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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
112/173

ファントの影

 

「どういう意味ですか? ファントさんが? 

彼は誰、とは?」

「私は彼が卒業したという年に、彼に会って

いるはずなんだが」

 ユウキの問いに、ローレンは自分が見た夢でも

説明するように話し始めた。


「私は8年前、ミルトーという町の薬学学校に

短期間ではあるが出張と言う形で赴任していた。

メディ・ミラの薬学は、世界の最先端を行く。

何人かの教師が地方や他国の学校を順に巡り、

最新の知識を特別授業で広めていくという

教育法をうちの学校はやっているのですよ」


「そこで、会ったと?」

「会った事は会った。フルネームは失念して

しまったが、その学校にファントという名の

学生は1人だけだった。ただ1人だけ」


 顔に釈然としない表情を貼り付けたままの

ローレンに、アスターが言った。

「ローレンさん、さっきから何に引っ掛かって

いるんです?」

「その、君が学校から揃えた履歴の通りなら、

その時私が会ったファントは、今学校にいる

彼と同一人物という事になる。だが、まるで

違うのだ」


「違う、とは?」

「見た目がまるで違う。私の記憶の中の彼は

全学年の中で逆に目立つほど小柄で、毛髪の

色や声も、今のファント君とは全く違う」


「他の学校と間違っているとか、その学校へ

行った年を勘違いしているとか」

 アキノが聞くが、ローレンは首を横に振る。


「いや、8年前のミルトーの町で間違いない。

うちの校舎に、大幅な改築工事が入った年だ。

ああ、よく覚えている」


「薬学や錬金術には、容姿を変えてしまう薬も

あると聞くが」

 リュウドの質問には、彼は首を縦に振った。


「ああ、外見を変えてしまう薬品は存在する。

地肌の色を変える物さえある。もしかしたら

自分で試した薬の副作用で、そういった変化が

起こってしまったという可能性もありうる」

 しかし、とローレンは言葉を継いだ。


「半年前、ワイズナー先生の助手として現れた

ファント君からそういった説明は無かったよ。

学生の時、彼は熱心に話を聞きに来ていた。

もし私の授業を受けた事を覚えていたら、この

半年ほどの間に1度もその話題に触れないのは

おかしい。無論、彼が私を忘れている、という

こともあるかもしれないが」


「ローレンさんはファントという名前を聞いて、

その時の彼だとは思わなかったのですか?」

 思わなかったなあ、とローレンはユウキに即答

した。


「さっき話した通り、外見が全く違うのですよ。

面影すらない。それほど珍しい名前ではないし、

それに、うちには100名を超える教師がいて、

彼等には専属の助手が各々1人から数人ほど

付いている。この私にも助手は3名ほどいる。

多少親しく話していても、相手の出身地や修めた

資格等にまで詳細な話が及ぶ事はほとんどない」


 リアルの世界でも、学校で他のクラスだったり、

会社で別の部署で働く従業員について、言葉を

交わす機会はあっても、詳しい個人情報までは

知らないのと同じ事だろう。



 カーライルがいつもの中折れ帽をグッと押さえ、

言った。

「ローレンさんは、今いる彼は誰なんだ、と

言いましたが。どこの誰かは定かじゃないが、

誰かがファントという人物に成り済ましている

って事なんじゃないんですかね」


「なりすましている?」

「薬のせいだとか、忘れてしまったのかも、と

考えるよりそっちの方がしっくり来る。外見が

違い、あなたとも初対面みたいな顔をしていた

のでしょう。そりゃあつまり別人って事です」


「しかし……。そうだとして、どこにでもいる

研究員になど、なりすます意味があるのかどうか」


「ここは薬の街なのでしょう? ここで活動する

なら、薬に関係する職に就いていればごく自然に

振る舞えるし、出入り出来る場所も増える」

「それはそうだが。でも誰が、何のために……」



「これは異界人として旅をしていた時に聞いた話

ですがね。邪教団の関係者は、使えそうな身分や

地位の者を殺して、その人間になりすまして街に

潜伏する。そんな噂を耳にした事があるんです」


「! では、彼は邪教団に関わりのある者だと? 

信じられん。しかし何故、研究員として学校に」

「例の不正を麻薬製造に利用しようとしたのでは」

 アスターが気付いたように言った。


「共犯の男は、半年近く前から特定の器具と材料

を横流しする機会が多くなったと供述しました。

時期は定かではありませんが、横流しを知った

邪教団が自分達を優先的させる指示をしたのかも」


 そんなこったろうな、とラルバンが眉間にシワを

寄せた。

「良い金になるとでも言って誘ったか。邪教団は

俺達ファミリーを切り崩し、うちらが長年かけて

築いたマーケットを独自の麻薬でぶんどろうと

してたに違いねえんだ。世界的に有名な薬学学校

の名前があれば、その製造にかかる手間も格段に

減るってもんだろ」


 現に学校名義で買われた器具や材料は何処かへと

運び出されており、閉鎖されていた実験施設も

製造所に作り変えられていた。

 有名校の教師と繋がりがあったからこそ出来た、

環境作りなのだと言える。


「そんな──でも彼が、そんな」

 彼等の話は、あくまでローレンがファントの存在に

疑念を持った事に成り立っている憶測であり、彼はまだ

信じ難いのだろう。


「彼は別に怪しい事をしているようには。学校で助手の

仕事と研究をし、終われば借家に帰るという、良くも

悪くも単調な生活を送っているようだと、私は人から

聞いていた。本人も、休日は近所で調合用の材料を

購入したり、クレアの店に顔を出す程度だと」


「借家……そこも、ファント名義で借りられている

ようですね。……?」

 アスターが履歴書の住所を見て、首をかしげた。


「この家の近くで、前に何か妙な出来事があったな」

「妙?」

 顎に手をやって考える彼にユウキが尋ねる。


「ええ。薬膳料理と色々な調合薬の素を売っている

店なのですが、見知らぬ者が店の中にいると近所

から連絡があって。隊員が駆け付けると若い男が、

急なことだが前の経営者の親戚である自分がこの

店を引き継ぐ、と店の奥から出てきたそうで」


 彼の部下が担当した話のようである。

「引き継ぎに必要な書類や身分証等は全て揃って

いたので、その新しい経営者の件はそれきりで。

以前の店主は別の街に移ったとか、何か不明瞭な

部分はありましたが。まあ、それからトラブルが

あったような報告は受けてないです」


「ねえ、その新しい店主って……本当に親戚?」

「え、ですから身分は書類などで、あっ!」

 邪教団は別人になりすます。

 つい先ほど出たばかりの話である。

 書類などを偽造するノウハウもありそうだ。


 アスターは部下を呼ぶと、経緯を簡単に説明し、

「この辺で事件が無かったか、無いなら役所に

連絡して店に変わった事があったか調べろ」

「あのノルーカという店ですね。分かりました」

 部下は飛声石の設置された部屋へ走っていった。



「ノルーカ、調合材料取り扱い店のノルーカ。

聞いた名だ。おい、情報屋の手帳を出せ」

「へい。どうぞ」

 ラルバンは舎弟から、古びた手帳を受け取った。


「……これだ。こいつはグレーだな」

「それは?」

「警備隊の人間には見せられない類の情報が

書かれた手帳さ。運び屋や情報屋にルートを

調べさせた情報だ、合法非合法ともにな」


 手帳をしまうと、ラルバンは話を始める。

「あの店から、材料や薬品サンプルといった

名目で何度も発送が出てる。最初の荷受け先は

普通の商店、だがそこからの発送先は訳ありの

荷物も平気で扱う商社だ。そして、そこから

幾つもの送り先を経由して最後に辿り着くのが、

ヤバイ薬品をほぼ専門に扱う商人の倉庫だ」


「何度も商店や会社を通す事で、どんな物が

送られたのか誤魔化しているのか?」

「ダミーの会社を間に噛ませて、うやむやに

する。違法のブツを運ぶのによく使う手口だ」


「よく使う? それは経験からか、ラルバン」

「……そうだ。そっちもそのやり口を何度も

取り締まった経験があるだろう? アスター」

 空気が引き締まる。

 元々、相容れない組織同士の人間なのだ。


 そこにアスターの部下が戻ってきた。

「役所に連絡してみたのですが、店主が変更

されてすぐに、大きな倉庫を複数借りている

そうです。在庫をしまうのに事足りる倉庫は

自前で持っているそうなのですが。妙な話で」


 倉庫の住所を聞いたアスターは、

「これは、おそらく黒だな」

「摘発、乗り込むのか?」

 リュウドが右手を刀の柄に置く。


「いえ、いきなりそれは。その前に、重要な

役割を担っていると思われるファント、いえ、

ファントを名乗る男を捕まえたいと思うの

ですが──」


 アスターは奥歯に何か挟まったような顔を

する。

「彼がファント本人ではない、という明確な

証拠が無いのです。ファントは数年前に

両親と死別していて、現在は天涯孤独の身。

容姿が違うと指摘しても、何らかの薬品の

効果だと言われたら追及し切れませんし」


「私の事も、会った事を忘れていたと言えば、

はぐらかせるわけですね。覚えていない、と

答えれば大体の事は誤魔化されてしまう」

 ローレンの中で偽ファントという事実が固まり

つつあるようだ。


「ここに来る前は、何をしていたの?」

「ミルトーの近くにある、都の国立の研究所で

薬品の研究員をしていたと」


「ならそこで、彼のことを詳しく聞いてくれば

良いじゃない」

 容姿についての確認だけでも取れれば、それは

大きな根拠となる。


「簡単にはいきませんよ。そこは他国で、馬を

飛ばしても1月はかかる。それに研究所自体、

よその国民をおいそれと入れてくれるような

ものではないですし」


「それなら、私達に任せて」

「え?」

「私達はルーゼニア国王から公認を受けた

異界人なのよ」

 アキノがグイッと、豊かな胸を張った。



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