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ソウルブレイダー  作者: けすと
エピローグ
31/31

1

 目覚めるとそこは、見知らぬ暗い病室だった。

 起き上がり、首筋に手をやると、真新しい包帯が巻かれている。どうも、死なずに済んだらしい、と他人事のように直哉は思った。

「起きたか」

 その声に振り向くと、ベッドの脇に置かれた椅子に、静音が膝をそろえて座っていた。

「……ここは?」

「高千穂神社近くの病院だ。神社本庁の息がかかっているらしい」

「みんなはどうしたんだ」

「すぐ近くのホテルで休んでいる。皆、お前に付いていたがったが、わたしが代表で残ることにした。個室とはいえ、あまり大勢でいては迷惑だからな」

「そうか。……よっと」

 直哉はベッドから足を下ろし、立った。直後、ふらついてそばの壁に手をつく。

 静音は慌てて椅子から腰を浮かせ、

「あ、おい……! どれだけ血を流したと思ってるんだ。安静にしていろ……!」

「……平気だ。俺は代謝いいし、貧血くらいなら三日で元に戻る」

 壁にすがりつきながら強がる直哉に、静音は眉をひそめ、

「何が平気なんだ……ほら、肩を貸せ。どこに行くんだ」

 彼女が身を寄せてくると、シャンプーの香りが漂ってくる。よく見ると、その黒髪は生乾きで、より一層に艶やかさを増しており、わずかに上気した肌はほんのりと赤い。制服はそのままだが、恐らくホテルでシャワーでも浴びてきたのだろう。

「い、いや、大丈夫だ……っ」

 静音の身体をやんわりと押しのけ、直哉は取り繕った。

「そうか……? それでどこに行くんだ」

「そうだな……屋上にでも」

 二人連れ立って部屋を出ると、屋上へと向かった。

 そこは非常に暗く、非常灯の光と眼下に見える町並みの光だけが灯りとなっていた。どうやら、この病院は高台に建っているらしい。

 直哉は屋上の端の手すりに近寄り、両腕を組んでもたれかかる。そうして夜景を眺めていると、後ろから声が掛かった。

「一つ、聞いていいか」

「ん?」

 振り返り、静音を見る。

「あの時言っていた、お前の家族が……」

「ああ」

 直哉は頭をかき、

「俺の両親も、見ず知らずのやつの勝手な犯罪に巻き込まれて、殺されたんだ。俺の目の前でな」

「……そうか」

 直哉は自嘲めいた笑みを浮かべ、

「俺が他人のために命を賭けるのは、理不尽に命を奪われる誰かを見ると、その時の自分の無力さを思い出すようで、たまらなくなるから……って、それだけの理由だ。だから俺が勝手に突っ込んで死んでも、気にする必要なんてない。あの時はそれを言いたかったんだ。自分の都合でやってることだからな」

 静音は何か言いたげな表情になり、ためらい、やがて押し殺したような声で、

「わたしは、そうは思わない」

「……どういう意味だ?」

「動機はどうであれ、姉を助けるためにお前が死んだらわたしは気にするし、お前の行動が過去のトラウマから発した、利己的なものだとも思わない」

「本人がそう言ってるんだから、違わないだろ」

 この考え方が健全とは言いがたいのは分かっている。第三者が自分の都合で他人の争いに首を突っ込むと、大抵ろくなことにはならない。だからこそ、どんな不測の事態でも独力で解決できるだけの、揺るぎない強さを直哉は求めた。

 魔術ではなく、武術を選んだのもそのためだ。抜き身の一振りの剣のように、自身を鍛え上げ、刃とする。振るう剣と手足に、そのまま己の意志と力が宿る。それは状況に左右されることのない、何かに依存することのない純粋な力だ。それを得るまでの鍛錬の日々まで否定されたようで、直哉は少しむっとした。

「それに、見てただろ? 俺とロウの戦いを。正直、俺はこういう切った張ったが好きなんだ。だから生業にもしてる。自分の都合以外の何物でもないだろ」

 静音はすぐには反論せず、黙ってじっと直哉の目を見る。

「わたしが言えたことじゃないが、思ったより、捻くれているんだな」

「な……」

「誰かを助ける理由を言うのに、何故偽悪的になる必要がある? この短い間でも、お前が利己的な都合だけで動いてはいないことくらい、わたしにだって分かる。家族を奪われる痛みを知っているからこそ、お前は放っておけなかったんだ。わたしはそれを、自分勝手だとは思わない。お前がそうだと言っても、わたしは認めない」

「…………」

 静音の言葉に直哉が目を丸くしていると、彼女は急に顔を背けた。

「……べ、別に姉を助けてもらったから、言っているわけじゃないぞ。これは一応、本心からの言葉だ……っ」

 つまり、自分をあまり卑下するな、と言いたいのだろうか。つっけんどんではあるが、こちらを気遣う静音の不器用な物言いに、直哉はつい噴出した。

「なっ……何故笑う!」

「……っ。いや、すまん」

 詰め寄る静音を慌ててなだめる。

 そうしてしばらく時間が経ち、やがて直哉は切り出した。

「さて、そろそろ戻るわ。やっぱ、安静にしてないとな」

 そう言って、静音の横を通り過ぎようとすると、彼女が振り返り、

「これで、最後になるのか」

 直哉は立ち止まる。

「まぁ、そうだな」

 名残惜しさがないと言えば、嘘になるだろう。たった数日ではあったが、同年齢の人間と触れ合う機会の少なかった直哉にとっては、新鮮な日々だった。だが、さらわれた生徒たちを助け、その犯人だったロウを倒した今、自分は学校を去るのみだ。

「……学校は、続けないのか」

 その言葉に、少しだけはっとする。辞めるのか、ではなく続けないのか、という投げかけ。静音が意識して言ったのかは分からないが、直哉はその時初めて、学校を続けるという選択肢もあることに気付いた。恐らく、辞めるのかと聞かれていたら、何も考えずに辞めると答えていただろう。

「…………」

 その質問にすぐに答えられず、直哉はただその場に立ち尽くす。

「そうか……じゃあ、さよならだな」

 吹っ切れたような彼女の声に、思わず直哉は振り返っていた。

 屋上は暗く、その表情は闇に紛れておぼろげではあったが、寂しげに微笑む静音が確かにそこにはいた。


        ◆

 

 いつもの平和な日常が、学校に戻ってきていた。

「おはよーう」

 HR前の二年一組の教室で、沙耶の明るい声が響いた。

「おっす」

「沙耶ちゃん、おはようー」

 昂と光が挨拶を返す。

「直哉君、今日も来てないね」

 沙耶が昂の後ろの席を見て言った。

「……だな。多分、このまま転校って流れなんだろうな。仕事は終わったわけだし」

 昂は肩越しに後ろの、直哉の席を見る。

 高千穂神社での騒動から、三日が経っていた。

 あの後、静音を病院に残し、部屋を取ったホテルへ引き上げた昂たちを待っていたのは、神社本庁の人間による事情聴取じみた質問の嵐だった。

 長時間に及ぶ聴取で気疲れしたせいか、その晩は会話する余力もなく、皆泥のように眠りについた。真夜中に静音が戻ってきたらしいが、誰も気付くことはなかった。

 翌日、昂たちは神社本庁の出した車で宮崎県を離れた。光や静音の姉を含めた、ロウたちにさらわれていた生徒たちは念のため、直哉と同じ病院で検査を受けている。問題ないと分かり次第、そちらも車で送ってくれるとのことだった。

 幸い、検査で問題のあった生徒はおらず、皆無事に学校に戻ってくることができたのだが、それ以来直哉は一度も学校に姿を見せていない。

「……そんなの駄目だよ」

 光が俯いて言った。

「わたし、まだ直哉君にちゃんとしたお礼言ってない」

 光はずっと気を失っていたため、翌日病院で目が覚めて昂から説明を受けるまで、自分が直哉によって助けられたということを知らなかったのだ。

 沙耶は光の肩にぽん、と手を置く。

 そのまま空席となっている直哉の席を見る。

 左隣の席では、相変わらず静音が頬杖をついて、窓の外の景色を眺めていた。

(斉木さんは、どう思っているのかなあ)

 窓の外に広がる空は、雲ひとつない快晴だった。


 やがて担任が来て、HRが始まった。

 いつもと変わらない連絡事項が読み上げられる中、後ろのドアが開く。

「すいません、遅れました」

 教室に入ってそう言ったのは、直哉だった。

「話は聞いてます。席について」

 教師は何事もなかったかのように、HRを続けた。

 HR後。直哉の席の周りに、三人が集まっていた。

「ちょっと、連絡くらいくれたっていいじゃん!」

 沙耶が直哉を責める。

「そうだよ。わたし、お礼言えないままお別れになるんじゃないかって、すごい心配だったんだよ」

 女子二人の剣幕に、直哉は怯んだ。

「あ、ああ。悪い」

「おいおい、こうやって来たんだからいいじゃんかよ」

 やれやれといった様子で、昂が言った。

「それで、学校は続けるのか?」

「ああ。家族に聞いたら、好きにしろ、もちろん学費はお前持ちだ、だってさ」

「それはまた、苦学生だな」

「貯金は今までの仕事でけっこうあるし、卒業までは大丈夫そうだ」

「そうか。まぁ、なんだ。色々あったけど、改めてよろしくな」

「ああ、よろしく」

「わたしもよろしくねっ」

 沙耶が後ろから、直哉の両肩に手を乗せて言った。

「直哉君、助けてくれてありがとね。これからもよろしく」

 光が照れたように言う。

「こちらこそな」

 直哉はむず痒さを我慢するように、二人に返した。

 

 一時限目は古文だった。授業開始早々、教師が指示を出す。

「じゃあ前回の続きから。資料集の二十ページを開いて──」

 びくり、と直哉の身体が震えた。

(また資料集かよ……っ)

 当然のごとく、持っていない。そーっと、直哉は左隣を盗み見た。

 そこには、あの日と同じように、右手で頬杖をつく静音の横顔があった。

 同時に嫌な思い出も蘇る。

(……仕方ない。また昂に貸してもらおう)

 直哉は机の両縁に手をついて、前の昂に話しかけようと身を乗り出そうとし──

「いてーっ!」

 左手を襲った激痛に叫びをあげていた。

 見ると、縁に掛けた親指以外の指が、自分の机と左から寄せられた机の間にがっちり挟まれている。

(何すんだこの──って、え?)

 反射的に小声で、机を寄せてきた人間に文句を言おうとして、直哉は固まった。

「何だ……持っていないんだろう? 見せてやろう」

 自ら机を寄せてきた、静音がそこにいた。

 心なしか、その顔が赤く見えるのは、気のせいだろうか。

「え、えーと……悪いな」

 そう言った後、視線を感じて、直哉は前を見た。

 そこには興味深い顔をして二人を見る昂と、驚きの表情で固まっている光の姿があった。そのさらに右奥には、満面の悪い笑顔で後ろを見る沙耶の姿もある。

 直哉は、全身の体温が上がるのを感じた。

(前向いてろよ、お前ら……!)

 小声で言うと、昂たちは笑みを浮かべたまま、前に向き直った。

(まったく……)

 平静を装って、浮かしていた腰を椅子へと戻す。

「──ほら」

 静音が二つの机の間に資料集を置いた。

 続けて、顔を寄せて小声で直哉だけに聞こえるよう呟いた。

「色々と、ありがとう。これからもよろしく」

 静音を見る。

 そこには、背筋を伸ばし、凛とした表情で授業を受ける静音の姿があった。

 何故か、直哉は苦笑が浮かぶのを抑えられなかった。

「ああ、よろしく頼む」

 同じく前を見たまま、直哉はそう答えた。

 二人の手元へと、左の窓から暖かな日差しが差し込んでいる。

 そこにはもはや、冬の面影は残っていなかった。

 〔了〕

というわけで、これにて完結となります。

まだ未定ですが、今後はこんな感じの続編にあたる長編と、気軽に読める短編を発表していけたらなーと思ってはいますが、いつになることやら……。

最後に、ここまで読んでくださった方、本当ににありがとうございました。

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