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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
10/173

宿屋

 

 PUBを後にした3人は、3軒目にしてようやく宿が取れた。


 宿屋に部屋を借りているパーティーは想像より多く、どこもいっぱいだったのだ。

 戻れる場所があると、心持ちも変わってくるのかもしれない。


 通された部屋は2階で、ベッドが3台にテーブルセットが1つ。

 値段もサービスも普通で、内装もシンプルだが過不足は無い。


 3人は武器や防具、装飾品等を外して各々のベッドの横に置き、一息ついた。


 着慣れて体に馴染んでいるとは言え、それなりに重みのある防具を付けていては寛げたものではない。


 枕やベッドの硬さなどを確かめていると、ドアがノックされ、若い女性従業員が顔を覗かせた。


「お風呂の準備が整いました」

 宿泊を決めた時、アキノの要望で準備をしてもらっていた。

 すぐ風呂に入れる、という条件でここを即決したとも言える。


「それじゃあ、お先に」

 着替えの入ったリュックを持って、アキノは部屋を出た。


 この宿屋の風呂には、魔法石のシステムが用いられている。

 魔法石は魔法を封じ込めておく力があり、異界人の装備品の中にも属性攻撃や魔法防御を付加する目的で付けられた物がある。


 同じようにそれを組み込まれた道具は、現代の機械製品と類似した機能を発揮する。


 魔法石の付いた管で、ポンプと同じように地下から宿屋のタンクへと水を汲み上げ、続いて発熱の力を持つ魔法石で任意の時間に沸騰させて、バスタブへと注ぎ入れる事が出来る。


 他にもエアコンや冷蔵庫、洗濯機に近い道具もある。

 これらは宿屋や特別階級を持つ者の家くらいにしか無いものだが、その利便性はこの上なく高い。


 アキノは1階に下り、脱衣場に入った。

 中には大きな鏡と脱衣用のカゴがあり、スパや銭湯と大差ない。

 1つ違うのは、異界人向けに装備品用ラックが置いてある事か。


 アキノはリュックから着替えを出す。


 生きている以上、新陳代謝はする訳で、当然着替えも必要となる。

 プレイヤー達は冒険時の装備品だけでなく、下着や普段着の換えも気にしていかなければならない。


 クリーニング屋や宿泊客への洗濯サービスを行う宿屋も存在し、装備品の修繕と並行して頼んでいく事になりそうだ。


 アキノはブーツと脚を包んでいたソックスを脱ぎ、ケープを外す。

 髪を気にしながらローブを脱ぐと、スカートを下ろした。

 鏡にアキノの下着姿が映し出される。


 くすみの無い白い素肌、すらりと伸びた手足。

 突き出たバストは両手に余るほど豊満で、その下のウエストは細くくびれている。


 そこから続くヒップラインは女性的なまろやかさを持ち、肉付きが良いながらもキュッと形良く上がっている。

 絵に描いたように整っているスタイル。


 外見はキャラメイクの際に設定できるが、容姿は美男美女がデフォで、体型もモデルのようだ。


 アキノは鏡の前に立つ今の自分に違和感は無いが、ゲームの外にいた頃を思い出すとギャップを感じる。


 さすがにここまで見事なメリハリは無かった。

 試しに両手で胸を揉んでみたりする。


 モニュモニュとした触感、指がある程度まで食い込んだ所でほど良くポヨンと押し返す弾力、そしてボリューミーな重量感。


(自分のだけど、すごいな、これ)


 体を捻ったりして鏡で一通り凹凸を確認すると、アキノはブラジャーを外し、下も指の間に挟んでスルスルと下ろした。


 浴室は洗い場と手足を伸ばせるバスタブがあり、多くのプレイヤーが慣れ親しんだ日本の作りと変わらない。


 労わるように身体を静かに洗い、腰まである豊かな髪も丁寧に洗うとバスタブにゆっくりと浸かった。


 こちらに来てから何度かお湯を使ったが、湯船にゆったりと入ったのはこれが初めてだった。


 体が温まり、リラックスする。

 今、回復しているなあとアキノは実感した。


 HPやMPはアイテムや魔法で回復出来るが、肉体の根本的な体力や精神は休息しないと回復しないようだ。


 回復魔法で傷が塞がってHPが最大値に戻っても、休息を取らなければ体を動かす度に痛みやだるさを感じ、パフォーマンスを出し切れなくなる。


 それは栄養ドリンクで無理矢理徹夜した後に近いかもしれない。

 しっかり食べて、ゆっくり眠り、十分体を休ませる。

 RPGにおける宿屋の重要性はここにあるのだ。


 アキノは肩までお湯に沈め、今日1日を振り返る。


 ゲームの中に入ってから慌しい毎日だったけど、ユウキ達とパーティーを組めたのは幸いだった。


 この世界だとユウキと自然に話せる。

 何度かやったオフ会ではほとんど話せなかったし、同じ大学にいるのが分かっても普段は全然会う機会が無かった。


 お互い、積極的にどんどんコミュニケーションを取るようなタイプでは無いから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれども。


 でもこうしてまた、ユウキの仲間として冒険が出来る。

 仲間、今はその関係を大事にして行けばいい。

 顎まで入り、アキノは感慨に浸った。




 アキノが部屋を出ると、ユウキはベッドに寝転んだ。

 リュウドは腕組みして、壁に寄り掛かっている。

 窓の外を見下ろすと、通りで、オークを討伐しろと騒いでいる十数人のグループが見えた。


「犯人、誰だろうな」

 ユウキが呟く。

 リュウドは目線だけそちらへ向けた。


「まさかとは思うけど……プレイヤーでは無いよな?」

「今回に限っては違うだろう」

 引っ掛かる言い方にユウキは疑問の表情を作る。


「今回に限っては、って言うのは」

「言葉通りだ。これからそういう可能性は出てくるだろう」

 リュウドは壁から離れ、椅子に腰掛けて続けた。


「プレイヤー、異界人は強い。クエストで戦闘に参加するようなNPCはレベルを設定されていてそれなりに強いが、私達は多くのスキルを体得し、装備もレアリティの高い物で充実している」

「……しかも死んでも復活する」


「その通りだ。強力な力と不死身の身体、この2つが揃えばこそ凶悪なモンスターに立ち向かえるが、逆にどんな犯罪行為だって出来てしまう。考えてみろ、魔導師が街中で広域破壊魔法を使えば兵器のように区画ごと吹き飛ばせてしまう。戦士や闘士が全力で暴れ出したら、その辺の警備兵ではとても手に負えないだろう」

 だろうな、とユウキは呟いた。


 今はゲームのルールに従うように、皆愚直に冒険して謎を解いている。

 だが自分がやりたい放題出来る強者だと気付き、実際に犯罪に手を染めるケースも出てくるかもしれない。

 いや、まだ情報が無い地域では既に起こっている可能性はある。


「力だけではない、たとえばフェリーチャ商会だ。商人職の1人1人が多額の現金や高価なアイテムを所有する商人ギルドの総資産は幾らになる? 他の商会を買収して規模を増し、財界に影響力を持つ事も不可能ではない。組織力を持つ武闘派ギルドが企てればクーデターだって起こせるかもしれない。権力者に取り入り、地位を得て政治に口を出す者も出てくるのではないか」


 オフで交流はあっても、プレイヤーの素性は全て把握出来るものではない。

 もし専門的な知識を持つ野心家がいれば、直接的な暴力でなくても、世界の何かを変えてしまえるだけの波紋は起こせるのだ。


「私達はこの世界では超人だ。しかし超人の力は1歩間違えば、自身を狂人に変えてしまうかもしれない」

 強い力を持つと、人は理性のタガが外れやすくなる。

 それは人類が歩んだ争いの歴史を紐解けば分かる事だろう。


「力が全てなのだと、力のみを信仰する者は少なからずいるものだ」

「ああ、俺は知ってるつもりだよ」


 ユウキは寝返りを打った。

 そして、以前所属していたギルドの事を思い出す。


 ゲームの中で、初心者の頃から恩師のようだったプレイヤーが作ったギルド。


『マナーを守って楽しく助け合いながら冒険しよう』

 そんな割と緩めな思想を持って作られたそのギルドは、親しみ易さから、いつしか日本のサーバーではかなりの規模を持つようになり、知らぬ者はいなくなった。


 ある時、リーダーが仕事が忙しいからと、一時的に数人をサブリーダーに任命し、リーダーの不在期間を任せられる事になった。


 その中の1人であったユウキは張り切ったが、別のサブリーダーの1人が勝手な事をし始める。

 別のギルドにスカウトをかけて、人を引っ張るようになったのだ。


 ギルドシステムにはギルド同士が集団の模擬戦を行えるイベントがあり、その勝敗を気にするプレイヤーも多い。


 人員確保の為のスカウト自体は別に悪い事では無いが、実力者を見つけると相手が別のギルドのリーダーであっても半ば強引に話を進めてしまうのだ。


 リーダーが別のギルドに入れば、元のギルドは消滅してしまう。

 しかも反論が出ると、一定のレベルに達しておらず、装備も揃っていない者は役に立たない雑魚だと切り捨ててしまう。


 この不満はギルドそのものにぶつけられ、ユウキはゲームの中で直接相手のギルドに出向いて謝ったり、専用のSNSなどで謝罪するはめになった。


 幾つものギルドの仲が壊れたり、分裂する中、問題のスカウトを行っていたプレイヤーは独立を宣言し、新たにギルドを立ち上げた。


 それが尾を引いたのか、元々統率し切れないほどに大きくなっていたのか、ユウキがサブリーダーを務めていたギルドは離脱者が出始める。


 一大ギルドの分裂、そして瓦解の始まりだった。

 ユウキは他のサブリーダーと相談したり、リーダーにメールで報告をしていたが、その流れは止められなかった。


 復帰したリーダーはサブリーダー達に、面倒を押し付ける形になってしまい、申し訳ないと謝罪した。


 そしてリアルとゲームの色々な面で限界を悟ったのか、リーダーはずっと考えていた引退を表明し、ギルドリーダーはユウキとは別のプレイヤーが引き継いだ。


 リーダーの求心力や有力ギルドとしてのネームバリューが失われた為か、離脱者は更に増え、ギルドは名前だけが残り、形骸化する。


 ユウキは、大きなギルドを潰した、などとエルドラドオンラインの掲示板である事ない事を書かれ、落ち込む日々を過ごした。


 リーダーに理由を話し、理解してもらえた上でユウキはギルドを離脱。

 絶えなかったログインを徐々に減らしつつ、新バージョンのアップデートの日を迎えたのだった。


 ユウキはまた寝返りを打つ。

 独立したあのプレイヤーもギルドも、こちらに来ているのだろうか。


 力だけが全てだと信じる者達が、己の有用性を知った時、この世界にどんな影響を与えるのか。

 頭に少し思い浮かべるだけで、背すじが寒くなる悪い予感しかしない。


 ユウキが3度、寝返りを打とうとした時、不意にウインドウが開いた。

 それはリンディから連絡だった。

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