仮面の奥は
以前の投稿の後書きに「もう更新を停止する」と
書きましたが、無理のない更新速度で更新を続けて
いこうと思います。
「君は、クレアか」
揺れる亜麻色の髪、砕け割れたマスクの目元から
覗く瞳は紛れもなく。
「どうして君が、こんな」
「……」
クレアは険しい表情のまま立ち上がり、ダガーを
構える。
カーライルは彼女の目を見据えた。
彼ほどの魔術師になると、洗脳の術中にある者を
視線で見分ける事が出来る。
「催眠系の類の術にかかっている訳ではないな。
つまり、そういうことか。お前もあの男と同じ」
クレアは答えない。
沈黙が、答えなのだ。
「本物が街に来る直前にでも入れ代わったか。
そっちはもう始末されちまってるんだろうなあ」
「私は知らない。私はあの日から、クレアとして
生活しろと命令されただけ」
お膳立てしたのは邪教団の関係者か。
そうやって過去を捏造した者を潜り込ませるのが
奴等のやり方だ。
「仮面の下も、他人の仮面を被ってたってわけか。
全く、平気で人の道から外れた事をしやがる」
カーライルは湧き上がる怒りと共に、両手に魔力を
集中させた。
マスクの下から見知った顔が出てこようが、相手が
少女だろうが関係ない。
暗殺者である以上、倒さなければならない。
ましてや外道に容赦など必要ない。
クレア、いや偽クレアは先ほどの攻撃魔法により、
かなりのダメージを受けている。
ここで畳み掛ければ一気に戦闘不能に追い込む事も
可能だ。
カーライルが仕掛けようと手を掲げたその時、
「!」
彼女の斜め後ろの上空に人影が走り、影の中から
ナイフが飛んで来た。
手から打ち出した魔法弾でそれを相殺すると、投擲
したその人影は、既に偽クレアの隣に着地していた。
「施設をここまで破壊するとは。やってくれたな!」
夕日が沈んだ闇の中で、燃え盛る倉庫を見ながら、
その人影は吐き捨てるように言った。
人物の輪郭が定まらないほど暗いわけではない。
人影は、カーライルが研究者ファントとして記憶
している男だった。
だが小市民的な雰囲気は消え、その分だけ増した
冷徹さが声から感じ取れる。
体も一回り大きくなっているように思えた。
「そうか。邪教団の関係者らしいと聞いていたが、
お前自身が暗殺者だったわけか。あんな冴えない
男を演じていたとは、ご苦労なことだ」
「繁華街以来だなあ? カーライルとかいう奴。
意趣返しに施設の爆破……これも異界人の指図か」
「いいや、俺達は関係ない。だがお前等が巣穴に
使う隠れ家はもうここには作れないって事だよ」
「異界人の介入、それにファルロファミリーの
実力を田舎ヤクザと甘く見積もったのが失敗か」
だが、と偽ファントは自分の言葉を否定してから
隣の偽クレアを突然殴り付けた。
大男さえ気絶させてしまうような勢いのパンチを
受けたが、偽クレアは無言でこらえた。
「最大の失敗はお前がローレンを殺せなかった事だ。
あの時殺しておけば、ワイズナーの死体から足がつく
ことも無かったろうに」
「わ、私は」
「誰が言い訳する事を許した!」
今度は裏拳が飛ぶ。
ゴッと音がして、マスクが大きく割れる。
半分ほど見えた顔の、頬が見る見る赤くなった。
これがこの2人の上下関係なのだろう。
周囲には片思いで店に通いつめる男のように見せて
いたが、実際は冷酷な態度で指示を出しに行っていた
だけなのだ。
「待て!」
倉庫が連なる通りを、駆けて来る影が三つ。
ユウキ、リュウド、アスターの3人だ。
挟み撃ちの可能性を避けるため、偽ファントは炎上中の
倉庫の、隣の倉庫へ飛び上がる。
7メートルほどの高さを持つ屋根に、偽クレアも続けて
飛び上がった。
ユウキはカーライルに駆け寄ると、
「カーライル、暗殺者を倒すぞ! 奴は、あっ!?」
屋根の上を見て、息を飲んだ。
偽ファントと並ぶ、暗殺者のマスクの奥。
そこに幾度と無く会った少女の顔があったからだ。
「どういう、ことだ? さらわれて、いや違う」
「あれはクレア、なんでだ」
アスターも状況を把握できないようだ。
「どうもこうもない、彼女がもう1人の暗殺者
だったのさ」
「彼女が? ただの雑貨屋の娘ではないか」
「だから、ずっと前に入れ代わってたんだろうよ。
あの男がファントと名乗っていたようにな」
「入れ代わる? それじゃあ、彼女が初めて街に
来た時から」
だろうな、とカーライルはアスターに言った。
「ラウドってじいさんの、遠くで暮らす孫の顔を
知ってる者が、この街にはいなかったのかもな。
だとしたら別人を連れてきても分からないはず」
ユウキはローレンの話を思い出す。
紹介状を書いたらどうかとすすめ、わざわざ
迎えに行って連れてきたのはファントだった。
単なる助手、研究員でしかない男がだ。
それに奴はラウドとも親交があったようだと。
ラウドの不自然な急死もそれらを踏まえれば、
ストンと腑に落ちる。
しかし偽者に入れ代わるとしても、彼女の手は。
「ラウドって人の孫娘には、小さい頃に火事で
出来た火傷の痕があるって。アスター」
「ええ。以前クレアの火傷をはっきり見ましたが、
なりすますために最近付けられたような傷跡では
なかった」
2人が訴えるように言う中、リュウドが気付く。
「逆を言えば、火傷という共通点があるだけで
彼女が本物の孫娘だという証明にはならない」
「邪教団や暗殺団は身寄りの無い子供を見つけ、
モノになるように育てるって言うぜ。もしも、
じいさんの孫と同じように火事で火傷を負って、
焼け出された子供が拾われていたとしたら」
一同は揃って、屋根の上に目をやった。
街の雑貨屋の娘クレアだと思っていた少女は、
一体どこの誰だと言うのか。
分かっているのは、彼女が暗殺者だという
事実だけ。
これから対峙する上で、今はそれで十分だ。
じゃあ本物の孫娘は、と聞こうとしてユウキは
質問を止めた。
残酷な答えが待つ、愚問だと気付いたからだ。
その時、アスターが腰に付けていた、携帯用の
飛声石が音を出した。
応答すると、それは隊員からのものだった。
(隊長、今どこですか。先ほど暗殺者を追って
いると)
「ああ、今火事になっている倉庫の近くにいる。
暗殺者2名の姿を確認した」
(2名!? はい。周囲の住民を爆発騒ぎの火事
から避難させたので、我々も応援に)
「いや、火事の状況よりも広い範囲で避難を
させてくれ。例の毒を使った奴がいるんだ」
(っ! 分かりました、早急に避難させます。
何かあればまたこちらからも連絡しますので)
連絡が終了し、アスターは石を腰に戻した。
眼下で固まる4人を、偽ファントは腕組みを
しながら眺めていた。
すぐそばからは威勢の良いファルロファミリー
の武闘派の怒号が響いてくる。
「さて……このまま逃げてしまってもいいが、
その前に奴等に手痛くやり返すのも一興か。
溜飲を下げるには気に食わない奴を痛めつける
のが1番だからな」
1人呟きながら偽ファントは、よく喋っていた
演技がまだ自分にこびり付いているなと感じた。
饒舌な暗殺者など悪い冗談だが、感情を言葉に
して表に出すのも時には悪くない、とも思う。
「俺が異界人をやる、お前はあの警備隊長をやれ。
今度しくじったら、次は無いと思え」
偽クレアは会釈する程度に、首を縦に動かした。
「それでは、下で騒ぐやかましい山猿どもには、
この戦いの呼び水となってもらうか」
そう言うと偽ファントは、針状の細い刃を持つ
ニードルナイフを袖から手へと滑り下ろした。