夜の静けさ
学校を出た後、ユウキ達はアスターの
提案でローレンの護衛任務に協力する
ことになった。
元々護衛任務は警備隊からメンバーを
選出する事になっていたそうだが、今日
襲撃してきた暗殺者の戦闘力から見て、
ユウキ達、異界人の人手が必要だと判断
したようだ。
3人は快諾し、カーライルに連絡すると
その役割を務める事にした。
護衛に加わるまで、少しゆっくり出来る
時間があったので食事処の多い繁華街へ
繰り出す。
多くの店が並ぶ賑やかな場所ではあるが、
ごみごみしていないのが整然としたこの
街を表しているようだった。
ただ詳しい者に教えてもらえば、猥雑な
店もあったりするらしい。
それはどの街にも共通する部分だ。
3人はアスターがすすめてくれた店で、
鶏肉のソテーと野菜をふんだんに使った
スープで夕食を済ませた。
飲み屋もあり、これが冒険を終えた後なら
少しアルコールを入れても構わないのだが
護衛をする以上、そうもいかない。
人通りの多いメインストリートから何本か
路地を横に入り、高級住宅地の外れにある
ローレンの屋敷に足を運んだ。
2階建てで建坪だけで100坪はくだらない。
この界隈では小振りなほうだが、それでも
立派な屋敷だ。
普通の学校の教師はこんな家に住めるほどの
高給取りではないが、ローレンは医薬品などで
複数特許を得ており、それによる収入らしい。
街で売られているヒールポーション等にも、
それぞれ違う調合レシピがあり、材料が同じ
でも効果などが変わってくる。
風邪薬に喉、熱、頭痛、どれに対する効力が
高いか商品ごとに違うように、ポーションや
毒消し薬にもちゃんと差がある。
メディ・ミラはそういったレシピの管理や
特許の申請なども行っている都市である。
この世界の薬品とは切っても切れない場所
なのだ。
3人は、屋敷で既に警備に付いている6人の
隊員達と合流した。
護衛と言っても、氏に付きっ切りではなく、
屋敷の周りで警戒を行う。
アキノが結界石を屋敷の周囲8ヶ所に置いて、
結界の術をかける。
この結界の術にも種類があり、モンスターを
完全に遮断するものから、対象接近を知らせる
警報用など、用途によって異なる。
本来、フィールドでの野宿やダンジョン内で
セーブポイントの安全確保に使われるが、
今回は接近すると結界石がランプのように
発光点滅し、音を鳴らす仕様を選んだ。
準備をすると、屋敷の周りを行ったり来たり
して不審者の確認を行う。
この作業が実際少し、いやかなり暇なのだ。
同僚が暗殺されており、狙われている可能性
は十分高いとされているが、ローレンに対し、
犯行予告が出ているわけでもなく、暗殺者が
現れるタイミングなど誰にも分からない。
ユウキ達がしっかりここに居座っていれば
手を出しづらいだろうが、延々と毎日ここで
警護し続けるという訳にもいかないだろう。
「狙われるのは、やはり麻薬絡みだからか」
柄に左手をかけて、リュウドが言った。
ユウキが足を止めて、頷く。
「違法薬物取り締り云々はそれほど重要な
ことじゃない気がする。暗殺された2人は、
学校名義で不正をした者について知り過ぎた
から殺されたのかも」
「犯人を突き止められれば、暗殺者にまで
こっちの手が届くって事よね?」
「多分。スタイナー先生は、犯人と邪教団が
関係している情報でも掴んでしまったのかも
しれない」
「アスターがそれを見つけ出してくれれば、
事態は好転するのだろうが」
アスターは護衛の任務には参加していない。
ローレンの話から、スタイナーが不正の証拠を
何かに書き残していたという情報が得られた。
どこにあるかは不明だがある事は確かだと言う。
ローレンが、スタイナーとナントの実験室には
それらしい文書は無かったとも言っていた。
それを聞き、アスターが彼等2人の家や管理
していた外部の実験室に向かい、証拠とされる
文書を探す手はずとなったのだ。
「早く解決できると良いね」
そう言いながらアキノはふと、後日招かれる事に
なっている国王主催パーティーに意識を向けた。
今の状況でそんな事を考えるのは不謹慎かも、と
罪悪感に近いものを覚えなくもないが、ドレスで
着飾ってパーティーに出るなどリアルの世界では
決して体験できなかったイベントである。
不安と期待、同席するユウキにエスコートすると
言われた胸躍る気持ちが、心の中で、静かにでは
あるが熱を帯び始めている。
それに心置きなく参加するためにも、この都市で
起きている事件にけりをつけなければならない。
アキノはそう心の中で結んだ。
静かな夜だった。
ファルロファミリーの面々は弔いの場でも設けて、
殺された幹部を悼み、杯でも傾けているだろうか。
星々のきらめく澄み渡る夜空を見上げながら、
今夜は暗殺者に早寝していてもらいたいな、などと
ユウキが思っていると、
──ドォン
遠くから空気を伝って破裂音が聴こえた。
明らかに何かが爆発した音。
あれは繁華街に近い方向ではないだろうか。
「何事だ?」
警備隊含め、その場にいた者達が顔を見合わせて
いると、ユウキの目の前にメッセージウインドウが
開いた。
「ユウキ、まずいぜ! こっちに応援に来てくれ!」
「カーライル、どこだ!? 何があったんだ!?」
「暗殺者が出たんだ、今俺が何とか食い止めてるが。
野郎、繁華街で爆発物と毒ガスなんか使いやがった!
こんなのテロじゃねえか! 頼む、早く来てくれ!」