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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
11/173

騎士団

 

 ルーゼニアの朝は活気に満ちている。

 農夫達は日が昇る前から畑に入り、作物の世話をする。

 畑仕事が一段落する頃に、職人や商人、王国の公務員達が出勤を始める。


 その人の流れが血流のように、街中を活発に回っていくのだ。

 パン屋では窯から出したばかりのパンが店頭に並べられ、それを朝食や昼食用として買う列が出来る。


 同じようにスープや惣菜を扱う店にも行列が出来た。


 屋台のホットドッグを頬張りながら急ぐ者もいれば、オープンカフェでゆったり朝の一時を楽しむ者もいる。

 そんなカフェのテーブルに朝食を取るユウキ達の姿があった。


 ユウキはバターを塗ったトーストをかじり、サニーサイドアップで焼かれた目玉焼きとベーコンをフォークで突っついている。


「約束の時間までまだ余裕があるから、少しのんびりしよう」

「リンディさんから言われた時間は9時で良いんでしょ」


 この世界の時間の流れは、例外を除いて地球と同じ。

 天体がどうなっているのかは不明だが、1日24時間のようだ。


 ネジ巻きで動かす大きな置き時計はあっても腕時計は無い世界だが、プレイヤーのステータスウインドウの端には時計機能がある。


 カレンダー機能やタイマー設定も出来て、何とも便利な物だった。


「良かったよね、約束が取れて」

 そう言ってアキノはスプーンを口に運ぶ。


 皿にはフレッシュチーズとサラダのベーグルサンドがあり、口に含んだコーンスープは甘味があってアキノの好みに合っていた。


「騎士団員に直接会えるのは極めて希な事だろう。訓練の休憩時とは言え、時間を割いてくれるのは伝手があっての事だな」


 野菜入りのオートミールとチキンの塩茹でを食べ終えたリュウドは、追加で注文したリンゴを丸かじりにする。

 リザードマンは口が大きいので、丸ごとでも食べやすそうだった。


 昨晩、ユウキはリンディから約束を取り付けたと連絡を受けた。

 一見簡単そうだが、リュウドが言うようにこれは特別な事だ。


 国ごとに差はあるが、騎士団は兵士を統括し、軍事に携わる実力集団である。

 その戦闘力・統率力・規模は国力を示し、国事や式典では国の気品や威厳を表す存在で、時として政治的な影響力も持つ。


 一般市民が軽々しく話し掛けられる相手ではなく、同じく国の治安を守る王立警察からの伝手が無ければ、本来はこうして話など聞けないのだ。


「約束はしてもらったけど、いきなり犯人らしい剣の使い手を知らないか、なんて聞いて怒られたりしないかな?」

「多分大丈夫だと思うよ。応じてくれたって事は話を聞く気があるんだよ」


「ああ、騎士団側も今回の事件について、会話の機会を持ちたいという意図があるのだろう」

 ユウキは時間を確認すると、食後のコーヒーを頼んだ。



 西城門を出て、城壁を沿って右へしばらく歩くと城の側面に辿り着く。


 そこから少し離れた草原に騎士及び兵士の野外訓練所があった。

 柵で仕切られ、整地された敷地に訓練の場が設けられている。


 訓練所を訪ねたユウキ達の前では、重い鎧とランスを装備しての乗馬訓練や号令で素早く陣形を組む訓練が行われていた。


 練度、士気共に高く、精強で知られた騎士団だけあって乱れは見られない。

 魔族の影が迫るこの世界では、どの国も兵の強化に余念が無いのだ。


「副団長と面会のお約束がある、ユウキ様ですね」

 訓練を眺めていた所に1人の若い男が現れた。

 騎士の従者を名乗る男に連れられ、3人は木造のコテージに案内された。


 ここは訓練の休憩所なのだと言う。

 騎士団の本部は城内にあり、厳かな雰囲気に包まれて大層立派だと聞くが、場所が場所だけに簡素で飾り気は無い。


 中に入ると、木製のテーブルセットに腰掛けた2人の男がいた。

 2人とも鎧は身に付けておらず、品のあるダブレット姿だ。


 1人は30代後半、オールバックの髪型で整えられた口髭があり、体付きは弛まぬ訓練で鍛えられて逞しい。


 能力に加え、理念や品位まで求められる騎士に相応しい身なりと言えた。


 もう1人は20になるかどうかの若者でふわりとした金髪、顔付きにまだあどけなさが残るが、意志の強そうな瞳に騎士としての誇りが見て取れる。


「ルーゼニア騎士団、副団長のランガスだ」

「同じく、団員のジェラルドです」

 立ち上がって迎えた2人に、ユウキは畏まって頭を下げた。


 頭を下げるという挨拶はこの地方には無いが、日本サーバーのプレイヤーの異界人が共通して行う挨拶だとして、認められている。


「楽にしてくれていい、どうぞ」

 着席を勧められ、3人は自己紹介し、2人と向かい合う形で座った。


「リンディという者から死因は聞いた、ルイーザはさぞや無念だったろう」

「ルイーザさんがあんな最期を迎えるなんて」

 眉間にしわを寄せ、2人は沈痛な面持ちを見せる。


「私はルイーザを見習いの頃から教え、彼女は立派な騎士になってくれた」

「そのルイーザさんに教えを受け、私も一人前の騎士になれました」


「皆から慕われる人柄だったのは、俺も知っています」

 ユウキが気持ちを酌むように言った。


「今回の件は騎士団が迷惑を掛けてしまった。見習いの1人がオークを半ば無理矢理連れてきてしまったと」

「状況が状況だけに仕方が無かったかもしれません」


「彼女を慕う気持ちがあったとは言え、結果的に大きな誤解を生む事となった。事が落ち着き次第、村へ謝罪に行こうと思っている」

 騎士団の中にオークへの偏見は無いようだ。


「あの、騎士団で独自に調査したりはしているのですか?」

 アキノが伺いを立てる。

 ランガスが軽くため息を吐いた。


「いや、騎士団はその立場上、下手に動けないのだ。団員が殺されたからと、権限を使って犯人探しをすれば、私的な仇討ちという扱いになってしまう。治安維持の役目を仰せ付かっているが、捜査はあくまで王立警察主導なのだ」


「ではルイーザさんが殺害される前に、オークの村の土地問題について何か言っていませんでしたか?」

 とユウキ。


「言っていた、騎士団の名義で国土管理局に調査の依頼を出して欲しいと」

 私が許可のサインをした、とランガスは結んだ。

 村長が話していた事と合致する。


「ルイーザさんは団員の中でも正義感が強かったんです。法律の書を学び、トラブルがあれば率先して解決に乗り出そうとする所があった」


 ジェラルドの目には、騎士の鑑に映っていたに違いない。

 その姿勢は全ての騎士が目指すべきものであり、万人から慕われる魅力だ。


「オークがルイーザの事件に何かしらの形で関わっているとは思っていたが、私は犯人がオークだとは最初から思っていないのだ」

「死因を聞いて私も確信しました。オークの中にも剣を使う者がいるかもしれませんが、ルイーザさんに勝つ事は出来ません」

 2人は顔を向け、頷いた。


「ルイーザは剣術大会で上位に入賞するほどの精妙な剣捌きを持っていた。仮に体の一部が麻痺し、怪力のオークに囲まれていたとしても、相手は触れる事さえ出来ないだろう」


 モンスターとして現れるオークファイターの中には、人間には両手でも扱いが困難であろう大型のブロードソードを持つ者もいる。


 だがそのファイトスタイルは腕力に頼った力ずくの物で、剣技と呼ぶには身のこなしや技術面が大きく不足している。

 ぶんぶん振り回すだけの剣では、達人には全く通用しないだろう。


「それほどの腕前を持っていたのか」

 リュウドが呟くと、ランガスは腰に()かれた長光を見る。


「彼女の剣は気持ちが表れていて、真っ直ぐな太刀筋に正々堂々とした信念が込められていた。剣の心得がある者なら、共感してもらえると思う」


 リュウドは無言で頷いた。

 剣士として通ずる物を感じ取ったのかもしれない。


「そこを聞きたかったのですが、ルイーザさんに致命傷を与えられるほどの剣士をご存知ですか?」


 騎士団に入るには、まず剣の技術は必須となる。

 ならば、必然的にどこよりも腕利きの情報が集まると言うものだ。

 ランガスは口髭に手を添え、少し考える。


「ルイーザは強かったが、彼女より優れた者がいないという訳ではない。だが、誰からも好かれていた者を無残に斬れる者がいるだろうか」


「真面目な子を良い子ぶってるとか言う人、結構いそうだけどなあ」

 アキノが思わず口を挟んでしまうが、ユウキが継ぐ。


「皆から慕われる人格者だからこそ、逆恨みされる事はありますよね」

「……ジャックスだ」

 ジェラルドが怨嗟させ感じる、低い声で言った。

 ランガスも意を感じ取ったのか、ああと頷いた。


「ジャックス、と言うのは?」

「元騎士団の従者だった者です。すぐに追放にされましたが」

 ジェラルドは苛立ちでその美形を歪ませる。


「我々騎士団は剣術大会などで従者をスカウトする事がある。従者は騎士見習いの見習い、といった立場にあるのだが」


「ルイーザさんには及ばなかったものの、そのジャックスという男も入賞し、剣の腕を見込まれて騎士団の従者になりました。だけど」

 奴はとんでもないクズだった、とジェラルドは吐き捨てた。


「素性を隠していたが、しばらくすると馬脚を現したのです。傷害や騎士団の名を使っての恐喝、噂では違法薬物の事件にも関わっていたと」

「従者に取り立てた者の審査が甘かったのだ。これが露見した時点で奴は追放を免れなかったが、強く糾弾したのがルイーザだった」


 ジャックスという男は誇りある騎士団を汚したのだ。

 清廉な彼女なら間違いなくそうするだろう、とユウキは思った。


「騎士団に泥を塗った恥知らずめ、ルイーザさんにそう非難されたジャックスはありとあらゆる汚い罵詈雑言を吐いて去っていきました」


「……その男は、今どうしているか分かりますか?」

「さあ、どこかの用心棒にでも納まったと聞きましたが、あんな奴の事は私は考えたくもない」


 蛇蝎の如く、とはこういう事だ。

 多分、騎士団の中ではこれがジャックスへの総意なのだろう。

 こいつを捜してみるのが一番だとユウキは決めた。


「……ありがとうございました、リンディに伝えてみようと思います」

「宜しく頼む、不明瞭なまま事件が片付けられるのが一番良くない」

「私は事件の解決がルイーザさんの無念を晴らし、名誉を守る唯一の方法だと思っています。どうかお願いします」


「騎士団は捜査に直接関われないが、今回の件でオークを迫害しようとする者達が騒いでいるという話は聞いた。そちらに何かあれば、すぐに動こう」



 3人は礼を言うと、訓練所を去った。

 最後にリュウドが副団長と一言二言交わしていたが、恐らく剣についての話なのだろうとユウキは思った。


 草原を抜け、城壁に沿いながら3人は歩く。

 ウサギのようなモンスター数匹が平和そうに草を食んでいた。


「ジャックスって男を捜すの?」

「そうしようと思ってる。まあ、すぐに見つかるよ」

「ああ、素行の悪い奴なら、王立警察に幾らでも情報はあるだろうからな」


 王都から定時ごとに鳴らされる鐘が聞こえてきた。

 リンディに報告してから、午前中の内にまた行動できるだろう。


 ユウキ達は旅立つパーティーとすれ違いながら、西城門を潜った。

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