ワイズナーの最期
「死んでいた!? まさか暗殺者に」
ユウキがアスターに詰め寄った。
ワイズナーも殺された2人と接点があった。
狙われる可能性は十分にある。
「いや、多分違う。外傷が見当たらず、あれは
毒を飲んだのではないかと」
「毒?」
ああっ! と、それを聞いたファントが悲鳴を
上げた。
「先生はきっと思いつめて、毒を呷ったんだ!」
自ら毒薬を。
この学校なら毒薬など簡単に手に入るし、薬学の
教師なら自作も容易いだろう。
「あの人、そんなに思いつめた様子だったの?」
「先生は僕に探し物を頼んだ後、1人ぶつぶつと、
もうダメかもしれないとか、こうなったらきっと
時間の問題だとか。何の事かと聞いたら、異常な
くらいヒステリックにうるさいと怒鳴られて……」
「目星をつけられ、自分に捜査の手が迫っていると
察していたという事か?」
リュウドが腕組みをして視線を落とした。
「──あ、救護隊員は3階の奥の部屋で遺体の状況を
確認してくれ。他は現場の保存を」
アスターは思い出したように指示を出すと、
「私が泳がせるような提案をしなければ」
口元を手で隠すように押さえ、首を横に振った。
その後すぐ、ワイズナーが不正を行っていたこと、
そして彼の死亡の連絡が学校関係者にもたらされた。
校長とローレン他、数名の教師が学校へと集まり、
会議室で事情を聞く事となった。
アスターは校長に、ワイズナーの不正の証拠を発見
しながら伏せていた事を謝り、こんな結果になって
しまった事にも謝罪した。
「事実を知り、協力するような発言をした私にも
責任はあるのです」
ローレンが言った。
証拠の1件を知った彼は、アスター達に学校内で
いかにも隠してありそうな場所を教えた。
それが例の水瓶というヒントであった。
「いや、全ては私の責任だ」
ハルデル校長はやり切れない顔をする。
「私がスタイナー先生から不正があったとする話を
聞いた時、すぐに警備隊に伝えるべきだったのだ。
先生は、内々に済ませてから警備隊に突き出せば
学校の名前に傷が付きにくいだろうと。私は学校の
名を優先するくらい、事態を軽く考えていたのだ」
メディ・ミラ薬学錬金術学校は優れた人材を多く
輩出する、世界的に有名な学校である。
関係者の不正を表沙汰にせず、内々に処理できた
ほうが良いと考えるのは普通かもしれない。
校長は不正があった事を公表し、今後の調査にも
全面的に協力すると伝えた。
それに異を唱えるものは1人としていなかった。
翌日、動きがあった。
ワイズナー死亡の話を聞いた、学校の経理担当の
1人が警備隊本部へと自首したのだ。
気弱そうでとても悪事を働くとは思えないような、
30代の男だった。
1年近く前からワイズナーと組んで、帳簿に細工
しながら横領と横流しを繰り返していたと言う。
洗い浚い話したが、ワイズナーから器具や材料を
渡していた相手についての情報は聞いた事が無いと
言い、問い詰めてもついには何も出なかった。
ただ5ヶ月ほど前から、特定の器具と材料だけを
横流しするようになり、その量も増えたという。
それは麻薬製造に転用しやすい物のようだ。
ワイズナーの遺体は病院に収容され、毒の特定は
出来ていないが、死因は服毒死であろうという結果に
落ち着いた。
誰かが毒を飲ませた可能性もある、とファントにも
容疑が掛かったのだが、別の部屋で作業をしていた
研究員が、彼と入れ替わるような形でワイズナーの
実験室に入って書類にサインをもらっていた。
ワイズナーは落ち着かない様子だったと語ったその
研究員も、毒への関与はきっぱり否定している。
警備隊員は実験室を捜索し、自殺と結論付ける為の
物証を探していた。
自分を取り立ててくれた彼の死に、少しでも協力が
したいと申し出たファントは、ワイズナーが重要な
文書などを保存していた箱を実験室で見かけた事が
あると話し、部屋の隅にある作業台の引き出しの
奥からそれを見つけてきた。
そこには重要書類の他に、遺書らしき、走り書きの
書かれた紙が入っていた。
内容を要約すると、犯人は自分だと恐らく気付かれ
ている、証拠を手に入れても露見まで時間の問題、
横流しが発覚したら邪教団に惨たらしく殺されて
しまう、耐えられない、自分の悪事を明かす、と。
その下に部屋の名前が幾つか書かれていた。
アスターがどういった部屋なのかと学校に聞くと、
どれも都市の外にあり、現在は閉鎖されているはずの
薬品実験室、調合実践室などだという。
そしてその管理者は他ならぬワイズナー。
アスターが部下を派遣し、自分もその1つに足を
踏み入れると、室内には想像だにしなかった──いや
遺書の内容からして多少想定はしていたが、それを
上回る光景がそこにはあった。
外壁などは汚れが目立つのに、中は今も機能して
いるかのように清潔で、数多くの器具や粉末状に
なった材料が残されていた。
この部屋以外も、全てが同じように、
『麻薬製造所』
として設備を整えられていたのだ。
警備隊はここから数々の証拠品を押収した。
「でも、尻切れトンボだよな、これじゃさ」
夕暮れの警備隊詰め所。
1階のフロアでコーヒーを飲みながら、ユウキは
ぼやいた。
アスターから勧められたコーヒーは、多様な植物の
成長が良好で、水も綺麗なこの地のものだけあって
味も香りも素晴らしい。
だが今は、それをじっくり味わう気分ではない。
「……うん。急に暗殺者とか、邪教団と切り離され
ちゃった感じ」
アキノは苦い顔をする。
コーヒーの味のせいではない。
「このまま雲隠れされるのが1番厄介だ」
既に飲み終えたリュウドはカップをテーブルに置き、
腕を組む。
3人とも暗殺者と対峙し、消化し切れない思いが
ある。
不正事件は収束したが、暗殺者絡みの事件は何も
進展がないのだから。
カタルシスを得たいわけではないが、このまま
うやむやで終わるのでは納得が行かないのだ。
「私も何とか尻尾を掴めないものかと、更に製造所を
調べ、今回の関係者の履歴を集めたりしたのですが」
アスターは言葉が続かない。
まだ、これという手掛かりは出ていないのだろう。
何とも言えない、嫌な意味で気だるい空気が部屋に
流れる中、ドアが開いた。
「カーライルに、ラルバン。それにローレンさんも」
妙な組み合わせの3人が立っていた。