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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
113/173

落日の時

 

 夕暮れ時のメディ・ミラ薬学錬金術学校。

 その正門から、1人の男が出てきた。

 この時間になっても未だボサボサのままの髪、

長身を前に倒した猫背で、よれよれのシャツと

シワの入ったズボン、明らかにオーバーサイズ

の地味な上着を着ている。


 片手に鞄を持ち、どこか不健康そうな顔で俯く

男──ファントは家路につこうとしていた。

 校長から近々非常勤だが教師として正式な認証を

与えると告げられ、謹んでお受けいたします、と

伝えてきたばかりだ。


「ファントさん」

 呼ばれて彼が顔を上げると、ユウキ、リュウド、

アキノの3人と制服に軽鎧姿の部下2人を連れた

アスターがいた。


「? ああ、皆さんお揃いで。学校に何か?」

 校舎に目をやるファント。

 アスターは穏やかに返した。


「いや、今日はあなたにお話がありましてね。

歩きながらで結構ですから」

「はあ、そうですか」

 彼と6人はぞろぞろと歩き出した。



「ワイズナーさんが亡くなられた件ですが」

「ああ……明日葬儀だそうで。不正を働いていた

のはショックでしたが、良くしてくれた人でした。

今日は校長から、正式に教師の一員となる辞令を

受けまして。この学校の名に恥じない教育者に

なろうと決心しました」


 握り拳を作って熱く語る様子を、彼等は眉1つ

動かさずに見ていた。

 ユウキが口を開く。


「そのワイズナーさんですが、ある方が特別に

申し出て検死解剖したんです」

「……解剖、ですか」

 ファントが眼鏡を直した。


「遺体から特殊な毒が見つかりました。何でも、

遅効性の毒物で、つまり飲んでもしばらくの間は

生きていた」


「遅効性? それはまた妙な話ですね。先生は

間違えて薬を飲んでしまったのかも」

「調合が非常に難しく、材料は希少だそうです。

薬学の専門家がそれを間違えますかね?」


「場合にもよるのでは? 当日の先生は、酷く

神経質になっていて調合の作業でも薬をこぼす

ような場面を何度も見ましたし」

 ユウキはそれ以上追及せず、口を閉じた。


「ファントさんは、学生時代に短い間ですが、

ローレン先生の授業を受けられたそうですね」

 彼が言ってましたよ? とアキノが聞いた。


 僅かな間、そして、

「ええ……そんな事もあったかもしれませんね。

ただ僕には恩師と呼べる方がたくさんおりまして、

1人1人の授業を事細かにまでは覚えてなくて」

「そうですか。授業の内容を熱心に聞きに来たと

褒めてらっしゃいましたよ」


「ああ、はは、それは光栄ですね」

 口元を緩め、頭をかく。

 陽はより落ちて、辺りの暗さは増していく。


「優秀な成績で卒業したあなたは、隣国の国立の

薬物研究所に勤めるようになった。専門は治療薬

部門で、主に薬草で作る薬の効能を研究していた」

 アスターが一言一句確かめるように言った。


「ええ、そうです。随分とお詳しいですね。学校に

出した履歴書には、そこまで書いていなかったと

思いますが」

「調べたんです、その研究所で直接」


「え? 調べた? 馬車でも1月以上かかるのに

どうやって」

「異界人の彼等に行ってもらいました。私達には

簡単には使用できない転送魔法陣でも、彼等なら

日常的に使える。移動にかかる時間は早馬の比では

ありません」


 ユウキ達は今朝の話の後、アドベンチャーズギルド

の転送魔法陣経由で研究所のある街に移動した。

 ルーゼニア国王公認の肩書きで、半ば強引に所長

からファントについて聞いてきたのだ。


「なぜ、わざわざそんな事を」

「ローレン先生があなたの話になった時、何やら

おかしな事を言い出したんです。学生時代の彼は

今のあなたとまるで外見が違うと」


「外見? 僕の容姿はある試作薬の効果によって

変わったもので、それに学生時代から背も伸びて」

「もう下手に取り繕うのは止めたらどうだ」

 リュウドが静かに威圧した。


「私達は調べてきたのだ。半年以上前、研究員を

していたファントは自己都合で辞めるという手紙

だけを残し、学歴と研究員の資格を示す身分証と

共に、失踪同然でいなくなったと」


「いなくなる直前の彼は、学生時代と同じように

研究所の中でも1番の小柄だったそうよ」

 アキノに、ユウキが続く。


「スーツ姿の俺達の仲間から聞いたが。何でも、

邪教団の関係者は殺した他人の経歴を乗っ取り、

どこかの誰かになりすまして街に入り込むと

いうじゃないか?」

 アスターがとどめとばかりにその言葉を継ぐ。


「ファント──いや、ファントとして街に入り、

ワイズナーに手引きさせて薬物や器具を横流し

させ、捜査の手が及ぶと、邪教団との繋がりの

発覚を恐れて彼を毒殺した。そうだろう!?」


「………」

 既にファントという借り物の名を失った男は、

返答も釈明もせずに下を向いた。

 壁を背にして立つ彼を、広がった6人が囲む。

 陽が沈もうとしていた。


「異界人が介入して数日。たった数日でこうも

事態を動かされるとはまったく恨めしいものよ」

 眼鏡の奥にあるのは冷え切った瞳。

 濁った底なし沼のような、ほの暗い双眸。

 何かで、どこかであの視線を見た。

 ユウキはそう感じた。


「警備隊がお前を逮捕する。無駄な抵抗はするな」

「お前と繋がりがあると思われる店も、すぐに

我々が捜査に入る。潔く捕まることだ」

 アスターの部下達が挟むように詰め寄る。

 逞しい警備隊員達にとって痩せた男1人捕まえる

のは、何でもない事だろう。


「そうか、そこまでバレているのか。そうか……」

 偽ファントは体の力を抜いた。

 無抵抗の表れか、本心から観念したのか。


 鞄を放り、両手をだらりと垂らして脱力する。

 ユウキは知っていた、これと酷似した動作を

何度か見ている。


「だったら、こんな演技(ふり)を続けている必要も

ないわけだ!」

「みんな避けろ!」

 ユウキが叫ぶより早く、男の袖口から灰色をした

複数の軌跡が描かれた。

 色の失せた道に、鮮血が迸った。



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