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ソウルブレイダー  作者: けすと
第一章 光怜高校
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3

 早朝特有の僅かな湿気を含んだ、まだ肌寒さを覚える空気が街に流れていた。

 直哉の自宅は、瓦屋根で出来たオーソドックスな日本家屋である。母屋には道場が隣接して建っており、彼は毎日の鍛錬をそこで行っている。

「それで、昨日の仕事はどうだった?」

 朝稽古を終え、直哉がテーブルで朝食をとっていると、対面に座る女性が言った。

 彼女の名は赤羽郁(あかばねいく)。直哉にとっての姉であり、武術の師匠でもある。

 身長は直哉より若干低いが、女性としては高身長の部類に入る。赤みが差した髪を無造作に後ろで一括りにした、どことなく野生的な美女だ。

「特に問題もなく終わったよ。……ああ、『醜悪奸邪』だって自分で名乗ったやつが一人いたけど」

 それを聞いて、郁はにんまりと笑った。

「ほお。どれくらいの額になった?」

 郁が言っているのは、謝礼金のことだ。

『醜悪奸邪』とは、異能力の犯罪利用に対する抑止力のため、警察がとある機関の協力のもと作成した、能力持ちの犯罪者リストの俗称である。そのリストの冒頭が『この者ども、醜悪奸邪の輩なれば──』という古風な言い回しになっているため、リストに載った人間も含め、そう呼ばれている。

 このリストに載った能力者を然るべきところへ連れて行けば、生死問わずかなりの額の謝礼金をもらうことができる。いわば賞金首のようなものである。

「めんどうだったから、放置した。能力はもう使えないと思うけど」

「何だ、もったいない。剣は使ったか?」

「瞬狼を少しだけ。素手でも問題なかったかな」

 それは、蛇沼の左腕を両断した際に使った、刀の銘だった。

 かなりの力を持った霊刀で、郁の所有物でもある。なんでも、元々は妖刀と恐れられていた刀で、銘も影虎という別のものだったらしい。

 使い続けると徐々に視力を奪われ、最後は失明してしまうといういわくつきの妖刀だったが、郁が面白がって使っている内に、その強力な気の影響で呪いが消えてしまった。しょうがないので、新たに名づけた銘が瞬狼だとか。

「お前も大分、仕事に余裕が出てきたな」

 郁が感慨深げに言った。

「そりゃ、誰かさんに毎日鍛えられてるからな」

 若干の皮肉にも応じる様子を見せず、郁はぽつりと呟いた。

「そろそろ次の段階へ進む頃合か……」

「次の段階?」

「そうだ。とりあえずお前には、ある依頼をやってもらう。本当ならば、わたしがやるはずだったものだ」

「姉さんに依頼が来るなんて、最近じゃ珍しいな」

「ふん。わたしに直接来た依頼だ。甘くみると死ぬかもしれんぞ」

 軽い脅しのつもりだったのだろうが、直哉は笑みを浮かべた。

「分かってるよ。それで、内容は?」

「可愛げのない……。まぁいい。駅から山側に行った所にある高校を知っているか?」

「いや、知らない」

 直哉が知っている高校といえば、近くの川沿いにある高校だった。ランニングに使うコースの途中にあるので、ほぼ毎日そばを通っている。

「その高校で生徒の失踪事件が相次いでる」

「失踪事件って……」

「調査してこい。ちなみに失踪とはいったが、まぁ間違いなく誘拐だろう」

「ちょっと待った。そういうのは俺たちの仕事じゃないだろう? 警察とかに任せればいいんじゃ……」

 何か事情があって、警察を頼ることの出来ない人間からの依頼を受けることはある。だが、普通の学生が誘拐された──しかも連続誘拐──なんて話は、どう考えても自分の出る幕ではない。警察の仕事だ。

「ちょっと特殊な学校でな、警察はおおっぴらに捜査できないんだ」

「特殊な学校? 人質が特殊とかじゃなくてか」

「そうだ。依頼は神社本庁から。学校については資料が届いているからそれを読め」

「神社本庁ね……自分たちでやらず、うちに?」

「連中も人員不足なんだろう。先方が潜入調査を希望していてな。理由は知らんが、お前なら丁度いいだろう」

「潜入って、生徒としてか!? 変な依頼だなぁ」

 確かに、この姉を生徒として潜入させるには、いささか無理があるだろう。だが、生徒の身分で調査というのは行動の制限が多く、あまり合理的ではないように思えた。

 まさか女子生徒として潜入する気でいたら、『さすがに無理ですよ(嘲笑)、教師でお願いしますね』とか言われて、拗ねてこっちに丸投げしたとかじゃ……。

 直哉が失礼な推察をしていると、郁が口を開いた。

「おい」

「はい」

 ドスのきいた呼びかけに、直哉は反射的に返事をした。

「何か失礼な事を考えなかったか」

「いいえ、何も」

「何で敬語になる」

「いえ……あ、いや、別に俺は何も……」

 じっ、と直哉を凝視する郁。直哉は視線をそらす。

 ぼそり、と郁が呟いた。

「夕方の稽古は通しで練気法だ」

「ちょ、通しでって! 死んじゃうだろ!」

「死ぬのは未熟だからだ。それはともかく、せっかくだから学生生活を体験してこい」

 直哉にはわずかに小学校にいた時期があるだけで、それ以降の学生としての生活経験は無い。そもそも戸籍上は死んだ扱いになっており、今ある戸籍は郁が用意したものだ。

 彼としても学校に通いたかったか、と言われるとそうでもなく、それよりは稽古などに時間をあてる方が有意義だと思っていた。

 しかし、強くなるには様々な見識も必要だ、との事で郁から強制的に教育を施されてはいる。恐らく今の時点で平均的なレベルの高校を卒業したくらいの学力はあるだろう。

「学生生活ね……そりゃ環境は変わるだろうけど、そんなんで次の段階とやらに至れるのかねえ」

 いまいちそうは思えない、というように直哉は呟いた。

「さっきも言ったとおり、少し特殊な学校だ。あの学校の生徒をわざわざ狙っているのだとしたら……お前の思っている以上に、難しい仕事になるかもしれないぞ」

「……分かった、資料も後で見ておくよ」

「明日から二年生として編入してもらう。年齢とも合っているし、新年度が始まってからまだ日も浅い。そこまで不審がられたりはしないだろう」

「え、明日って……明日からいきなり学校?」

「そうだが」

 平然と郁が返す。いくらなんでも急すぎると直哉は思った。そもそも、転入手続きの手配が間に合わないのではないだろうか。

 それについて聞こうとすると、郁が先手をうって補足した。

「この依頼については学校側もあらかじめ知っている。もっともごく僅かな関係者だけだが。転入に関しての手配についても、あらかた終わっている」

 手回しがいいな、と思いつつも直哉はもう一つの疑問を投げかけた。

「制服とかはどうするんだよ」

「もう取り寄せてある」

「つまり、大分前からこの仕事をやらせるつもりだったわけか」

「まぁ、そうだな」

 悪びれる様子もなく答える郁。

「別にいいけどさ……もうちょっと早めに言って欲しい」

「お前もここの所、依頼が立て込んでいたようだったからな。伝える機会が無かったんだ」

 確かにここ数日、連続しての依頼が入った為、家に帰ってなかった。

 ちょうど最後の依頼を終わらせて、何日ぶりかに帰宅したのが昨日の晩だ。

「それならまぁ、しょうがないか」

 納得した様子で直哉は呟いた。

「しかし高校生か……何か想像できないな」

 どうにも落ち着かない心地で、彼は食事を再開するのだった。

刀の銘には元ネタがあります。

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