暗殺者への怒り
ユウキ達がローレンの屋敷に戻ってから
2時間弱が経った。
朝から慌しい時間の連続だったが、まだ
夜の10時を回った辺りだ。
アキノは重傷だったローレン、そして
負傷した隊員全員の怪我を回復させた。
エルドラド人とプレイヤーでは魔法の
効きが違うらしく、かなりの魔法力を
使い、さすがに疲れた顔をしている。
ローレンと3人はリビングのソファで
向かい合って座った。
彼の傷は癒え、ほぼ全快している。
「スタイナー先生とナント先生が続けて
殺されてしまった時、私は別の学校で
勉強を教えるために出張していました。
それで狙われずにいたのでしょうが。
しかし今回、命を奪われずに済んだ」
「どうして暗殺者は、あなたを手に
掛けるのを止めたのでしょう?」
ユウキが率直に聞いた。
今まで標的を容赦なく殺しているのに、
今回は釈然としない。
「私にも分からない。抵抗する術もなく、
ただ見逃してくれと……命乞いしたんです」
刃物を持った凶手が目の前に迫れば、誰だって
命乞いはするだろう。
だが相手は単なる強盗や暴漢などではなく、
暗殺者だ。
助けてくださいと頼まれたからと言って
易々と見逃すものではない。
加えてこの暗殺は、仲間であろうもう1人が
陽動を行ってまでタイミングを作ったのだ。
護衛を全て倒し、目の前に迫っておきながら、
窓だけ割って帰った暗殺者にはどんな了見が
あったのか。
「ドアから入ってきた暗殺者は、何も言わず、
見えないほどの速さで私を斬り付けました」
それが斜めに切り裂かれた、あの傷だろう。
「暗殺者は続けて、ナイフを振り上げました。
あれが振り下ろされたら私は殺されるんだと
思うと、身近な者の顔が頭をよぎって」
そして、助けて欲しいと命乞いしたのだという。
「恐怖で全てを覚えている訳ではありませんが。
跪いて、どうか見逃して欲しい、私には家族が、
生徒達が、と思い浮かんだ大切な者達を挙げて」
暗殺者はナイフを振り下ろす事は無かった、と
彼は言った。
同じ頃、隊員に隠れていろと言われ、キッチンの
奥にいたローレンの妻と娘は、いてもたっても
いられず彼の部屋に向かったのだという。
2人は部屋で血まみれのローレンと暗殺者を
目の当たりにし、震えて動けなくなったのだが、
暗殺者はその様子を見て、窓から飛び出したの
だそうだ。
「なぜ立ち去ったんだ」
ユウキは呟いた。
躊躇せずに殺せたはずである。
妻と娘が来たからといって、気にするような
者でもないし、血も涙もない暗殺者だったら
一緒に皆殺しにしていてもおかしくはない。
殺されなかったのは何よりだが、どうも合点が
行かない。
ユウキが無意識に首を傾げていると、ドアが
開き、アスターが入ってきた。
「ある程度は、向こうの収拾がつきましてね。
しかしあの騒ぎで、周辺住民は酷く怯えている
ようで……。街中で毒や爆弾をばら撒くなんて、
とても信じられない!」
アスターは怒りをあらわにする。
警備隊員として、住民に危害を、多大な恐怖を
飛散させる暗殺者を心底許せないのだろう。
「しかし、ローレンさんが助かったのは幸いだ。
こちらの隊員達が無力だったのは大変申し訳ない
思いですが、命を奪われずに済んだのは何より」
詳細はまだ知らないようだが、襲撃した暗殺者が
逃げ去ったという話は、他の隊員から聞いてある
らしい。
「ところでユウキさん、例の学校での不正の件
なのですが──」
アスターはユウキに近寄り、耳打ちした。
一方、カーライルはファルロファミリーの
屋敷にいた。
バーを襲われ、散り散りに脱出した者達は
最寄の屋敷へと避難していた。
ここにはラルバンとピリオ、そして彼等の
数名の部下がいた。
その全員がリビングに固まっている。
「……くそっ、ナメやがって」
幹部ピリオが包帯を巻いた頭を押さえる。
爆発の破片で切ったらしく、血が滲んでいる。
カーライルが回復魔法で治してやろうかと
治療をすすめたのだが、彼は突っぱねた。
傷の痛みと怒りがリンクしているらしい。
「ガルザの葬式も、彼を悼む時間も、あの
ふざけた暗殺者に汚された。もうただじゃ
おかねえっ! とっ捕まえたら、奴の血で
この街の広場を染めてやる!」
「熱くなるな、ピリオ」
ラルバンが言うが、熱くなるなと言う方が
無理だろう。
内心、彼も同じくらい頭に血が昇っている
のだ。
家族のように絆で結ばれたファミリー。
年齢の差や任された仕事によっての地位は
違えど、彼等は単なる組織ではない。
幹部を殺害され、葬儀をぶち壊された事は、
親兄弟を殺され、弔う時間に辱めを受けたのと
変わらない。
ならば、彼等はどうするか。
流された血の代償は、同じく血で払ってもらう。
地域からの信頼が厚く、一目置かれる彼等
だが、何があろうとけじめはつけさせる。
それがファルロファミリーのルールだ。
様々な犯罪組織の中では、比較的穏やかな
ファミリーであるが、その中にあって彼、
ピリオは武力で白黒つける武闘派だ。
出来るだけ冷静沈着に努めようと、ピリオは
大きく鼻息を吐いた。
だが腹の中は煮込み続けたシチューのように、
ドロドロに煮えくり返っている。
「運び屋だか何だかに情報を集めさせてるん
だろう? 何でもいい、奴の居場所が分かり
次第、若いもんを出して……いや、俺が直々に
叩き殺しに行ってやる!」
ピリオが思い切りテーブルを殴り付けた。
怒りは部屋に充満し、中にいる誰一人として、
その空気を不快に思う者はいなかった。
カーライルさえも感化されている。
それほどまでに暗殺者への怒りは満ち満ちて
いた。
ローレンの屋敷。
3人とアスターはリビングを離れ、庭へと
出ていた。
「うん、その方法はありかもしれない」
ユウキはアスターからされた、関係者以外に
口外法度の、ある提案に同意した。
学校の不正について調べた結果、アスターが
見つけたあるものの扱いについて、彼自身から
1つの作戦を提案されたのだ。
「上手く行ったら、万事解決しそうだけど」
「こちらでも出来るだけフォローします」
2人が話していると、人を連れた警備兵が
門から入ってきた。
「ん? あれはクレアさん……!」
楚々としたカーディガンを羽織った彼女が、
大きなバスケットを持って歩いてくる。
だがその顔は──。
警備兵はユウキ達を見つけると、クレアを
連れて歩み寄ってきた。
そしてアスターに敬礼を1つ。
「周辺を警戒中にこの女性を保護しました」
「保護とは? 一体何が?」
アスターが俯くクレアを見つつ、聞いた。
その顔は何とも痛々しい。
「暴行を受けたようで、道にうずくまって
いまして。最初の目撃者の方だと気付き、
ここなら傷を治癒できる異界人の女性が
いると思い、連れてきたのですが」
彼の言う通り、クレアの左頬は腫れ上がり、
口から血が滲んでいる。
殴り倒されてぶつけたのか、こめかみにも
擦過傷があった。
「ひどい、一体誰にやられたの?」
アキノが駆け寄り、傷を確認する。
クレアはそれを拒否でもするかのように
1歩下がると、こう言った。
「私、また暗殺者を見てしまったんです」