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ソウルブレイダー  作者: けすと
第一章 光怜高校
6/31

5

 二年一組の教室では、生徒たちが思い思いの話題で雑談していた。

 しかし、その話題の半分ほどは同じものだ。三年生の連続失踪事件である。

 学校は失踪としか生徒に伝えていなかったが、誘拐の可能性が高いということは既に共通の認識となっていた。しかし、大きな声でその話題を口にする者はいない。

 理由は教室の窓側、一番後ろの席にあった。

 その席に、腰まで届く黒髪の女子生徒が座っている。

 彼女──斉木静音は睨むように窓から空を見上げていた。

 周りのクラスメートの話す内容は、静音の耳にも届いている。

 女子のグループが時折、気遣わしげにこちらを見るのが分かった。

 失踪についての話題は彼女の近くでは語られず、離れた位置で交わされている。

 静音にも、彼らに他意はないのは分かっていた。女子などは純粋に心配してくれているのだろう。だが、今の静音にはその気遣いがどうしようもなく、煩わしかった。

 窓から見える空には、まだ冬の寒さを帯びた太陽が浮かんでいる。

 静音が空を見上げながら、物思いにふけっていると、教室の扉が開いた。

「はい、着席しなさいー」

 担任の女教師、藤林理香子だった。

「まずは、皆さんの新しいクラスメートを紹介します」

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、先ほどまでと比べて数倍の大きさの喧騒が、教室に溢れ返った。

「マジかよ、転入生だって」

「うそ、女子かな? かわいい?」

「先生ー、それって男子? イケメン?」

「わたしは背、高い子がいいなー」

 などなど。好き勝手に、転校生の性別やら容姿やらについて話し始める生徒たち。

 盛り上がるクラスメートの喧騒をよそに、静音は変わらず空を見上げていた。

 転入生が男だろうが女だろうが、今の彼女にとっては心底どうでもよかった。

「あーもう、静かにしなさいっ」

 理香子が声を張り上げると、徐々に喧騒が収まる。

「……こほん。入ってきて」

 言われて男子が一人、教室に入り教壇に登った。

 背は百八十とまではいかないがそこそこ高く、一見痩せているように見えるが、肩幅はがっちりとしている。

 美男子ではないが、顔は整っているほうだ。しかし目つきが若干険しい。

 緊張しているのだろうか、視線は落ち着きなく宙を彷徨っていた。

「じゃあ自己紹介して」

 理香子に促されて男子は口を開く。

「新堂直哉といいます。これからよろしくお願いします」

「じゃあ、あそこの席を使ってね」

 ちっ、男かよ、とか、けっこうイケメンじゃない? などのささやきの中を通って転入生が机の間を歩いていく。

 静音は相変わらず空を見上げながら、ふと、今朝教室に着いた時に疑問に感じた事を思い出した。

 クラスの人数の都合で、彼女の座っている席はクラスの最後部になっており、隣に席はい。教壇に向かって左は窓、右は誰もいない、という特等席だったのだが、今朝登校してくると、右隣に机が一つ置いてあった。

 クラス委員か何かの活動で使用した机が、置きっぱなしになっているだけだろうと、その時は思っていたのだが──

 隣を見てみると、そこには席に座る転入生の姿があった。静音は一瞥すると、すぐにまた窓の外へと視線を戻した。

 どうでもいいことだ。今はもっと他に考えるべきことがある。

 煮えるような焦燥を飲み込み、彼女は想いに沈んでいった。


 朝のHRが終わり、直哉は一息ついた。

 クラスメートに一斉に囲まれる、といった漫画のような状況も起こらず、直哉は次の授業の準備を始めた。

 机の左にあるフックに掛けられた鞄を開こうとした所で、前から声がかかる。

「よう、俺は風林寺昂ふうりんじこう。よろしくな」

 直哉の前の席に座っていた男子生徒だった。

 椅子に前後逆向きで座って、嫌味のない笑顔を浮かべている。

 髪は男子にしては長めで、第二ボタンまで開けて着崩した学ランが妙にさまになっていた。

「ああ、よろしく」

「しかし、編入とは珍しいよな。まぁ、ここは色々と変な学校だから、分からない事があったら何でも聞いてくれよ」

「ありがとう、助かる。……風林寺君でいいのかな」

 それを聞いて、くっく、とこらえるように笑う風林寺昂。

「よせよ、君とか律儀につけるような奴に見えないぜ。俺の事は昂、でいいよ」

「んじゃ、よろしく、昂。俺も名前で、直哉でいい」

「ああ。あ、そうだ、ついでにこいつも紹介しとくよ」

 昂は右隣の席で他の生徒と談笑していた女子の肩をポン、と叩いた。

「ほら、自己紹介しろよ」

 いきなり話を振られた女子は焦った様子で、

「ちょ、ちょっと、今お話してたんだけど……もう。えっと、星川光ほしかわひかりです。よろしくね」

 少し癖のあるボブカットがよく似合う、小柄な女子だった。

「よろしく」

「こいつは俺の幼馴染なんだ。普段は全く頼りにならないけど、占いとかは結構当たるんだぜ」

「えー、普段は頼りにならないってどういうことー」

 紹介内容が不服らしく、光が昂に食ってかかる。

 そこにさらに一人の生徒が寄ってきた。

「おいっすー」

 妙にハイテンションな挨拶。

「よう、望月」

「おはよー、沙耶ちゃん」

 挨拶を返す昂と光。

 近づいてきたのは、今朝いきなり話しかけてきた望月沙耶だった。

「……おはよう」

 一応知らない仲ではないので、挨拶を返す。

「おはよう、直哉君。同じクラスだったねー」

 何故か嬉しそうに沙耶は言った。

「なんだ、知り合いなのか?」

 昂が意外そうに尋ねる。

「今朝、登校中にいきなり話しかけられた」

「あー、望月はそういうの目ざといからな」

「ちょっと、目ざといとかじゃなくて、新聞部員として優秀と言ってよね。じゃあ直哉君、早速色々聞かせてもらえるかなー」

「おいおい、いきなりプライベートな事聞いたりするなよ?」

 やんわりと注意する昂に、沙耶は軽く手を振った。

「大丈夫だって。……まずは彼女はいるのかな?」

「いきなりプライベートじゃねーか」

「彼女はいない」

「お前も律儀に答えるなよ! しかもさらっと!」

 直哉としては、必要以上に情報を隠して、不審を抱かれるのを避けたつもりだったのだが、即答するのも不自然だったようだ。

 昂はため息をついた。

「転入生だからって、何でも聞かれる事答えるこたーないぞ? んでも、彼女いないのか。意外だな」

「うんうん、意外だよね。直哉君、一見ちょっと怖そうだけど、そこがまたモテそう」

 光が昂の言葉に賛同する。

「なるほどなるほど。じゃあ次は──」

 四人での他愛も無い会話が続く。

 話しながらも、学校生活には案外早く溶け込めそうだ、と少し安心する直哉だった。

 しかし、学校での集団生活は思った以上に厄介なものだと、すぐに思い知る事となる。


 四時限目の授業も半ばほどという時だった。

「じゃあ、ここからは資料集の十三ページを見てください」

 古文を担当する教師の言葉に、資料集を開く生徒たち。

「──あれ」

 小さく声が漏れた。直哉は資料集を持っていなかったのだ。

 指定の教科書はあるのだが、資料集とやらはもらった記憶がない。

 少し悩んだ後、彼は担任に、一部の教科で使う資料集はあと数日取り寄せに時間がかかる、と言われていたのを思い出した。

(困ったぞ……どうするか)

 小学生の時は教科書などを忘れた場合、机を寄せて隣人に見せてもらった記憶がある。

 しかし高校生でそれをしても不自然ではないのかが、いまいち直哉には分からない。

 素直に資料集がまだ届いていないと教師に伝えて、指示を仰ぐべきか。

 もしくは──と、唯一の隣人となる左隣の席をちら、と見た。

 そこに、彼女はいた。

 腰まで届く、光を吸い込むような濡れ烏の髪。

 それが、頬杖をつく右手の上をさらさらと軽やかに流れている。

 彼女は前を向いている為、直哉からは横顔が見えるのみだった。しかし、その顔と鼻の輪郭のみで、相当に整った顔であることが分かる。

 視線を感じたのか、彼女は何の前触れも無く直哉の方を向いた。

 目が合った。冷たさを感じさせる澄んだ瞳が、こちらを見ている。

 この時、直哉は教師の指示を仰ぐのか、もしくは隣人に資料集を見せてもらえないか聞くのか、どちらにするのかをまだ決めていなかったのだが──彼女を見ていた理由を暗に説明する為、後者を選ぶしかないと一瞬のうちに決断していた。

 若いながらも多くの戦闘経験を積んだ直哉ならではの、素晴らしい速さの決断だった。

 頼みを伝える為に、口を開く。

「悪いんだけど」

「断る」

「…………」

 全くの予想外の切り返しに、直哉の思考回路は約三秒ほど停止した。

 ──この女子生徒は何か勘違いしているに違いない。

 停止から復活した直哉は一瞬の懊悩の後、そういった結論に達した。

 そう、例えば──爪や髪の毛といった、身体的な老廃物を要求するなど──何かそういった変質的な頼みごとをされると勘違いしたのだろう。

 直哉も、そういった気味の悪い要求をしてくるストーカーに付きまとわれている女性から、依頼を受けたことがあった。その時は依頼主と同様に、ストーカーの男に対してえも言われぬ嫌悪感を抱いたものだ。

 だが、そうでもなければ、転入生が困り顔で声を掛けているというのに、あれほどまでに端的に、しかも内容すら聞いていないのに断るはずがない。

 何故、自分がそんな勘違いをされたのかは分からないが、そのような誤解はすぐに解かなければ。

 直哉は、誤解を解くべく再度口を開いた。

「いや、資料集を──」

「断る」

 今度は直哉の方を見もせずに言った。

 さすがに直哉も黙っていられず、小声で抗議交じりに言い返す。

「聞けよ、おいっ。資料集まだもらってないから、見せてくれって、それだけ──」

「断ると言っただろう」

 全くわけが分からなかった。

 どうも、この女子は先ほど推測したような誤解をしてるわけではないらしい。

 では何故、資料集を見せてほしい、というだけの頼みが、こうも無碍に断られなければいけないのか。

 既に資料集を見せてもらう事は諦めていたが、それが納得いかず抗議を続ける。

 その直哉の前に、資料集が差し出された。

「ほら、これ使えっ」

 振り向いた昂が小声で、しかし焦った様子で、肩越しに資料集を差し出している。

「あ、ああ……ありがとう」

 取り合えず受け取る直哉。間髪いれず昂が挙手して教師に、

「先生! 俺、資料集忘れちゃったんで、隣に見せてもらってもいいですか?」

「なんだー、気をつけろよ。しょうがない、見せてもらえ」

「すんませんー」

 昂は隣の光に机を寄せていく。直哉はその後姿に声をかけた。

「悪い……助かった」

「気にすんなって」

 言って、昂は苦笑する。

 隣の女子は、何事もなかったかのように窓の外に広がる空を見ていた。

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