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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
100/173

ローレン先生

 

 屋敷を出たユウキ、リュウド、アキノの

3人は、何か口にする事にした。

 襲撃事件の様子やファミリーの幹部との

会話をアスターに報告する必要があるが、

昼食でも食べて一息つきたかったのだ。


 市街地にある適当なレストランに入った。

 テーブルの数は15ほどで、ランチタイム

は過ぎていたが席は8割埋まっていた。

 なかなかの人気店なのだろう。


 飲み物とおすすめの料理を何皿か注文し、

腰を落ち着けた。

 朝は幹部のラルバンと話し、暗殺者の襲撃に

出くわし、ついさっきは事情聴取の名目で

強面の幹部達の集まりに参加してきたのだ。


 続けて非合法、反社会的と人に呼ばれる者と

会ってきたので気が張ってしまう。

 自然と、こういうごく庶民的なレストランで

和やかな空気に身を置きたくもなる。


 そう思っていたのだが。

 周りから聞こえてくるのは、また暗殺者が

現れた事、昨晩にはファルロファミリーの

幹部が殺され、先ほど墓地での葬儀にまで

その凶手が姿を見せたという話ばかり。


 邪教団が暗殺者を使う、という方法は一部で

知られており、話題はその邪教団の存在にも

及んでいた。


 全てが明確な情報ではなく、中には想像の

域を出ない噂話なども混じっているようだが、

暗殺者の脅威は確実に人々の間に広まっていた。


 邪教団は人々を恐怖させ、破滅させる事を

教義として活動する魔族崇拝の集団である。

 本物の暗殺者を目の当たりにする直接的な

恐怖よりも、こうして恐怖の種を()かれ、

それが自分自身の疑心や不安を養分として

芽生え、次第に心の奥底まで根を張っていく

方が、より恐怖は全身へと染み渡る。


 そうやって心に(ひず)みを作ってやれば、麻薬に

手を出す者も多くなるかもしれない。

 それに反抗的な行動を起こせば、暗殺の

標的にされる可能性も出てくる。


 暗殺者の暗躍で常に緊張状態にさらされた

人々は、破滅へ導こうとする邪教団の手管に

掛かったも同然と言えなくもない。


 恐怖の連鎖反応を食い止めねばならない。

 決意を新たにし、ユウキは運ばれてきた

新鮮な薬草サラダをバリバリと食べた。




 遅めの昼食をしっかり腹に収め、綺麗で

澄んでいると評判の湧水で淹れたコーヒーを

ゆっくり味わうと、3人は警備隊の詰め所へ

向かった。


 詰め所では、先ほどの暗殺者襲撃の調書を

書きながらアスターが待っていた。

 彼が言うには、あれから警備隊があの近辺で

暗殺者が身を潜めていそうな場所を(しらみ)潰しに

探したが、何の成果も無かったとの事だった。


 邪教団と暗殺者は、違法薬物の市場を奪い取る

つもりなのではないか、というファミリー側の

推測を伝えると彼は顎に手を添えて、少し考え、


「薬学学校での、器具や材料の不明瞭な購入は

それらと関係があるかもしれないですね」

「俺も無関係だとは思えない」

 符合は偶然ではないだろうと、ユウキは同意する。


「そう言えば、警備隊での護衛の話もまとまった

んです。それを伝えに行くのも兼ねて、ローレン

先生にまた会いに行きませんか」

「ああ、そろそろ時間は取ってもらえそうだし」

 4人は再び、メディ・ミラ薬学錬金術学校へと

足を運ぶ事にした。




「じゃあ、ワイズナー先生とは今日中にお話は

出来ないんですね?」

「はい。準備していた材料の状態から言って、

今日いっぱいは調合に時間を使いたいからと。

後日、実践授業の合間なら構わないとの事です」


 校長から話が通してあるから、と学校の事務所で

面会を求めたユウキは、キノコのような帽子を

被った女性事務員にこう返された。


 折角だから両者に話を聞いておきたかったが、

本業を邪魔するわけにもいかない。

 ユウキ達はローレン先生の実験室へ向かった。


 ローレンは好人物を絵に描いたような、柔和で

温厚な男だった。

 60代前半で、白髪に白髭だが後頭部まで見事に

禿げ上がっている。


 薬学の権威で医術の心得も持っているらしい。

 彼も違法薬物取り締り強化を掲げた議会議員の

1人で、自分もきっと暗殺者に狙われているの

だろうという危機感を持っていた。


 ユウキは、同僚で暗殺者の手に掛かった2人の

お悔やみを述べてから、

「スタイナー先生が、学校の中に学校名義で

不必要な器具や材料を大量に購入していた者が

いると言っていたそうなのですが」


「それは私も聞きました。スタイナー先生は

大変正義感の強い方で、真実に辿り着く為に

丹念に調べていると。確か証拠になる情報を

得たらしく、記録していたとか」


「不正を働いていた者が分かっていたと?」

「どうやらそのようです。この学校で教職に

就いている先生や研究家はおおよそ100名

近くいますが、不正の関係者を突き止めたので

告発する為に更に情報を集めると」


「その記録がどこにあるか、分かりますか?」

「いやそこまでは。こういった話は、一部の

者にしかしていないそうで」


 違法薬物の取り締まり強化を掲げたために

暗殺されたと思われていた2名の議会議員。

 だがこの話を聞くと、不正を隠蔽するために

命を奪われたという動機も考えられる。

 学校に、邪教団、暗殺者と何らかの繋がりを

持つ者がいるのだろうか?



「ローレンさん、あなたは他のお2人と同じ

ように命を狙われている可能性があります。

そこで警備隊から数名護衛を付けようと」


 アスターが伝えるとローレンは一瞬安心した

ような顔になるが、今度は眉を下げて、


「それはありがたい。……ところでクレアは

大丈夫なのでしょうか? 何でも、暗殺者を

目の前で目撃したと聞きましたが」


「一応、大丈夫ではないかと思っていますが」

 アスターは言葉を濁らせる。


 決して大丈夫だとは言い切れない。

 しかし、殺害現場を目撃した時点でこれという

危害を加えられていないのだから、今になって

暗殺者が殺しに来る事は無いのではないか。


「友人だったラウドのお孫さんですからな。

何も無ければ良いのですが」

「今はローレンさんが面倒を見てあげてるとか」

 アキノが聞く。


「ええ。離れた街で、店に住み込みで働いていた

彼女が彼のお店を継ぐ事になって。初対面の時

から感じの良いお孫さんですよ」


 少しでも売上の足しになればと、パンと茶菓子

を届けに来てもらっているとローレンは言った。

 パンと茶菓子を運ぶには無駄にでかいバスケット

だったな、などとユウキが考えていると、


「ラウドがあんな死に方をしなければ」

 ローレンがポツリと呟く。

 それは死を惜しむというより、何か疑惑めいた

ものを感じさせるニュアンスだった。


「その老人はおかしな死に方をしたと?」

 念のため、リュウドが聞いた。

「心臓発作で病死、とされていますが。彼は

腰痛の持病はあったが、他は健康そのもので。

それに遺体を見た時、唇の端に妙な変色が」


 ローレンは続ける。

「改めて考えると、特殊な毒物を摂取すると

現れる反応に似ていたとも思えるが。しかし

大変希少な毒物で、ラウドがそれを口にする

機会はまず無いと思ったので」


「誰かに毒を盛られた可能性は?」

 暗殺者の姿が浮かび、思わずユウキが聞くが、

ローレンは首を振る。


「その毒自体、高度な技術と知識で独自に調合

しないと作れないもので。そもそも、雑貨屋の

主人をそんな手で殺す意味はないですからな」

 ラウドは大層な好人物で商売敵はいたものの、

その店の店主とも仲は良好だと彼は言った。


「まあ、不幸な最期を遂げてしまったラウドの

孫娘だけに大事にしてやりたいと思うんですよ」

 ローレンはそう結んだ。





 その日の夜。

 街中の家庭で夕飯が始まる前くらいの時間。

 クレアは自宅で風呂に入っていた。


 バスタブに湯を張り、ゆっくり体を浸ける。

 毎日お湯は使えないが、今日は特別だ。

 高級住宅地で雑用の手伝いの仕事がある。


 メイドがやる雑用の補助みたいなものだが、

店を閉めてからの時間に出来る副業としては

良い副収入になるし、給金とは別にその日に

余った食材なども貰えるので大変ありがたい。


 湯気の中で、クレアは自分の両手を見る。

 手袋の下にあるのは酷い火傷の痕。

 これを見るたび、思い出す。


 炎に飲まれて死んでしまった両親。

 家は焼け落ち、楽しい思い出は灰になった。

 大火傷を負い、その苦痛の中で途方に暮れ、

絶望し、そして私は──。


 天井を眺める。

 緩く編んだ髪が、少しだけお湯に浸かった。

 もうあの日には戻れない、もう帰れないのだ。


 身を清めると、お湯から上がる。

 清潔感のある白の下着をつけ、出来るだけ

身奇麗な格好をするためにシャツとスカートを

選び、カーディガンを着る。


 お店の収入で買えたカーディガン。

 お気に入りの一着で、元々器量良しのクレアは

町娘にしては上品で楚々とした雰囲気となる。


 手袋をはめ、今日は大きなバスケットではなく、

小さな肩掛けのバッグを持ち、CLOSEの

札を店の入り口にかける。


 人出の少ない通りを、彼女は高級住宅地へ

向けて歩き出す。

 生活感のある街並み、ここを20分も歩けば

目的の屋敷に辿り着く。


 魔法石の街灯に照らされる道をクレアは歩く。

 1つ先の曲がり角を曲がれば、住宅地へ続く

タイル張りの道に変わる。


 その角に至る前で、クレアの足が止まった。

 街灯が作り出す淡い明暗、その暗の部分から

影法師のように黒い塊が伸び上がり──。


 それは人だった。

 だが住宅街には似合わない異装。

 いや、こんな服装が似つかわしい場所など

この世のどこにも無いのかもしれない。


 クロークに、2つの穴が穿たれたマスク。

 彼女はこの姿をよく知っている。

 仮面の影法師は肉体を持たぬ幽鬼のように、

ゆらりとクレアとの距離を縮めた。



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