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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
110/173

クレアの涙

 

 詰め所が一時、ざわついた。

 仮にも違法薬物や素材の非合法な売買を行う組織の

幹部が、警察権を持つ警備隊の詰め所に来るなど、

本来ありえない事だからだ。


「カーライル、これは……?」

 ユウキが理由を尋ねると彼は、

「ラルバンさんがここに話があるってな。その人も

何か用があるとかで、偶然そこで会っただけさ」


 アスターは自ら歩み出た。

「話とは?」

「麻薬の製造所を摘発したそうだな。邪教団相手に

横流ししてた奴も死んだとか」


「耳が早いな」

「そういう情報に耳聡くなきゃ、こういう稼業は

できねえからな。それで、見つけたのは三つ四つか」

「そうだが。何が言いたい?」


 少ねえって話だよ、とラルバンは言った。

「うちらは、ここから世界中に送られたらしい麻薬の

総量をある程度把握してる。それは前、話したな?」

「ああ、2割と言ったか」


「巷に出回ってる量自体は少ねえが、その2割だと

考えると結構な量だ。で、経験から言わせてもらうと

ちんけな製造部屋の三つ四つじゃその量は賄えねえ」

「それはこちらも分かっている。しかし、経験とは。

警備隊員の前で使う言葉じゃないな」

 アスターは眉をひそめる。


 依存性は低いにしても、違法薬物を扱う組織である。

 取り締まる側が、その密造の経験を堂々と語られて、

にこやかに対応できるはずがない。


「アスターさん、喧嘩しに来たんじゃないんだ」

 カーライルが間に入る。

「警備隊とファミリー、一応敵対の関係にあるわけだが、

今は共通の敵を叩こうって話さ」

 なあラルバンさん、と彼は話を振る。

 スーツの外見といい、ファミリーの一員のようだ。


「ファルロファミリーは暗殺者を叩きたい。ガルザの

敵討ちだ。それに葬儀やバーを襲撃されて、みっとも

ねえ姿を晒しちまった。こうなめられっぱなしじゃ、

ファミリーとしての面子が立たねえ」


「では捜査に協力すると?」

「立場上、大っぴらに手を組むわけにはいかねえが、

早い話がそうだ。互いに持ってる情報も違うだろ」


「さっきの口振りからすると、まだ製造所はあると

言うんですね?」

 飲みかけのコーヒーカップを手に、ユウキが聞いた。


「だろうな。それなりものが。ところで、幾つもの

製造所をどうやって1度に摘発できた?」

 これにアスターが、学校で起きた1件と遺書の件を

説明した。


「……ふん。状況が状況だけに何とも言えねえが、

その男は切られたんじゃねえのか」

「切られた?」


「生かしておけば、捕まって何話されるか分かった

もんじゃない。なら、手を切るだろう。その男は

残りの人生まで切られちまったようだがな」

 ラルバンは首を掻っ切る仕草をする。


「でも、そのワイズナーという人は、1人で毒を

飲んで自殺したから」

 アキノが異論を唱えるが、

「暗殺者ってのは何でも、色んな殺し方を知ってる

らしいじゃねえか。繁華街で俺達の集まりを襲った

奴は毒霧に毒のナイフを使っていた」


「ワイズナーは毒殺された可能性が」

 リュウドが目を細めた。

 するとローレンが、その言葉尻に反応したように、

「私はそれを調べたいのです」

 と話の輪に入ってきた。


「彼は簡単な検死で服毒自殺と決められたようですが」

「ええ、外傷がなく、魔法などによる殺害でもないと

分かったので、そう結論付けられましたが」


「……今彼の遺体は?」

「病院で保管されていますが、調べたいとは一体?」

「私は、彼を解剖検死して死因を確かめたいのです」


「解剖? ローレンさんは検死を出来るだけの医術と

資格を持っていると聞いていますが。何を理由に?」

「数ヶ月前、友人のラウドが急死した時、私はどうも

腑に落ちないものがあった。今回の彼の死にも、私は

何か納得できないものを感じて」


 根拠としては少し弱いかもしれない。

 しかしアスターは少しだけ考えて、

「分かりました。毒死というだけで、毒の具体的な

種類までは特定できていないと報告にありました。

もしかしたら、何か発見があるかもしれない」

 そう言うと彼は救護担当の隊員を呼び、病院にその

連絡を取るように伝えた。



「警備隊は、他の製造所の目星はついてるのか?」

「いや。ファミリー、そちらは?」

「こっちもまだだ。だが運び屋や情報屋を使って、

どういった物の流れがあったか、チェックしてる。

ここは薬品の運搬や発送が多い。だが、裏に表に

丹念に調べていけば何かおかしなところ、綻びは

必ず出るはずだ」


 地域に根付き、長年活動するファルロファミリーの

情報網は計り知れない。

 この街を地盤にするだけあり、細かな薬の出入り

まで把握できるのではないだろうか。


「ファミリーの中には、今相当頭に血が昇ってる

奴等がいる。俺はまだ冷静さを保っていられるがな。

うちらが暗殺者を捕まえた時は多分、生きてそっちに

渡せるか分からねえ」

「物騒な事は口にするもんじゃない。ここは警備隊の

詰め所だ」


 ラルバンは口の端を怒りで微かに歪めると、

「こっちは身内殺されてんだ。ケジメつけるのに、

穏やかにってわけにゃいくまいよ」

 そう言って、詰め所の入り口に行き、

「何かあったら連絡をくれ。いつもの所にいる」

 カーライルと共に出て行った。


 その後ろ姿を見ていると、救護隊員がアスターに

何やら報告した。

 飛声石による連絡が済んだらしい。


「ローレンさん。今夜遅くになりますが、検死の

準備は出来るそうです。宜しいですか?」

「ありがとうございます。お願いします」

 アスターは時間を確認すると、再び救護隊員に

連絡するように命じた。


「早速、家で資料を揃えなくては」

 帰ろうとするローレンに、冷めたコーヒーを

飲み干したユウキが声をかける。

「ローレンさん、送りますよ。暗殺者の襲撃が

無いとは言い切れない」





 夕暮れの通りを4人は歩いていく。

 心なしか、人通りが少ない気がする。

 街で強者の地位にあるファルロファミリーが

墓地で襲われ、繁華街でも無差別攻撃を受けた。

 住民の心には暗殺者による恐怖の爪跡が深く

刻まれているのだろう。

 それが人出の減少からも見て取れる。


「学校はこれからどうなるんですか?」

 アキノが聞いた。

 校長が今後の対応を発表したらしい。


「これからはこのような不正が起こらないよう、

十分に注意していくと。亡くなられた先生方の

代わりによそから新しい先生が加わる予定で、

ああ、ファント君も非常勤だが教師という形で

新たに採用するとか」


「彼が先生ですか」

 ユウキが意外そうに聞くと、

「彼はあんなだが、いや、失礼。薬学の知識が

豊富で、実は気配りの出来る社交的な青年でね。

ラウドともよく話していたし、彼が亡くなった

時に私に、彼のお孫さんがお店を継げるように

こちらへ来る為の紹介状を書いて送ったらどう

だろう、と提案したのもファント君なんだ」


 ローレンは、ここから馬車で数日かかる町の

商店に住み込みで働くクレアに、手紙を送った

のだそうだ。


「返事の手紙が届いてから、わざわざ近くの

町まで彼が迎えに行ってね。誰も彼女を見た

事が無いから私の紹介状を手掛かりに会った

そうだが、彼は一目で、クレアを気に入って

しまったようでね」

 彼はなかなか良い教師になれそうだなあ、と

ローレンは結んだ。





「どっちにしようかな」

 ガラス瓶に詰められたキャンディーと木製の

トレイに並べられた小さな菓子パンを交互に

見ながら、少年は悩んでいた。


 6歳ほどでその手には数シルバー(数十円程度)

の硬貨が握られている。

 遊びの帰りにお小遣いを使おうとしているの

だろう。

 しかしこの金額では両方を買う事は出来ない。


 う~ん、と口を尖らせ、首を傾げている子供の

そばにはエプロンを掛けたクレアの姿があった。

「昨日はキャンディー買ったよね」

「うん、だからきょうはパンにしようかなあ。

でもキャンディー、いろんなあじがあるし」


 駄菓子の買い物で金銭感覚を養うのは、子供に

とって大切な社会勉強の1つだ。

 お金の計算、我慢や妥協、工夫の仕方なども

こういった積み重ねで身に付いていく。


「こっちにする」

 少年はしばし悩んだ末、パンを買う事にした。

 彼の中で一体どのような葛藤があったのかは

分からないが、キャンディーは諦めたようだ。


 レジに持っていくと、クレアは会計をして

茶色の紙袋にパンを入れる。

「これ、おまけね」

 ガラス瓶にある物よりは小振りだが、飴玉を

1粒、袋に入れてやった。


「ありがとう!」

 少年は嬉々としてドアへ向かうが、彼が開ける

より先にドアベルが鳴り、開いた。


「クレア、調子はどうだい?」

 少年と入れ代わるように店に入ってきたのは

ローレンと3人だった。


「ええ、もう何ともありません」

「そうかい、それは良かった」

 暗殺者に殴り倒された傷はもう完治しているが、

ショックは相当な物だったろう。

 ローレンはそれを心配して立ち寄ったのだ。


「学校で何か事件があったと聞きましたけど」

「ああ、その、うん。それにも暗殺者が絡んで

いるらしい」


「………」

「ああ、何度も怖い思いをさせられた君の前で、

口にしてはいけない言葉だった。すまないね」


「……いえ」

「もう少しの辛抱だ。街の警備隊もこの方達も、

私達が穏やかな生活を取り戻せるように頑張って

くれている」


 励ましの声をかけると、ローレン達は店を出て

行った。

 店内から歩いていく4人を確認しつつ、クレアは

カーテンを閉め、閉店の準備を始める。


 少しずつ商店の仕組みが分かってきている。

 お客さんとのやり取りも大分上達したと思う。

 物を売り買いする仕事はこんなにも楽しいもの

なのかと。


 そこで彼女はふと、先ほどの少年を思う。

 家に帰った彼は両親に何と言われるのだろう。

 恐ろしい暗殺者に殺されてしまうから、もっと

早く帰って来いとでも叱られるのだろうか。


 きっとそうだろう。

 幼い子を持つ親にとって、暗殺者などという

外道は恐怖と脅威そのものでしかない。


 恐れられ、憎まれ、蔑まれ──殺すだけで何も

生み出せず、死んでも何一つ残せない。

 それが暗殺者だ。


 クレアは目元に手をやる。

 彼女は泣いていた。



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