出来ただろうに、

絶好の機会を捨てて彼女は立っていた。

 そこには待ち人を静かに待つ潔さがあった。



「全て、嘘だったんだね」

 偽クレアはこくりと頷いた。

「ファミリーの売人と幹部、2人の教師を

殺したのは私です。墓地での襲撃と屋敷を

襲ったのも」


「現場を目撃したというのは、自分から

目を逸らすためだったと」

「そういう指示でした」


 そもそも犯罪の内容からして彼女に容疑が

かかるような事はないだろうが、暗殺者の

仕業だと露見させる意味もあったのだろう。


 普通の娘が目撃するような身近な場所に、

暗殺者がうろついている。

 それは恐怖となって住民に伝染する。

 都市伝説化は事実よりも人の疑念を生み、

心に歪みを作り出すのに向いている。


「なぜ、こんな事を。君は周囲から好かれ

ていた。とてもよく思われていたのに」

 聞きながら、アスターは愚問だと思った。


 なぜ人を殺したのか?

 殺す理由は、暗殺者が人を殺すのは、

それが暗殺者の役目だからに決まっている。

 だが彼は聞かずにはいられなかった。


「………」

 偽クレアは黙っている。

 そしてそのまま空を仰いだ。

 火事で赤く染まる夜空を見ているのだろうか。


 彼女の手には酷い火傷の跡があった。

 ケロイドになって元通りになる見込みは

ないであろうその跡を見て、アスターは

彼女をラウドの孫娘だと信じ込んだのだ。


 偽クレアも火事にあったのだろうか。

 焼け出されて邪教団に拾われた、と推測

していたが、彼女は一体どんな人生を送って

きたのだろうか。


 無慈悲に殺人を重ねてきた暗殺者の目が、

悲しみの色を湛えているのを、アスターは

見逃さなかった。


 殺した事は事実なのだろう。

 だがそこにあったのは、純然たる殺人者の、

無機的な感情だけだったのだろうか。

 殺人を犯しながら、過去と今が交差する

瞬間が、彼女の中にあったのではないか。


 多くの疑問が半端な思考となって頭を

飛び交う。

 混乱にも近い状態にある中、

「アスターさん」

 彼は偽クレアに名を呼ばれた。


「今まで、本当にお世話になりました。

ですが、今日でお別れです」

 両手のアサシンダガーが鈍い光を放つ。


 隠喩でも何でもなく、殺すという意味

なのだろう。

 彼はこれから始まるであろう死闘を前に、

数ヶ月前の出来事を思い出していた。


 雑貨屋の主ラウドの突然の死。

 人柄の良かった彼の孫娘が店を継ぐため、

引っ越して来るという。

 近所の人達はごちそうを作り、この街で

右も左も分からないクレアを歓迎した。

 最初は驚いていた彼女も、次第に彼等と

共に少しずつ笑うようになっていた。


 あの時は温かく出迎えたのに。

 それなのに、別れはこんな形なのか……。


 アスターは長剣を構えた。

 クレアを、(いや)、暗殺者を討つ為に。


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