01レトロウイルス
俺は物語が好きだ。物語は自分とは違う人生を擬似体験させてくれる。感動がある。笑いもある。ついでに恋愛もある。
俺自身の人生にはあっても微々たる物だ。だから俺は小説を読み、漫画やアニメを見て、ゲームをする。
俺は物語を楽しむ為に生きている。
願わくば、いつまでも物語を糧に生きていたい。
それが俺が不老不死を目指す動機だ。
少し前までは会社員をしていたが、今は無職だ。自分なりに頑張っていたつもりだが、会社の求める水準に達していなかった。具体的にいうと管理職としての適正が無かった。出世できない者は辞めろという雰囲気の会社だった。
貯金もあるし、やりたいこともあるから退職した。それは不老不死の研究だ。
現状だと不老長寿の技術ができるのが、数十年から百年後くらいではないか、と予想されていたのをネットで見た。
それでは遅いのだ。俺が死んでしまう。
どうにか出来ないものか、と起業する事を考えた。お金を集めて、研究者を雇い、まずは不老化技術を完成させるのだ。不死は寿命をなくしてからでいい。
世間では不老化を真面目に考えている者は少ない。たぶん一部の研究者くらいだ。つまり全然本気を出していないのだ。国が予算を計上し、企業が研究施設を造り、頭の良い人が研究をすれば大幅に時間を短縮できるはずだ。
だがそれは無いものねだりだ。不老化技術の推進を主張する政治家はいないし、利益が回収できるか分からないものに企業はお金を出さない。企業や大学に所属していない優秀な者が、わざわざ研究などしない。
俺が起業すれば研究者の頭数は増える。自分の会社で不老化が完成したら死ぬ前に間に合うだろう。
検討してみたが無理そうだ。そもそも俺は無能とまでいかないまでも低能なのだ。起業など上手くいくはずが無い。
故に、自分で研究する事にした。ひとり、1Kの賃貸の自室で。
色々準備やら作業で一ヶ月が経った。
インターホンが鳴った。来たか。宅配の受け取りを済ませ、箱を開封する。
レトロウイルスベクター。52000円也。
レトロウイルスとは、RNAウイルス類の中で逆転写酵素を持つ種類の総称だ。遺伝子治療に使われる。人間のDNAに、逆転写酵素とウイルスRNAで作ったDNAを追加できるのだ。
培養していた俺の体細胞にレトロウイルスベクターを混ぜる。とりあえずは増やさないとな。